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朔凜。さく、りんだ。霧彦たちは親しみを込めてさくりんと可愛らしく呼んでいる。彼女は一つ下の学年でいつも一緒に昼飯を食べている。
今日は凜が所属している生徒会の用事で遅れたとか。
「その呼び方止めてくださいって、何回言えば気が済むんですか」
「え~かわいいじゃん、さくりん」
「確かに、かわいいとは思いますけど……」
照れるように笑う凜。少し蘇芳の目を気にしていた。
蘇芳が凜に不思議そうな目を向けていて、
「けど、子供っぽいじゃないですかっ!」
凜が耳を真っ赤にして恥ずかしがっていた。
微笑ましい。実に微笑ましいっ!
霧彦とみやはは微笑ましく見守っている。
「なんですかっ、二人ともっ!」
ニヤニヤが止まらんぞ。
「べっつに~?」
「いやいや、続けてくださいな」
「む~~~」
かわいい凜をからかいながら、昼食を終わらせた。
かわいさとは罪にも等しい。
そんなキザなことを考えていると、凜が空いている近くの席に座り遅れた理由を話し出した。
「今日遅れたのは生徒会の緊急集会だったんですけど……」
「あー、そうだったんだねー」
「みやは、そんなことも覚えていなかったのかよ」
「違うよ? 霧彦に言われなくたって覚えてたよ。なんでいないんだろうな、とか考えてなかったよ」
こいつ。
馬鹿な話をする二人を凜は少しシュンとした目で見る。
二人はそのままでいてと願うかのような、寂しい瞳を。
「その……集会の理由なんですけど、先輩たちの隣のクラスに佐倉って女生徒がいたのを覚えていますか?」
不思議な質問だと思った。いたのを覚えていますか。まるでいなくなったのかように凜が言ったからだ。
「それは僕も疑問だったんだよ。隣のクラスのやつも僕に聞いてきたんだ」
冷や汗のようなものが出た。ねちっこい嫌な汗。
それは蘇芳も一緒のようで。
「出席確認の時に担任が佐倉の名前を出したらしいんだ。でも、クラスの全員、もちろん担任も誰もその佐倉という人物を知らなかったんだって」
「それを不思議に思った当の担任が調べて今回の件が発覚しました。その佐倉という生徒は確かに入学履歴に残っていていたそうです」
何を言っているのかわからなかった。
ただわかっていることは、なにかよくない事が起きているということと、嫌な汗が増しているということだった。
「ってことは、俺たちの記憶にもない生徒が実在しているっていうことか?」
「そう……なりますね」
暗い空気。困惑の空気。そんな負の空気が皆を黙らせる。
訳がわからないことが起きている。理解の範疇を超えたことが起きている。
怖くて、でも抗いようがないことだった。
日常が壊れていく音が聞こえる。
何事もなく、誰にも気付かれずに消えていく。そんな恐怖は誰にでも訪れる。恐怖という見えないものが霧彦たちを萎縮させていた。
けど。
「じゃあ、わたしたちで探さない?」
彼女だけは違ったんだ。
「その……佐倉さん? って子をさ」
瞳には光が灯っていて。
ああ、これは話を聞いてくれない目だ。勝手に進めちゃう目なんだ。
いつも話を聞かなくて、前だけを見ていて。
彼女はそうなんだ。いつも、そうなんだ。
「佐倉ってやつはわからないけれど」
いつも前を向かせてくれるんだ。
「俺は、もしそいつが実在するなら、多分、今とてつもなく寂しい思いをしてると思うんだ」
霧彦は思いを吐露する。
「だから探さないか、一緒に」
これはただの好奇心なのかもしれない。衝動的な探求心。
でもそれは彼女が起こさせたもの。
結局、前を進んでくれるのは彼女だ。
「探すんじゃない。痕跡を、記憶を、存在を、もう一回この世界に帰してあげよう。友達になってあげよう」
みやはは言った。帰してしてあげようと。
いつものふざけた顔ではなく、見通しているような、そんな恐怖を帯びた……瞳。
時が動き始める。停滞していた日常が、一つの事象によって非日常へと変化する。
非日常のようなことだが、自分たちにとってはこれも日常なのだと受け入れるしかなかった。
それが、運命なのだと。
外は相変わらず寒く、乾いた空気だった。