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黙殺

作者: ぬぬ

数ヶ月前にふと書いて、そのまま少し寝かせていましたが、ここから良くも悪くもなる気がしないのでこのまま投稿します。

あらすじにも書きましたが、特に気持ちのいい話ではありません。そこだけはご了承を。

私は今、人を殺している。

殺していると言うのは語弊があるのだろうか。私にはふとそうは思えなくなった。


私は今高速道路の上にいる。助手席には母が座り、父の運転する自動車の後部座席、右側だ。隣には4つ年下の弟が座っている。4月には私の就職と引っ越しが決まっており、弟の受験も終わったとあって最後に家族全員での一泊二日の小旅行と洒落込んだのである。


私は生憎とこの隣で座っているとは言い難い姿勢でスマホを弄る弟が嫌いだった。日々の言動のレベルは低く、これから大学に入る年とは私には信じられないほどだった。これでも昔に比べればましになったとは思うが、それでも許容できないのは程度だけでなく、単に私には相性が悪い人間でもあるのだろう。


その私が嫌いな弟はいつもシートベルトの束縛感が嫌いなのかが面倒なのか理由はわからないが、少なくとも両親からの声がかかるまではシートベルトを使うことがなかった。私は運転免許の教習を受けたことでシートベルトの現実的な意味を認識したが、その前から特にシートベルトを使うことに疑問を持ったことはなかった。彼も教習を受ければもしかしたら変わるのかもしれないが、それは先の話だ。

その日の朝出発したときも母からの声があって着けたシートベルトが、道中パーキングエリアで休憩を挟んだあと外されていることに私は気づいた。車を降りなかった弟がシートベルトを外しているとは両親は思わなかったのだろう。


指摘しようかと迷った時である。ふと私は思った。今走っているのは高速道路で、速度は時速にして80キロを超えている。生まれてこの方父は家族を乗せて運転しているときに事故らしい事故を起こしたことはないが、可能性がないわけではない。家族の中で一人だけシートベルトをしていない弟は、もし事故が起こったら一人だけ死ぬことがあることも容易に想像できた。


けれども、私はそこに思い至ったときに、むしろ指摘するのをやめた。やめたくなった。実際に私は指摘しなかったし、その日それ以降弟がシートベルトをすることはなかった。


これで弟が死んだら私は自分を責めるだろうかと考えてみる。私にはどうにもそれが想像できなかった。それに気づいた私は、弟の死の可能性を防ぐことを放棄した。

能動的にその可能性を認めた。

この瞬間から、私は殺人を犯したのだと思う。特になんの感慨があるわけでもなかったが、私は自分が人を殺しているとその時実感していた。人は思った以上に簡単に人を殺せるのだなと思った。


人間とは、或いは私という人間は、価値を見出だせない人間の死について存外抵抗がないらしかった。暴言などで「死ね」という言葉自体は軽く投げかけられる世ではあるが、他人の「死」そのものがここまでも取るに足らないものであるとは思っていなかったし、私はそのことに驚愕し、更に恐怖を感じた。私に価値を見出さない人間にとって私の死とはまた同じように無為なものとなるのだろう。


私の死は私自身にとってその瞬間には人生の全てだ。死に臨んで自身にあるのは死のみだ。それが他人から見た途端、ただの路傍の石とさして変わらない。少しの風が吹いて落ちかけの枯れ葉が枝から落ちるのとなんの差異もない。それがその時私にはたまらなく恐ろしく思えた。


けれど確かに、私にとって嫌いな弟の死は枯れ葉が落ちるのと変わらなかった。


私はその日そのまま弟を殺し続けた。

読んでいただきありがとうございます。

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