隻眼の魔剣士 と 御噺の巫女
晴れやかな光に、子供達の高い笑い声が溶けていく。そんな錯覚を覚えるような、穏やかな快晴の日。
藁葺き屋根に囲まれた広場、中央の木陰で一人の老婆の声がする。子供達はその周りで一人、また一人と耳を傾ける。
「むかしむかし、何にも無かった頃のお話。
神様は初めに『火』を創られた。それは暖かさと活力を。
お次に『風』を創られた。それは自由に飛び、空間を。
三番目に『水』を創られた。それは命を生み出した。
そして、『土』を創られた。それは命を育んだ。」
一人の語り部に、子供達は興味津々に集まってくる。
「僕、知ってるよ!次は時間だよね!」
「そうだよ、坊や。神様は命を気に入られた。だから...
最後に時間を創られた。それは活動する昼と休息する夜。それは『光』と『影』を生んだ。」
世界を、物を、性質を、感情を、暦を。彼等はその六つで、多くの物を区分する。
「でも、それで終わりじゃない。
神様は命がどんどん変わっていく様を見て、畏れた。
そして、『監視』と『執行』を創られ、己を『守護』なされた。」
「んー?」
「ふふっ、難しいかぇ?もう少しじゃて。
それで、命達は神様に気付いた。そして、敬ったのじゃ。
気をよくした神様は、己の土地から『奪取』した恵みを、我等に『譲渡』してくださった。
それで、命は増えた。しかし、【トガビト】も増えた。それに嘆いた神様は、いつか来る『終』を創り、全てを魔剣にされて眠られた...」
そこまで話すと、老婆は下向きの顔をバッと上げる。
「さぁ、焼けたよ。クッキー食べるかい?」
「「「やったー!」」」
「俺!俺も!」
「僕が先!」
「私にもー!」
子供の辞書には譲り合いは無いようで。そんな元気な彼等を、微笑ましく眺めていた。
「あ、クッキー貰ってる!僕も~!」
出遅れた少年が、残っていることを祈りながら走り出す。
と、連なる民家の間。道と呼ぶにも狭い所から、ゆらりと男が現れる。
「うわっ!?」
「...ん?」
足に激突し、尻餅をつく少年。少し引っ込み思案なのだろう、既にべそをかいているが、男を見上げてそれは凍りつく。
筋肉質な腕と、同じ程の長さを持つ剣。それを背負った彼の顔には、右側を大きく潰す様に傷痕が残っている。隻眼だが獲物を見る獣の様な、そんな蒼い左目が、毛皮の様な黒髪の間から少年を見下ろした。
「...坊主、だ」
「うわあぁぁぁ、ああぁぁぁ!」
号泣。おそらく、人生で一番の。
「いじょうぶ、じゃないな。」
痛みでもあるのかと、男はしゃがみ、手を伸ばす。当然、更に泣く。
と、男の頭に痛みが走る。後ろを向けば、顔に。
「てめぇ、卑怯だぞ!」
「そーだそーだ!」
後頭部と顔に石を受けては、堪らない。後ろの老婆に目配せをして(通じた、と少なくとも男は思った)、その場を後にした。
彼の名は、ギルツ。見た目に反し、乱暴とは言い難い...訳でも無い男である。
大望を抱き、剣を握る一人の若者だ。...そう、若者である。たとえ30を越えて見えても、彼の肉体は20年の成長しかしていない。
(さて、そろそろだろうか...)
彼は個人団体であるギルドに属している。とある男が平民にも力を、と立ち上げた組織。
国の騎士団、貴族の私兵、大商人の傭兵。それに変わるものを造ったのだ。依頼を受け、報酬を貰う。ここまでは傭兵と変わらないが、仲介する組織であるのがギルド。
荒くれ者との直接交渉も無いので、一般人でも依頼がしやすいのだ。しかし、お布施や善意で成り立つ部分も出ており、課題となっている。
(身分を隠して動くのも、後ろ楯無くして働けるのも、ここだけだからな...安宿暮らしから抜けるのは、いつになるやら。)
開けて入れば、途端に飛んで来るのは椅子。当たり前だ、ここは依頼人ではなく、命知らずどもの入り口。当然、飛来物の一つも払わねばならない。
護衛、薬草や花の採取から、獣狩りや殺しまで。何でも請け負って行かねば、資金が回らないのだ。
首輪を嫌う強者は訪れる為に、依頼が多少無茶でも大丈夫。しかし、それは依頼人の話。一癖も二癖もある同僚は、彼には煩わしい。
「おー、ギルツ。どうだった?怪我なんざ珍しい、しかも顔とは。」
「依頼とは関係無いし、ちゃんと成功した。ほら、証明書。」
「どれ...うん、良いな。まぁ、後日確認にはいかせて貰うがな。」
「勝手にしろ。わざわざ民衆なんて食い物にするか。」
「するのがいんだよ...」
善意で成り立つ部分のあるギルドは、信用第一である。そんな事も分からん阿呆は、そうそうに摘む。
入るは易いが、出るのは違う。ちゃんとした所に行けない者達が、ちゃんとした事を無さねばならんからだ。その辺りは軽く説明されるが、犯罪者として国に突き出せば儲かるので。真摯に育ててはくれない。
犯罪者予備軍の集合地でもあるのだ。国にこれだけの戦力を許される所以である。楽な防犯システムなのだ。
「ギルドマスターもよくやる。」
「てめぇが言うかね...」
呆れる職員からそこそこの報酬を貰い、ギルツはそこを後にする。コツコツと貯めた貯金のお陰で、効率の良い仕事を血眼で探す同僚は、彼には無縁だ。
システムは違えど、傭兵に近い彼等。生きてるかも分からん明日の貯蓄なぞ、する方が珍しい。故に出世も珍しい。遺産はギルドに渡るので、役には立つのだが。死人には関係の無い事である。
「...息抜きでもするか。」
本日の宿、決定。小さいが、酒飲みの集まりにもなっている。料理の提供もしており、空腹を誤魔化すにも相応しい。
昼食を取れば寝るだけとなるが、別に初めての店では無い。歓迎されるかと言われれば否だが。高い料理でも頼めば、機嫌も直せるだろう。そんな金は無いが。
「いらっしゃいませ~!...ってギルツさんですか。」
「露骨に落ち込むな...客だぞ。」
「元々、私は落ち着いてるだけですよ。無理に笑わなくていいなら、それが楽なだけです。今日は?」
「泊まり、飯、酒。任せる。」
「2、4...7枚。はい、待ってて下さいね。」
先に代金を払い、上限を決めて任せる。余程でも無ければ文句を言わないギルツだ、彼女もそこは知っている。前に、彼女の依頼をこなしたのがギルツだったのだから。
勝手に店の端に陣取り、彼は店内を見渡した。一階は多くの人が飲み食いして騒いでいる。昼間から繁盛しているようだ。
「...うるせぇ。寝てから食うか。」
顔をしかめて奥に向けて視線を戻せば、簡単な軽食を持って戻ってくる姿を見る。
「どうせ、もう寝ますよね?少しは食べては?」
「...観察眼、どーなってんだか。」
「ギルツさん程では。」
厚意は受けとるものである。礼を言って小さなパンを平らげて、二階の宿泊スペースに。六部屋あり、全て空いている。格安で寝床しかなく、壁も薄い。そして、下は煩い。
「ちっ、ハズレか...」
もっとも、昨日の朝から寝ずに活動していたギルツは、あっという間に眠りに落ちたのだった...
夕刻も過ぎて、日が落ちた頃。先程までの日の光も何のその、酒の雫が空中で煌めいた。
「ちょっと!散らかさないでくださーい!」
「細けぇ事言うなよ!」
酔っぱらいに理屈や配慮は、求めるだけ無駄である。早々に掃除道具の準備を始めた頃に、階段からギルツが降りてきた。
「...やかましいな。」
「あー、すいません。」
「いや、別に。止まらないのは知っている。それよりも、酒はいいから飯を。」
「もー...」
忙しいのは承知だが、それはそれ。晩飯を頼むと、目立たないが見渡せる席を探し、座り込む。
ギルツは大柄とは言えないものの、引き締まった筋肉と長身の男だ。剣も置いてきていない。そんな者が近づけば、周囲の者はサーっと退くが、彼には好都合でしか無い。
(...何人か気になるのは、いるか。)
角で一人、酒を呷る大柄な男。静かに食事を取るフードとマントの人物。天井の梁に潜む男。酒呑み集団に交ざる豪快な女。
目的の為に、名の知れていない様な、めぼしい者をチェックしていると、カランと音を立てて扉が開く。...夜は喧騒の中でも気づける様に、鈴がつくのか。
「いやー、疲れた疲れた...お?楽しそうだね、おじさん!」
「あ?何だ坊、主?」
「ちょっと?僕はレディなんだけど?」
少し疑問符の浮かんだ男に、入ってきた少ねn...少女が答えを告げる。唐突に絡み始めた少女に困惑しつつ注目が集まった。
(...あの剣は!)
無論、ギルツも。しかし、それは彼女が腰に下げた剣を見つめている。装飾のある、緑がかった曲剣。
そんなギルツの横に、料理を持ってきた彼女はジトリと睨む。
「...ギルツさん、子供に興味が?」
「あ?...尻じゃなく、剣だ。」
「なんだ、てっきり日照りなのかと。」
「否定はしないが...あと、俺はアイツと離れた歳でも無いからな。」
「冗談も程々に。あの子、16ですよ。」
「離れて無いじゃないか。」
「またまた...えっ、本当に...?」
少し失礼な態度は無視し、出された料理に手をつける。茹でた野菜と、炙った肉。そこそこ値の張るものだが、おそらく古い食材だったのだろう。
味にそこまでの変化もなく、腹を壊すほど繊細でもない。問題はないかと、少し濃い味を流し込む。
「おーい、ねーちゃん!泊まりだ、泊まり!部屋くれ!」
「貸すだけですから、壊さないで下さいよ。」
酒呑みの一団が、硬貨を投げて二階に上がっていく。先程の眠った少女も一緒だ。
「お酒、弱いのかな...」
「...さぁな。」
「嫌でもないんですか?意外ですね。」
「金を払った客なら、文句も言えないだろう。」
どうせ、離れた部屋である。食器を少しばかり整理して、ギルツは二階に上がる。チラリと眺めれば、二人。
(一応、チェックだけはしておくか。)
角の男と別の集団に交ざる女。二人をマークし、ギルツは部屋に戻っていった。
二階の部屋で、扉が閉まる。男達は五人、一人は入り口を塞ぐように立つ。
「...さってと。」
担いでいた少女を寝具に放り、全員が顔を見合わせた。その顔は、欲望の色を宿している。
しかし、そんな時。入り口の男が驚きの声をあげる。
「お前!何処から...!?」
そこにいたのは、フードを目深に被り、マントに身を隠した人物。背格好から、子供の様に思えた。
「.........」
「何だ?用なら話せや。」
「...」
指差したのは、眠る少女。そのまま近づこうとする者に、男の一人が肩を掴んで止める。
「まてよ、そうはいかねぇ。」
「...」
「てめぇ、さっきから舐めてんのか!顔くらい見せやがれ!」
取り払われたフード、そこから現れた顔に、辺りはシンと静まり返った。
絹のように流れる銀髪が、僅かな光の中で踊る。滑やかな色白の肌の中で、翡翠の瞳が驚きに見開かれている。整った顔立ちは、その表情も相まって人形の様だった。
「...ハッ、上物だな?」
しかし、その美貌よりも目を引くのは。その瞳にある、十字の紋様。それは...
「まさか、【トガビト】に会えるとはなぁ!?」
部屋で荷物を整理していたギルツは、壁が揺れた事で顔を上げた。
「...喧嘩か?」
しかし、階下の喧嘩は先程から変わらない。騒ぎの雰囲気を悟るくらいは、彼には造作ない。
(ならば...彼方か。)
部屋の外に出たギルツは、少女の入った部屋を見つめ、溜め息を吐く。
背中に背負った剣を腰に差し、部屋の前に行く。中からは物音一つしない。
(おたのしみもしていないとはな...やはり、あの二人...)
間違っていたなら、酔っぱらいが暴れた事にすれば良い。そう断じ、ギルツは扉を思い切り蹴り飛ばす。
「ぐあっ!?」
「邪魔するぞ。」
前に倒れた男を踏みながら、部屋に入るとギルツは困惑した。
寝ている少女に覆い被さる一人。彼女の剣を眺める一人。そこまでは予想通りだった。
しかし、頬を腫らした少女を持つ一人。そして、その髪を掴み顔を眺める一人。これは予想外だ。
「ん?旦那も交ざるか?」
「...【トガビト】か。」
「だが、上物だ。」
「......成る程、明確だな。」
此方を見る【トガビト】の目を見つめながら、彼は呟く。
頷く男は、次の瞬間には目の前が真っ白になっていた。
「...は?」
「明確に、俺の敵だな。」
少女の両手を掴み、吊り下げていた男は即座に離れる。【トガビト】の隣、床でノビている男を踏み、ギルツは嗤う。
「知らんフリでもして、後日にするかと思っていたが...どのみち剣は逃せないからな。お前達には寝て貰う。」
「訳の分からない事を!」
「本当に?」
ギルツが視線を剃らした先、そこでは少女の剣を握る男。
「隻眼、傷痕、剣士...そして、仏頂面と獣毛皮みてぇな黒髪...お前、【魔狼】か。」
「やはり裏の人間か...いや、1人だな。」
呆けている男と、少女を弄くるのに忙しい男を眺め、ギルツは呟く。
とりあえず、目の前での不快(断じて嫉妬では無い、と本人は語る)な行為を蹴り止めて、ギルツは言う。
「おい、お前。...お前だ、【トガビト】の娘。少し窓にでも寄ってろ。」
反応しない【トガビト】にイラつきなぎら、ギルツは命じて剣を構える。
涎を垂らして幸せそうに眠る少女も、蹴り起こそうか迷う。しかし、その機会は無くなったようだ。
「何故、【魔狼】などと呼ばれているか知らんが...四人を相手に勝てるか?」
「よくも踏みやがったな...!」
「蹴りやがって...その脚、切り落としてやる!」
入り口から来た男と、寝具にいた男も剣を抜く。少女を持っていた男は、入り口を封鎖する。
「1人ノビているが...計算を教えてやろうか?」
「ふん、相応な業物だろうが...これには敵わないだろう?」
少女の剣を抜き放ち、男はニヤリと笑う。
その剣が放たれた瞬間、部屋の空気が変わった。渦巻く様な風が吹き荒れ、申し訳程度の家具が倒れる。
「【風の魔剣】...御賞味あれ!」
振り上げた剣を袈裟斬りに振るうと、辺りを渦巻いていた風はギルツに集中する。それはまるで刃の様な鋭さを持ち、部屋中の空気を伴って襲いかかる。
「...!」
「...抜くまでもないか。」
その時、見たものを。きっと一生忘れる事は無い。少女は、そう思った。
右目を開眼したギルツは、荒れる空気の中を疾駆した。少し伸ばされた髪が切れ、飛ぶ。しかし、その風はギルツの身を斬れない。
僅かに揺れ動きながら、あっという間に距離を詰めたギルツ。剣を鋭く振れば、1人の意識が刈り取られた。
「安心しろ、腹で殴るだけだ。」
「成る程、そこらのチャンバラでは無いか!」
巻き添えを警戒したのか、無駄に撒き散らす事はせずに剣身に風を纏わせ、男はそれを振るう。
背後からは、入り口からも駆けつけたのか、二人の男が剣を振る。
「甘いな。」
魔剣の攻撃を最小限の捻りで避け、剣を合わせて二つを止める。先端ギリギリで打ち合った剣は、根元付近で受けたギルツの剣を押しきれない。
しゃがみながら剣を振り上げ、そのまま足払い。バランスを崩す二人に、振られた魔剣の腹を素手で打ち、誘導する。
「バカな!?」
「ふっ!」
息を吐いて力を込め、剣を一回転。無理な姿勢で魔剣を止めた男は、その薙払いを止められる事はない。...普通ならば。
「はぁ!」
風の魔剣は強い風圧によって、急に振り上げられる。打ち合った剣は...いや、打ち合っていない。寸前で剣を下げたギルツは、彼の握り手を切った。
「なっ!?何故だ!」
明らかに間に合う筈が無い。確実に振りきっていた、迷いなぞ無い太刀筋だった。それが、曲がった。
風の魔剣を振るい、距離を取る。射程圏は此方が上、ならば近寄る危険を犯す事はない。
「が、ぁ...」
「う、そだ...」
その一瞬だった。まるで、そうなることが分かっていたような。そんな速度で振り向いたギルツの一閃は、後ろの彼等の防御をするりと抜けて切っていた。
「斬ったのは腹だ、そう死なん。」
まるで、怪我ならば嘆く必要さえ無いとでも言うように。そう吐き捨てたギルツは、男と向き合う。
その時、男は見た。ギルツの右目。傷痕の中で、紅く鋭い眼光を放つその瞳は...十字の紋様を刻んでいた。
「お、お前も!」
「遅い。」
「【トガビト】っ...!」
風の魔剣の纏う刃は、男を中心に広がる。刻み付けるそれをギルツは間を駆け抜ける。僅か数秒も無い、一瞬。しかし、それはとても長く感じる一瞬。
「【魔狼】に、喰われ...」
棚引く黒髪、振り下ろさせる剣。錯覚と共に、男は意識を落とす。
「...まったく、つまらん。」
右目を閉じ、ギルツは【風の魔剣】を取る。じっくりと眺め...眠る少女を見る。
「この唾液、ノビている男とコイツ、どっちのなんだか...いや、どちらにしろ気持ち悪い。」
近寄らない事にしたギルツは、鞘に納めた魔剣を少女に放る。ウゲッとの声を後ろに、もう1人の少女に振り返る。
「っ!?...すまん。」
が、すぐに顔を背ける。荒れた風の刃は、【トガビト】の少女の服をかなり際どく剥ぎ取っていた。
ひしひしと視線を感じながら、ギルツはシャツを脱いで放る。
「それで我慢しろ、話しにならん。」
布擦れの音が止んだので対面すれば、少女も此方を見ていた。少し生傷があるが、離れていたからか、痕にはならないだろう。
頭一つの背丈の差なので、下が少し際どいが。視線を逸らして顔を見ると、少し睨まれていたが、気づかないフリをしてギルツは続ける。
「で、何故こんな所に?」
「...」
「話したく無い、か?安心しろ、神に畏れられ嫌われただのと、変なモン押し付けられちゃいるが...俺もそうだ。それに、これは俺の地元じゃ、【魔眼】と呼ばれている。」
(ここいらで言われている【トガビト】ってのとも、少し違いそうだがな...)
ギルツの蒼い瞳が揺れ、少し優しさが覗いた様な気がした。開かれた右目は、変わらず鋭く紅い物だったが。
「...ファーラ。」
「は?...名前か。」
頷く彼女は、キョロキョロと辺りを見渡し、紙を取る。
サラサラと流麗な字で、目の前のギルツに文字を綴る。
『ありがとうございます。助かりました。
察しの通り、私は【トガビト】で...魔剣を持つ人を探しています。
十二の魔剣を持つ人を集めて...なす事があるから。それが私の役目だからです。』
「...それで、コレを追っかけた訳ね。」
「...」
頷く彼女に、ギルツは溜め息を吐く。
「いや、明らかにいたす雰囲気だったろうに...止めようとしたのか?交ざりに行くよーなモンだろ。」
「...」
「おい、顔を逸らすな。...さてはお前、結構バカだな?」
酷い言い種にファーラは頬を膨らせ、痛みに呻く。
「とりあえず、さっさと退散を」
「っ!『しゃがんで』!」
唐突に鈴を転がすような綺麗な声音に合わない、緊迫した声が響く。ギルツの膝から力が抜け、歩きだそうとしていた彼は地面にしゃがむ。
「なにが!?」
驚く彼の上で、何かが通りすぎる。それを見上げれば、剣を握る男。
(あの時、梁の上にいた...!)
「ふむ?やはり素晴らしい。その【御噺】の力は!」
「っ...」
「今日こそは返して貰う。貴女が逃げるのならば、力だけでも!」
立ち上がれないギルツの前で、男は短剣を取り出して掲げる。黒く、曲線がうねる怪しいそれは...
「【奪取の魔剣】!?」
「...【魔狼】か。まさか、堂々と動き回っているとは思わなかったが...顔は覚えた。お前ももう、逃がさん。」
宣いながら、少女の口を抉じ開け、その舌を引く。そこには、十字の紋様が刻まれていた。
「う、ぅあ。」
「何だ?舌に...」
「知らんのか、【魔狼】。これが我らの広めた【トガビト】の証だよ。もっとも、本当は力の証だが。例えば...」
緩やかに空気に融けるように、刃が薄くなった魔剣を、彼はファーラの目に突き立てる。痛みに呻く彼女から抜き取ったその魔剣を、懐にしまう。
驚愕するギルツの前で、別の短剣を取り出した男は、それで自分を刺す。白く、真っ直ぐな剣。
「【譲渡の魔剣】...」
「ふぅ...【千里眼】。これは【御噺】と違い、彼女に与えていた力だが。」
ファーラの目から紋様が消え、翡翠の瞳が閉じられる。代わりに、男の目に紋様が浮かんだ。
「っ!ファーラ!」
弾かれた様に彼女を見れば、呻き、倒れてはいるが出血は無い。能力の使用中、この魔剣は傷をつくる事は無いらしい。
「力を集め、究極の巫女を作り、神の再臨を願う...我々の崇高なる願いに、賛同してくれるかね?【魔狼】。」
「すれば、どうなる。」
「君の噂は聞いている。恐れを知らず、一度目につければ決して、喉笛に噛みつくまで諦めぬ者...そこの男よりも、我々の幹部に相応しい。今の掃き溜めから、大出世だろう。」
不安気なファーラを見て、男を見て。彼は問う。
「彼女が巫女で?俺はあんた達の元で悠々自適、力を持った...あんた達が【トガビト】と名を着けた者を探す、と?」
「理解が良くて助かる。」
「そうか...なら、俺の事も少し話そうか?」
ようやく立ち上がれる様になった彼は、右目を開き話す。
「見ての通り、俺も力を持っている。右目の魔眼だ。これはある人から、その剣で貰った物だ...」
「なに...?」
剣を捨て、彼は男の前で丸腰となる。ファーラにシャツをやった為に上はインナーのみ、もはや完全な降伏の姿。
「だが、コレを魔眼と呼ぶのは、この国では俺しかいない。何故、【魔狼】なんだろうな...?」
「...まさか、お前!」
だが、ギルツにそれは何の意味も無い。何故なら、彼は...
直属の正統な継承者なのだから。
「創生の...記録。やはり、あの国の...!」
白に近い金縁に彩られた、黒い本。ギルツの左腕から肉を裂くように出てきたそれは、彼の前に浮き無造作にページが開かれる。
「来い、【監視の魔剣】、【執行の魔剣】。」
小さな、握り拳程の本当に小さなダガー。そして、少し装飾のある腕の長さ程の直刃の剣。
ページからそれらは柄を表し、ギルツに引き抜かれた。
「返事は否、と?」
「それ以外にあるか?」
左腕を振り、【監視の魔剣】がその手から飛ぶ。男が避けて、それは窓から飛び出した。
しかし、走りよりながら、近くに浮く【創世の記録】から再び【監視の魔剣】を抜き、ギルツは男に傷をつける。
「くっ!」
「痛みもない筈だ。もっとも、これで二度と逃がさない。」
「まさか、貴様が...生きていたとは。」
右手に持つ【執行の魔剣】を振りながら、ギルツは【創世の記録】にダガーを戻す。ページが閉じてギルツの後ろに浮く書に、男が【奪取の魔剣】を構え走りよる。
その速度はかなりの速さであり、到底人には反応できない。それもそうだろう。ファーラが逃げるまでは、各地で力を集めていた彼は、その身に数十以上の紋様があるのだから。
「その書物、貰い受ける!」
「...断る。」
突き出し短剣は、走り寄る男の倍以上の速度を持って【創世の記録】に迫った筈だった。
しかし、ギルツはその短剣を横から掴んだのだ。弾くでも、正面で防ぐでもなく。
「っ!」
しかし、男とて修羅場をくぐった戦士である。即座に左の【譲渡の魔剣】で斬りつける。能力を使わなければ、殺す事も可能な業物だ。
小回りのきく短剣と、ギルツの直剣。至近距離で互いに片手。有利なのは明白だ。
「死ね、【魔狼】!」
「断る。」
刃ギリギリでその身を捻り、膝蹴りを叩き込む。必要最低限の動き、的確な急所への一撃。しかし、最初の不意打ちは成功...
「貴様の力...まさか。」
「喋るな、下衆が。」
剣撃を繰り返すギルツだが、男の方が地力は勝っているのか。二本のダガーで的確に受け流していく。
(やはり、やりづらい...あの大きさの剣を、この速度で、受け流し方向と逆に傾けているのか。)
「どうした、来ないのか。」
「まさか、準備していた...だけだ!」
男の肩が光り、紋様が浮かぶ。ハッとして見れば、【譲渡の魔剣】が刃を融かしていた。奪取していた力を、また一つ己に譲渡したのだ。
「ぐ、重...」
「速さはついていける。ならば、力はどうかな?」
「怪力か...」
互いに根元で、もはや拳の打ち合いの様な距離で鍔競り合う。
速さには互いに自信がある。引けば、そちらが刃を立てられるだろう。
「ぬ...!」
「ほぅ?目が...」
ギルツの右目から、血が垂れる。頬を伝うそれは、肩に垂れて鍛え上げられた肉体を這う。敗北の気配を持って。
(使い過ぎた...不味いな。ここまで長引く等、無かったからな...)
「さて、今さら勧誘する気も無いが...死んでは力が奪取出来ない。その目と【創世の記録】を寄越すならば、殺しはしないが?」
「息をする屍など、なる気は無い。」
最後の力を絞り、ギルツは二本の魔剣をいなしながら後ろへと駆け抜ける。その方向は...眠る少女の方向だ。
「な!?」
「唸れ、【風の魔剣】!」
振り払う魔剣は部屋中を巡り...宿の壁を破壊した。
「なんだ!?」
「あっちだ!」
「宿から爆発が...!」
外の喧騒に、男は舌打ちをする。この様子では、ここの領主の私兵でも訪れそうだ。
「数分、といった所か。」
「去らなくて、良いのか?」
「今ここで、お前を討てるならば!」
遂に右目を閉じたギルツに、男は二本の魔剣で襲いかかる。明らかに距離を取り、反撃をしないギルツに、段々と傷も増えていく。
「...くぅ!」
「やはり、多数の紋様を使う私に、お前が勝てる道理は無い。今までが異様だったのだ、【魔狼】。」
遂に追い詰め、壁を背にしたギルツが止まる。風の魔剣を振るうにも、その為の距離を男は瞬時に潰した。
身を翻し避けようとするギルツに、足を蹴りあげて機動力を奪う。怪力で蹴られた足は、赤く腫れ上がり僅かに曲がる。
「が、ぁ...!」
「死ね、【魔狼】。」
即死しなければ力は取れる。喉を裂こうと【譲渡の魔剣】が迫り...
「『左腕を止めて』!」
「っ!?」
その場にいる全員の腕が止まる。おかしなバランスになった男が、ギルツから離れて呻く。
「この男に、それ程の価値を見いだしたか...!ならば、せめて貴女に預けていた力、貰い受ける!」
「っ!ぁあ...!」
万が一を考え、反撃を恐れずにすむファーラに走る。右手に持つ【奪取の魔剣】が、ファーラの胸を貫いた。
「そろそろ、か。一度、身を隠すか。」
与えていた力を根こそぎ奪取し、男は一時撤退を試みる。が、その胸を剣先が貫いた。
「...コフッ。何、が。」
「【執行の魔剣】は、審判対象を逃がさない...!」
持ち上げた右腕から、蛇腹剣が彼の元に届いている。
ギルツが一振して直剣に戻せば、空いた穴から血が噴き出した。
「くっ...」
「死なんか...せめて暫くは療養していろ。」
「そうさせて...貰おう。」
男が【監視の魔剣】が着けた傷を、周囲の肉ごと切り落とし。ヨロヨロとその場を去っていく。
後に残されたのは、左腕が動かず足が砕けそうなギルツと。
痛みのショックで朦朧とする少女。
そして、死屍累々と転がる五人の男に、幸せそうに眠る少女である。
「...部屋に戻って、寝るか。」
大きく空いた壁の穴を見て。魔剣をしまって【創世の記録】を戻したギルツは、自身が放った剣を杖代わりに部屋に戻るのだった。
「ギニャアアアアアァァァァ!!???」
翌日は、叫び声から朝は訪れた。痛む頭を押さえながら、ギルツは寝具から起き上がる。
「...お、左腕も動くな。」
寝惚けた頭を振りながら、ギルツは階下に降りる。
早朝では店も開いておらず、人は数人。疲れた顔の看板娘と、少女である。
「おはよう。どうした?」
「...あぁ、ギルツさんですか。」
大きく息を吸い込み、彼女は溜め息を吐く。
「まずはいい話と悪い話、お決まりのジョーク。どれが良いですか。」
「そうだな...良い話は?」
「逃がしませんからね?」
一つを聞いて、さっさと逃げるつもりのギルツに、念押ししてから彼女は話す。
「まずはありがとうございます。その血の痕、絶対に何かありましたものね。」
「それで礼を言われるか?」
「貴方がそうなる時は、大概ろくでもない輩なので。」
「......そうか。」
逃がさんとばかりに回り込まれ、痛む足では逃げられない。仕方なく座り、続きを促した。
「悪い話は?」
「何故、ジョークが最後に...簡単です、弁償して下さい。」
「そうだ!僕に押し付けるなんて酷いぞ!」
「...まて、何の話だ?」
「惚けないでよ!二階!僕が寝てる間に、何があったのさ!」
「...寝惚けて喧嘩したんじゃないか?」
「するかぁ!」
諦めたギルツが、両手を上げて降参を示す。確かにそういう意図で【風の魔剣】も置いて、撤退したが。
「一つ言うならば、壊したのはやむなく、だ。貧乏人から金を取らないでくれ。」
「クラン、建てるとか言ってましたよね?そろそろ算段ついたのでは?」
「...くそ、あの野郎。次あったら臓器含めて、財布を貰うからな...!」
泣く泣くお高い硬貨を渡し、ギルツは顔を盛大にしかめた。夢が遠ざかる。
「...で、ジョークは。」
「このタイミングで聞きます?」
「気になるだろう。」
呆れる様な彼女に、ギルツは真顔で言う。
溜め息を吐きつつ、ギルツの右目から垂れた血痕を拭き取りながら、彼女は言う。
「昨晩はお楽しみでしたね、と言おうと思ったのですよ。」
「...そんな余裕があるなら、壊さん。第一、日照りだと言っただろう。相手がいない。」
「まぁ、その顔ですからね。強引に押し倒すとか...」
「そんな人なのかい...?」
「おい、引くな。地味に傷つく。」
拭き終わった彼女はハンカチをしまい、肩を竦めながら布を放った。嫌な顔で弾こうとしていたギルツは、行き場の無くなった手を彷徨わせて、膝に落ち着けた。
「これは?」
「証拠です。」
「...俺のシャツ?何でここに?」
「寝惚けてますか?インナーのギルツさん。全裸に近い美少女が着てましたよ、今朝降りてきましたが。貴方の部屋から。」
「............誤解だ。」
「分が悪いのはご存知のようですね。」
「痴話喧嘩かい?席を外そうか?」
「それこそ誤解だ。」「それこそ誤解です!」
合わさった声にびっくりしつつ、少女は頭をかいた。
「ごめんごめん。そだ、貴方、クランを建てるんだって?僕、こう見えて結構デキるよ?」
「何が?夜の奉仕か?」
「死ね!」
先程の流れを引きずってしまったギルツが、しまったと思った時には遅く。鞘を着けているとはいえ、魔剣で思い切り頭を叩かれた。
「......すまん。」
「当然の末路ですね。」
「すまない、氷を貸してくれ...」
「高いので嫌です。」
「そうか...」
しょげるギルツに、三度溜め息を吐き出し、裏に行く。
不思議そうに二人で見ていると、濡れたタオルをギルツの頭に置いた。
「これで満足してください。」
「あぁ、助かった。」
「本当に僕はオジャマじゃないかい...?」
そんな三人の耳に、カタンと軽いものを落とした音がする。振り返ると、そこにはファーラが立っていた。大きめの布を巻き付けただけの姿に、ギルツは視線を避けざるを得ない。...身の危険的な意味で。
彼女はペコリと頭を下げて、此方にメモを見せてくる。筆談だと察したギルツが視線を戻す。が、すぐに頭を振った。
「...いや、その距離だと見えない。」
「『おはようございます。お手伝い出来ることありますか?』って。」
「見えるのか...」
「デキ...腕が良いって言ったでしょ、僕は。」
腕では無く目だろう、とギルツが言う横で、看板娘が素早く動いた。
「まず、服を着ましょうね。狼さんに食べられるわよ。」
「...?」
「狼?街中に?」
「何の事だろうな。」
えらく機嫌が悪いな、と憂鬱になるギルツに、少女が唐突に自己紹介を始める。
「僕、ウェンフィー。足は速いし、目も耳も良いよ?」
「...だから?」
「だーかーらー!クラン建てるよーな人だしさ、腕は立つんでしょ?どこも子供なんて入れてくんないし...ギルドは荒れてるし。発足したてなら、僕でも必要かなぁって?」
クラン。早い話、ギルドである。違いは、依頼の受け取り。ギルドの依頼を回して貰い、動く。ハウスと契約さえあれば、問題は無い。
ギルドが個人よりも認知しやすく、依頼を取り合わなくても済む事が多いのが利点だ。クラン内での取り合いはあるが...ギルドよりは小規模、かつ危ない事になりにくい。人を選べるからだ。
逆に人を纏めるという事で、トラブルの解決力は必要だ。ハウスの維持費用もかかる。人が集まれば個々の負担は減るが、トラブルが起こりやすくなる。
「要は足掛かりか?」
「良いところだったら、変えないよ?メンバーの目処は?」
「無い。」
「...ワーイ、ボク、センパイダネ。」
「無理するな。」
そんな二人の前に、ファーラ達が戻って来た。給仕服しか無かったが、それでも着こなしてみえるから不思議だ。
「可愛いって、お得だねぇ...」
「そうかもな。」
二人の反応に照れるファーラに、三人は少しの間和む。
「...それで?もう一泊します?」
「何故だ。普通に仕事だ。」
「残念ですね。」
「もう十分取ったろうに...」
「足りると思います?温情込みです。」
「...助かる。」
とりあえず、と今更ながらシャツを羽織り、ギルツは二階に戻り、剣と荷物を背負う。
戻ると、ウェンフィーが荷物を背負って仁王立ちをしていた。
「...チェックアウトを。」
「無視なの!?」
「はい、行ってらっしゃい。」
「マーテルさん、お母さんみたいだ!?」
「え?」
「ご、ごめんなさい...」
(マーテルと言うのか。初めて知った気が...いや、依頼の時に聞いたか?)
いちいち騒がしいウェンフィーを放置し、店を出ようとし...ギルツは足を止めた。
裾を引っ張られたからである。この店の制服で見上げるファーラが、メモ用紙を見せてくる。
『お話したい事も、お願いしたいこともあります。今日もこの宿に帰れますか?』
「...あすの昼までに終わる物にする。明日の夜なら、な。」
「ここで逢い引きしないでください。」
「するか。」
「日照りなのに?」
「それよりも、興味深い話なんだろうさ。」
「まぁ、深くは聞きません。...私が言っても留まらないのに。」
既に外に出ていたギルツには届かない呟きが、マーテルから漏れ出ていた。
ギルドで一人、依頼を漁っていると(ギルツが見た目で唯一得をする場面である)、入り口からウェンフィーが駆けてきた。
「やっと、見つけた...何で逃げるのさ!」
「撒かれたお前が悪い。」
「もー...何でこんなに空いてるの?」
「お前は能天気だから、分からんかもな。」
「んー?......あ、ギルツさんが怖いからか。」
「斬るぞ?」
荒くれさえ遠巻きにするギルツだが、それにほいほい近づくウェンフィーも大概だ。もっとも、ほんの一部の者は、その腰に下げている物を見て納得していたが。
「何で剣は背中なのさ?抜けないよね?」
「普段から腰に差してると、疲れるし体幹が狂う。中心にある方が良い。」
「え?...シッテタヨ?」
(別に、確証は無い、ただの気分だが。)
そっと【風の魔剣】を、腰の横から後ろに回し、ウェンフィーはギルツの手元を覗く。
簡単に信じてその通りにするウェンフィーに、呆れた様に頭を振り、溜め息がこぼれた。
「流石に早いと色々あるねー。早起き出来て良かったねぇ。」
「そういえば、あの悲鳴は...」
「うん、僕。剣抜こうとしたら、なんか風がいつもより荒れててさ。こー、スパッとマーテルさんの髪切っちゃって。怒られた。」
「そういえば、少し右側が短かった...か?」
「僕なんかは、男の子と同じよーな体と髪だから、あんまり気になんないけどねー。...なんか悲しくなってきた。」
「そんな細い奴がいてたまるか...」
女の子と言われれば、十分に納得出来る。むしろ、剣士として筋肉をもう少しつけろ、と言いたいくらいだった。
「これにするか。」
「どれ?」
「なんで教える必要が...?」
「一緒に行くからだよ?」
何を当たり前の事を、とでも言いたげに首を傾げたウェンフィー。ギルツは軽い苛立ちを覚えながらも、追い返す気力が無いので放置する。
そのうち飽きるだろうとの算段だ。受付の者に一言告げ、仕事に向かう。緊急性のある物だが、止められなかったと言う事は、ギルツに対処可能な依頼の筈だ。
「と、その前に...」
ギルドの側の小屋。そこで寝ている鷹を起こし、ギルツは肩に乗せる。
「ねー、何を見つけたのさ?てか、なんで鳥?」
「村の側、森の中にデカイ熊が出たそうだ。危険な奴だが、森に入らなければ問題は無い。無いんだが...万が一を考えれば、護衛がいるらしい。」
「商人が今後の護衛代よりも、殺してくれって頼んだって事?」
「あぁ、そうだ。ついでに遺体も買ってくれるらしい。上手く傷を少なく仕留めれば、かなりの儲けだろう。...あと、子供が一人いなくなった。」
「弓矢とかは...毒を使うなって事か。...ん?何か言った?」
「いや、何も。まぁ、顔を狙うのは難易度が高いからな。そんな腕ならば、領主にでも自分を売り込むさ。」
だからといって、剣が有利な訳では無いが。しかし、ギルツには向いている、オイシイ依頼である。
街の外で馬車を捕まえ、同乗させて貰う。山頂から貴重な薬草を取る依頼を、かつてギルツが受けた事のある商人だったらしく。快く乗せてくれた。また頼む、との事らしい。
「ギルツさん、結構長いの?」
「ん?...まぁ、ここに来てから五年は...六年だったか?」
「あれ?そうでも無いのかな。それまでは何してたのさ。」
「それまで?...言っておくが、俺は二十歳だぞ。」
「...嘘?そーなの?」
既に慣れた反応を聞き流しつつ、ギルツは馬車の揺れをその身に感じる。座ったまま辺りを見渡していたが、そのうちウトウトとする。
一眠りしたギルツが、揺れが止まったのを確認して目を覚ます。
「っ!...鈍ったか?」
自分の膝の上に、頭を乗せるウェンフィーに驚く。ここまで接近されれば、目も覚める筈だが...ギルツはどうするかと思案する。
「旦那、着きましたが...娘さん、どうします?」
「こいつは16だがな。」
「え?えぇ...」
キョトンとする彼に、最近は多いな、と溜め息を吐きながらギルツは告げる。
...誰かと比べられるからなのだが。それだけ、今までが一人だったと言う事である。
「...俺は20だ。」
「20!?はー...貫禄でてますね。あ、嫁さん?」
「違う...どちらかと言えば、犬か。迷子だな。」
「......旦那、嬢ちゃんも物好きなのは、いるんですね。」
「どういう意味だ、それは。」
「怖っ!?そういうとこですよ、旦那。顔を自覚してくだせぇ...」
「余計なお世話だ...」
自分の顔付きくらい、重々に承知である。最近の少女は物怖じしないな、等と何処となくズレた感想を抱くくらいには。
とりあえず、ウェンフィーの頭をベシリと叩くと、ギルツは膝を伸ばす。
「痛ぁ!?」
「えぇ...?容赦ねぇ...」
「助かった。駄賃だ。」
「えっ?良いっすって。」
「本当に手間賃程だ、受け取って置いてくれ。そろそろ、俺も生き残るか分からんのでな。」
「そういう事でしたら、喜んで。」
内心でオイ、とツッコんでしまったが。とりあえず小銭を押し付けたギルツは、馬車の上に止まっていた鷹を伴い村に向かう。その後をウェンフィーが走って追いかけた。
「旦那、年下だったとはなぁ...」
村に入ると、真っ先にギルツは一番偉い人物、村長とでも言う人を訪ねた。滞在許可を貰いたかったからだ。
「馬小屋って...いや、構わないが...」
「...どうした?」
「若いお嬢さんには、きつく無いかね?」
「僕、男なので平気ですよ~!」
「あ、そうなのかい。いや、すまんね。隣の御仁と比べて、随分と細いもんで...」
「この人、おかしいからね~。」
うるさいのを無視してギルツが小屋に入り、中を確かめる。二人位なら眠れそうだ。
「置いてかないでよ!」
「知らん。」
まだ日も高い。森の中を捜索する時間はありそうだ。
(明日の夜には、帰ると言ってしまったからな...明日の昼までには狩っておきたい。それに...)
遺体の回収は、ギルドに任せても良い筈だ。ギルツにはその術もある。
「もー寝るの?」
「いや、夕刻までは探しても良いだろう...何でお前に説明しなければいけないんだ。」
「理不尽だ!?」
慣れた様にしているが、ウェンフィーとてギルツに睨まれれば怖い。
ついつい流されて世話を焼いた(?)ギルツも、どうやら平常運転に戻ったようだ。
「そういえば、その鳥は何?ずっと聞きそびれた。」
「コイツはコルゥ、俺の相棒だ。索敵や連絡に長けていてな...どうした?」
「へっ!?いや、何でもない...」
(今、見てはいけない物を見たよーな...)
少年のような喜びと優しさを含んだ、ギルツの笑顔。コルゥも、喉を撫でられて満足げに目を細めている。
何故だか見るのは憚られ、目を逸らすウェンフィーをギルツは怪しむ。
「...まぁ、そういう事だ。空と地上から探す。」
「はーい!」
「お前は来なくても良い。そのまま狩れれば、お前を探さなくても帰りたい。」
「コルゥは良いのに!?」
「コイツは俺が居場所が分かるし、俺を見つける才能もある。」
言い切ったギルツに、ウェンフィーは腕を振り回し反論を返す。
「何で分かるのさ!」
「魔剣の力だが?」
「......ほぇ?」
「...あっ。」
しまった、と思った時には遅く。
魔剣を差している事、昨日の騒動の場所で見たこと。それらが禍して口を滑らせてしまった。
「魔剣って!?何、魔剣士だったの!?場所って...【監視の魔剣】?属性の魔剣以外は、見つかって無い筈なのに...僕の誘いを断る訳だよ!」
「...面倒な。」
コイツの前では【創世の記録】も右目も封印しよう。そう思ったギルツだった。
閑話休題、ギルツはコルゥを放ち、自身は森に入る。
「待って待って!僕もチコっとなら、切っていいからさ!」
「何故、そうまで俺のクランに拘る。」
「だって...僕の事を構ってくれる人が、いないんだもん。変な所見る人か、子供扱いする人ばっかりで...」
「俺も雑なだけだ。」
「ノビてた人、ギルツさんがやったんでしょ?」
「そうかも知れんが、助けようとしたのはファーラだ。」
魔剣を出すには、【創世の記録】も出さねばならない。避ける為にギルツは説得に入る。
「僕はね、魔剣士として認められたいの!せめて綺麗でカッコいい女性剣士として!」
「魔剣は見たこと無い奴が多いだろうし、後半は本当に関係ない願望だろうが。」
「ギルツさん、僕を襲ってないもん。チャンス一杯あったのに。」
「無いわ。単純にお前に魅力を感じない。」
「腹立つ!」
そういう話では無かった筈が、いつの間にやら蹴られた。全快とは言えない足に、痛みが走る。
「き、さまぁ...!」
「ご、ごめん...そんなに痛かった?」
「昨日、折れかけたんだっ...」
「何で依頼受けちゃったの!?」
地べたに座り込み、ギルツはウェンフィーの目を見る。突然に睨まれ(ギルツにそのつもりは無い)、狼狽える。
「な、なに?」
(魔剣士...事実、腕は立つなら有り難くはあるか...俺の隠れ蓑にもなる。)
「お、怒っちゃった?」
(素直な性格ではあるし、何かしらの面倒も抱えてはいない...か?)
「あ、あの~...」
熟考するギルツの視線に耐えきれず、半べそのウェンフィーにギルツは問う。
「お前の目標は?」
「へっ?」
「だから、目標だ。クランに入る理由。」
「あ、はい!えっと、もっと上に上りたいから。名を上げて、皆に認められる様な、魔剣士に成りたいから!」
「...そうか。」
子供の夢を、そのまま持ってきた様な。そんな理由。なんともらしい理由だと、少し笑って続ける。
「何がおかしいのさ。」
「いや、好感が持てる。次だ、魔剣は何処で手に入れた?」
「む~...質問責め。これは父さんから貰ったの。父さん、足に怪我しちゃって、もう剣が振れないから。」
「剣術も父親仕込みか。」
「そうだよ?見る?」
「...今は嫌だ。」
足を指差し、ギルツは断った。
属性の魔剣。ギルツは最後まで、継承者を見ることは無かったが...この国に流れてもおかしくは無い。変な因縁に巻き込まれなければ、それでいい。
「最後だ。俺は最悪、クランを潰す程の行為に走るかもしれん。失敗すれば、いや成功しても。重罪だろう。」
「っ!」
「それでも、ついて来るか?」
「......ギルツさん、やっぱりそういう人なんだね。」
顔を見て後ずさるウェンフィーに、ギルツは肩を落とす。
調子にのり過ぎた。昨日の事で高ぶっていたらしい。聞かなくて良いことを、クランは関係無い事を口走った。助力を、無くても良いのに願ってしまった。
(しかし、顔で判断するのは失礼だろうに。まぁ、そんな噂、今更だが。)
始末はしなくて良いか。そう考えたギルツは、立ち上がり森に足を踏み出す。
「ちょいちょい!何で置いてくのさ!」
「いや、何故とめる?」
「連れてってよ!」
「罪人なんだが...」
「既に!?それは予想外だけど...僕は言わなくてもいー様な事も言っちゃうし何だかんだ相手してくれる、そんな律儀なギルツさんが良いの!」
もはや、誰の話をしているのかと。ギルツは首を傾げたが、ウェンフィーは続ける。
「そっけないし、無愛想だし、顔怖いし。不器用だし、すぐ諦めちゃうし、一人でやろうとするし。失礼だし、鈍感だし、腹立つけど!」
「喧嘩でも売っているのか?」
「同じ魔剣士で律儀なギルツさんが、造ったクランで僕は働きたい。」
珍しく真剣な顔付きで、彼女は此方を見つめる。
かなり意外に思い...嬉しさにそっと蓋をして。
「昨日今日の相手に、知ったように語るな。」
「痛っ!?時間は関係ないだろー!」
「うるさい。ほら、行くぞ。痕跡を見逃すなよ、木の傷や足跡だ。」
「...ほんっとーに素直じゃないよね。」
わざわざ説明を挟みながら歩くギルツに、頬を膨らませてウェンフィーは走る。
(マーテルさんの言ってた事、少し分かったかもな~...)
「ボーッとするなよ、この辺りは毒持ちの植物がある。あれとかな。肌が荒れると痒いぞ。」
「早く言って!?」
手足の出ている服のウェンフィーが、抗議の声を上げるが。ギルツはその歩みを緩めもしない。半分、照れ隠しも入っているのだろう。
「もー...」
風の魔剣を少し抜き、自分に風を纏わせて簡単に防備する。少しぐらいなら、弾いてくれるだろう。
「そういえば、【監視の魔剣】って案外普通なんだね?」
「ん?...悪いな、これは魔剣じゃない。業物なのは確かだが、普通の剣だよ。」
背中から外し、ウェンフィーに渡すギルツ。受け取った彼女は、少し抜いてその刃を眺める。
「おー...綺麗なのは分かる。」
「...まぁ、別に目利きが出来んでも良い。」
返して貰った剣を腰に差し、ギルツは再び前進する。まだ森も浅い。暫くは痕跡も出ないだろう。
「熊かぁ...首チョンパでいけるかな?」
「問題無いんじゃないか?出来れば、下半分。喉だけにしてほしいが。」
「細かいの、難しいんだけどね...」
「それと、子供も探すぞ。これは村の奴らが便乗した、サブミッションの様な物だが...」
「聞いて無いよ!?」
「そうだったか?」
少ない報酬でも、ついでならばと受けてくれる者もいる。それを対象にしたのが、追加依頼である。
誰かの依頼に、場所や目的が似通った依頼をのせるのだ。今回も村の人が、少ない財産を集めて来たらしい。熊の潜む森等、好き好んで捜索はしたく無い。普通なら高くなる。
「何時なの、いなくなったの。」
「依頼が来てからだから...2日だったか?」
「うぅ、早い方か...生きてると良いけど。」
「最悪、死体の回収も視野に入れる。...大丈夫か?」
「流石に慣れてるよ、そこは。この仕事で食べてきた訳だし...」
「そうか。」
人の、それも子供の痕跡ともなれば探すのは一苦労だ。隠してはいないものの、とにかく少ない。
「コルゥに期待だな。俺達は熊を追おう。」
「えー。」
「...驚異が減れば、生存率も上がる。縄張りに入って動く俺達がいれば、昼間も無闇に狩りにはいけん。」
「だから、すぐに探したの?」
「...早く帰りたかっただけだ。」
前に回り込んで、顔を覗くウェンフィーを押し退けて。ギルツは奥の大木に手をかける。
「外れか。」
「木?」
「そうだ。熊は縄張りに、尿の他にも爪痕を残す。鼻が良い訳でも無いからな、此方の方が見易い。」
「へぇ...ねぇ、もしかしてそれ?」
ウェンフィーが指し示したのは、ギルツの頭上。少し確認しにくい程上の場所に、くっきりと四本の爪痕が残っていた。
「ま、まさかね。間違えちゃったー...ハハハ。」
「いや...良くやった。」
その時のギルツの笑み、まさしくニヤリとでも聞こえてきそうな程に、口角が上がっている。
しかし、その目は冷たく燃え。まさに獲物を追い詰める猟犬、はぐれ狼の様であった。
向けられた訳でも無いのに、ウェンフィーは背筋が凍る思いだ。
「期待できる。お前は手を出すな、俺がやる。」
「嘘、足に怪我してるんでしょ!僕も...」
「いや、コルゥだ。子供が見つかったんだろう。」
上空を旋回する鷹を、ギルツは指し示して言う。ギルツの殺気で気づいたのでは、とでも言いたいタイミングだったが、ここで茶化せる度胸はウェンフィーには無い。
「子供を任せる。コルゥに着いていけば、必ず見つかる。賢いからな。」
「信頼してるんだね。」
「14年の友だからな。」
「...鷹って長生きなんだね。」
「倍は生きる。見失うなよ、行け。」
コルゥに合図を出したのか、ギルツはその場を走り去る。
飛び去るコルゥと、走るギルツ。迷いは一瞬、次の瞬間には、ウェンフィーはコルゥを追いかけて走り出した。
(概ね、希望通りだな。)
まだ彼女には、【魔眼】も【創世の記録】も見せるつもりは無い。コルゥのタイミングの良さに感謝だ。それに...
(あれだけの大きな個体、そうそう見ない。突然変異か...慣れない複数戦闘は避けたい。)
怪我をされても、怪我をさせても気分が悪い。ギルツは己の視野が、あまり広くない事は知っている。
対応は一つ、迎撃か反撃。それ以外、練習もしていない為に、動き回る二人では衝突しかねない。ギルツはともかく、ウェンフィーはそれに対応出来ないだろう。
(獣道...この辺りは巡回通路か。)
待つか、追うか、先回りか。子供にはウェンフィーが向かっているが...それでも、急ぐ理由はある。夜になれば、目に頼るギルツの方が熊よりも不利だからだ。
(探すしかないな。草花を見るに...此方に歩いていったか?擦れた後が残っている。時間はたってないなら、追いかけた方が早いな。)
反対に回る道は早々に放棄し、剣を抜いておいてギルツは走る。どうせ風上。匂いで気づかれる。ならば、音を消して速度を犠牲にする必要は無い。
痕跡を見逃さない様に、周囲に気を配りながら走る。手に持つ剣を木々に当てないように、後ろに流して持ち。追いかけ、追い詰める狩人の眼光は、一点を捕えた。
「もー、信じられない。怪我してるとか言って一人で行くし。丸投げするし!」
「お姉ちゃん...?」
子供の手を引いて、ぶつぶつと文句を言うウェンフィー。肩に止まるコルゥの所為で、頭が傾くのも機嫌の悪さを増していく。
「爪を緩める配慮があるなら、飛んで欲しいのですが...痛っ!翼って叩けるの!?狙い済ました一撃!ズレた優しさとか、すぐに叩く所とか、目付きとか!良く見たらギルツさんそっくりじゃん!やーい、コルゥのギルツさー、爪痛ぁ!嫌なの!?友じゃないの!?」
息継ぎも無く騒ぐウェンフィーに、鳥の癖に呆れる様に頭を振り、溜め息を吐く。
「あー!ギルツさんだ!もう、まんまそれだ!」
「お姉ちゃん...」
「ん?どしたのー?」
衰弱していた為に、気分も落ち込まない様にと騒いでいたウェンフィーだが、遂に限界かと視線を向ける。
しかし、重要なのは少年の体調ではなく...その向こうのデカブツだった。
「熊ぁ!?」
「ど、どうしよ...」
「...良い?良く聞いて。」
別人のように真剣な顔を向け、ウェンフィーはコルゥを示す。
「この子が村まで連れてってくれる。行って!」
言葉を理解しているのか、否か。しかし、コルゥは爪を立てずに少年の頭に飛び乗った。
「わっ!?」
「痛そ...ほら、走る!お姉ちゃんなら問題なーし!」
勢い良く抜き放つ曲剣は、風の魔剣。辺りに渦巻く風は、その剣の威光を表す一部である。
それを見た少年は、そんな英雄像を心に焼き付ける事になるのだが、それは別のお話。今の彼は、逃げるので精一杯の子供である。
「さーて、ちょっと大きすぎないかなぁって...ギルツさん、やられちゃって無いよね?」
地面から肩まで、ギルツの身長を越えそうな、そんな熊。茶色の毛並みに覆われた太い腕だけで、ウェンフィーよりも大きい。
「よし、頑張る!いっくよー!」
風を纏った疾駆は、驚愕させるには十分で。あっという間に顔の下に潜り込んだ彼女は、風の魔剣を一閃させる。
喉を狙って振られた剣は、そのまま屠るかに思えた。だが、驚く事に、熊はそのまま立ち上がり、剣は見事に空振る。
「嘘!?」
子供五人分は越えそうその巨体は、腕を左右に振り回し始めた。間一髪、跳び退いたウェンフィーの額を掠り、皮膚と髪の毛が舞い、爪を赤が彩る。
「速い...なんで?こんな、野生動物、いる訳が...」
「巻き込んだ、とも言えないが。その洞察力は見事だな。」
頭上から聞こえた声に、ウェンフィーが顔を向ける。そこには、聖職者の様な装束を纏った男が一人。
彼はそのまま、二本の白黒の短剣を弄ぶ。
「私が戦力にならんのでな、それに力を与えた。被った一部だが...問題ないな。人で無くても良いのか。」
「何を!」
「余所見していて良いのか?魔剣を壊してくれるなよ。」
そう、この男こそ、昨夜の紋様を刻んだ男である。魔剣を集め、ファーラを誘きだすために。ギルツとウェンフィーを狙ったのだ。
(馬を手繰るのは疲れたが...おかげで先回りは出来た。しかし、【魔狼】を殺れるかは、奴の目次第だな。)
下で行われる殺戮ショーでも見るかと思い...彼は驚愕する。
ウェンフィーは、そのしなやかな足腰で、木を蹴って三角に跳び。熊の背中にしがみついていたからだ。
「ちょ、ぉ!落ちるぅ!」
咆哮にも負けない声で叫ぶウェンフィーだが、その手に持つ魔剣は放していない。能力を使うほどは集中出来ないようだが。
やっと振り落とせても、すぐに受け身を取り走り出す。隙を見つけては、振り下ろされた爪を切り落とすまでやってのけた。
「甘く見ていたか...これでは【魔狼】が来てしまう。退散するか。」
彼の判断は間違ってはいなかった。何故なら、逃げようと考えた瞬間には、猛烈な殺気が辺りを喰らったからだ。
「...ギルツ、さん?」
「何でお前が?コルゥと居たのでは...いや、そういう事か。」
コルゥの位置を探り、ギルツは納得する。そして熊を一睨みし...木を見上げた。
「......」
「...本気で隠れられると分からんか。【監視の魔剣】が効いていればな。」
悔しげに呻き、ギルツは剣を構える。その先にいるのは、警戒を露にして動かない大熊だ。
その側で息を切らせるウェンフィーに、ギルツは離れるように命じる。
「でも...!凄く速いよ!?この巨体では信じられないくらい...!」
「俺に速さは驚異にはならん、度を越えて無ければな。剣は、通るのだろう?」
「厚いよ、魔剣でもないと...」
「必要そうなら、そうする。」
出方を伺うギルツに、待ちきれずに熊が襲いかかる。巨体も相まって、まるで目の前にいきなり現れた様に感じるだろう。...そこにいたのがギルツで無ければ。
振り下ろされた、丸太のような腕。右目を開眼したギルツは、それを横に避け。途中で剣で払い、傷を付け、いなし、斬る。
「嘘、あれを見切ったの...!」
(やはり、奴の力は...)
満足したかの様に男は、木の上から降りずに立ち去る。開戦してしまえば、【魔狼】とて獲物を逃すものだ。
その気配を感じて、顔をしかめたものの、集中力は切らさない。すぐさま返す刃で、熊の目玉を狙う。
「っと、流石に無理か。」
大振りな横薙ぎ。腕の動きをいち早く察したギルツは、射程外に跳び退く。指の傷が浅いのを視認し、ギルツは剣をその場に突き刺した。
「余分な警戒を招きたくもないな。やむを得ず、か。」
未だにハラハラと、撤退せずに見守るウェンフィーを見て。ギルツは頭を振りつつ溜め息を吐く。
「ウェンフィー。」
「はい!え?右目...」
「これから先は他言無用だ。嫌なら目撃するな。」
何の事か分からないまま、コクコクと頭を振るウェンフィー。それを確認し、ギルツは左腕を真っ直ぐに前に出す。一撃での必殺を得る為に。
錯覚だろうか、肉を裂き内側より出でる黒き本。白い反射の金縁が、その革を開きページを捲る。
「呼び出せ、【創世の記録】。来い、【執行の魔剣】。」
掌の上で浮く書物から、一振の剣が姿を表す。柄が見え、がっちりと掴まれて抜かれたそれは、仇為す物を刻む、審判の剣。
華美な物でも無く、あまりにもシンプルな黒と銀の剣を、ギルツは腰に添えて構える。
「来い、デカブツ。」
通じたのか、それとも魔剣の異様な気配からか。突進する熊に、ギルツは的確なタイミングで身を屈めて下を通り抜ける。
両手に構える剣は、微動だにさせず。ただ、睨みながら回避を繰り返す。
「ギルツさん...」
何度も避け続けたギルツが、唐突に右目を押さえた。見れば、血が溢れている。
「なに!?」
「手を出すな!...このぐらいで限界か。」
ギルツの決定的な隙。野生の勘だろうか、全力で踏み込み...そして悟った。それは、隙とも呼ばない物だった事を。最初から、その一瞬で十分だったのだと。
回り込むように下へ身を滑らせたギルツが、その身を大きく回す。左から下、そして上へ。腰だめの位置にあった魔剣は、弧を描いて喉を裂く。
そのまま一回転して姿勢を戻し、後ろへと走り抜けたギルツ。後ろで重い何かが倒れた音を聞き、ギルツは魔剣を本へと戻した。
「~~っ!凄いや、ギルツさん!シュッて!ブワッて!!」
「頭に響くから止めてくれ...慣れれば時間も伸ばせると良いが。」
右目から溢れた血を拭い、ギルツはぼやく。地面に差していた剣を取り、血と油を拭ってから鞘に戻す。念のため、まだ背には直さない。
本を腕に戻し、高らかに指笛を鳴らす。程なくして、コルゥが森の上を飛んできた。左腕に止まらせ、喉を優しく掻きながらギルツは尋ねる。
「ご苦労、コルゥ。もう一仕事頼めるか。」
指笛の様な鳴き声で返事をし、コルゥは片足を上げる。そこでふと、ギルツは柔らかかった顔を仏頂面に戻した。
「どうしたの?」
「紙を忘れた...メモをギルドに出せば、遺体の回収はやってくれるんだが。」
「紙?持ってるよ。ファーラちゃんとお話しようと思って...」
「本当か?貸してくれると助かる。」
紙の束を取り出しながら、ウェンフィーは苦笑いを溢した。
「一枚くらい上げるよ...あ、報酬。一部ちょうだいね?」
「山分けで良いだろう。」
「熊はほとんど何もしてないよ、僕。」
「子供を見つけ、足止めをした。続けてれば狩れたろう。」
「逃げるのに結構、必死だったよ?どのみちあんなに綺麗には、倒せないから。三割ね。」
「それで良いなら良いが。」
ペンを忘れたので、血文字で獲物のサイズと場所を記して、コルゥの足に結ぶ。多分、見た職員は驚く事だろう。
「頼むぞ、コルゥ。今晩は肉を食えるぞ。」
高らかに鳴くと、勢い良くその翼を広げてコルゥは飛び立つ。場所も覚えているのだろうか。
「明日の昼前には回収隊がくるだろう。それまで、これをどうするか...ここで寝るか。」
「馬小屋の意味...」
「ここまでデカイと思わなかったんだ。...ん?」
遺体をまさぐって、血を抜く方法を探っていたギルツが、ピタリと止まる。
「...お前、良く無事だったな。」
「ふぇ?急に何?...て言うか、名前!さっきは呼んでくれたのに!」
「...まぁ、良いか。」
三つの紋様を見つめ、ギルツは溜め息を吐く。所有者が死んだからには、やがて消えるだろう。
「......ねぇ、聞きたいこと。結構あるなぁ?」
「火でも囲いながらならな。薪を集めてくれ。どうにか血を抜けないかやってみる。」
「それなら僕がやるよ。抜き取れば良いんでしょ?」
鞘から【風の魔剣】を抜き、ウェンフィーは自慢げに笑う。薪集めは、どちらがやるか決まった様だ。
肩を竦めながら、ギルツは暗くなり始めた森で薪を拾い始めた。
焚き火に追加の薪を放り込みながら、ギルツは夜空を見上げる。コルゥはどうやら、ギルドの方で寝ることにしたらしい。
持ってきていた干し肉を齧りながら、頼りになる相棒を思う。何故に今日に限っていないのかと。
「......」
「...」
互いに無言のまま、火を見つめる。後ろの血溜まりの異臭も、気にならない程に気まずい静寂。
(どうするか...【魔眼】、いや【トガビト】の事をどう話せば...【創世の記録】も、魔剣士なら知っているかもしれん。)
(聞きたいことが多過ぎて...しかもどれも地雷だよね?ヤバそうな内容で聞きづらいよ...)
(俺は)(僕は)
((どうしたら...))
炎が弾け、焚き火が崩れる。石を剣で押して並べ直し、三度、薪をくべる。
こういう時こそ煩くしてくれ、とギルツはどこか投げやりに、ウェンフィーを見る。彼女も此方を見ていた。
「...ふぅ。何から聞きたいんだ?」
「ん、と...怒らない?」
「気にする事あるのか、お前。」
「失礼だね!?僕もそれぐらい...」
少し思い返し、彼女は否定をやめた。程度はあれど、結構怒らせた気もする。
「じゃぁ、その目とか本は聞かない。怖いし。」
「まぁ、聞かない方が良い。面白い話でも無いしな。」
「気になるから止めてよ。それよりも...最後の問いが気になってるんだよ。クラン潰すとか、重罪とか。」
「あれか...気にするな。クランを巻き込むつもりは、無かったんだ。少し錯乱していてな、あれは俺の問題だ。」
「いや、止めよーとしてるんだけど。」
「断る。」
提案をバッサリと斬ったギルツに、ウェンフィーは不満げに睨む。そんな事をされても、恐怖など感じないが。
「まぁ、いいや。クランに入ったら、止める機会はあるし。」
「おい...」
「いーじゃん、別に。僕は犯罪はダメだと思うな~。」
「コイツ...!はぁ、出し抜けば良いか。」
「ちょっと!」
ぶつぶつと続けるウェンフィーだが、結局は眠気が勝ってきた。
「全然、聞けて無いし...知りたい訳じゃ無いけどさぁ...」
「文句の前に寝たらどうだ?火の番ぐらいならしてやる。」
「襲わないでよ...」
「誰が...もう寝たか。」
言うだけ言って寝たウェンフィーに、叩き起こしてやろうかとも考えるが、無視に決めた。足も痛むし、彼女の疲れも分かる。
(しかし...こんなに素直に退くとは。思った以上に、バケモノでは無いのか...?ならば、何故あの人が...)
時折近づく獣を払い、ギルツは眠れぬ夜を過ごした。
ピィーー、ピーー!
響く声に目を開けて、ウェンフィーは朝日に目を細める。
「もう朝...?あれ?何で森?」
「寝ぼけているのか?」
コルゥを肩に乗せ、ギルツが此方に歩いてきた。その足元は少し赤い。腰から外して手に持った鞘に、剣を納めつつそれを背に直す。
「うぇ!?男の人!?これが朝ピー」
「コルゥ、黙らせろ。」
「痛ぁ!そーだ、ギルツさん!酷いよ、朝から!」
「酷いのはお前の頭だ...」
頭をつつかれて喚く彼女に、ギルツは頭を振りながら溜め息をこぼす。
寝起きのウェンフィーには関わらない事を決めつつ、ギルツは焚き火を踏みつけて消す。まだ僅かに燻っていた火が、パッと散り、消える。
「乱暴~。足癖悪いって言われない?」
「...マーテルから聞いたか?」
怪我をした脚では、あまり動かした覚えは無い。疑問に思いつつも、対して気にはせずに世間話程度に語りかける。
「うん、あの人ギルツさんの事、凄い話してくれるもん。」
「そんなに長い付き合いは...いや、もう一年か。」
「僕は半年前からだから、知らなーい。でも、結構見られてたみたいだね?」
「そういう商売だろう、別に腹は立てん...どうした?」
「別に~。」
ニヤける彼女を気味悪く思いつつ、ギルツは石を放っていく。火の跡も、なるべくなら残さない。
コルゥを可愛がりながら、ウェンフィーはそれを待っていた。
「ねぇ、ギルツさん。」
「どうした?」
「...僕とお昼まで稽古しない?足、大丈夫でしょ?」
「枝で良いならな。」
「やった!」
剣を置いて、ギルツは手頃な枝を探す。そんな彼に、ウェンフィーが二本の枝を差し出した。
「どっち?」
「長い方を。」
「有利を取る気だなぁ!」
「阿呆、腕の長さを考えろ。同じぐらいの剣が、一番慣れている。お前もだろう。」
「だと思った!」
二人にぴったりの物を持ってきておいて、と呆れるギルツに彼女は笑顔を返す。調子を狂わされて、ギルツは少し顔をしかめた。
少し振る。しなる枝は、軽い打ち合いなら折れる事は無さそうだ。本気で打ち合いでもするなら、木剣でも購入するか、とギルツは予定を決めた。
「開始の合図は?」
「コルゥが鳴いたらだ。枝の折れた方が負け、それで良いな?」
「オッケー!じゃぁ、いっくよー!」
高らかなコルゥの声に、ウェンフィーは弾かれた様に前に出る。
少し余裕を持っていたギルツも、すぐに右目を開眼する。
(焦った...これほどとは。)
振るわれる枝をしっかりと観察しつつ、その身を横にずらす。自らの枝は振らず、ギルツは回避と観察に専念する。
「何で当たらないの、さ!」
「いや、狙いは正確だ。正直に言えば、かなり難儀な...っ!」
フェイントを交えた逆袈裟。下からの一撃は数瞬の遅れを生じさせ、冷や汗が頬を伝う。
(なるほど...自信を持つだけはある。)
体の捌き方、当て感、踏み込み時。全てギルツを唸らせる物ばかりだ。
だが、甘い。見せる分には合格だが、勝利条件をふまえてならば、それは悪手。剣に見立てたその枝は、敗北を招く両刃の剣だ。
「りゃあぁ!」
ギルツの退くその一瞬。合わせて踏み込んで来たウェンフィーの、鋭い一撃がギルツの喉を狙う。
ギルツが隙を見せた訳でも無く、まさに即興の必殺。しかし、ギルツの紅い眼光はそれをしかと見つめていた。
パシン!
軽い音が響き、枝が宙を舞う。中程で折れた枝は、ギルツに届かずに空振り。飛んだ枝をオモチャとばかりに、コルゥが空中で捕えて運んできた。
「...えっ?」
「お前、振り抜く気だったろう...」
絶対に痛い。とんでもない奴だと、ギルツは右目を閉じて溜め息を吐くが、ウェンフィーはそれどころでは無い。
「うっそ、折れた!?なんでさ、絶対入ったと思ったのに!」
「あれだけ振れば、弱った所が大きくしなる。見ておけば、そこに此方の枝を合わせて振れば、折れる。まぁ、少なくとも出来る奴はいないが。」
「やった本人が言うかなぁ!?」
「理不尽だろう?俺も、やられた事がある。」
懐かしげに、柔らかい笑みを浮かべるギルツ。ここで言い返すの無粋かと、ウェンフィーも黙るしかない。
「それに、振り続ければ、いつか折れていたぞ。適当に拾った物なのだから。」
「うぅ...反則だぁ!」
「否定はしない。だが、しっかりと観察させて貰ったからな。次は【魔眼】無しでいくか?」
「【魔眼】って言うんだ...僕も出来る?」
「いや、これは習得は出来ん。やるつもりも無い。」
「うーん、残念!じゃ、もっかいやろ!」
新しく良い枝を、コルゥが持ってきてくれたので、ウェンフィーは笑顔を見せてそれを手に持った。
何だかんだ、ギルツも楽しんでいる。ニヤリと笑うと、二つ返事で承諾した。
二人が打ち合いを止めたのは、何度目かのウェンフィーの勝利の時だった。
「ギルツ...お前...そんなコミュニケーションみたいな真似が出来たのか。」
「失礼な奴だ。熊を頼む。」
「あいあい...デカぁ!?」
「大きさは書いたろ?」
「実物見るとじゃ違ぇって。はぁ~...」
折れた枝をギルツが捨てて、剣を背負う。荷物は村の馬小屋だ。
ウェンフィーも剣以外を捨てて、ギルツの後ろに走りよる。
「じゃ、任せたぞ。」
「おぅ、依頼の云々は上手くやっとくよ。しかし、コイツは高くなるだろうなぁ...」
「少しなら懐に入れても構わん。傷口の件や、俺が受けた事は黙ってろ。」
「へいへい。しっかし、本当に業物なのな、その剣は。」
加治屋でも剣士でも無い彼を、騙すのは易い。それに、深くも詮索しないだろう。
ギルツは職員の間では使えると評判だ。態々、彼の頼みを無下にするのも、少ない。ちょろまかしても、見逃してくれるからだ。
「でも、そんなお前でも負けるって、その子は?」
「五回に一度くらいだ。...まぁ、手練れなのは認める。」
「そういうのはさ、本人に言うべきだと思うなぁー?」
「だよなー、ガキンチョ。コイツももう少し愛想ってのをよー。」
「待って、さっきのその娘じゃなくてその子?」
「あー、ほら。行くぞ。」
面倒の気配を感知して、ギルツは彼女を引きずって行く。騒ぐウェンフィーの頭にコルゥが乗り、首を振って息を吐く。
森から帰ると、村の方は賑わっていた。デカイ荷車を引いた馬が、いきなり来て驚いているのだろう。
「あ、お姉ちゃん!」
「ヤッホー、大丈夫だったでしょ?」
飛び付く子供の頭を撫でている彼女を放置し、ギルツは馬小屋から荷物を取ってくる。
帰りの足をどうするか、考えていると村の人だろう、男性が寄ってきた。
「ありがとうございます、うちの倅を助けていただいて...」
「俺では無い、あっちの少女だ。...腰の後ろに、緑の剣を差してる奴だ。」
探す素振りを見せた村人に告げて、ギルツは村長を探す。ギルドに後を任せて、馬でも借りるか、と考えたのだ。
それよりも早く、ギルドの職員らしき男が声をかける。
「足の用意をしていないだろうと、馬を連れてこられていますが...」
「...出世するな、アイツは。助かる。」
割と勢いで動くギルツには、基本バックアップを用意してくれる。気遣いの上手い奴だ、とは常々思うが、未だにギルツは名前を覚えてない。
しかし、自由な馬は一頭の様だ。慣れてきたとはいえ、相乗りとなれば、嫌でも接触が増える。
(流石に怒るだろうか。)
置いて帰るか悩んでいると、ウェンフィーが挨拶を終えて駆けてくる。
「お馬さん?」
「あぁ、ギルドのだがな。」
「ギルツさんのお友達かと思った。」
「動物が友と言う訳では無いんだが...」
ウェンフィーと頭に乗るコルゥが、疑いの目を向けるが。ギルツはそれを知らんぷりし、馬に跨がった。
「ほら、乗るんなら乗れ。コルゥは悪いが飛んでくれよ、お前を肩に乗せて馬は手繰れないからな。」
「苦手なの?」
「否定はしない。」
「じゃ、コルゥは僕の肩ね~。」
ギルツの後ろに横向きに座り、ウェンフィーは拳を高く上げる。上機嫌なのは、村でお礼でも言われたか。まぁ、悪いことでは無い。
「落ちるなよ。」
「もっと抱きつけって?」
「...落ちろ。」
前言撤回。非常に疲れながら、ギルツは街まで馬を走らせた。
街に着いて早々に、ギルツはギルドに馬を返す。休ませながらとは言え、荷を積んだ馬車より遅い筈も無く。半日と経たずに街に戻れた。
今は夕刻。干し肉ばかりで、少し飽き飽きしていた所だ。少しの贅沢は良いだろう。
「何か食うか。」
「うー、お尻痛い...えっ?何?」
「いや、食うかと。携帯食ばかりだったからな。」
「デートのお誘い?そうじゃ無いなら、僕はマーテルさんの所をオススメするよ。」
「......まぁ、ちょうど良い時間か。そうするとしよう。」
コルゥをギルドの鳥小屋に帰し、森で狩った獲物の肉を渡す。
「また来る。他の奴らを襲うなよ?」
一鳴きしたコルゥは、上の止まり木まで飛び、肉を裂いて食べ始めた。
「伝書鳩?食べない?」
「コルゥはかなり利口だ。獲物とそれ以外の見分けはつく。」
「すっごい信頼...」
自覚するには時間が足りていないが、ギルツがここまで話し、剣の打ち合いやコルゥの止まり木を任せたのは、ウェンフィーだけである。
彼女も、この国の人間の中では、かなり信頼されている方だろう。魔剣士と言う業がそうさせたのか、彼女の人柄なのかは、本人にもきっと分からないが。
「いらっしゃ...ギルツさんですか。」
「声。低くなりすぎだろう。」
「意図的に高い声を出すのも、結構疲れるんです。ギルツさんなら、問題無いかと。」
「客なんだが...」
入った途端に、これである。ギルツが寄り付かないのも頷ける。
店内は夕刻と言う事もあり、ちらほらと酒呑みが集まり始めている。
「お?お!?楽しそうだね!」
「お前は...つい一昨日の事も忘れたか?」
「今日はお一人じゃ無いも~ん。ヤッホー!おじさーん!」
「...子守りの気分だ。」
「......ふ~ん、そうなんですか。何があったんですかね。」
「関係あるか?それより、飯。」
少し冷たい目で見るマーテルに、ギルツは端の席を陣取って硬貨を渡す。いつものお任せだ。
受け取ったマーテルが、奥に行く前に一言告げる。
「今日は宿代、要りませんから。あの娘が貴方の分まで、働いてくれたので。」
「あの娘?」
「話をするって、約束してませんでした?貴方が手込めにした...」
「待て、それは語弊がある。誰か分かったから良い。」
流石に子供から代金を取る気も無い。追加の硬貨を渡し、ギルツは店内を見渡した。
「あの娘なら奥ですよ。話さないから、表だと動けなくて。」
「あぁ、この騒ぎだとな。」
頷きながら、先日マークした男が居るのを確認し、ギルツは観察を続ける。
こうなれば、会話にはならない。強引に割って入る気は無いので、マーテルは奥に引っ込んだ。
(クランの設立は、もう少し先になるだろう...彼の勧誘はその時に持ち越すか?しかし、パーティを組んでの活動にも、互いに慣れておきたい...)
顔つきのせいで、彼が訪れる所は大概、固定の人が対応する。マーテルが奥に行った今、ギルツを気にする...いや接客する者はいない。
心置きなく思案にふける事が出来「はぁ!?」
「マジでか、嬢ちゃん。」
「凄ぇな、これが...」
「お、俺にも見せてくれよ!」
「え?あれとやりあったの...?」
「アタイとも稽古してくれよ!」
「いや、ここは俺が!」
(煩い...)
騒ぎはどんどん、人を巻き込んで大きくなる。時々此方に視線が来るのを鬱陶しく思いながら、ギルツは先程の男を探す。
...いた、中央でウェンフィーと並んでいる。二人とも剣を抜き、ドヤ顔を披露している。
(帰るか?)
明らかな面倒事の予感がし、ギルツは席を立とうとする。こうなると店の者で、止められる奴はいない。皆が引っ込んでいるだろう。
「...待てよ、あの男っ!」
振り向いたギルツは、その違和感が正しかったのを知る。
男がかざすツーハンドソード。ゴツゴツとした装飾のある、黄色がかったそれは、見覚えのある物だ。
(【土の魔剣】...!なるほど、気にかかる訳だ。)
魔剣士としての何かが、ギルツの目を引いたのだろう。あの時は剣を持っていなかったが、今日は仕事帰りなのか、軽装備ながらも戦士の出で立ちだ。
巻き込まれない限り、観察することにして。ギルツは二人を見守る。
「お待たせしました。...で?何です、あれ。」
「魔剣士の会合だ。見物だぞ、二重の意味で。」
「まぁ、確かに愉快な人達ではありますね。」
ノリノリでポーズを決める二人は、既に酒が入っているのか、顔が赤い。
周りの者達も散々に持て囃すので、止まる筈も無く。
「魔剣士なら、私の前にも居ますけどね。」
「忘れてくれ、と言わなかったか?」
「忘れませんよ?貴方の事ですから。」
「...?そうか。」
そんな二人に、唐突に視線が集まった。ギルツがそれを感じて振り返ると、いつの間にか静まり返った全員がギルツを見ていた。
視線があったウェンフィーが、少し顔を青くする。酔って吐き気がした訳では無いだろう。
「...なんだ。」
「えーと...僕が中々勝てないって...」
「お前は、魔剣士だろう...」
頭を振り、重く溜め息を吐く。とりあえず出された食事を掻き込み、マーテルに一言。
「酒。シラフで参加する気が起きん。」
「せめて裏でやってくださいね。壊したら弁償ですから。」
剣士として、興味の理由は非常に良く分かる。ならば、簡単だ。今の酔いに浮かれた空気の中で、記憶に詳しく残らんうちに、自身への興味を消化する。
出された一杯を一気に飲み干すと、ギルツは裏口で木剣を取りながら振り向き、言う。
「喰われたい奴から、着いてこい。」
「う、おえぇぇ...」
「お酒、強くないんだから...飲んですぐに動けば、そうなりますよ。」
「ぐぅ...厄日だ。」
まだ少し酔いの残るギルツが、折れた木剣を置いて吐く。隣で水を用意したマーテルが、それを差し出した。
店内に残るのは、見物者と剣士ではない者達。そして、三人の魔剣士である。残りは裏で安らかに寝ているだろう...死んでない。
「凄ぇな、あんた。全員まとめてノシちまいやがった。」
「おたく程じゃ無い。」
「そうかねぇ?」
つい、酔いも手伝って開眼さえしてしまったギルツは、久し振りにはっちゃけてしまった。剣の中をすり抜け、笑いながら次々と急所に剣を振るう様は、狂犬の様であった。
らしくない事をした代償は、猛烈な吐き気と嗄れた声である。
「ウェンフィー、二度と言うなよ...」
「で、でもさ。ギルツさん楽しそうだったし...」
「二!度!と!言うなよ?」
「はぃ~...!」
縮こまるウェンフィーに、ギルツは追撃を与える前に吐き気に襲われた。
「ぐ...」
「死にそうだな、狼さんよ...いや、刹那の【魔狼】か?」
「っ!」
酔いも覚める勢いで、ギルツは男を見る。彼はニヤリと笑いながら、深く二度ほど頷いた。
「やっぱりか。俺はサクスムだ、あんたの目玉の知り合いだよ。あの動きは忘れねぇさ。」
「...彼は、あの人は死んだ。」
「だろうな。止めとけっつったのによ。」
「うぇ?知り合い?」
「目玉のな。」
サクスムと名乗った男は、豪快に笑いながらそう訂正する。
未だに過去を吹っ切れないギルツは、彼の姿勢を少し羨ましくも、妬ましくも感じた。
「てことは、だぜ。下巻は丸ごと無くなったか?」
「...上で話す。先約もいるからな。」
「了解。ここであったのも何かの縁だ、じっくりと話し合って、夜の酒で流しちまおう。」
「マーテル、部屋を一つ頼む。」
「どうせ、泊まるつもりだったでしょう?」
ファーラちゃんが、先に奥の部屋に行ってます。それだけ告げて、彼女は店に戻っていった。いつまでも仕事を抜けてはいられない。
「僕は...お邪魔かな?」
「ペラペラ喋らんなら、聞いてても良い。」
もうなるようになれ、とでも言わんばかりに、ギルツは投げやりに許可を出す。どうせ、巻き込まれる。そんな予見めいた何かがあった。
「...以上で報告を終わります。」
「そうか、生きていたか...バラバラの魔剣を探すよりも、好都合だな。」
「しかし、彼の者は【刹那の魔眼】を。」
「なに?...確認した魔剣は。」
「監視と執行です。」
「【終の魔剣】は無い、か。あれは何としてでも手にせねば。そして、神を再臨させるのだ。決して教皇にはバレるなよ。」
「はっ、抜かり無く。」
教会の地下での不穏な会話も、地上の民には届かない。
そして、それはゆっくりと。しかし、確実に動き出す。巫女を作り、捧げる為に...
部屋には、普段着(少し大きいので、マーテルの物だろう)を着たファーラが眠っていた。ギルツがウェンフィーに起こさせると、彼女は少しキョロキョロと辺りを見渡し、メモを取って書き記す。
『すいません、少し眠ってました。』
「いや、問題ない。仕事で疲れたんだろう。」
「なんかギルツさんが優しい...?」
椅子を引きずって来て、座るサクスム。
ファーラの隣、ベッドに腰かけたウェンフィー。
壁に寄りかかったギルツが、全員に話す。
「せて、どこから話すか...」
「先約とやらに譲るぜ、俺は。」
ウェンフィーは態々、口を手で抑えている。介入する気は無いらしい。
『まずは、私の事を知って欲しいです。そして、お願いを聞いて欲しい。』
「了解した。」
彼女は速筆だが、喋るより早い訳では無い。これでは読む時間も入れて倍はかかる。
時間短縮のためにも、サラサラと書き綴る内容を、ウェンフィーが読み上げて行った。顔を近づけるには、男性二人は強面すぎる。
「えーっと...
『私は神を再臨させるための巫女として、彼等に育てられました。教会の中でも異端な彼等は、裏と呼ばれていました。
私の【御噺】が重要な様で、色々な力を押し付けられました。もう、戻りたくはありません。
【御噺】は喋った事が実現してしまう力です。どんな形になるかは、分かりませんが...戦争を止めて、と願った私は、周囲の武器を持った人が皆死んでしまう事で叶えられました。それ以来、教会暮らしです。』」
「待ってくれ、理解が追い付かん...つまり、力を制御して神を起こす、と?阿呆か?」
「僕に言われても...」
ギルツが唖然としていると、サクスムが納得したように頷いた。
「嬢ちゃんを見つけるまでは、魔剣を求めて戦争を起こしてた訳だ。その被害者が、あんたら二人って事だな。」
「僕には理解が出来ないや...」
憎々しげに顔をしかめたギルツと、顔を伏せるファーラ。
とりあえず、とギルツは先を促す。ウェンフィーを向いて。
「お願いとやらは?」
「やっぱり僕が読むのぉ...
『お願いは一つです。十二の魔剣を集めて』えぇ!?」
「続きは。」
「はーい。『十二の魔剣を集めて、【創世の記録】に再び集め、正しい所持者に帰すこと。それが出来れば、彼等も迂闊には動けないから。』...そうなの?」
それには、ギルツが頷く。
「抑止力にはなるだろうな。事実、派手な動きは一切無かった。陛下もあの人も、裏の事には通じていなかった為に防ぎ切れなかったが...」
「陛下?お前さん、そんな事良く知ってるな?」
「少しばかり、縁があっただけだ。それで?保護を頼む、と言う訳か?」
尋ねるギルツに、ファーラはメモを記して応える。
『可能なら。出来なくても、この力を無くして欲しい。』
「成る程な...理解した。」
少しの沈黙、不安を露にするファーラに、ギルツは頷く。
「俺は構わん、当初の目的と一致する。」
「お前さんも書物を探してんのか?」
「あんたは?」
「友の忘れ形見にゃ、会えたがな...魔剣に関しては、俺はさっぱりよ。集めるとどうなる。」
サクスムに向かいあい、ギルツは尋ねる。
「答える前に、命にかえても他言しないと誓ってくれ。」
「おぅ、右腕にかえても。」
誠意は伝わった。ギルツは左腕を伸ばし、そこが発光して裂け始める。驚くサクスムの前で、中から出現した書物がフワリと浮く。
「下巻ならここに。上巻は破壊されたんだ、再び創る必要がある。一人に所有権を譲り、体の一部を差し出さねばならん。継承では無いからな。」
「こりゃ...たまげた。じゃ、お前さんは...!」
二度目のファーラとウェンフィーは、それほど驚きは無い。しかし、次の彼の言葉には驚いた。
「英雄の弟子で皇太子って訳か!」
「え...?」
「うえぇ!?」
咄嗟に口を抑えて声を殺したファーラと、全身で驚愕するウェンフィー。
しかし、それに反応するものはいない。サクスムはギルツを、ギルツはサクスムを見ていたからだ。
「あの人に聞いたか。」
「まぁな。まさか王子様たぁ、思わなかったが...」
「国も無いのに王子も何も無い。」
「ん?待て、てぇことはお前さん、若いな?」
固まる二人を置いて、男二人は話を進め、理解を深めていく。
「王子様ぁ!?あの、ギルツさんが!」
「あのとは何だ、あのとは。」
「無愛想、不器用、鈍感野郎と三拍子のギルツさんだよ!」
「斬ろうかな、コイツ...」
ギルツがいい加減黙らそうと思った所で、サクスムが手を打ち鳴らす。
「まぁ、夫婦喧嘩は後にしな。嬢ちゃんが困ってるぞ。」
「無いな。」
「僕、王女?」
「絶対に無いな。」
「否定が強くなってる!?」
とりあえず、とギルツは【創世の記録】から、魔剣を二振り取り出した。
「こんな風に、魔剣が記されているから、それを実体化する。遠くから戻す事も出来る。」
壁に投げつけた【監視の魔剣】を、光の粒子として消し、再び本から取り出すギルツ。
「幾つか足りないがな。下巻は六振りの魔剣があった...と言われている。」
「お前さんは継承って訳か?」
「あぁ、陛下からな。左腕を差し出し、受け継いだ。その頃には既に今の本数だ。継承ならば、全て集める必要は無いからな。」
本を戻しながら、ギルツはそう締めくくる。それにサクスムは頷き、結論を下した。
「まぁ、差し出すっつっても、無くなりはしねぇんだな。最悪、魔剣を渡せば良い、と。」
「あぁ。全てが揃えば、魔剣は比べ物にならない力を発揮する。誇張無く、一振で山を砕く勢いだ。」
「嬢ちゃん、魔剣は何本集まってる?」
サクスムが尋ねれば、ファーラは予想していたのか、書いてあったメモ用紙を取り出す。
『先週逃げ出したばかりで、まだ一人も。』
「捕まらなかっただけ、運が良かったな。最悪、手足は無くても人は生きる。」
「ギルツさーん?怖いから。慰めかたを、完璧に間違ってるから!」
「む?すまん。」
少し顔を青くしたファーラを、後ろから庇うように抱き締めて。ウェンフィーはギルツを睨む。
彼は頭をかきながら、サクスムに振り向いた。
「あんたはどうする、これから。」
「そりゃぁ、俺が聞くことだな。なぁ、皇太子さんよ?」
「止めてくれ、似合わん自覚はある...良ければパーティを組まないか?クラン設立を目指して、活動していくつもりだ。」
「へぇ?...過去に縛られんなよ、坊主。羨望は身を滅ぼすぞ。」
「...あぁ、肝に命じておこう。」
「ま、何をするでも無いしな。面白いから着いていこう。よろしくな、皇太子。」
笑うサクスムに、酒臭いとだけ告げて。ギルツは事が進む感触に、手応えを感じていた。少しずつ崩れはするが。確かに目標に向けて、歩みは進んでいる。
『皆さん、協力してくれるのですか?』
「俺は、な。」
「ギルツさんがするなら、僕も~。魔剣も返して貰えるんでしょ?」
「まぁな。書物の持ち主の意向次第だが。」
「俺も賛成だ。アイツの弟子なら、俺の弟子も同然だ。頼ってくれて良いぞ?」
三人の魔剣士が、それぞれに意思を表明する。それは、魔剣を刺される軟禁生活を送っていた少女が、外の光に手を伸ばし、届いた瞬間だった。
「...っ!?なぜ泣く!?」
「そりゃ、皇太子が泣かせたんだよ。」
「だよね~。あ、外では皇太子って呼ばない方が、良いんじゃない?」
「ん?そうだな...じゃあマスターだな。クランマスター予定なんだろ?」
「良いね!僕もマスターって呼ぼうかな。」
「いや、助けてくれ...」
嗚咽を漏らして涙を流す少女に、孤高と呼ばれた狼は戸惑う。
きっとこれは始まりに過ぎない。しかし、今この時。達成感に浸るのは、誰も責めやしないだろう。
故に感謝と喜びを込めて。胸いっぱいの万感の思いを載せて。少女は言の葉を紡ぐのだ。【御噺】を語り継ぐ様に。
「ありがとう、ございます...!」
数ヵ月後。
あれから魔剣は探しても見つからず、噂を集めるに留まっている。【創世の記録】上巻。属性の魔剣の書物を創るのは、暫く先になりそうだ。
しかし、歩みが完全に止まっていた訳では無い。一つの小さな施設の前で、ギルツは剣を振っていた。
「よぅ、マスター。早朝から元気だな。」
「若いから、な!」
「ハッハッハッ!違ぇねぇ!お前さんも後15年すりゃ、俺の気持ちも分かるさ。」
身の丈程の木剣を、【土の魔剣】に見立てて構えを取るサクスムに、ギルツは木剣を構える。
「久し振りに手合わせでもするか?」
「良いねぇ、【魔眼】は無しだぜ?」
「使わずとも止まって見えるほど、あんたの剣は慣れたさ。」
「へっ、やってみろ!」
「二人とも~!皆来たよー?」
「「後で、だな。」」
互いに分かりきった意思を確認し、ギルツ達は入り口へ回る。そこには、友と、十人近い剣士と、最年少の魔剣士。そして、一人の少女が待っていた。
「ピー!」
「ギルツさん。」
「「「兄貴!」」」
「もうよろしくやってるよー!」
「すいません、姉貴がもう始めちゃって。」
「遅いぞー、オウジサマー!」
『ようやくですね、おめでとうございます。』
喧しい皆と一枚のメモに囲まれ、彼は宣言する。長く望み、懐かしさを感じる、剣士達の集まり。彼の、彼等の仲間の居場所を。
「クラン【剣士の宴】の設立を、ここに宣言する!」
「「「「「イエー!!」」」」」「ピィーー!」
「おっしゃ!呑むよー!」
「もう姉貴呑んでるし...」
「ガハハハハ!」
彼等の旅路は終わりでは無い。しかし、不安は無いだろう。頼れる仲間達が、こんなにもいるのだから。
袖を引かれ、見下ろした先には、翡翠の目を細め、笑顔を浮かべる少女がいる。
「ん?」
『ギルツさん、ありがとう。』
メモを読み、彼は笑って彼女の髪を撫でる。
「無論だ。もう、仲間だろう?」
「あー!ギルツさんがイチャついてるー!いけ、コルゥ!」
「阿呆、コルゥは俺の友だ。」
「何で交じるのさー!」
喧騒も悪くない。孤独に落ちた狼は、過去を振り払い微笑んで見せた。