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「兄さん、みやはちゃん。私を、助けてください」


 世嗣の言葉はこの場を支配する。霧彦たちに頭を下げて懇願するようだったからだ。


「なにがあったんだ」

「そうだよ。そんな頭なんか下げないでよ」

「私がこれから言うことは真実です。信じられないかもしれないけれど、真実なんです」


 必死に言う彼女は、何かよくないことが起きていることを暗示させた。


「この世界に人は……私たち以外、いなくなってしまいました」


 それ以上ない、というように断言した世嗣は苦しそうな表情をしていた。


「私たち以外が……いなくなったんですよ」

「それは失踪事件と関係しているということか?」


 霧彦はそんな予感がしていた。この学校には人がいなかったから。いつも人が駆け回る音がしている校庭や談笑する声がこだまする廊下には、人一人としていなかったから。静寂と化した学校だったから。


「はい。兄さんが言う通り失踪した生徒たち、それにこの世界の人は私たち以外……虚構世界へ連れ去られてしまいました」

「それは世嗣とも関係があるのか」

「うん」

「っていうことは……世嗣ちゃん、センデルシスさんの虚構世界の人間の仕業ってこと?」

「それは……わからないよ。真実なんていつも、わからないものなのかも」

「そうだ、お婆様……」


 みやはにとって叔母に当たる存在。みやはにとっての復讐する相手。みやはにとっての最大の敵であり、恐怖の対象。


「そう。私——いいや、神殿家の総意はそうだと。カリナがやっているのではないかと」

「そうか。奴も復讐に囚われているのか」

「だと思う」

「お婆様は何を恨んでるのかな。やっぱりわたしが生きていることが憎いのかな」


 みやはは悲しく笑う。

 そんな顔はさせたくはない。それは霧彦が一番に重きを置いていることだ。

 だから。


「んにぃぃ~~」


 みやはの柔らかい頬を餅のように引っ張った。


「はひふんほ~」

「お前はこんなアホ面をしとけばいい。それが俺たちの望んだ未来なんだから」

「そうだよ、みやはちゃん。みやはちゃんには笑っていてほしいから」


 みやはから手を離す。

 赤く腫れた頬はつまんだ痛みよりも、感情を大きく表していた。

 赤く赤く恥ずかしがる林檎。今にも落ちてしまいそうな林檎。けれど必死に耐えている……林檎。


「うん。ありがとう」


 満面の笑みで言う。

 そんな林檎は大きく赤く熟して、立派になっていた。


「お婆様には嫌な思い出しかない。だけれどその中には、お父さんとお母さんの思いでもある。それを晏御家に助けてもらった。世嗣ちゃんに助けてもらった。霧彦に助けてもらった。だから今度はわたしが、晏御家を、みんなを助ける番」

「俺は何もやってないけどな。みやはを神殿家から助け出したのは世嗣だよ」


 ありのままを言った。そのつもりだった。


「なにを言ってるの、霧彦」


 彼女は聖母のような慈愛で笑いかけた。優しく温かいその笑顔は、春風が体を包み込むように。


「世嗣ちゃんはわたしを檻から助け出してくれた。確かに世嗣ちゃんは直接助け出してくれた。それは本当にありがたいことで」


 春先に吹く風は冬に吹くには優しすぎて。


「けれどそれと同じくらいに霧彦には感謝しているんだ」


 凍てつく氷が解けるような柔らかい風が吹いた。


「だって霧彦はずっと一緒にいてくれたから。わたしと一緒にいてくれたから。それも救いじゃないのかな? それも優しさなんじゃないのかな?」


 柔らかい風はその場にいた霧彦たちを優しく包み込んでいて。心までもが氷解していくような感覚になった。


「それが優しさではないのならわたしは、この場に立っていることは無かったと思うよ。だってわたしは弱い子だから。孤独には耐えられない……そんな子だからね」


 氷解したのは霧彦たちだけではなくて彼女も同じで。


「だからね——わたしは、霧彦にもありがとう……なんだよ」


 彼女の頬を伝う雫は氷解するほどの温かみを持っていた。

 だから、霧彦自身も。


「その感謝は……すべて終わってからにしよう。まだお前を完全に救えたわけじゃないから。お前を救うこと、それが俺たちの役目だから。だって晏御家は神殿みやはのことが好きなんだ」

「うん、そうだね。みんなを救いに。みんな幸せであるために」


 新たな決意。それは霧彦たちに勇気を与えた。

 みんな幸せであるために。

 その言葉がみやはの優しさを象徴する。

 当たり前の日常を手にするために俺たちは歩き出さなければならない。


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