5
次の日。
中年の男性教師がプリントを見て、落胆している。
「で、これはどういうことなんだ?」
みやはは職員室に呼び出されていた。みやはだけだと会話にならないからといって、霧彦まで呼び出された。
本当に意味がわからない。
「いやー、なんすかね。昨日読んだ漫画がよくなかったのかなー」
昨日、一緒にやったはずの宿題にはなぜかファンシーな漫画が描かれていた。
相変わらず化け物じみた精密なデッサン力で描かれていた。
「よくなかったのかな―、じゃなくて」
「面白くなかったですか?」
出された数学のプリントを凝視して溜息しか出ない教師。
「……で、晏御、どうするんだ」
「どうするとは?」
「お前は神殿のお目付け役だろうに」
え、初耳なんだけど。
「なんですか、それは」
「霧彦はわたしのお友達ってことでしょ?」
「……ほらな」
みやはが会話ができないから俺に手伝えと……。
いつも、みやはと一緒にされることが霧彦の当たり前だった。
「あ~、わかりましたよ」
とりあえず、この馬鹿に宿題をやり直させることを教師と約束した。
今日の授業は難なく進んでいき、霧彦は教師が黒板に連ねた文字列をノートに写していく。
みやははというと退屈すぎて、机に突っ伏して教師の目など気にしないほどに寝ていた。
あいつの席は一番前なんだけどな。しかも真ん中。教師は教師で、いない者としてカウントしてるし……。
心配にもならないことを考え霧彦は、窓際の席の特権を優雅に使っていた。
今日も寒いけれど、綺麗な快晴だ。
昼休み。休み時間を告げるチャイムが鳴ると霧彦の席に同じクラスの蘇芳がやってくる。
「霧彦っ、飯行こうぜっ!」
「え、やだ」
即答で断ったからか、蘇芳は四つん這いでこの世の終わりを見たように落ち込んでいた。
「おい、なにやってんだ? 行くぞ~」
そう声をかけてやるとすぐに立ち上がり元気になった。
簡単な奴……いや、ただのアホか。
「そういえば霧彦、隣のクラスの佐倉ってやつ知ってるか?」
併設された購買へ行く途中の廊下で不意に問いかけてきた。
「佐倉なんていたか?」
ただ単に人と関わらない霧彦は学校の生徒の知り合いなんて数えるほどしかいない。
……悲しい人とか思わないでほしい。
そういうのはみやはだって一緒だ。
現にあいつ、一人で寝てるし。
「そうなんだよな~、僕も分からないんだよ」
しかし、誰とも関係なく関わっていく蘇芳が知らない人物。これは相当な人嫌いと見た。
蘇芳のような人物は天敵でしかないからな。
「お前が知らないなんて珍しいじゃんか」
「それがおかしいんだよな。僕、隣のクラスのやつらとは全員話したと思うんだよな」
蘇芳は本当に悩んだ顔をしていた。
「どうせあれだろ、お前が名前忘れただけだろ」
「ん~……そうだなっ!」
すぐ忘れてしまう蘇芳のことだからどうせそんなことだろうと。
蘇芳はすぐに納得していつもの馬鹿げた笑顔に戻っていて、不思議と受け入れられた。
購買に着くとそこは戦場だった。
「相変わらず、すごいな」
「みんな焼きそばパン目当てだろ」
購買のパンは結構人気だ。酵母がこだわってるとか、そんなことを聞いたことがある。確かに美味しい。値段もお手頃だ。
「じゃあ行こうか、霧彦」
「ああ」
蘇芳と二人で人の波の中に入る。そこは例えるなら、デパ地下のセールでおばちゃんたちが目を光らせ獲物を狙っている、そんな場所だろうか。
そんな中を霧彦たちは波に紛れるように、すらすらと潜り抜けて多めに目当てのパンを買っていった。
霧彦たちはパンの入ったビニール袋を振り回しながら、自分たちの教室に戻った。
帰り道、ピアノの音が聞こえた。綺麗な音色だ。ショパンだろうか、そんな旋律を聴きながら霧彦たちは戻る。懐かしい音色、綺麗な旋律が霧彦を昔へ戻すような気がした。