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「それが俺達、晏御家のとったみやはを助けるための方法だ」
「じゃあ……世嗣ちゃんがわたしの——」
「身代わりなんて言い方……やだな」
ちょうど雪が降り始めた空はとても暗く曇っていて、世嗣の感情を表現している様だった。
「私は兄さんの為に、みやはちゃんの為に進んでやったこと。それがどんなに辛かったとしてもそれは、過ぎたことだよ」
「ごめんね、世嗣ちゃん。本当にごめんね」
みやはは世嗣の頑張りを泣いた。頑張りというには厳しく、辛いものだったと思う。それがみやはには直接伝わってきたのだろう。
彼女は泣いていて、悲しさで謝っていた。
「世嗣、大丈夫だったか?」
「神殿家はね、やっぱり辛い場所かもしれないよ。端から見ればそうかもしれない。けれど、私が入ってから、カリナさんが追放されて変わろうと神殿家はしていた。必死にこちらの世界に順応しようとしていた。だから私は神殿家を嫌いになれなかった。神殿の人たちも言うなれば、被害者だから。だから、カリナさんの追放だけで、神殿家は許されたんだよ」
世嗣はその類まれなる才能と虚構世界の王妃センデルシスの依り代として、神殿家の総代となった。立場と環境が一気に変わり世嗣は大変だったと思う。けれど必死に順応していった。
だからだろう。辛い環境を体験しているからこそ、神殿家の辛さがわかるのだろう。
だから、神殿家の消滅は免れたのかもしれない。
「みやはにはもう一つ、言うことがあるんだ」
「なに?」
二人との約束を。
みやははここまで大きく育てたから。
「俺が何度か屋敷に侵入した時に、お前の両親に会えたんだ。そこで話もした」
「え……」
「二人はその状況に苦悩していた。娘のためなら命だって投げ出せる。けれど、最愛の
人を殺すことはできないって」
世嗣にも家族にも話さなかったことだ。一番最初に聞かなければいけない奴はみやはだから。
「だから二人は決め事をしたんだ。どっちが死んでもわからないようにしようって」
このことを話すには霧彦自身も勇気がいる。
「だ、だから……」
「霧彦? 二人は笑ってた?」
唖然とした。
この場に似つかわしくない笑顔だったから。
「あの人たちは──笑っていたよ。霧彦君、ありがとうって。みやはを大事にしてくれてって」
だからあの人たちのためにみやはに──。
「俺に……選ばせたんだ。くじ引きで。それなら文句はないって」
「うん。そうだね、あの二人は選べないよ。だって愛し合っていたから。ごめんね霧彦、二人のためにそんなことさせて」
「あ、謝るほうは俺のほうだっ! だって、俺は……お前の、母さんを」
嘆く霧彦を優しく抱き込むように、みやはは笑顔を崩さなかった。
「だってわたしの親だからさ。そうしないと幸せにいけなかったんだと思う」
「俺は、のうのうと生きて。人を殺した分際で」
「違うよ」
「俺は人を殺したんだ。個を救うために、個を殺したんだ。それは救えても、救えなかった。殺してるんだよ、俺は」
「違うよ」
みやはは否定し続けている間も笑顔は崩さない。
「なんで……お前は笑えるんだよっ!」
「だって、霧彦は救ってくれたから」
「おれは殺してるんだ、救ってなんかないっ!」
「いいや、救っているよ? お母さんの顔、笑ってたもん。お父さんは壊れてしまったけれど、お母さんは笑ってた。だから霧彦も笑ってよ?」
「俺はそれでも人殺しだ。その罪は背負っていかないといけないんだ」
「お父さんね、話せるようになったんだ」
みやはが優しい笑顔で父親のことを話し始めた。
「心が空っぽになって喋れなかったお父さんがわたしの名前を読んでくれたんだよ? みやは、みやはって。で、こうも言ってた。霧彦君、ありがとうって。辿々しい言葉で」
「──────っ!」
霧彦の中に巣食う闇が取り払われていく。
「だから、霧彦。もういいんだよ、悩まなくて。だって二人は幸せになれたんだから」
「なんで……そんな。だって俺は」
「霧彦、ありがとう」
優しく言う彼女は、春の陽だまりのようだった。
「本当に、幸せだったのかな……」
「だって、娘のわたしが言うんだよ? 幸せに決まってるじゃん!」
「そう……か。だったら俺はどうすればいいんだ、これから。この罪はどこにいけばいい?」
はぁー、と一つ溜め息をつくみやは。
「神殿家はいまだに恨んでいるよ。だって、両親を殺しているからね。母親を殺して、父親を精神的に追い詰めた。それはわたしが一生かかっても許せないと思う」
「そうだね、神殿家はそれだけのことをした。だから、総代としてお詫びを……」
「けどそれは世嗣ちゃんがしたことじゃない。世嗣ちゃんだってわたしを救ってくれた恩人。だからわたしは世嗣ちゃんにありがとうって言いたい」
やっぱりみやははみやはで、俺の好きな真っ直ぐな女の子。
優しく笑う彼女は何度見ても美しかった。いまにも飛んでいきたい。
「だから、神殿家を……よろしくお願いします。わたしは逃げることしかできなかったけれど、世嗣ちゃんはこんなに立派に総代をやってるんだ。だからわたしは、応援します」
「……はいっ!」
「だから、霧彦もそんなクヨクヨしてないで世嗣ちゃんみたいに笑ってよ。優しい霧彦でいて。それが君の贖罪になるはずだから」
彼女なりの過去との決別。慈愛に満ちた笑顔で俺たちを包み込んだ。だから世嗣は、笑っていたんだと思う。
俺も笑えているといいな。
辛い過去はいつまでもまとわりつくのかもしれない。それでも人間は前を向いて歩いていく。だって、そうしないと人間は周りの幸せに気づくことができないから。気づくこともできずに寂しい思いをし続けてしまうから。
カリナはそうだったのだろう。
伝統を重んじ、進化をやめて後ろばかりを見てしまったから。前をいく人たちに置いていかれて彼女も本当は寂しくて、人を囲っていたのかもしれない。寂しい思いを紛らわせるために。
その結果、寂しさは連鎖していったのかもしれない。
重責を世嗣はこれからも背負っていかなければならない。
けれどこれからは、俺もみやはもいる。
それだけが彼女の救いだった。
だから彼女は現れた。
この世界に危機が迫っていることを伝えに。




