表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
<R15>15歳未満の方は移動してください。
この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

魔狼と十二の剣

隻眼の魔剣士 と 御噺の巫女

作者: 古口 宗

 晴れやかな光に、子供達の高い笑い声が溶けていく。そんな錯覚を覚えるような、穏やかな快晴の日。

 藁葺き屋根に囲まれた広場、中央の木陰で一人の老婆の声がする。子供達はその周りで一人、また一人と耳を傾ける。


「むかしむかし、何にも無かった頃のお話。

 神様は初めに『火』を創られた。それは暖かさと活力を。

 お次に『風』を創られた。それは自由に飛び、空間を。

 三番目に『水』を創られた。それは命を生み出した。

 そして、『土』を創られた。それは命を育んだ。」


 一人の語り部に、子供達は興味津々に集まってくる。


「僕、知ってるよ!次は時間だよね!」

「そうだよ、坊や。神様は命を気に入られた。だから...

 最後に時間を創られた。それは活動する昼と休息する夜。それは『光』と『影』を生んだ。」


 世界を、物を、性質を、感情を、暦を。彼等はその六つで、多くの物を区分する。


「でも、それで終わりじゃない。

 神様は命がどんどん変わっていく様を見て、畏れた。

 そして、『監視』と『執行』を創られ、己を『守護』なされた。」

「んー?」

「ふふっ、難しいかぇ?もう少しじゃて。

 それで、命達は神様に気付いた。そして、敬ったのじゃ。

 気をよくした神様は、己の土地から『奪取』した恵みを、我等に『譲渡』してくださった。

 それで、命は増えた。しかし、【トガビト】も増えた。それに嘆いた神様は、いつか来る『終』を創り、全てを魔剣にされて眠られた...」


 そこまで話すと、老婆は下向きの顔をバッと上げる。


「さぁ、焼けたよ。クッキー食べるかい?」

「「「やったー!」」」

「俺!俺も!」

「僕が先!」

「私にもー!」


 子供の辞書には譲り合いは無いようで。そんな元気な彼等を、微笑ましく眺めていた。


「あ、クッキー貰ってる!僕も~!」


 出遅れた少年が、残っていることを祈りながら走り出す。

 と、連なる民家の間。道と呼ぶにも狭い所から、ゆらりと男が現れる。


「うわっ!?」

「...ん?」


 足に激突し、尻餅をつく少年。少し引っ込み思案なのだろう、既に()()をかいているが、男を見上げてそれは凍りつく。

 筋肉質な腕と、同じ程の長さを持つ剣。それを背負った彼の顔には、右側を大きく潰す様に傷痕が残っている。隻眼だが獲物を見る獣の様な、そんな蒼い左目が、毛皮の様な黒髪の間から少年を見下ろした。


「...坊主、だ」

「うわあぁぁぁ、ああぁぁぁ!」


 号泣。おそらく、人生で一番の。


「いじょうぶ、じゃないな。」


 痛みでもあるのかと、男はしゃがみ、手を伸ばす。当然、更に泣く。

 と、男の頭に痛みが走る。後ろを向けば、顔に。


「てめぇ、卑怯だぞ!」

「そーだそーだ!」


 後頭部と顔に石を受けては、堪らない。後ろの老婆に目配せをして(通じた、と少なくとも男は思った)、その場を後にした。




 彼の名は、ギルツ。見た目に反し、乱暴とは言い難い...訳でも無い男である。

 大望を抱き、剣を握る一人の若者だ。...そう、若者である。たとえ30を越えて見えても、彼の肉体は20年の成長しかしていない。


(さて、そろそろだろうか...)


 彼は個人団体であるギルドに属している。とある男が平民にも力を、と立ち上げた組織。

 国の騎士団、貴族の私兵、大商人の傭兵。それに変わるものを造ったのだ。依頼を受け、報酬を貰う。ここまでは傭兵と変わらないが、仲介する組織であるのがギルド。

 荒くれ者との直接交渉も無いので、一般人でも依頼がしやすいのだ。しかし、お布施や善意で成り立つ部分も出ており、課題となっている。


(身分を隠して動くのも、後ろ楯無くして働けるのも、ここだけだからな...安宿暮らしから抜けるのは、いつになるやら。)


 開けて入れば、途端に飛んで来るのは椅子。当たり前だ、ここは依頼人ではなく、命知らずどもの入り口。当然、飛来物の一つも払わねばならない。

 護衛、薬草や花の採取から、獣狩りや殺しまで。何でも請け負って行かねば、資金が回らないのだ。

 首輪を嫌う強者は訪れる為に、依頼が多少無茶でも大丈夫。しかし、それは依頼人の話。一癖も二癖もある同僚は、彼には煩わしい。


「おー、ギルツ。どうだった?怪我なんざ珍しい、しかも顔とは。」

「依頼とは関係無いし、ちゃんと成功した。ほら、証明書。」

「どれ...うん、良いな。まぁ、後日確認にはいかせて貰うがな。」

「勝手にしろ。わざわざ民衆なんて食い物にするか。」

「するのがいんだよ...」


 善意で成り立つ部分のあるギルドは、信用第一である。そんな事も分からん阿呆は、そうそうに摘む。

 入るは易いが、出るのは違う。ちゃんとした所に行けない者達が、ちゃんとした事を無さねばならんからだ。その辺りは軽く説明されるが、犯罪者として国に突き出せば儲かるので。真摯に育ててはくれない。

 犯罪者予備軍の集合地でもあるのだ。国にこれだけの戦力を許される所以である。楽な防犯システムなのだ。


「ギルドマスターもよくやる。」

「てめぇが言うかね...」


 呆れる職員からそこそこの報酬を貰い、ギルツはそこを後にする。コツコツと貯めた貯金のお陰で、効率の良い仕事を血眼で探す同僚は、彼には無縁だ。

 システムは違えど、傭兵に近い彼等。生きてるかも分からん明日の貯蓄なぞ、する方が珍しい。故に出世も珍しい。遺産はギルドに渡るので、役には立つのだが。死人には関係の無い事である。


「...息抜きでもするか。」


 本日の宿、決定。小さいが、酒飲みの集まりにもなっている。料理の提供もしており、空腹を誤魔化すにも相応しい。

 昼食を取れば寝るだけとなるが、別に初めての店では無い。歓迎されるかと言われれば否だが。高い料理でも頼めば、機嫌も直せるだろう。そんな金は無いが。


「いらっしゃいませ~!...ってギルツさんですか。」

「露骨に落ち込むな...客だぞ。」

「元々、私は落ち着いてるだけですよ。無理に笑わなくていいなら、それが楽なだけです。今日は?」

「泊まり、飯、酒。任せる。」

「2、4...7枚。はい、待ってて下さいね。」


 先に代金を払い、上限を決めて任せる。余程でも無ければ文句を言わないギルツだ、彼女もそこは知っている。前に、彼女の依頼をこなしたのがギルツだったのだから。

 勝手に店の端に陣取り、彼は店内を見渡した。一階は多くの人が飲み食いして騒いでいる。昼間から繁盛しているようだ。


「...うるせぇ。寝てから食うか。」


 顔をしかめて奥に向けて視線を戻せば、簡単な軽食を持って戻ってくる姿を見る。


「どうせ、もう寝ますよね?少しは食べては?」

「...観察眼、どーなってんだか。」

「ギルツさん程では。」


 厚意は受けとるものである。礼を言って小さなパンを平らげて、二階の宿泊スペースに。六部屋あり、全て空いている。格安で寝床しかなく、壁も薄い。そして、下は煩い。


「ちっ、ハズレか...」


 もっとも、昨日の朝から寝ずに活動していたギルツは、あっという間に眠りに落ちたのだった...




 夕刻も過ぎて、日が落ちた頃。先程までの日の光も何のその、酒の雫が空中で煌めいた。


「ちょっと!散らかさないでくださーい!」

「細けぇ事言うなよ!」


 酔っぱらいに理屈や配慮は、求めるだけ無駄である。早々に掃除道具の準備を始めた頃に、階段からギルツが降りてきた。


「...やかましいな。」

「あー、すいません。」

「いや、別に。止まらないのは知っている。それよりも、酒はいいから飯を。」

「もー...」


 忙しいのは承知だが、それはそれ。晩飯を頼むと、目立たないが見渡せる席を探し、座り込む。

 ギルツは大柄とは言えないものの、引き締まった筋肉と長身の男だ。剣も置いてきていない。そんな者が近づけば、周囲の者はサーっと退くが、彼には好都合でしか無い。


(...何人か気になるのは、いるか。)


 角で一人、酒を呷る大柄な男。静かに食事を取るフードとマントの人物。天井の梁に潜む男。酒呑み集団に交ざる豪快な女。

 目的の為に、名の知れていない様な、めぼしい者をチェックしていると、カランと音を立てて扉が開く。...夜は喧騒の中でも気づける様に、鈴がつくのか。


「いやー、疲れた疲れた...お?楽しそうだね、おじさん!」

「あ?何だ坊、主?」

「ちょっと?僕はレディなんだけど?」


 少し疑問符の浮かんだ男に、入ってきた少ねn...少女が答えを告げる。唐突に絡み始めた少女に困惑しつつ注目が集まった。


(...あの剣は!)


 無論、ギルツも。しかし、それは彼女が腰に下げた剣を見つめている。装飾のある、緑がかった曲剣。

 そんなギルツの横に、料理を持ってきた彼女はジトリと睨む。


「...ギルツさん、子供に興味が?」

「あ?...尻じゃなく、剣だ。」

「なんだ、てっきり日照りなのかと。」

「否定はしないが...あと、俺はアイツと離れた歳でも無いからな。」

「冗談も程々に。あの子、16ですよ。」

「離れて無いじゃないか。」

「またまた...えっ、本当に...?」


 少し失礼な態度は無視し、出された料理に手をつける。茹でた野菜と、炙った肉。そこそこ値の張るものだが、おそらく古い食材だったのだろう。

 味にそこまでの変化もなく、腹を壊すほど繊細でもない。問題はないかと、少し濃い味を流し込む。


「おーい、ねーちゃん!泊まりだ、泊まり!部屋くれ!」

「貸すだけですから、壊さないで下さいよ。」


 酒呑みの一団が、硬貨を投げて二階に上がっていく。先程の眠った少女も一緒だ。


「お酒、弱いのかな...」

「...さぁな。」

「嫌でもないんですか?意外ですね。」

「金を払った客なら、文句も言えないだろう。」


 どうせ、離れた部屋である。食器を少しばかり整理して、ギルツは二階に上がる。チラリと眺めれば、二人。


(一応、チェックだけはしておくか。)


 角の男と別の集団に交ざる女。二人を()()()し、ギルツは部屋に戻っていった。




 二階の部屋で、扉が閉まる。男達は五人、一人は入り口を塞ぐように立つ。


「...さってと。」


 担いでいた少女を寝具に放り、全員が顔を見合わせた。その顔は、欲望の色を宿している。

 しかし、そんな時。入り口の男が驚きの声をあげる。


「お前!何処から...!?」


 そこにいたのは、フードを目深に被り、マントに身を隠した人物。背格好から、子供の様に思えた。


「.........」

「何だ?用なら話せや。」

「...」


 指差したのは、眠る少女。そのまま近づこうとする者に、男の一人が肩を掴んで止める。


「まてよ、そうはいかねぇ。」

「...」

「てめぇ、さっきから舐めてんのか!顔くらい見せやがれ!」


 取り払われたフード、そこから現れた顔に、辺りはシンと静まり返った。

 絹のように流れる銀髪が、僅かな光の中で踊る。滑やかな色白の肌の中で、翡翠の瞳が驚きに見開かれている。整った顔立ちは、その表情も相まって人形の様だった。


「...ハッ、上物だな?」


 しかし、その美貌よりも目を引くのは。その瞳にある、十字の紋様。それは...


「まさか、【トガビト】に会えるとはなぁ!?」




 部屋で荷物を整理していたギルツは、壁が揺れた事で顔を上げた。


「...喧嘩か?」


 しかし、階下の喧嘩は先程から変わらない。騒ぎの雰囲気を悟るくらいは、彼には造作ない。


(ならば...彼方か。)


 部屋の外に出たギルツは、少女の入った部屋を見つめ、溜め息を吐く。

 背中に背負った剣を腰に差し、部屋の前に行く。中からは物音一つしない。


(()()()()()もしていないとはな...やはり、あの二人...)


 間違っていたなら、酔っぱらいが暴れた事にすれば良い。そう断じ、ギルツは扉を思い切り蹴り飛ばす。


「ぐあっ!?」

「邪魔するぞ。」


 前に倒れた男を踏みながら、部屋に入るとギルツは困惑した。

 寝ている少女に覆い被さる一人。彼女の剣を眺める一人。そこまでは予想通りだった。

 しかし、頬を腫らした少女を持つ一人。そして、その髪を掴み顔を眺める一人。これは予想外だ。


「ん?旦那も交ざるか?」

「...【トガビト】か。」

「だが、上物だ。」

「......成る程、()()だな。」


 此方を見る【トガビト】の目を見つめながら、彼は呟く。

 頷く男は、次の瞬間には目の前が真っ白になっていた。


「...は?」

()()に、俺の敵だな。」


 少女の両手を掴み、吊り下げていた男は即座に離れる。【トガビト】の隣、床でノビている男を踏み、ギルツは嗤う。


「知らんフリでもして、後日にするかと思っていたが...どのみち()は逃せないからな。お前達には寝て貰う。」

「訳の分からない事を!」

「本当に?」


 ギルツが視線を剃らした先、そこでは少女の剣を握る男。


「隻眼、傷痕、剣士...そして、仏頂面と獣毛皮みてぇな黒髪...お前、【魔狼】か。」

「やはり裏の人間か...いや、1人だな。」


 呆けている男と、少女を弄くるのに忙しい男を眺め、ギルツは呟く。

 とりあえず、目の前での不快(断じて嫉妬では無い、と本人は語る)な行為を蹴り止めて、ギルツは言う。


「おい、お前。...お前だ、【トガビト】の娘。少し窓にでも寄ってろ。」


 反応しない【トガビト】にイラつきなぎら、ギルツは命じて剣を構える。

 涎を垂らして幸せそうに眠る少女も、蹴り起こそうか迷う。しかし、その機会は無くなったようだ。


「何故、【魔狼】などと呼ばれているか知らんが...四人を相手に勝てるか?」

「よくも踏みやがったな...!」

「蹴りやがって...その脚、切り落としてやる!」


 入り口から来た男と、寝具にいた男も剣を抜く。少女を持っていた男は、入り口を封鎖する。


「1人ノビているが...計算を教えてやろうか?」

「ふん、相応な業物だろうが...これには敵わないだろう?」


 少女の剣を抜き放ち、男はニヤリと笑う。

 その剣が放たれた瞬間、部屋の空気が変わった。渦巻く様な風が吹き荒れ、申し訳程度の家具が倒れる。


「【風の魔剣】...御賞味あれ!」


 振り上げた剣を袈裟斬りに振るうと、辺りを渦巻いていた風はギルツに集中する。それはまるで刃の様な鋭さを持ち、部屋中の空気を伴って襲いかかる。


「...!」

「...抜くまでもないか。」


 その時、見たものを。きっと一生忘れる事は無い。少女は、そう思った。


 右目を開眼したギルツは、荒れる空気の中を疾駆した。少し伸ばされた髪が切れ、飛ぶ。しかし、その風はギルツの身を斬れない。

 僅かに揺れ動きながら、あっという間に距離を詰めたギルツ。剣を鋭く振れば、1人の意識が刈り取られた。


「安心しろ、腹で殴るだけだ。」

「成る程、そこらのチャンバラでは無いか!」


 巻き添えを警戒したのか、無駄に撒き散らす事はせずに剣身に風を纏わせ、男はそれを振るう。

 背後からは、入り口からも駆けつけたのか、二人の男が剣を振る。


「甘いな。」


 魔剣の攻撃を最小限の捻りで避け、剣を合わせて二つを止める。先端ギリギリで打ち合った剣は、根元付近で受けたギルツの剣を押しきれない。

 しゃがみながら剣を振り上げ、そのまま足払い。バランスを崩す二人に、振られた魔剣の腹を()()で打ち、誘導する。


「バカな!?」

「ふっ!」


 息を吐いて力を込め、剣を一回転。無理な姿勢で魔剣を止めた男は、その薙払いを止められる事はない。...普通ならば。


「はぁ!」


 風の魔剣は強い風圧によって、急に振り上げられる。打ち合った剣は...いや、打ち合っていない。寸前で剣を下げたギルツは、彼の握り手を切った。


「なっ!?何故だ!」


 明らかに間に合う筈が無い。確実に振りきっていた、迷いなぞ無い太刀筋だった。それが、曲がった。

 風の魔剣を振るい、距離を取る。射程圏は此方が上、ならば近寄る危険を犯す事はない。


「が、ぁ...」

「う、そだ...」


 その一瞬だった。まるで、そうなることが分かっていたような。そんな速度で振り向いたギルツの一閃は、後ろの彼等の防御をするりと抜けて切っていた。


「斬ったのは腹だ、そう死なん。」


 まるで、怪我ならば嘆く必要さえ無いとでも言うように。そう吐き捨てたギルツは、男と向き合う。

 その時、男は見た。ギルツの右目。傷痕の中で、紅く鋭い眼光を放つその瞳は...十字の紋様を刻んでいた。


「お、お前も!」

「遅い。」

「【トガビト】っ...!」


 風の魔剣の纏う刃は、男を中心に広がる。刻み付けるそれをギルツは間を駆け抜ける。僅か数秒も無い、一瞬。しかし、それはとても長く感じる一瞬。


「【魔狼】に、喰われ...」


 棚引く黒髪(ケガワ)、振り下ろさせる(アギト)。錯覚と共に、男は意識を落とす。


「...まったく、つまらん。」


 右目を閉じ、ギルツは【風の魔剣】を取る。じっくりと眺め...眠る少女を見る。


「この唾液、ノビている男とコイツ、どっちのなんだか...いや、どちらにしろ気持ち悪い。」


 近寄らない事にしたギルツは、鞘に納めた魔剣を少女に放る。ウゲッとの声を後ろに、もう1人の少女に振り返る。


「っ!?...すまん。」


 が、すぐに顔を背ける。荒れた風の刃は、【トガビト】の少女の服をかなり際どく剥ぎ取っていた。

 ひしひしと視線を感じながら、ギルツはシャツを脱いで放る。


「それで我慢しろ、話しにならん。」


 布擦れの音が止んだので対面すれば、少女も此方を見ていた。少し生傷があるが、離れていたからか、痕にはならないだろう。

 頭一つの背丈の差なので、下が少し際どいが。視線を逸らして顔を見ると、少し睨まれていたが、気づかないフリをしてギルツは続ける。


「で、何故こんな所に?」

「...」

「話したく無い、か?安心しろ、神に畏れられ嫌われただのと、変なモン押し付けられちゃいるが...俺もそうだ。それに、これは俺の地元じゃ、【魔眼】と呼ばれている。」

(ここいらで言われている【トガビト】ってのとも、少し違いそうだがな...)


 ギルツの蒼い瞳が揺れ、少し優しさが覗いた様な気がした。開かれた右目は、変わらず鋭く紅い物だったが。


「...ファーラ。」

「は?...名前か。」


 頷く彼女は、キョロキョロと辺りを見渡し、紙を取る。

 サラサラと流麗な字で、目の前のギルツに文字を綴る。


『ありがとうございます。助かりました。

 察しの通り、私は【トガビト】で...魔剣を持つ人を探しています。

 十二の魔剣を持つ人を集めて...なす事があるから。それが私の役目だからです。』


「...それで、コレを追っかけた訳ね。」

「...」


 頷く彼女に、ギルツは溜め息を吐く。


「いや、明らかに()()()雰囲気だったろうに...止めようとしたのか?交ざりに行くよーなモンだろ。」

「...」

「おい、顔を逸らすな。...さてはお前、結構バカだな?」


 酷い言い種にファーラは頬を膨らせ、痛みに呻く。


「とりあえず、さっさと退散を」

「っ!『しゃがんで』!」


 唐突に鈴を転がすような綺麗な声音に合わない、緊迫した声が響く。ギルツの膝から力が抜け、歩きだそうとしていた彼は地面にしゃがむ。


「なにが!?」


 驚く彼の上で、何かが通りすぎる。それを見上げれば、剣を握る男。


(あの時、梁の上にいた...!)

「ふむ?やはり素晴らしい。その【御噺】の力は!」

「っ...」

「今日こそは返して貰う。貴女が逃げるのならば、力だけでも!」


 立ち上がれないギルツの前で、男は短剣を取り出して掲げる。黒く、曲線がうねる怪しいそれは...


「【奪取の魔剣】!?」

「...【魔狼】か。まさか、堂々と動き回っているとは思わなかったが...顔は覚えた。お前ももう、逃がさん。」


 宣いながら、少女の口を抉じ開け、その舌を引く。そこには、十字の紋様が刻まれていた。


「う、ぅあ。」

「何だ?舌に...」

「知らんのか、【魔狼】。これが我らの広めた【トガビト】の証だよ。もっとも、本当は力の証だが。例えば...」


 緩やかに空気に融けるように、刃が薄くなった魔剣を、彼はファーラの目に突き立てる。痛みに呻く彼女から抜き取ったその魔剣を、懐にしまう。

 驚愕するギルツの前で、別の短剣を取り出した男は、それで自分を刺す。白く、真っ直ぐな剣。


「【譲渡の魔剣】...」

「ふぅ...【千里眼】。これは【御噺】と違い、彼女に与えていた力だが。」


 ファーラの目から紋様が消え、翡翠の瞳が閉じられる。代わりに、男の目に紋様が浮かんだ。


「っ!ファーラ!」


 弾かれた様に彼女を見れば、呻き、倒れてはいるが出血は無い。能力の使用中、この魔剣は傷をつくる事は無いらしい。


「力を集め、究極の巫女を作り、神の再臨を願う...我々の崇高なる願いに、賛同してくれるかね?【魔狼】。」

「すれば、どうなる。」

「君の噂は聞いている。恐れを知らず、一度目につければ決して、喉笛に噛みつくまで諦めぬ者...そこの男よりも、我々の幹部に相応しい。今の掃き溜めから、大出世だろう。」


 不安気なファーラを見て、男を見て。彼は問う。


「彼女が巫女で?俺はあんた達の元で悠々自適、力を持った...あんた達が【トガビト】と名を着けた者を探す、と?」

「理解が良くて助かる。」

「そうか...なら、俺の事も少し話そうか?」


 ようやく立ち上がれる様になった彼は、右目を開き話す。


「見ての通り、俺も力を持っている。右目の魔眼だ。これはある人から、その剣で貰った物だ...」

「なに...?」


 剣を捨て、彼は男の前で丸腰となる。ファーラにシャツをやった為に上はインナーのみ、もはや完全な降伏の姿。


「だが、コレを魔眼と呼ぶのは、この国では俺しかいない。何故、【魔狼】なんだろうな...?」

「...まさか、お前!」


 だが、ギルツにそれは何の意味も無い。何故なら、彼は...

 直属の()()()継承者なのだから。


「創生の...記録。やはり、あの国の...!」


 白に近い金縁に彩られた、黒い本。ギルツの左腕から肉を裂くように出てきたそれは、彼の前に浮き無造作にページが開かれる。


「来い、【監視の魔剣】、【執行の魔剣】。」


 小さな、握り拳程の本当に小さなダガー。そして、少し装飾のある腕の長さ程の直刃の剣。

 ページからそれらは柄を表し、ギルツに引き抜かれた。


「返事は否、と?」

「それ以外にあるか?」


 左腕を振り、【監視の魔剣】がその手から飛ぶ。男が避けて、それは窓から飛び出した。

 しかし、走りよりながら、近くに浮く【創世の記録】から再び【監視の魔剣】を抜き、ギルツは男に傷をつける。


「くっ!」

「痛みもない筈だ。もっとも、これで二度と逃がさない。」

「まさか、貴様が...生きていたとは。」


 右手に持つ【執行の魔剣】を振りながら、ギルツは【創世の記録】にダガーを戻す。ページが閉じてギルツの後ろに浮く書に、男が【奪取の魔剣】を構え走りよる。

 その速度はかなりの速さであり、到底人には反応できない。それもそうだろう。ファーラが逃げるまでは、各地で力を集めていた彼は、その身に数十以上の紋様があるのだから。


「その書物、貰い受ける!」

「...断る。」


 突き出し短剣は、走り寄る男の倍以上の速度を持って【創世の記録】に迫った筈だった。

 しかし、ギルツはその短剣を()()()()()()のだ。弾くでも、正面で防ぐでもなく。


「っ!」


 しかし、男とて修羅場をくぐった戦士である。即座に左の【譲渡の魔剣】で斬りつける。能力を使わなければ、殺す事も可能な業物だ。

 小回りのきく短剣と、ギルツの直剣。至近距離で互いに片手。有利なのは明白だ。


「死ね、【魔狼】!」

「断る。」


 刃ギリギリでその身を捻り、膝蹴りを叩き込む。必要最低限の動き、的確な急所への一撃。しかし、最初の不意打ちは成功...


「貴様の力...まさか。」

「喋るな、下衆が。」


 剣撃を繰り返すギルツだが、男の方が地力は勝っているのか。二本のダガーで的確に受け流していく。


(やはり、やりづらい...あの大きさの剣を、この速度で、受け流し方向と逆に傾けているのか。)

「どうした、来ないのか。」

「まさか、準備していた...だけだ!」


 男の肩が光り、紋様が浮かぶ。ハッとして見れば、【譲渡の魔剣】が刃を融かしていた。奪取していた力を、また一つ己に譲渡したのだ。


「ぐ、重...」

「速さはついていける。ならば、力はどうかな?」

「怪力か...」


 互いに根元で、もはや拳の打ち合いの様な距離で鍔競り合う。

 速さには互いに自信がある。引けば、そちらが刃を立てられるだろう。


「ぬ...!」

「ほぅ?目が...」


 ギルツの右目から、血が垂れる。頬を伝うそれは、肩に垂れて鍛え上げられた肉体を這う。敗北の気配を持って。


(使い過ぎた...不味いな。ここまで長引く等、無かったからな...)

「さて、今さら勧誘する気も無いが...死んでは力が奪取出来ない。その目と【創世の記録】を寄越すならば、殺しはしないが?」

「息をする屍など、なる気は無い。」


 最後の力を絞り、ギルツは二本の魔剣をいなしながら後ろへと駆け抜ける。その方向は...眠る少女の方向だ。


「な!?」

「唸れ、【風の魔剣】!」


 振り払う魔剣は部屋中を巡り...宿の壁を破壊した。


「なんだ!?」

「あっちだ!」

「宿から爆発が...!」


 外の喧騒に、男は舌打ちをする。この様子では、ここの領主の私兵でも訪れそうだ。


「数分、といった所か。」

「去らなくて、良いのか?」

「今ここで、お前を討てるならば!」


 遂に右目を閉じたギルツに、男は二本の魔剣で襲いかかる。明らかに距離を取り、反撃をしないギルツに、段々と傷も増えていく。


「...くぅ!」

「やはり、多数の紋様を使う私に、お前が勝てる道理は無い。今までが異様だったのだ、【魔狼】。」


 遂に追い詰め、壁を背にしたギルツが止まる。風の魔剣を振るうにも、その為の距離を男は瞬時に潰した。

 身を翻し避けようとするギルツに、足を蹴りあげて機動力を奪う。怪力で蹴られた足は、赤く腫れ上がり僅かに曲がる。


「が、ぁ...!」

「死ね、【魔狼】。」


 即死しなければ力は取れる。喉を裂こうと【譲渡の魔剣】が迫り...


「『左腕を止めて』!」

「っ!?」


 その場にいる全員の腕が止まる。おかしなバランスになった男が、ギルツから離れて呻く。


「この男に、それ程の価値を見いだしたか...!ならば、せめて貴女に預けていた力、貰い受ける!」

「っ!ぁあ...!」


 万が一を考え、反撃を恐れずにすむファーラに走る。右手に持つ【奪取の魔剣】が、ファーラの胸を貫いた。


「そろそろ、か。一度、身を隠すか。」


 与えていた力を根こそぎ奪取し、男は一時撤退を試みる。が、その胸を剣先が貫いた。


「...コフッ。何、が。」

「【執行の魔剣】は、審判対象を逃がさない...!」


 持ち上げた右腕から、蛇腹剣が彼の元に届いている。

 ギルツが一振して直剣に戻せば、空いた穴から血が噴き出した。


「くっ...」

「死なんか...せめて暫くは療養していろ。」

「そうさせて...貰おう。」


 男が【監視の魔剣】が着けた傷を、周囲の肉ごと切り落とし。ヨロヨロとその場を去っていく。

 後に残されたのは、左腕が動かず足が砕けそうなギルツと。

 痛みのショックで朦朧とする少女。

 そして、死屍累々と転がる五人の男に、幸せそうに眠る少女である。


「...部屋に戻って、寝るか。」


 大きく空いた壁の穴を見て。魔剣をしまって【創世の記録】を戻したギルツは、自身が放った剣を杖代わりに部屋に戻るのだった。




「ギニャアアアアアァァァァ!!???」


 翌日は、叫び声から朝は訪れた。痛む頭を押さえながら、ギルツは寝具から起き上がる。


「...お、左腕も動くな。」


 寝惚けた頭を振りながら、ギルツは階下に降りる。

 早朝では店も開いておらず、人は数人。疲れた顔の看板娘と、少女である。


「おはよう。どうした?」

「...あぁ、ギルツさんですか。」


 大きく息を吸い込み、彼女は溜め息を吐く。


「まずはいい話と悪い話、お決まりのジョーク。どれが良いですか。」

「そうだな...良い話は?」

「逃がしませんからね?」


 一つを聞いて、さっさと逃げるつもりのギルツに、念押ししてから彼女は話す。


「まずはありがとうございます。その血の痕、絶対に何かありましたものね。」

「それで礼を言われるか?」

「貴方がそうなる時は、大概ろくでもない輩なので。」

「......そうか。」


 逃がさんとばかりに回り込まれ、痛む足では逃げられない。仕方なく座り、続きを促した。


「悪い話は?」

「何故、ジョークが最後に...簡単です、弁償して下さい。」

「そうだ!僕に押し付けるなんて酷いぞ!」

「...まて、何の話だ?」

「惚けないでよ!二階!僕が寝てる間に、何があったのさ!」

「...寝惚けて喧嘩したんじゃないか?」

「するかぁ!」


 諦めたギルツが、両手を上げて降参を示す。確かにそういう意図で【風の魔剣】も置いて、撤退したが。


「一つ言うならば、壊したのはやむなく、だ。貧乏人から金を取らないでくれ。」

「クラン、建てるとか言ってましたよね?そろそろ算段ついたのでは?」

「...くそ、あの野郎。次あったら臓器含めて、財布を貰うからな...!」


 泣く泣くお高い硬貨を渡し、ギルツは顔を盛大にしかめた。夢が遠ざかる。


「...で、ジョークは。」

「このタイミングで聞きます?」

「気になるだろう。」


 呆れる様な彼女に、ギルツは真顔で言う。

 溜め息を吐きつつ、ギルツの右目から垂れた血痕を拭き取りながら、彼女は言う。


「昨晩はお楽しみでしたね、と言おうと思ったのですよ。」

「...そんな余裕があるなら、壊さん。第一、日照りだと言っただろう。相手がいない。」

「まぁ、その顔ですからね。強引に押し倒すとか...」

「そんな人なのかい...?」

「おい、引くな。地味に傷つく。」


 拭き終わった彼女はハンカチをしまい、肩を竦めながら布を放った。嫌な顔で弾こうとしていたギルツは、行き場の無くなった手を彷徨わせて、膝に落ち着けた。


「これは?」

「証拠です。」

「...俺のシャツ?何でここに?」

「寝惚けてますか?インナーのギルツさん。全裸に近い美少女が着てましたよ、今朝降りてきましたが。貴方の部屋から。」

「............誤解だ。」

「分が悪いのはご存知のようですね。」

「痴話喧嘩かい?席を外そうか?」

「それこそ誤解だ。」「それこそ誤解です!」


 合わさった声にびっくりしつつ、少女は頭をかいた。


「ごめんごめん。そだ、貴方、クランを建てるんだって?僕、こう見えて結構デキるよ?」

「何が?夜の奉仕か?」

「死ね!」


 先程の流れを引きずってしまったギルツが、しまったと思った時には遅く。鞘を着けているとはいえ、魔剣で思い切り頭を叩かれた。


「......すまん。」

「当然の末路ですね。」

「すまない、氷を貸してくれ...」

「高いので嫌です。」

「そうか...」


 しょげるギルツに、三度溜め息を吐き出し、裏に行く。

 不思議そうに二人で見ていると、濡れたタオルをギルツの頭に置いた。


「これで満足してください。」

「あぁ、助かった。」

「本当に僕はオジャマじゃないかい...?」


 そんな三人の耳に、カタンと軽いものを落とした音がする。振り返ると、そこにはファーラが立っていた。大きめの布を巻き付けただけの姿に、ギルツは視線を避けざるを得ない。...身の危険的な意味で。

 彼女はペコリと頭を下げて、此方にメモを見せてくる。筆談だと察したギルツが視線を戻す。が、すぐに頭を振った。


「...いや、その距離だと見えない。」

「『おはようございます。お手伝い出来ることありますか?』って。」

「見えるのか...」

「デキ...腕が良いって言ったでしょ、僕は。」


 腕では無く目だろう、とギルツが言う横で、看板娘が素早く動いた。


「まず、服を着ましょうね。狼さんに食べられるわよ。」

「...?」

「狼?街中に?」

「何の事だろうな。」


 えらく機嫌が悪いな、と憂鬱になるギルツに、少女が唐突に自己紹介を始める。


「僕、ウェンフィー。足は速いし、目も耳も良いよ?」

「...だから?」

「だーかーらー!クラン建てるよーな人だしさ、腕は立つんでしょ?どこも子供なんて入れてくんないし...ギルドは荒れてるし。発足したてなら、僕でも必要かなぁって?」


 クラン。早い話、ギルドである。違いは、依頼の受け取り。ギルドの依頼を回して貰い、動く。ハウスと契約さえあれば、問題は無い。

 ギルドが個人よりも認知しやすく、依頼を取り合わなくても済む事が多いのが利点だ。クラン内での取り合いはあるが...ギルドよりは小規模、かつ危ない事になりにくい。人を選べるからだ。

 逆に人を纏めるという事で、トラブルの解決力は必要だ。ハウスの維持費用もかかる。人が集まれば個々の負担は減るが、トラブルが起こりやすくなる。


「要は足掛かりか?」

「良いところだったら、変えないよ?メンバーの目処は?」

「無い。」

「...ワーイ、ボク、センパイダネ。」

「無理するな。」


 そんな二人の前に、ファーラ達が戻って来た。給仕服しか無かったが、それでも着こなしてみえるから不思議だ。


「可愛いって、お得だねぇ...」

「そうかもな。」


 二人の反応に照れるファーラに、三人は少しの間和む。


「...それで?もう一泊します?」

「何故だ。普通に仕事だ。」

「残念ですね。」

「もう十分取ったろうに...」

「足りると思います?温情込みです。」

「...助かる。」


 とりあえず、と今更ながらシャツを羽織り、ギルツは二階に戻り、剣と荷物を背負う。

 戻ると、ウェンフィーが荷物を背負って仁王立ちをしていた。


「...チェックアウトを。」

「無視なの!?」

「はい、行ってらっしゃい。」

「マーテルさん、お母さんみたいだ!?」

「え?」

「ご、ごめんなさい...」

(マーテルと言うのか。初めて知った気が...いや、依頼の時に聞いたか?)


 いちいち騒がしいウェンフィーを放置し、店を出ようとし...ギルツは足を止めた。

 裾を引っ張られたからである。この店の制服で見上げるファーラが、メモ用紙を見せてくる。


『お話したい事も、お願いしたいこともあります。今日もこの宿に帰れますか?』

「...あすの昼までに終わる物にする。明日の夜なら、な。」

「ここで逢い引きしないでください。」

「するか。」

「日照りなのに?」

「それよりも、興味深い話なんだろうさ。」

「まぁ、深くは聞きません。...私が言っても留まらないのに。」


 既に外に出ていたギルツには届かない呟きが、マーテルから漏れ出ていた。




 ギルドで一人、依頼を漁っていると(ギルツが見た目で唯一得をする場面である)、入り口からウェンフィーが駆けてきた。


「やっと、見つけた...何で逃げるのさ!」

「撒かれたお前が悪い。」

「もー...何でこんなに空いてるの?」

「お前は能天気だから、分からんかもな。」

「んー?......あ、ギルツさんが怖いからか。」

「斬るぞ?」


 荒くれさえ遠巻きにするギルツだが、それにほいほい近づくウェンフィーも大概だ。もっとも、ほんの一部の者は、その腰に下げている物を見て納得していたが。


「何で剣は背中なのさ?抜けないよね?」

「普段から腰に差してると、疲れるし体幹が狂う。中心にある方が良い。」

「え?...シッテタヨ?」

(別に、確証は無い、ただの気分だが。)


 そっと【風の魔剣】を、腰の横から後ろに回し、ウェンフィーはギルツの手元を覗く。

 簡単に信じてその通りにするウェンフィーに、呆れた様に頭を振り、溜め息がこぼれた。


「流石に早いと色々あるねー。早起き出来て良かったねぇ。」

「そういえば、あの悲鳴は...」

「うん、僕。剣抜こうとしたら、なんか風がいつもより荒れててさ。こー、スパッとマーテルさんの髪切っちゃって。怒られた。」

「そういえば、少し右側が短かった...か?」

「僕なんかは、男の子と同じよーな体と髪だから、あんまり気になんないけどねー。...なんか悲しくなってきた。」

「そんな細い奴がいてたまるか...」


 女の子と言われれば、十分に納得出来る。むしろ、剣士として筋肉をもう少しつけろ、と言いたいくらいだった。


「これにするか。」

「どれ?」

「なんで教える必要が...?」

「一緒に行くからだよ?」


 何を当たり前の事を、とでも言いたげに首を傾げたウェンフィー。ギルツは軽い苛立ちを覚えながらも、追い返す気力が無いので放置する。

 そのうち飽きるだろうとの算段だ。受付の者に一言告げ、仕事に向かう。緊急性のある物だが、止められなかったと言う事は、ギルツに対処可能な依頼の筈だ。


「と、その前に...」


 ギルドの側の小屋。そこで寝ている鷹を起こし、ギルツは肩に乗せる。


「ねー、何を見つけたのさ?てか、なんで鳥?」

「村の側、森の中にデカイ熊が出たそうだ。危険な奴だが、森に入らなければ問題は無い。無いんだが...万が一を考えれば、護衛がいるらしい。」

「商人が今後の護衛代よりも、殺してくれって頼んだって事?」

「あぁ、そうだ。ついでに遺体も買ってくれるらしい。上手く傷を少なく仕留めれば、かなりの儲けだろう。...あと、子供が一人いなくなった。」

「弓矢とかは...毒を使うなって事か。...ん?何か言った?」

「いや、何も。まぁ、顔を狙うのは難易度が高いからな。そんな腕ならば、領主にでも自分を売り込むさ。」


 だからといって、剣が有利な訳では無いが。しかし、ギルツには向いている、オイシイ依頼である。

 街の外で馬車を捕まえ、同乗させて貰う。山頂から貴重な薬草を取る依頼を、かつてギルツが受けた事のある商人だったらしく。快く乗せてくれた。また頼む、との事らしい。


「ギルツさん、結構長いの?」

「ん?...まぁ、ここに来てから五年は...六年だったか?」

「あれ?そうでも無いのかな。それまでは何してたのさ。」

「それまで?...言っておくが、俺は二十歳だぞ。」

「...嘘?そーなの?」


 既に慣れた反応を聞き流しつつ、ギルツは馬車の揺れをその身に感じる。座ったまま辺りを見渡していたが、そのうちウトウトとする。

 一眠りしたギルツが、揺れが止まったのを確認して目を覚ます。


「っ!...鈍ったか?」


 自分の膝の上に、頭を乗せるウェンフィーに驚く。ここまで接近されれば、目も覚める筈だが...ギルツはどうするかと思案する。


「旦那、着きましたが...娘さん、どうします?」

「こいつは16だがな。」

「え?えぇ...」


 キョトンとする彼に、最近は多いな、と溜め息を吐きながらギルツは告げる。

 ...誰かと比べられるからなのだが。それだけ、今までが一人だったと言う事である。


「...俺は20だ。」

「20!?はー...貫禄でてますね。あ、嫁さん?」

「違う...どちらかと言えば、犬か。迷子だな。」

「......旦那、嬢ちゃんも物好きなのは、いるんですね。」

「どういう意味だ、それは。」

「怖っ!?そういうとこですよ、旦那。顔を自覚してくだせぇ...」

「余計なお世話だ...」


 自分の顔付きくらい、重々に承知である。最近の少女は物怖じしないな、等と何処となくズレた感想を抱くくらいには。

 とりあえず、ウェンフィーの頭をベシリと叩くと、ギルツは膝を伸ばす。


「痛ぁ!?」

「えぇ...?容赦ねぇ...」

「助かった。駄賃だ。」

「えっ?良いっすって。」

「本当に手間賃程だ、受け取って置いてくれ。そろそろ、俺も生き残るか分からんのでな。」

「そういう事でしたら、喜んで。」


 内心でオイ、とツッコんでしまったが。とりあえず小銭を押し付けたギルツは、馬車の上に止まっていた鷹を伴い村に向かう。その後をウェンフィーが走って追いかけた。


「旦那、年下だったとはなぁ...」




 村に入ると、真っ先にギルツは一番偉い人物、村長とでも言う人を訪ねた。滞在許可を貰いたかったからだ。


「馬小屋って...いや、構わないが...」

「...どうした?」

「若いお嬢さんには、きつく無いかね?」

「僕、男なので平気ですよ~!」

「あ、そうなのかい。いや、すまんね。隣の御仁と比べて、随分と細いもんで...」

「この人、おかしいからね~。」


 うるさいのを無視してギルツが小屋に入り、中を確かめる。二人位なら眠れそうだ。


「置いてかないでよ!」

「知らん。」


 まだ日も高い。森の中を捜索する時間はありそうだ。


(明日の夜には、帰ると言ってしまったからな...明日の昼までには狩っておきたい。それに...)


 遺体の回収は、ギルドに任せても良い筈だ。ギルツにはその術もある。


「もー寝るの?」

「いや、夕刻までは探しても良いだろう...何でお前に説明しなければいけないんだ。」

「理不尽だ!?」


 慣れた様にしているが、ウェンフィーとてギルツに睨まれれば怖い。

 ついつい流されて世話を焼いた(?)ギルツも、どうやら平常運転に戻ったようだ。


「そういえば、その鳥は何?ずっと聞きそびれた。」

「コイツはコルゥ、俺の相棒だ。索敵や連絡に長けていてな...どうした?」

「へっ!?いや、何でもない...」

(今、見てはいけない物を見たよーな...)


 少年のような喜びと優しさを含んだ、ギルツの笑顔。コルゥも、喉を撫でられて満足げに目を細めている。

 何故だか見るのは憚られ、目を逸らすウェンフィーをギルツは怪しむ。


「...まぁ、そういう事だ。空と地上から探す。」

「はーい!」

「お前は来なくても良い。そのまま狩れれば、お前を探さなくても帰りたい。」

「コルゥは良いのに!?」

「コイツは俺が居場所が分かるし、俺を見つける才能もある。」


 言い切ったギルツに、ウェンフィーは腕を振り回し反論を返す。


「何で分かるのさ!」

「魔剣の力だが?」

「......ほぇ?」

「...あっ。」


 しまった、と思った時には遅く。

 魔剣を差している事、昨日の騒動の場所で見たこと。それらが禍して口を滑らせてしまった。


「魔剣って!?何、魔剣士だったの!?場所って...【監視の魔剣】?属性の魔剣以外は、見つかって無い筈なのに...僕の誘いを断る訳だよ!」

「...面倒な。」


 コイツの前では【創世の記録】も右目も封印しよう。そう思ったギルツだった。

 閑話休題、ギルツはコルゥを放ち、自身は森に入る。


「待って待って!僕もチコっとなら、切っていいからさ!」

「何故、そうまで俺のクランに拘る。」

「だって...僕の事を構ってくれる人が、いないんだもん。変な所見る人か、子供扱いする人ばっかりで...」

「俺も雑なだけだ。」

「ノビてた人、ギルツさんがやったんでしょ?」

「そうかも知れんが、助けようとしたのはファーラだ。」


 魔剣を出すには、【創世の記録】も出さねばならない。避ける為にギルツは説得に入る。


「僕はね、魔剣士として認められたいの!せめて綺麗でカッコいい女性剣士として!」

「魔剣は見たこと無い奴が多いだろうし、後半は本当に関係ない願望だろうが。」

「ギルツさん、僕を襲ってないもん。チャンス一杯あったのに。」

「無いわ。単純にお前に魅力を感じない。」

「腹立つ!」


 そういう話では無かった筈が、いつの間にやら蹴られた。全快とは言えない足に、痛みが走る。


「き、さまぁ...!」

「ご、ごめん...そんなに痛かった?」

「昨日、折れかけたんだっ...」

「何で依頼受けちゃったの!?」


 地べたに座り込み、ギルツはウェンフィーの目を見る。突然に睨まれ(ギルツにそのつもりは無い)、狼狽える。


「な、なに?」

(魔剣士...事実、腕は立つなら有り難くはあるか...俺の隠れ蓑にもなる。)

「お、怒っちゃった?」

(素直な性格ではあるし、何かしらの面倒も抱えてはいない...か?)

「あ、あの~...」


 熟考するギルツの視線に耐えきれず、半べそのウェンフィーにギルツは問う。


「お前の目標は?」

「へっ?」

「だから、目標だ。クランに入る理由。」

「あ、はい!えっと、もっと上に上りたいから。名を上げて、皆に認められる様な、魔剣士に成りたいから!」

「...そうか。」


 子供の夢を、そのまま持ってきた様な。そんな理由。なんとも()()()理由だと、少し笑って続ける。


「何がおかしいのさ。」

「いや、好感が持てる。次だ、魔剣は何処で手に入れた?」

「む~...質問責め。これは父さんから貰ったの。父さん、足に怪我しちゃって、もう剣が振れないから。」

「剣術も父親仕込みか。」

「そうだよ?見る?」

「...今は嫌だ。」


 足を指差し、ギルツは断った。

 属性の魔剣。ギルツは最後まで、継承者を見ることは無かったが...この国に流れてもおかしくは無い。変な因縁に巻き込まれなければ、それでいい。


「最後だ。俺は最悪、クランを潰す程の行為に走るかもしれん。失敗すれば、いや成功しても。重罪だろう。」

「っ!」

「それでも、ついて来るか?」

「......ギルツさん、やっぱりそういう人なんだね。」


 顔を見て後ずさるウェンフィーに、ギルツは肩を落とす。

 調子にのり過ぎた。昨日の事で高ぶっていたらしい。聞かなくて良いことを、クランは関係無い事を口走った。助力を、無くても良いのに願ってしまった。


(しかし、顔で判断するのは失礼だろうに。まぁ、そんな噂、今更だが。)


 始末はしなくて良いか。そう考えたギルツは、立ち上がり森に足を踏み出す。


「ちょいちょい!何で置いてくのさ!」

「いや、何故とめる?」

「連れてってよ!」

「罪人なんだが...」

「既に!?それは予想外だけど...僕は言わなくてもいー様な事も言っちゃうし何だかんだ相手してくれる、そんな律儀なギルツさんが良いの!」


 もはや、誰の話をしているのかと。ギルツは首を傾げたが、ウェンフィーは続ける。


「そっけないし、無愛想だし、顔怖いし。不器用だし、すぐ諦めちゃうし、一人でやろうとするし。失礼だし、鈍感だし、腹立つけど!」

「喧嘩でも売っているのか?」

「同じ魔剣士で律儀なギルツさんが、造ったクランで僕は働きたい。」


 珍しく真剣な顔付きで、彼女は此方を見つめる。

 かなり意外に思い...嬉しさにそっと蓋をして。


「昨日今日の相手に、知ったように語るな。」

「痛っ!?時間は関係ないだろー!」

「うるさい。ほら、行くぞ。痕跡を見逃すなよ、木の傷や足跡だ。」

「...ほんっとーに素直じゃないよね。」


 わざわざ説明を挟みながら歩くギルツに、頬を膨らませてウェンフィーは走る。


(マーテルさんの言ってた事、少し分かったかもな~...)

「ボーッとするなよ、この辺りは毒持ちの植物がある。あれとかな。肌が荒れると痒いぞ。」

「早く言って!?」


 手足の出ている服のウェンフィーが、抗議の声を上げるが。ギルツはその歩みを緩めもしない。半分、照れ隠しも入っているのだろう。


「もー...」


 風の魔剣を少し抜き、自分に風を纏わせて簡単に防備する。少しぐらいなら、弾いてくれるだろう。


「そういえば、【監視の魔剣】って案外普通なんだね?」

「ん?...悪いな、これは魔剣じゃない。業物なのは確かだが、普通の剣だよ。」


 背中から外し、ウェンフィーに渡すギルツ。受け取った彼女は、少し抜いてその刃を眺める。


「おー...綺麗なのは分かる。」

「...まぁ、別に目利きが出来んでも良い。」


 返して貰った剣を腰に差し、ギルツは再び前進する。まだ森も浅い。暫くは痕跡も出ないだろう。


「熊かぁ...首チョンパでいけるかな?」

「問題無いんじゃないか?出来れば、下半分。喉だけにしてほしいが。」

「細かいの、難しいんだけどね...」

「それと、子供も探すぞ。これは村の奴らが便乗した、サブミッションの様な物だが...」

「聞いて無いよ!?」

「そうだったか?」


 少ない報酬でも、ついでならばと受けてくれる者もいる。それを対象にしたのが、追加依頼である。

 誰かの依頼に、場所や目的が似通った依頼をのせるのだ。今回も村の人が、少ない財産を集めて来たらしい。熊の潜む森等、好き好んで捜索はしたく無い。普通なら高くなる。


「何時なの、いなくなったの。」

「依頼が来てからだから...2日だったか?」

「うぅ、早い方か...生きてると良いけど。」

「最悪、死体の回収も視野に入れる。...大丈夫か?」

「流石に慣れてるよ、そこは。この仕事で食べてきた訳だし...」

「そうか。」


 人の、それも子供の痕跡ともなれば探すのは一苦労だ。隠してはいないものの、とにかく少ない。


「コルゥに期待だな。俺達は熊を追おう。」

「えー。」

「...驚異が減れば、生存率も上がる。縄張りに入って動く俺達がいれば、昼間も無闇に狩りにはいけん。」

「だから、すぐに探したの?」

「...早く帰りたかっただけだ。」


 前に回り込んで、顔を覗くウェンフィーを押し退けて。ギルツは奥の大木に手をかける。


「外れか。」

「木?」

「そうだ。熊は縄張りに、尿の他にも爪痕を残す。鼻が良い訳でも無いからな、此方の方が見易い。」

「へぇ...ねぇ、もしかしてそれ?」


 ウェンフィーが指し示したのは、ギルツの頭上。少し確認しにくい程上の場所に、くっきりと四本の爪痕が残っていた。


「ま、まさかね。間違えちゃったー...ハハハ。」

「いや...良くやった。」


 その時のギルツの笑み、まさしくニヤリとでも聞こえてきそうな程に、口角が上がっている。

 しかし、その目は冷たく燃え。まさに獲物を追い詰める猟犬、はぐれ狼の様であった。

 向けられた訳でも無いのに、ウェンフィーは背筋が凍る思いだ。


「期待できる。お前は手を出すな、俺がやる。」

「嘘、足に怪我してるんでしょ!僕も...」

「いや、コルゥだ。子供が見つかったんだろう。」


 上空を旋回する鷹を、ギルツは指し示して言う。ギルツの殺気で気づいたのでは、とでも言いたいタイミングだったが、ここで茶化せる度胸はウェンフィーには無い。


「子供を任せる。コルゥに着いていけば、必ず見つかる。賢いからな。」

「信頼してるんだね。」

「14年の友だからな。」

「...鷹って長生きなんだね。」

「倍は生きる。見失うなよ、行け。」


 コルゥに合図を出したのか、ギルツはその場を走り去る。

 飛び去るコルゥと、走るギルツ。迷いは一瞬、次の瞬間には、ウェンフィーはコルゥを追いかけて走り出した。


(概ね、希望通りだな。)


 まだ彼女には、【魔眼】も【創世の記録】も見せるつもりは無い。コルゥのタイミングの良さに感謝だ。それに...


(あれだけの大きな個体、そうそう見ない。突然変異か...慣れない複数戦闘は避けたい。)


 怪我をされても、怪我をさせても気分が悪い。ギルツは己の視野が、あまり広くない事は知っている。

 対応は一つ、迎撃か反撃。それ以外、練習もしていない為に、動き回る二人では衝突しかねない。ギルツはともかく、ウェンフィーはそれに対応出来ないだろう。


(獣道...この辺りは巡回通路か。)


 待つか、追うか、先回りか。子供にはウェンフィーが向かっているが...それでも、急ぐ理由はある。夜になれば、目に頼るギルツの方が熊よりも不利だからだ。


(探すしかないな。草花を見るに...此方に歩いていったか?擦れた後が残っている。時間はたってないなら、追いかけた方が早いな。)


 反対に回る道は早々に放棄し、剣を抜いておいてギルツは走る。どうせ風上。匂いで気づかれる。ならば、音を消して速度を犠牲にする必要は無い。

 痕跡を見逃さない様に、周囲に気を配りながら走る。手に持つ剣を木々に当てないように、後ろに流して持ち。追いかけ、追い詰める狩人の眼光は、一点を捕えた。




「もー、信じられない。怪我してるとか言って一人で行くし。丸投げするし!」

「お姉ちゃん...?」


 子供の手を引いて、ぶつぶつと文句を言うウェンフィー。肩に止まるコルゥの所為で、頭が傾くのも機嫌の悪さを増していく。


「爪を緩める配慮があるなら、飛んで欲しいのですが...痛っ!翼って叩けるの!?狙い済ました一撃!ズレた優しさとか、すぐに叩く所とか、目付きとか!良く見たらギルツさんそっくりじゃん!やーい、コルゥのギルツさー、爪痛ぁ!嫌なの!?友じゃないの!?」


 息継ぎも無く騒ぐウェンフィーに、鳥の癖に呆れる様に頭を振り、溜め息を吐く。


「あー!ギルツさんだ!もう、まんまそれだ!」

「お姉ちゃん...」

「ん?どしたのー?」


 衰弱していた為に、気分も落ち込まない様にと騒いでいたウェンフィーだが、遂に限界かと視線を向ける。

 しかし、重要なのは少年の体調ではなく...その向こうのデカブツだった。


「熊ぁ!?」

「ど、どうしよ...」

「...良い?良く聞いて。」


 別人のように真剣な顔を向け、ウェンフィーはコルゥを示す。


「この子が村まで連れてってくれる。行って!」


 言葉を理解しているのか、否か。しかし、コルゥは爪を立てずに少年の頭に飛び乗った。


「わっ!?」

「痛そ...ほら、走る!お姉ちゃんなら問題なーし!」


 勢い良く抜き放つ曲剣は、風の魔剣。辺りに渦巻く風は、その剣の威光を表す一部である。

 それを見た少年は、そんな英雄像を心に焼き付ける事になるのだが、それは別のお話。今の彼は、逃げるので精一杯の子供である。


「さーて、ちょっと大きすぎないかなぁって...ギルツさん、やられちゃって無いよね?」


 地面から肩まで、ギルツの身長を越えそうな、そんな熊。茶色の毛並みに覆われた太い腕だけで、ウェンフィーよりも大きい。


「よし、頑張る!いっくよー!」


 風を纏った疾駆は、驚愕させるには十分で。あっという間に顔の下に潜り込んだ彼女は、風の魔剣を一閃させる。

 喉を狙って振られた剣は、そのまま屠るかに思えた。だが、驚く事に、熊はそのまま立ち上がり、剣は見事に空振る。


「嘘!?」


 子供五人分は越えそうその巨体は、腕を左右に振り回し始めた。間一髪、跳び退いたウェンフィーの額を掠り、皮膚と髪の毛が舞い、爪を赤が彩る。


「速い...なんで?こんな、野生動物、いる訳が...」

「巻き込んだ、とも言えないが。その洞察力は見事だな。」


 頭上から聞こえた声に、ウェンフィーが顔を向ける。そこには、聖職者の様な装束を纏った男が一人。

 彼はそのまま、二本の白黒の短剣を弄ぶ。


「私が戦力にならんのでな、それに力を与えた。被った一部だが...問題ないな。人で無くても良いのか。」

「何を!」

「余所見していて良いのか?魔剣を壊してくれるなよ。」


 そう、この男こそ、昨夜の紋様を刻んだ男である。魔剣を集め、ファーラを誘きだすために。ギルツとウェンフィーを狙ったのだ。


(馬を手繰るのは疲れたが...おかげで先回りは出来た。しかし、【魔狼】を殺れるかは、奴の目次第だな。)


 下で行われる殺戮ショーでも見るかと思い...彼は驚愕する。

 ウェンフィーは、そのしなやかな足腰で、木を蹴って三角に跳び。熊の背中にしがみついていたからだ。


「ちょ、ぉ!落ちるぅ!」


 咆哮にも負けない声で叫ぶウェンフィーだが、その手に持つ魔剣は放していない。能力を使うほどは集中出来ないようだが。

 やっと振り落とせても、すぐに受け身を取り走り出す。隙を見つけては、振り下ろされた爪を切り落とすまでやってのけた。


「甘く見ていたか...これでは【魔狼】が来てしまう。退散するか。」


 彼の判断は間違ってはいなかった。何故なら、逃げようと考えた瞬間には、猛烈な殺気が辺りを喰らったからだ。


「...ギルツ、さん?」

「何でお前が?コルゥと居たのでは...いや、そういう事か。」


 コルゥの位置を探り、ギルツは納得する。そして熊を一睨みし...木を見上げた。


「......」

「...本気で隠れられると分からんか。【監視の魔剣】が効いていればな。」


 悔しげに呻き、ギルツは剣を構える。その先にいるのは、警戒を露にして動かない大熊だ。

 その側で息を切らせるウェンフィーに、ギルツは離れるように命じる。


「でも...!凄く速いよ!?この巨体では信じられないくらい...!」

「俺に速さは驚異にはならん、度を越えて無ければな。剣は、通るのだろう?」

「厚いよ、魔剣でもないと...」

「必要そうなら、そうする。」


 出方を伺うギルツに、待ちきれずに熊が襲いかかる。巨体も相まって、まるで目の前にいきなり現れた様に感じるだろう。...そこにいたのがギルツで無ければ。

 振り下ろされた、丸太のような腕。右目を開眼したギルツは、それを横に避け。途中で剣で払い、傷を付け、いなし、斬る。


「嘘、あれを見切ったの...!」

(やはり、奴の力は...)


 満足したかの様に男は、木の上から降りずに立ち去る。開戦してしまえば、【魔狼】とて獲物を逃すものだ。

 その気配を感じて、顔をしかめたものの、集中力は切らさない。すぐさま返す刃で、熊の目玉を狙う。


「っと、流石に無理か。」


 大振りな横薙ぎ。腕の動きをいち早く察したギルツは、射程外に跳び退く。指の傷が浅いのを視認し、ギルツは剣をその場に突き刺した。


「余分な警戒を招きたくもないな。やむを得ず、か。」


 未だにハラハラと、撤退せずに見守るウェンフィーを見て。ギルツは頭を振りつつ溜め息を吐く。


「ウェンフィー。」

「はい!え?右目...」

「これから先は他言無用だ。嫌なら目撃するな。」


 何の事か分からないまま、コクコクと頭を振るウェンフィー。それを確認し、ギルツは左腕を真っ直ぐに前に出す。一撃での必殺を得る為に。

 錯覚だろうか、肉を裂き内側より出でる黒き本。白い反射の金縁が、その革を開きページを捲る。


「呼び出せ、【創世の記録】。来い、【執行の魔剣】。」


 掌の上で浮く書物から、一振の剣が姿を表す。柄が見え、がっちりと掴まれて抜かれたそれは、仇為す物を刻む、審判の剣。

 華美な物でも無く、あまりにもシンプルな黒と銀の剣を、ギルツは腰に添えて構える。


「来い、デカブツ。」


 通じたのか、それとも魔剣の異様な気配からか。突進する熊に、ギルツは的確なタイミングで身を屈めて下を通り抜ける。

 両手に構える剣は、微動だにさせず。ただ、睨みながら回避を繰り返す。


「ギルツさん...」


 何度も避け続けたギルツが、唐突に右目を押さえた。見れば、血が溢れている。


「なに!?」

「手を出すな!...このぐらいで限界か。」


 ギルツの決定的な隙。野生の勘だろうか、全力で踏み込み...そして悟った。それは、隙とも呼ばない物だった事を。最初から、その一瞬で十分だったのだと。

 回り込むように下へ身を滑らせたギルツが、その身を大きく回す。左から下、そして上へ。腰だめの位置にあった魔剣は、弧を描いて喉を裂く。

 そのまま一回転して姿勢を戻し、後ろへと走り抜けたギルツ。後ろで重い何かが倒れた音を聞き、ギルツは魔剣を本へと戻した。


「~~っ!凄いや、ギルツさん!シュッて!ブワッて!!」

「頭に響くから止めてくれ...慣れれば時間も伸ばせると良いが。」


 右目から溢れた血を拭い、ギルツはぼやく。地面に差していた剣を取り、血と油を拭ってから鞘に戻す。念のため、まだ背には直さない。

 本を腕に戻し、高らかに指笛を鳴らす。程なくして、コルゥが森の上を飛んできた。左腕に止まらせ、喉を優しく掻きながらギルツは尋ねる。


「ご苦労、コルゥ。もう一仕事頼めるか。」


 指笛の様な鳴き声で返事をし、コルゥは片足を上げる。そこでふと、ギルツは柔らかかった顔を仏頂面に戻した。


「どうしたの?」

「紙を忘れた...メモをギルドに出せば、遺体の回収はやってくれるんだが。」

「紙?持ってるよ。ファーラちゃんとお話しようと思って...」

「本当か?貸してくれると助かる。」


 紙の束を取り出しながら、ウェンフィーは苦笑いを溢した。


「一枚くらい上げるよ...あ、報酬。一部ちょうだいね?」

「山分けで良いだろう。」

「熊はほとんど何もしてないよ、僕。」

「子供を見つけ、足止めをした。続けてれば狩れたろう。」

「逃げるのに結構、必死だったよ?どのみちあんなに綺麗には、倒せないから。三割ね。」

「それで良いなら良いが。」


 ペンを忘れたので、血文字で獲物のサイズと場所を記して、コルゥの足に結ぶ。多分、見た職員は驚く事だろう。


「頼むぞ、コルゥ。今晩は肉を食えるぞ。」


 高らかに鳴くと、勢い良くその翼を広げてコルゥは飛び立つ。場所も覚えているのだろうか。


「明日の昼前には回収隊がくるだろう。それまで、これをどうするか...ここで寝るか。」

「馬小屋の意味...」

「ここまでデカイと思わなかったんだ。...ん?」


 遺体をまさぐって、血を抜く方法を探っていたギルツが、ピタリと止まる。


「...お前、良く無事だったな。」

「ふぇ?急に何?...て言うか、名前!さっきは呼んでくれたのに!」

「...まぁ、良いか。」


 三つの紋様を見つめ、ギルツは溜め息を吐く。所有者が死んだからには、やがて消えるだろう。


「......ねぇ、聞きたいこと。結構あるなぁ?」

「火でも囲いながらならな。薪を集めてくれ。どうにか血を抜けないかやってみる。」

「それなら僕がやるよ。抜き取れば良いんでしょ?」


 鞘から【風の魔剣】を抜き、ウェンフィーは自慢げに笑う。薪集めは、どちらがやるか決まった様だ。

 肩を竦めながら、ギルツは暗くなり始めた森で薪を拾い始めた。




 焚き火に追加の薪を放り込みながら、ギルツは夜空を見上げる。コルゥはどうやら、ギルドの方で寝ることにしたらしい。

 持ってきていた干し肉を齧りながら、頼りになる相棒を思う。何故に今日に限っていないのかと。


「......」

「...」


 互いに無言のまま、火を見つめる。後ろの血溜まりの異臭も、気にならない程に気まずい静寂。


(どうするか...【魔眼】、いや【トガビト】の事をどう話せば...【創世の記録】も、魔剣士なら知っているかもしれん。)

(聞きたいことが多過ぎて...しかもどれも地雷だよね?ヤバそうな内容で聞きづらいよ...)

(俺は)(僕は)

((どうしたら...))


 炎が弾け、焚き火が崩れる。石を剣で押して並べ直し、三度、薪をくべる。

 こういう時こそ煩くしてくれ、とギルツはどこか投げやりに、ウェンフィーを見る。彼女も此方を見ていた。


「...ふぅ。何から聞きたいんだ?」

「ん、と...怒らない?」

「気にする事あるのか、お前。」

「失礼だね!?僕もそれぐらい...」


 少し思い返し、彼女は否定をやめた。程度はあれど、結構怒らせた気もする。


「じゃぁ、その目とか本は聞かない。怖いし。」

「まぁ、聞かない方が良い。面白い話でも無いしな。」

「気になるから止めてよ。それよりも...最後の問いが気になってるんだよ。クラン潰すとか、重罪とか。」

「あれか...気にするな。クランを巻き込むつもりは、無かったんだ。少し錯乱していてな、あれは俺の問題だ。」

「いや、止めよーとしてるんだけど。」

「断る。」


 提案をバッサリと斬ったギルツに、ウェンフィーは不満げに睨む。そんな事をされても、恐怖など感じないが。


「まぁ、いいや。クランに入ったら、止める機会はあるし。」

「おい...」

「いーじゃん、別に。僕は犯罪はダメだと思うな~。」

「コイツ...!はぁ、出し抜けば良いか。」

「ちょっと!」


 ぶつぶつと続けるウェンフィーだが、結局は眠気が勝ってきた。


「全然、聞けて無いし...知りたい訳じゃ無いけどさぁ...」

「文句の前に寝たらどうだ?火の番ぐらいならしてやる。」

「襲わないでよ...」

「誰が...もう寝たか。」


 言うだけ言って寝たウェンフィーに、叩き起こしてやろうかとも考えるが、無視に決めた。足も痛むし、彼女の疲れも分かる。


(しかし...こんなに素直に退くとは。思った以上に、バケモノでは無いのか...?ならば、何故あの人が...)


 時折近づく獣を払い、ギルツは眠れぬ夜を過ごした。




 ピィーー、ピーー!

 響く声に目を開けて、ウェンフィーは朝日に目を細める。


「もう朝...?あれ?何で森?」

「寝ぼけているのか?」


 コルゥを肩に乗せ、ギルツが此方に歩いてきた。その足元は少し赤い。腰から外して手に持った鞘に、剣を納めつつそれを背に直す。


「うぇ!?男の人!?これが朝ピー」

「コルゥ、黙らせろ。」

「痛ぁ!そーだ、ギルツさん!酷いよ、朝から!」

「酷いのはお前の頭だ...」


 頭をつつかれて喚く彼女に、ギルツは頭を振りながら溜め息をこぼす。

 寝起きのウェンフィーには関わらない事を決めつつ、ギルツは焚き火を踏みつけて消す。まだ僅かに燻っていた火が、パッと散り、消える。


「乱暴~。足癖悪いって言われない?」

「...マーテルから聞いたか?」


 怪我をした脚では、あまり動かした覚えは無い。疑問に思いつつも、対して気にはせずに世間話程度に語りかける。


「うん、あの人ギルツさんの事、凄い話してくれるもん。」

「そんなに長い付き合いは...いや、もう一年か。」

「僕は半年前からだから、知らなーい。でも、結構見られてたみたいだね?」

「そういう商売だろう、別に腹は立てん...どうした?」

「別に~。」


 ニヤける彼女を気味悪く思いつつ、ギルツは石を放っていく。火の跡も、なるべくなら残さない。

 コルゥを可愛がりながら、ウェンフィーはそれを待っていた。


「ねぇ、ギルツさん。」

「どうした?」

「...僕とお昼まで稽古しない?足、大丈夫でしょ?」

「枝で良いならな。」

「やった!」


 剣を置いて、ギルツは手頃な枝を探す。そんな彼に、ウェンフィーが二本の枝を差し出した。


「どっち?」

「長い方を。」

「有利を取る気だなぁ!」

「阿呆、腕の長さを考えろ。同じぐらいの剣が、一番慣れている。お前もだろう。」

「だと思った!」


 二人にぴったりの物を持ってきておいて、と呆れるギルツに彼女は笑顔を返す。調子を狂わされて、ギルツは少し顔をしかめた。

 少し振る。しなる枝は、軽い打ち合いなら折れる事は無さそうだ。本気で打ち合いでもするなら、木剣でも購入するか、とギルツは予定を決めた。


「開始の合図は?」

「コルゥが鳴いたらだ。枝の折れた方が負け、それで良いな?」

「オッケー!じゃぁ、いっくよー!」


 高らかなコルゥの声に、ウェンフィーは弾かれた様に前に出る。

 少し余裕を持っていたギルツも、すぐに右目を開眼する。


(焦った...これほどとは。)


 振るわれる枝をしっかりと観察しつつ、その身を横にずらす。自らの枝は振らず、ギルツは回避と観察に専念する。


「何で当たらないの、さ!」

「いや、狙いは正確だ。正直に言えば、かなり難儀な...っ!」


 フェイントを交えた逆袈裟。下からの一撃は数瞬の遅れを生じさせ、冷や汗が頬を伝う。


(なるほど...自信を持つだけはある。)


 体の捌き方、当て感、踏み込み時。全てギルツを唸らせる物ばかりだ。

 だが、甘い。見せる分には合格だが、勝利条件をふまえてならば、それは悪手。剣に見立てたその枝は、敗北を招く両刃の剣だ。


「りゃあぁ!」


 ギルツの退くその一瞬。合わせて踏み込んで来たウェンフィーの、鋭い一撃がギルツの喉を狙う。

 ギルツが隙を見せた訳でも無く、まさに即興の必殺。しかし、ギルツの紅い眼光はそれをしかと見つめていた。


 パシン!


 軽い音が響き、枝が宙を舞う。中程で折れた枝は、ギルツに届かずに空振り。飛んだ枝をオモチャとばかりに、コルゥが空中で捕えて運んできた。


「...えっ?」

「お前、振り抜く気だったろう...」


 絶対に痛い。とんでもない奴だと、ギルツは右目を閉じて溜め息を吐くが、ウェンフィーはそれどころでは無い。


「うっそ、折れた!?なんでさ、絶対入ったと思ったのに!」

「あれだけ振れば、弱った所が大きくしなる。見ておけば、そこに此方の枝を合わせて振れば、折れる。まぁ、少なくとも出来る奴はいないが。」

「やった本人が言うかなぁ!?」

「理不尽だろう?俺も、やられた事がある。」


 懐かしげに、柔らかい笑みを浮かべるギルツ。ここで言い返すの無粋かと、ウェンフィーも黙るしかない。


「それに、振り続ければ、いつか折れていたぞ。適当に拾った物なのだから。」

「うぅ...反則だぁ!」

「否定はしない。だが、しっかりと観察させて貰ったからな。次は【魔眼】無しでいくか?」

「【魔眼】って言うんだ...僕も出来る?」

「いや、これは習得は出来ん。やるつもりも無い。」

「うーん、残念!じゃ、もっかいやろ!」


 新しく良い枝を、コルゥが持ってきてくれたので、ウェンフィーは笑顔を見せてそれを手に持った。

 何だかんだ、ギルツも楽しんでいる。ニヤリと笑うと、二つ返事で承諾した。




 二人が打ち合いを止めたのは、何度目かのウェンフィーの勝利の時だった。


「ギルツ...お前...そんなコミュニケーションみたいな真似が出来たのか。」

「失礼な奴だ。熊を頼む。」

「あいあい...デカぁ!?」

「大きさは書いたろ?」

「実物見るとじゃ違ぇって。はぁ~...」


 折れた枝をギルツが捨てて、剣を背負う。荷物は村の馬小屋だ。

 ウェンフィーも剣以外を捨てて、ギルツの後ろに走りよる。


「じゃ、任せたぞ。」

「おぅ、依頼の云々は上手くやっとくよ。しかし、コイツは高くなるだろうなぁ...」

「少しなら懐に入れても構わん。傷口の件や、俺が受けた事は黙ってろ。」

「へいへい。しっかし、本当に業物なのな、その剣は。」


 加治屋でも剣士でも無い彼を、騙すのは易い。それに、深くも詮索しないだろう。

 ギルツは職員の間では使えると評判だ。態々、彼の頼みを無下にするのも、少ない。ちょろまかしても、見逃してくれるからだ。


「でも、そんなお前でも負けるって、その子は?」

「五回に一度くらいだ。...まぁ、手練れなのは認める。」

「そういうのはさ、本人に言うべきだと思うなぁー?」

「だよなー、ガキンチョ。コイツももう少し愛想ってのをよー。」

「待って、さっきの()()()じゃなくて()()()?」

「あー、ほら。行くぞ。」


 面倒の気配を感知して、ギルツは彼女を引きずって行く。騒ぐウェンフィーの頭にコルゥが乗り、首を振って息を吐く。

 森から帰ると、村の方は賑わっていた。デカイ荷車を引いた馬が、いきなり来て驚いているのだろう。


「あ、お姉ちゃん!」

「ヤッホー、大丈夫だったでしょ?」


 飛び付く子供の頭を撫でている彼女を放置し、ギルツは馬小屋から荷物を取ってくる。

 帰りの足をどうするか、考えていると村の人だろう、男性が寄ってきた。


「ありがとうございます、うちの倅を助けていただいて...」

「俺では無い、あっちの少女だ。...腰の後ろに、緑の剣を差してる奴だ。」


 探す素振りを見せた村人に告げて、ギルツは村長を探す。ギルドに後を任せて、馬でも借りるか、と考えたのだ。

 それよりも早く、ギルドの職員らしき男が声をかける。


「足の用意をしていないだろうと、馬を連れてこられていますが...」

「...出世するな、アイツは。助かる。」


 割と勢いで動くギルツには、基本バックアップを用意してくれる。気遣いの上手い奴だ、とは常々思うが、未だにギルツは名前を覚えてない。

 しかし、自由な馬は一頭の様だ。慣れてきたとはいえ、相乗りとなれば、嫌でも接触が増える。


(流石に怒るだろうか。)


 置いて帰るか悩んでいると、ウェンフィーが挨拶を終えて駆けてくる。


「お馬さん?」

「あぁ、ギルドのだがな。」

「ギルツさんのお友達かと思った。」

「動物が友と言う訳では無いんだが...」


 ウェンフィーと頭に乗るコルゥが、疑いの目を向けるが。ギルツはそれを知らんぷりし、馬に跨がった。


「ほら、乗るんなら乗れ。コルゥは悪いが飛んでくれよ、お前を肩に乗せて馬は手繰れないからな。」

「苦手なの?」

「否定はしない。」

「じゃ、コルゥは僕の肩ね~。」


 ギルツの後ろに横向きに座り、ウェンフィーは拳を高く上げる。上機嫌なのは、村でお礼でも言われたか。まぁ、悪いことでは無い。


「落ちるなよ。」

「もっと抱きつけって?」

「...落ちろ。」


 前言撤回。非常に疲れながら、ギルツは街まで馬を走らせた。




 街に着いて早々に、ギルツはギルドに馬を返す。休ませながらとは言え、荷を積んだ馬車より遅い筈も無く。半日と経たずに街に戻れた。

 今は夕刻。干し肉ばかりで、少し飽き飽きしていた所だ。少しの贅沢は良いだろう。


「何か食うか。」

「うー、お尻痛い...えっ?何?」

「いや、食うかと。携帯食ばかりだったからな。」

「デートのお誘い?そうじゃ無いなら、僕はマーテルさんの所をオススメするよ。」

「......まぁ、ちょうど良い時間か。そうするとしよう。」


 コルゥをギルドの鳥小屋に帰し、森で狩った獲物の肉を渡す。


「また来る。他の奴らを襲うなよ?」


 一鳴きしたコルゥは、上の止まり木まで飛び、肉を裂いて食べ始めた。


「伝書鳩?食べない?」

「コルゥはかなり利口だ。獲物とそれ以外の見分けはつく。」

「すっごい信頼...」


 自覚するには時間が足りていないが、ギルツがここまで話し、剣の打ち合いやコルゥの止まり木を任せたのは、ウェンフィーだけである。

 彼女も、この国の人間の中では、かなり信頼されている方だろう。魔剣士と言う業がそうさせたのか、彼女の人柄なのかは、本人にもきっと分からないが。


「いらっしゃ...ギルツさんですか。」

「声。低くなりすぎだろう。」

「意図的に高い声を出すのも、結構疲れるんです。ギルツさんなら、問題無いかと。」

「客なんだが...」


 入った途端に、これである。ギルツが寄り付かないのも頷ける。

 店内は夕刻と言う事もあり、ちらほらと酒呑みが集まり始めている。


「お?お!?楽しそうだね!」

「お前は...つい一昨日の事も忘れたか?」

「今日はお一人じゃ無いも~ん。ヤッホー!おじさーん!」

「...子守りの気分だ。」

「......ふ~ん、そうなんですか。何があったんですかね。」

「関係あるか?それより、飯。」


 少し冷たい目で見るマーテルに、ギルツは端の席を陣取って硬貨を渡す。いつものお任せだ。

 受け取ったマーテルが、奥に行く前に一言告げる。


「今日は宿代、要りませんから。あの娘が貴方の分まで、働いてくれたので。」

「あの娘?」

「話をするって、約束してませんでした?貴方が手込めにした...」

「待て、それは語弊がある。誰か分かったから良い。」


 流石に子供から代金を取る気も無い。追加の硬貨を渡し、ギルツは店内を見渡した。


「あの娘なら奥ですよ。話さないから、表だと動けなくて。」

「あぁ、この騒ぎだとな。」


 頷きながら、先日マークした男が居るのを確認し、ギルツは観察を続ける。

 こうなれば、会話にはならない。強引に割って入る気は無いので、マーテルは奥に引っ込んだ。


(クランの設立は、もう少し先になるだろう...彼の勧誘はその時に持ち越すか?しかし、パーティを組んでの活動にも、互いに慣れておきたい...)


 顔つきのせいで、彼が訪れる所は大概、固定の人が対応する。マーテルが奥に行った今、ギルツを気にする...いや接客する者はいない。

 心置きなく思案にふける事が出来「はぁ!?」


「マジでか、嬢ちゃん。」

「凄ぇな、これが...」

「お、俺にも見せてくれよ!」

「え?あれとやりあったの...?」

「アタイとも稽古してくれよ!」

「いや、ここは俺が!」


(煩い...)


 騒ぎはどんどん、人を巻き込んで大きくなる。時々此方に視線が来るのを鬱陶しく思いながら、ギルツは先程の男を探す。

 ...いた、中央でウェンフィーと並んでいる。二人とも剣を抜き、ドヤ顔を披露している。


(帰るか?)


 明らかな面倒事の予感がし、ギルツは席を立とうとする。こうなると店の者で、止められる奴はいない。皆が引っ込んでいるだろう。


「...待てよ、あの男っ!」


 振り向いたギルツは、その違和感が正しかったのを知る。

 男がかざすツーハンドソード。ゴツゴツとした装飾のある、黄色がかったそれは、見覚えのある物だ。


(【土の魔剣】...!なるほど、気にかかる訳だ。)


 魔剣士としての何かが、ギルツの目を引いたのだろう。あの時は剣を持っていなかったが、今日は仕事帰りなのか、軽装備ながらも戦士の出で立ちだ。

 巻き込まれない限り、観察することにして。ギルツは二人を見守る。


「お待たせしました。...で?何です、あれ。」

「魔剣士の会合だ。見物だぞ、二重の意味で。」

「まぁ、確かに愉快な人達ではありますね。」


 ノリノリでポーズを決める二人は、既に酒が入っているのか、顔が赤い。

 周りの者達も散々に持て囃すので、止まる筈も無く。


「魔剣士なら、私の前にも居ますけどね。」

「忘れてくれ、と言わなかったか?」

「忘れませんよ?貴方の事ですから。」

「...?そうか。」


 そんな二人に、唐突に視線が集まった。ギルツがそれを感じて振り返ると、いつの間にか静まり返った全員がギルツを見ていた。

 視線があったウェンフィーが、少し顔を青くする。酔って吐き気がした訳では無いだろう。


「...なんだ。」

「えーと...僕が中々勝てないって...」

「お前は、魔剣士だろう...」


 頭を振り、重く溜め息を吐く。とりあえず出された食事を掻き込み、マーテルに一言。


「酒。シラフで参加する気が起きん。」

「せめて裏でやってくださいね。壊したら弁償ですから。」


 剣士として、興味の理由は非常に良く分かる。ならば、簡単だ。今の酔いに浮かれた空気の中で、記憶に詳しく残らんうちに、自身への興味を消化する。

 出された一杯を一気に飲み干すと、ギルツは裏口で木剣を取りながら振り向き、言う。


「喰われたい奴から、着いてこい。」




「う、おえぇぇ...」

「お酒、強くないんだから...飲んですぐに動けば、そうなりますよ。」

「ぐぅ...厄日だ。」


 まだ少し酔いの残るギルツが、折れた木剣を置いて吐く。隣で水を用意したマーテルが、それを差し出した。

 店内に残るのは、見物者と剣士ではない者達。そして、三人の魔剣士である。残りは裏で安らかに寝ているだろう...死んでない。


「凄ぇな、あんた。全員まとめてノシちまいやがった。」

「おたく程じゃ無い。」

「そうかねぇ?」


 つい、酔いも手伝って開眼さえしてしまったギルツは、久し振りにはっちゃけてしまった。剣の中をすり抜け、笑いながら次々と急所に剣を振るう様は、狂犬の様であった。

 らしくない事をした代償は、猛烈な吐き気と嗄れた声である。


「ウェンフィー、二度と言うなよ...」

「で、でもさ。ギルツさん楽しそうだったし...」

「二!度!と!言うなよ?」

「はぃ~...!」


 縮こまるウェンフィーに、ギルツは追撃を与える前に吐き気に襲われた。


「ぐ...」

「死にそうだな、狼さんよ...いや、刹那の【魔狼】か?」

「っ!」


 酔いも覚める勢いで、ギルツは男を見る。彼はニヤリと笑いながら、深く二度ほど頷いた。


「やっぱりか。俺はサクスムだ、あんたの目玉の知り合いだよ。あの動きは忘れねぇさ。」

「...彼は、あの人は死んだ。」

「だろうな。止めとけっつったのによ。」

「うぇ?知り合い?」

「目玉のな。」


 サクスムと名乗った男は、豪快に笑いながらそう訂正する。

 未だに過去を吹っ切れないギルツは、彼の姿勢を少し羨ましくも、妬ましくも感じた。


「てことは、だぜ。下巻は丸ごと無くなったか?」

「...上で話す。先約もいるからな。」

「了解。ここであったのも何かの縁だ、じっくりと話し合って、夜の酒で流しちまおう。」

「マーテル、部屋を一つ頼む。」

「どうせ、泊まるつもりだったでしょう?」


 ファーラちゃんが、先に奥の部屋に行ってます。それだけ告げて、彼女は店に戻っていった。いつまでも仕事を抜けてはいられない。


「僕は...お邪魔かな?」

「ペラペラ喋らんなら、聞いてても良い。」


 もうなるようになれ、とでも言わんばかりに、ギルツは投げやりに許可を出す。どうせ、巻き込まれる。そんな予見めいた何かがあった。






「...以上で報告を終わります。」

「そうか、生きていたか...バラバラの魔剣を探すよりも、好都合だな。」

「しかし、彼の者は【刹那の魔眼】を。」

「なに?...確認した魔剣は。」

「監視と執行です。」

「【終の魔剣】は無い、か。あれは何としてでも手にせねば。そして、神を再臨させるのだ。決して教皇にはバレるなよ。」

「はっ、抜かり無く。」


 教会の地下での不穏な会話も、地上の民には届かない。

 そして、それはゆっくりと。しかし、確実に動き出す。巫女を作り、捧げる為に...






 部屋には、普段着(少し大きいので、マーテルの物だろう)を着たファーラが眠っていた。ギルツがウェンフィーに起こさせると、彼女は少しキョロキョロと辺りを見渡し、メモを取って書き記す。


『すいません、少し眠ってました。』

「いや、問題ない。仕事で疲れたんだろう。」

「なんかギルツさんが優しい...?」


 椅子を引きずって来て、座るサクスム。

 ファーラの隣、ベッドに腰かけたウェンフィー。

 壁に寄りかかったギルツが、全員に話す。


「せて、どこから話すか...」

「先約とやらに譲るぜ、俺は。」


 ウェンフィーは態々、口を手で抑えている。介入する気は無いらしい。


『まずは、私の事を知って欲しいです。そして、お願いを聞いて欲しい。』

「了解した。」


 彼女は速筆だが、喋るより早い訳では無い。これでは読む時間も入れて倍はかかる。

 時間短縮のためにも、サラサラと書き綴る内容を、ウェンフィーが読み上げて行った。顔を近づけるには、男性二人は強面すぎる。


「えーっと...

『私は神を再臨させるための巫女として、彼等に育てられました。教会の中でも異端な彼等は、裏と呼ばれていました。

 私の【御噺】が重要な様で、色々な力を押し付けられました。もう、戻りたくはありません。

 【御噺】は喋った事が実現してしまう力です。どんな形になるかは、分かりませんが...戦争を止めて、と願った私は、周囲の武器を持った人が皆死んでしまう事で叶えられました。それ以来、教会暮らしです。』」

「待ってくれ、理解が追い付かん...つまり、力を制御して神を起こす、と?阿呆か?」

「僕に言われても...」


 ギルツが唖然としていると、サクスムが納得したように頷いた。


「嬢ちゃんを見つけるまでは、魔剣を求めて戦争を起こしてた訳だ。その被害者が、あんたら二人って事だな。」

「僕には理解が出来ないや...」


 憎々しげに顔をしかめたギルツと、顔を伏せるファーラ。

 とりあえず、とギルツは先を促す。ウェンフィーを向いて。


「お願いとやらは?」

「やっぱり僕が読むのぉ...

『お願いは一つです。十二の魔剣を集めて』えぇ!?」

「続きは。」

「はーい。『十二の魔剣を集めて、【創世の記録】に再び集め、正しい所持者に帰すこと。それが出来れば、彼等も迂闊には動けないから。』...そうなの?」


 それには、ギルツが頷く。


「抑止力にはなるだろうな。事実、派手な動きは一切無かった。陛下もあの人も、裏の事には通じていなかった為に防ぎ切れなかったが...」

「陛下?お前さん、そんな事良く知ってるな?」

「少しばかり、縁があっただけだ。それで?保護を頼む、と言う訳か?」


 尋ねるギルツに、ファーラはメモを記して応える。


『可能なら。出来なくても、この力を無くして欲しい。』

「成る程な...理解した。」


 少しの沈黙、不安を露にするファーラに、ギルツは頷く。


「俺は構わん、当初の目的と一致する。」

「お前さんも書物を探してんのか?」

「あんたは?」

「友の忘れ形見にゃ、会えたがな...魔剣に関しては、俺はさっぱりよ。集めるとどうなる。」


 サクスムに向かいあい、ギルツは尋ねる。


「答える前に、命にかえても他言しないと誓ってくれ。」

「おぅ、右腕にかえても。」


 誠意は伝わった。ギルツは左腕を伸ばし、そこが発光して裂け始める。驚くサクスムの前で、中から出現した書物がフワリと浮く。


「下巻ならここに。上巻は破壊されたんだ、再び創る必要がある。一人に所有権を譲り、体の一部を差し出さねばならん。継承では無いからな。」

「こりゃ...たまげた。じゃ、お前さんは...!」


 二度目のファーラとウェンフィーは、それほど驚きは無い。しかし、次の彼の言葉には驚いた。


「英雄の弟子で皇太子って訳か!」

「え...?」

「うえぇ!?」


 咄嗟に口を抑えて声を殺したファーラと、全身で驚愕するウェンフィー。

 しかし、それに反応するものはいない。サクスムはギルツを、ギルツはサクスムを見ていたからだ。


「あの人に聞いたか。」

「まぁな。まさか王子様たぁ、思わなかったが...」

「国も無いのに王子も何も無い。」

「ん?待て、てぇことはお前さん、若いな?」


 固まる二人を置いて、男二人は話を進め、理解を深めていく。


「王子様ぁ!?あの、ギルツさんが!」

「あのとは何だ、あのとは。」

「無愛想、不器用、鈍感野郎と三拍子のギルツさんだよ!」

「斬ろうかな、コイツ...」


 ギルツがいい加減黙らそうと思った所で、サクスムが手を打ち鳴らす。


「まぁ、夫婦喧嘩は後にしな。嬢ちゃんが困ってるぞ。」

「無いな。」

「僕、王女?」

「絶対に無いな。」

「否定が強くなってる!?」


 とりあえず、とギルツは【創世の記録】から、魔剣を二振り取り出した。


「こんな風に、魔剣が()()()()いるから、それを実体化する。遠くから戻す事も出来る。」


 壁に投げつけた【監視の魔剣】を、光の粒子として消し、再び本から取り出すギルツ。


「幾つか足りないがな。下巻は六振りの魔剣があった...と言われている。」

「お前さんは継承って訳か?」

「あぁ、陛下からな。左腕を差し出し、受け継いだ。その頃には既に今の本数だ。継承ならば、全て集める必要は無いからな。」


 本を戻しながら、ギルツはそう締めくくる。それにサクスムは頷き、結論を下した。


「まぁ、差し出すっつっても、無くなりはしねぇんだな。最悪、魔剣を渡せば良い、と。」

「あぁ。全てが揃えば、魔剣は比べ物にならない力を発揮する。誇張無く、一振で山を砕く勢いだ。」

「嬢ちゃん、魔剣は何本集まってる?」


 サクスムが尋ねれば、ファーラは予想していたのか、書いてあったメモ用紙を取り出す。


『先週逃げ出したばかりで、まだ一人も。』

「捕まらなかっただけ、運が良かったな。最悪、手足は無くても人は生きる。」

「ギルツさーん?怖いから。慰めかたを、完璧に間違ってるから!」

「む?すまん。」


 少し顔を青くしたファーラを、後ろから庇うように抱き締めて。ウェンフィーはギルツを睨む。

 彼は頭をかきながら、サクスムに振り向いた。


「あんたはどうする、これから。」

「そりゃぁ、俺が聞くことだな。なぁ、皇太子さんよ?」

「止めてくれ、似合わん自覚はある...良ければパーティを組まないか?クラン設立を目指して、活動していくつもりだ。」

「へぇ?...過去に縛られんなよ、坊主。羨望は身を滅ぼすぞ。」

「...あぁ、肝に命じておこう。」

「ま、何をするでも無いしな。面白いから着いていこう。よろしくな、皇太子。」


 笑うサクスムに、酒臭いとだけ告げて。ギルツは事が進む感触に、手応えを感じていた。少しずつ崩れはするが。確かに目標に向けて、歩みは進んでいる。


『皆さん、協力してくれるのですか?』

「俺は、な。」

「ギルツさんがするなら、僕も~。魔剣も返して貰えるんでしょ?」

「まぁな。書物の持ち主の意向次第だが。」

「俺も賛成だ。アイツの弟子なら、俺の弟子も同然だ。頼ってくれて良いぞ?」


 三人の魔剣士が、それぞれに意思を表明する。それは、魔剣を刺される軟禁生活を送っていた少女が、外の光に手を伸ばし、届いた瞬間だった。


「...っ!?なぜ泣く!?」

「そりゃ、皇太子が泣かせたんだよ。」

「だよね~。あ、外では皇太子って呼ばない方が、良いんじゃない?」

「ん?そうだな...じゃあマスターだな。クランマスター予定なんだろ?」

「良いね!僕もマスターって呼ぼうかな。」

「いや、助けてくれ...」


 嗚咽を漏らして涙を流す少女に、孤高と呼ばれた狼は戸惑う。

 きっとこれは始まりに過ぎない。しかし、今この時。達成感に浸るのは、誰も責めやしないだろう。

 故に感謝と喜びを込めて。胸いっぱいの万感の思いを載せて。少女は言の葉を紡ぐのだ。【御噺】を語り継ぐ様に。


「ありがとう、ございます...!」






 数ヵ月後。

 あれから魔剣は探しても見つからず、噂を集めるに留まっている。【創世の記録】上巻。属性の魔剣の書物を創るのは、暫く先になりそうだ。

 しかし、歩みが完全に止まっていた訳では無い。一つの小さな施設の前で、ギルツは剣を振っていた。


「よぅ、マスター。早朝から元気だな。」

「若いから、な!」

「ハッハッハッ!違ぇねぇ!お前さんも後15年すりゃ、俺の気持ちも分かるさ。」


 身の丈程の木剣を、【土の魔剣】に見立てて構えを取るサクスムに、ギルツは木剣を構える。


「久し振りに手合わせでもするか?」

「良いねぇ、【魔眼】は無しだぜ?」

「使わずとも止まって見えるほど、あんたの剣は慣れたさ。」

「へっ、やってみろ!」

「二人とも~!皆来たよー?」

「「後で、だな。」」


 互いに分かりきった意思を確認し、ギルツ達は入り口へ回る。そこには、友と、十人近い剣士と、最年少の魔剣士。そして、一人の少女が待っていた。


「ピー!」

「ギルツさん。」

「「「兄貴!」」」

「もうよろしくやってるよー!」

「すいません、姉貴がもう始めちゃって。」

「遅いぞー、オウジサマー!」

『ようやくですね、おめでとうございます。』


 喧しい皆と一枚のメモに囲まれ、彼は宣言する。長く望み、懐かしさを感じる、剣士達の集まり。彼の、彼等の仲間の居場所を。


「クラン【剣士の宴】の設立を、ここに宣言する!」

「「「「「イエー!!」」」」」「ピィーー!」

「おっしゃ!呑むよー!」

「もう姉貴呑んでるし...」

「ガハハハハ!」


 彼等の旅路は終わりでは無い。しかし、不安は無いだろう。頼れる仲間達が、こんなにもいるのだから。

 袖を引かれ、見下ろした先には、翡翠の目を細め、笑顔を浮かべる少女がいる。


「ん?」

『ギルツさん、ありがとう。』


 メモを読み、彼は笑って彼女の髪を撫でる。


「無論だ。もう、仲間だろう?」


「あー!ギルツさんがイチャついてるー!いけ、コルゥ!」

「阿呆、コルゥは俺の友だ。」

「何で交じるのさー!」


 喧騒も悪くない。孤独に落ちた狼は、過去を振り払い微笑んで見せた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[気になる点] カギ括弧内の文末には句点が不要、三点リーダの使い方等どうしても小説を書く上でのルールが気になってしまいました。 折角良い設定ですので、もう少し丁寧に描写をしても良かったかと思います。…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ