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午後の授業は、体を動かす体育だった。昼飯が入った体には厳しいスケジュールだ。
「体育ってなんであるんだろうな」
独り言のようにつぶやいた言葉は、バスケットボールが床に打ち付けられる音で掻き消えた。
「な~にやってるのかな」
「いや、なんで体育なんてものがあるのかなとな」
「それは運動して、心身の機能を発達させようって学校側の陰謀だよ」
「そんな陰謀はいらぬ」
霧彦はぼーっと人間が囲われたコートの中を駆け回っているのを眺める。その隣に休憩に入ったみやはが座りに来た。
「出なくてもいいのか?」
「いや、霧彦が暇そうに眺めてたから気になって」
「俺はいつでも暇だからな」
「いい加減友達作ったら?」
「俺は仲良しこよしは好きじゃないんだ」
「ほんとは寂しいくせにさ」
「うるさい」
みやはと二人でいるときはなぜか、コートに打たれるボールの音が静かになったような気がした。
「ね、霧彦は覚えてる?」
「少なくともお前よりかは記憶力がいいからな」
「なにそれ」
漏れ出るように二人は笑う。
「わたしがさ小学生の時に男子から疎外されたときに——」
みやはは運動神経がいい。故に男子からは嫌われる時があった。要は、妬みを受けていたのだ。
「霧彦さ、わたしとずっと一緒にいてくれたよね。男子から嫌われようが、みんなに敵と言われようが、一緒にいてくれたよね」
「そんなこともあったかな」
「あったんだよ」
昔の出来事なのに、今、目の前で起きているようにみやはは優しく笑った。霧彦も懐かしむように微笑む。
「その時、わたしね、嬉しかった。霧彦はいつまでも一緒にいてくれるんだなって。なにがあってもわたしのそばにいてくれるんだって」
「ただ俺は友達と一緒にいただけだ」
「それでも……いや、それが嬉しかったよ」
彼女は子供が笑うように笑う。いつもそんな笑顔をする。けど今は、暖かい太陽に照らされた優しい向日葵のような笑顔だった。
「だからね、わたしは佐倉さんを一人ぼっちにしたくないって思ったんだ。それは霧彦も同じだったみたいだけどね」
同じ。みやはと考えていることは同じだった。気持ちが通じるからだとか、幼馴染だとかは関係なく、人としての考えだ。
「人のことを思える霧彦は優しいよ」
「いつもみやはのことを馬鹿馬鹿言ってるのにか?」
「うん、優しいよ」
彼女は笑った。優しく、優しく。
「で、霧彦はわたしのこと馬鹿馬鹿思ってたの?」
「ああ」
「ちょっとは隠そうよ」
「それは紛れもない事実だからな。隠そうにも隠せないんだ」
「もうっ、霧彦はっ! せっかくいい話っぽいのにさっ」
みやはがバシバシと霧彦を叩く。少し涙目になっているみやは。みやはの攻撃を受け、声を漏らしてしまう霧彦。
このくらいがいいんだ。この優しい嘘が俺たちにはいいんだ。楽しくて、少し馬鹿っぽい距離が心地いい。
「こら、晏御と神殿。何やってるんだ~」
ガタイのいい若い男性教師に注意されてしまった。
体育教師は何故にあんなに声が大きいのか。
「お前のせいで怒られただろうが」
「霧彦のせいでもあるでしょ」
そのままクールダウンをして授業は終了した。
まあ、授業にほとんど参加してないから必要ない行動なんだけど。