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 校舎から出ると霧彦たちの体が光りだす。

 世嗣の話だと結界が光りだしたらその空間は汚染されている証拠だということだった。霧彦たちは死地の中にいた。


「始まったみたいだね」

「これから三十分。急ごう」


 外は荒廃しきっていて元の面影など無いほどだった。建物が肉が腐敗するようにドロドロになり、樹木などで生い茂っていた山はただの土山になっていた。

 走りながら入ってくる景色はそれぞれが二人の目に焼き付いていった。


「さっきまで普通の町だったのにね」

「虚構世界に来てからガラって変わっちまったからな」

「本当はわたしたちの世界とあまり変わらないんでしょ?」

「らしい。香雪虫がいるかどうかだって」


 霧彦の中には一つの疑問があった。誰かが門を開かないと世界間の行き来はできない。そう世嗣も言っていた。ということは誰かが香雪虫を現実世界へ連れてきたと考えるべきだった。


「でも、ほんとに暗い場所だね」

「ああ。暗くて寒い。そんな世界があるなんて今でも信じられない」

「ここに連れてこられてしまったのは門の異常。この霧が門に支障をきたして蘇芳たちを連れてきちゃったって言ってたけど、逆も考えられるよね」

「虚構世界から現実世界へもな。何か辻褄が合わないような気もしてる」

「そうだよね。世嗣ちゃんを信用してないわけじゃないけど、そう考えちゃうね」


 接していた感じは世嗣本人だと思う。妹を間違えるはずもなかった。


「俺たちが接触できなかった期間に誰かの干渉を受けたとかはどうだろうか」

「んー、わかんないな。まあ今はできることをやるしかないよね」

「もう神殿の屋敷だな」


 因縁の場所が見えてくる。相変わらず、木造の古びた屋敷だ。ここだけは腐食の影響を受けていなかった。神殿家のゆかりある場所だからなのだろうか。そこだけは昔から変わっていない。


「鍵は?」

「あいてるみたいだ」


 蹴破る気でいた城門だったが、すんなりと開く。さびた金具の開く音が妙に耳についた。昔みたいにガードマンもいない入りやすい場所なのに、何か胸をざわつかせた。

 中に入ると憎たらしくも昔そのもの。暗い家屋、閉鎖的な空。なにもかもが昔のままだった。それを眺めるみやはは昔のように空に憧れるように天を仰いだ。


「この空は相変わらず狭いね」

「息苦しいくらいだな」


 古臭い日本家屋。廊下を二人並んで歩いているとミシミシと木の軋む音がした。


「ほんとに昔から息苦しい。こんな場所にまた来ることになるとは思わなかった」

「そうだな、もう……訪れなくていいと思ってた」

「わたしはまた訪れないといけないと思ってた。お母さん達が……過ごしてた場所を」


 過ごしてた、惨めな言葉だと思った。それが合っているとは到底、思えない。けれどみやはが言ったことは決して間違ってもいなかった。

 あの二人はこの子の親なのだ。


「さあ、この先だ。急がないと」

「うん」


 過去の回廊をどんどんと突き進む。やがて見えてくるのは囲われた部屋。周りから見えるようにガラスで覆われ、実験動物の為のものみたいだ。


「この部屋に二人はいたんだよね」

「そうだ。てか、お前も——」


 言ってから後悔した。そう言うことでみやはの見た光景を思い出させてしまうから。


「うん、見たはずだね。でもはっきりとは思い出せない。見たのはただの光景だったのかもしれないし、見えたのは地獄だったのかも。見えたものはもう頭に思い浮かべられないもの」

「……」


 声をどう掛けたらいいのかがわからない。安易に慰める行為は彼女にとって屈辱的なことなのかもしれない。親の最後の姿を思い出したくない、そう言っているようで霧彦は声に出ない苦しみを感じた。


「さ、中に入ろうか」


 みやはが霧彦の手を握りながら声をかける。


「霧彦。それでもわたしは……見るべき過去からは逃げないよ。だから一緒にいてほしい。わたしが逃げ出さないように、隣にいてほしい」


 みやはのひざは震え、額には冷たい汗がつたう。恐怖に打ち勝とうとする彼女は今までも多く見てきた。だからこそ霧彦は彼女の隣にいようと決めたのだ。彼女の力になるために。そのために、自分自身が前を向く原動力に。


「俺が隣にいればこの震えは止まるのか?」

「……たぶんね」

「一緒にいればもう泣かずに済むのか」

「それもわかんない」

「だったら……俺はみやはの隣にいよう。そうすれば俺の震えも止まるから。もうみやはの心配しなくて済むから」

「どんなに悲しくても一緒にいようね。わたしたちはそうして過ごしていく運命だから」


 俺たちは互いの手を握りしめ隔絶された部屋へ入る。過去から未来への架け橋となるために。


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