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木笑み風~木枯らしのなかで奏でる~  作者: 玉時雨
そして春が来る
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「気持ち悪いよ霧彦」

「私もそう思うよ」


 死と隣り合わせだというのにその場に似つかわない雰囲気。


「俺たち、おかしいな」

「一緒にしないでよ。それは霧彦だけ」

「そうよね、みやはちゃん」


 楽しく感じた。すぐ一歩踏み出せば肉が腐り落ちるというのに。この三人なら何でもできるような気がしていた。


「今からやるのは……そうだな笑顔の奇跡だ」

「笑顔?」

「みんなが忘れてしまった笑顔を思い出させる奇跡。この霧はただ暗雲と立ち込める負の感情だ。それを晴れさせる」

「どうやって?」

「ここはどこだ?」

「あ——」


 虚構世界。嘘が本当になる世界。それが本当だと思う力が大きくなればそれも可能だ。


「それをするには三人じゃ全然足らないよ」

「だからこその世嗣だよ。人心を生成する能力。いけるか?」

「多分もつ限りいけたとして五十人。それでも足りるかどうか」

「あとは思いの力で何とかする。膨大な情報量に負けない思いを」


 世嗣がどんどんと人を生成していく。中には見覚えのある人までもいて少し怖いくらいだ。世嗣が知ってる人間しか発現できないと世嗣自身も言っていた。その人の心も発現させないと人間性がないただの木偶になってしまうとか。

 どんどんと発現していく最中でみやはが霧彦の裾を引っ張っていた。


「なんだ?」

「世嗣ちゃん凄いね」

「自慢の妹だ。ただ能力を使うたびに変な声を出してるのがちょっとあれだけれど」


 はぁ~~~とかふんぬとかよくわからない力の入れ方をしていた。


「しょ、しょうがないでしょ? こうやらないとちゃんとできないの」


 恥ずかしがる世嗣は声が裏返る。それもまた恥ずかしがって咳払いをしていた。

 あ、ちょっと変な形になっているのが生まれた……。

 我ながら緊張感のない死線だと思った。できると信じているからだろう。そう思わないとできるものもできないから。


「わたしさ、霧彦さえ生きていればいいと思った。霧彦にはいっぱい迷惑かけて、かけられたから。霧彦さえいれば、楽しい。そう思ったから」

「そうか……」


 不思議な笑顔。悲しく奏でられているのに、霧彦の心は大きく跳ねる。子供のように跳ねるそれは確かに、優しさだった。


「みやはは、優しいんだな」

「優しいかな」

「ああ。優しいよ」

「わたしは、そう思ってくれる人がいるなんて思ってなかった。ただのエゴを言葉にしてるだけだからさ」

「エゴか。確かにな。でもそのエゴが神殿みやはじゃないか。みやはだから、そのエゴが優しい言葉になるんじゃないか」


 死が迫っている。その情景が目に入るのに二人は互いの感情にしか目がいかなかった。好きという感情がそうさせていたのだ。

 そんな二人を作業が終わった世嗣が呆れ顔で言う。


「そこのバカップル。終わったよ」

「バカップルだって」

「そうだな、俺たちはバカップルだ」

「もう私、怒る気力もないくらい力使ったの。だから労いの言葉一つくらいくれない?」


 ヘラヘラと笑う二人に向かって疲れきった顔をした世嗣。それでも二人はその笑顔を潰えさせない。だって幸せな時間をこれからも過ごしたいから。


「さすがは俺の妹だ。みんなの気持ちが強いのがよくわかる」

「そうだよ。兄さんとみやはちゃんの為に張り切ってこんなに質のいい人心を作ったの。だから——」


 世嗣が先の言葉を言う前に霧彦が世嗣の頭を撫でる。春風のように、桜が舞うように細くつややかな黒髪が乱れた。


「もう、髪が崩れるじゃない」

「このシスコン……」

「たった一人の妹だ。シスコンで何が悪い」


 兄を罵る言葉を羅列する。けれど言うことを言うだけ言った彼女は最後に頬を赤く染めながら——。


「ありがとう」


 たった一言に今までの感謝を全てのせた。

 みやはが微笑んだ。二人が言い争う姿、家族としての温かみ。全てがみやはにとって懐かしくて、恋しくて、取り戻したかったもの。

 だからこれからは育んでいく時間だ。この芽生えた愛情という子を育んで未来に伝えていく。それは途方もなく大変なことなのかもしれない。それでもみやはが掴んだ幸せは今にでも自慢したいほど、叫びだしたいほどに尊い。


「じゃあわたしたちのエゴを通そうよ」


 皆で祈る。気持ちに答える。自身に正直に。この世界は負に満ちているだけじゃない。幸せも確かに存在していることを。

 未来に伝えるために。

 太陽の光が霧を晴らしていく。世界に無かった光が地を照らしていく。地上は荒れ果てていて人が生きてはいけない環境が広がっている。けれど空は未来を目指すものに明け渡されていた。


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