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着替えを済ませ、教室を出ようととするとみやはに止められる。みやはの隣には捕まったのか蘇芳のだらけた姿があった。
「さあ行くよ」
「どこに」
「佐倉さんを探しに」
「どうやって」
「歩いて?」
いないやつをどうやって歩いて探すのだろうか。
しかも誰の記憶にも残っていないやつを。
「……俺、今から情報を集めに行こうと思うんだが、一緒に行くか?」
「しょうがないからついて行ってあげるよ」
霧彦の考えていたことがわかったのか、少し落ち込みながらみやはは霧彦の隣を歩く。
「霧彦って容赦ないよ」
「今更か」
「ちょっとはなんか、弁解とか」
「弁解なんて霧彦らしくないでしょ。僕はそんな霧彦見たくないね」
「俺ってすごく優しいぞっ!」
「おいっ」
「霧彦はやっぱり容赦ない」
「なんでだよ」
くだらない話をしながら、廊下を歩き進める。
凛も合流し目当てである職員室の中に入ると中にいる教師陣の目が一斉にこちらに向くが、すぐに自分たちの仕事に集中する。
キーボードの打ち込む音をすり抜けて、目当ての人物のもとへ行く。
彼女は職員用のデスクに頭をこすりつけていた。寝ているのか、死んでいるのかわからないが。黒く長い髪が床に着きそうで少し心配になる。
まあ、すぐに生き返るだろう。
「せんせっ、起きてっ!」
みやはが飛びつくと、女教師は頭を机とみやはで思いきり挟まれるような状況になっていた。
「~~~っ」
「せんせ、大丈夫?」
「ど、どこが大丈夫だと思うのよっ!」
おでこの部分を真っ赤にしてみやはにキレている女教師。大人にしては小柄で、みやはと並ぶと親子のように身長差が出てしまう。
「なんだ、なんだ。どうしたんだ、お前ら」
周りにいた霧彦たちに驚いて慌てている幼女、もとい、れっきとした教師は千利瑠美。霧彦たちのクラス担任だ。
小さくて生徒に可愛がられているが、自分ではしっかりと大人として振舞えていると思っている。そこも彼女が好かれる理由だろう。
「まず先生、鼻血拭いてください」
だらーんと垂れた鼻血を丸めたティッシュで押しとどめた。
「ぐへっ!」
霧彦が急に詰め込んだからか、瑠美は訳のわからない言葉を吐いた。
「霧彦、それは痛いと思うよ」
「僕もそう思う」
「同感です」
「だって血を止めないといけないだろ?」
「せんせ、かわいそうだよ」
周りからの言葉攻めが霧彦を孤独にした。
こんなに責めなくてもよくない?
ちょっと強引だったかもしれないけどさ。
「晏御君はなにかな、先生に恨みでもあるのかな?」
「いや、血を止めたかったんだ」
「でも痛かったんだぞ、痛くて涙まで出ちゃったんだぞ」
本当に水の雫が涙腺から出ていて霧彦は少しだけ同情する。鼻もグジュグジュだ。
「で——どうしたんだい?」
瑠美は目をゴシゴシしながら鼻が詰まった声で霧彦たちが来た理由を聞く。
「先生は、佐倉っていう隣のクラスの生徒を知っていますか?」
「佐倉っていうと、例の?」
「そうです。先生なら事情を知っているんじゃないかなと」
教師である身なら何らかの情報を持っていてもいいはずと考えた。
覚えているのなら、という条件付きだが。
「悪いな、私は知らない。他の先生たちも皆、知らないよ」
教師たちも例外ではない。佐倉という人物の記憶は無かった。
本当に存在する人物なのかどうかさえも霧彦たちにとっては曖昧で、不確かなことだ。そんな人物をどうやって探せばいいのか。また、神にでも頼めばよいのか。
「でも、その生徒の住所ならわかるぞ」
瑠美があらかじめ回答を用意していたかのように言った。
「ほんと? 教えてよせんせ」
「悪いが、それも教えられない」
「なんで」
「じゃあ逆に聞くがなんで、お前たちは佐倉という人物を探す? 友達だったわけではないのだろう」
瑠美の瞳が赤く光った気がした。暗く、恐れさせる目。そう感じた。
「……」
「答えられないのなら大した理由じゃないのだろうよ」
「待って、せんせ」
そのまま帰されそうになったところでみやはが瑠美に言葉という武器で対抗する。
「わたしたちは佐倉さんなんて覚えてないし、友達でもないのかもしれないよ。けどね——」
瑠美に負けないくらいの強さを持ってみやはは立ち向かう。
「それでもね、わたしたちが知らないなんて証拠もないんだよ。だから探してあげたいの」
「……」
強い意志を瑠美にぶつけると、瑠美は黙り悩み始めた。声が漏れてしまうほどに。
「ん~、よし。わかった、合格点ギリギリといったところか。お前たちに住所を教えてやる」
メモ用紙にスラスラと佐倉の住所を書き写して、霧彦たちに渡した。
「一つ言っておく。私たち教師はそこに行ったけど——」