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木笑み風~木枯らしのなかで奏でる~  作者: 玉時雨
動いて、消えて
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 みやはが何かを思い出したのか、制服のスカートをひらりとさせながら霧彦の前方に立ちふさがる。


「今日も霧彦の家、寄っていい?」

「いいけど、なんかあるのか?」

「宿題、見せて。それが貴様の役割だ! なんてね」

「ちょっとは自分でやる努力しろよ。お前、いつもそれで、俺の答案を写してるだけだから教師に説明できないんだよ」


 いつものことのようにみやはは霧彦の家へのし上がる。一般的な二階建て一軒家でみやはが足音を響かせる。

 少しは遠慮しろと思うが、そんなことを口にはさませないのが、神殿みやはという女だ。


「お邪魔しマーース」

「いらっしゃい、みやはちゃん。今日も寒いわね~」

「おばさん、こんにちは」

「はい、こんにちは。今日はどうしたの?」

「霧彦と宿題やろうと思ってー」

「この子、勉強ぐらいしか取り柄ないからねー。それが霧彦ってところはあるわね」


 霧彦に似た目元とはにかんだ笑顔で彼女は言う。

 晏御響子あんみきょうこ。それが母親の名前だ。家族ぐるみの付き合いが晏御家、神殿家で続いている。

 しかし、この母親、ぐらいとか言ってたけど気のせいなのかな。

 それが霧彦って、なんだよ。

 母親らしからぬ発言に少しばかりムッとする。


「ほら、みやは。やるんだろ?」

「なにをー?」


 こいつ、いっぺん、引っ叩いた方がいいだろうか。


「お前が宿題やるって言ってたんだろうがっ!」

「うそうそ、わかってるよ。おばさん、霧彦借りるねー」

「あとで、お菓子とか持ってくからね」

「いいよ、そんなのー」


 霧彦が自分の部屋に向かいながら、余計なお世話との意味を込めて言う。するとみやはがバシバシと背中を叩いてきた。

 どうせ、こいつは菓子が目当てなんだろうなとわかっていたからこその意地悪だった。

 霧彦の部屋は二階にある。家族は母親と父親と霧彦の三人家族。二階はそれぞれの寝室がある。一階はリビングやキッチンやら。

 ちなみに父親の名前は晏御誠二あんみせいじだ。極々一般的なサラリーマン。父親の稼ぎでこの家は成り立っている。


「はい、どうぞー」


 霧彦の部屋に到着し、みやはを中へ通す。

 いつものように霧彦のベッドにヘッドダイビングをかますみやはが、スプリングで飛び跳ねていた。

 何かが見えそうだとか、何か柔らかそうなものがが飛び跳ねているとかは、霧彦にとっては些細なことで……そう、些細なこと。


「宿題しに来たんだろ?」

「いいじゃ~んよ。いつもこんな感じでしょ」

「いつまでもそうしているのが目に浮かぶけどな」

「そんなことないよ~。ん、なんだこれ」

「って言いながらお前、勝手に漫画読んでんじゃねーよっ!」


 漫画を読んで宿題をしないことよりも、短いスカートの先が危ぶまれているのが心配で仕方がなかった。

 あとちょっと。

 ガチャリと部屋の扉が開けられると、響子が菓子折りとともに入ってくる。

 慌てて視線を移す霧彦であった。


「みやはちゃん、宿題は進んでる?」

「んー、まあまあってところかなー」

「いや、やってねーよ。お前、準備してすらないからな」

「だってー、霧彦が漫画、全然貸してくれないじゃん」

「だってーじゃない。みやはは漫画貸しても、返すということをしてくれないからだ」


 今までも何度も貸したことがある。それが帰ってきたことは数えるほどしかない。帰ってきたのも、主人公が気に食わないからとか、ただ単につまらないとか勝手な理由だ。

 それは成長という言葉を知らないみやはにとって、今までもこれからも変わることはない。だから貸さないのだ。

 そのまま霧彦がみやはに冷え切った目を送る。それを今まで、感じ取ってきた感覚でみやはが言葉を返す。


「つまらないものはつまらなかったんだよ~。だいたい、霧彦は面白いと思ったの?」

「あ、また自分たちの中だけで会話して。私も混ぜてよ~」


 嫉妬したように響子が言う。

 霧彦たちはお互いの考えがなんとなくわかる。みやはの考えていることが伝える意志さえあればなんとなくわかる。それは逆も同じことで。

 たまにこうして会話してしまうことがあるのだ。


「霧彦が冷たいこと考えるから反応しちゃって」

「本当に仲が良いわね、二人とも」

「ただの腐れ縁だよ」

「ひどいよ、みやはちゃん泣いちゃうよ?」

「はいはい、泣いとけ泣いとけ」

「うぇーん、おばさん、霧彦がいじめるよ~」


 ウソ泣きとわかる棒読みでみやはが響子に縋る。


「そんな子に育てた覚えはありませんよ」

「母さん、そんなやつに騙されないでくれよ」

「みやはちゃんは騙したりなんかしないよ」


 後ろで舌を出しながら馬鹿にしている姿を見せてやりたい。

 ああー、本当に腹が立ってきた。


「霧彦が怖いから、そろそろ許してあげるよ」

「わかってるならその馬鹿げた顔を治せよ」

「めんご、めんご~」


 合掌の形で謝罪するみやは。彼女の顔は到底、表現できないほどの謝る気がない顔だった。


「私は夕飯の買い物に行くから、霧彦、仲良くしなさいよ」

「わたしのことは霧彦、好きだもんね~」

「黙ってろ」

「みやはちゃん、ごめんね~。この子、天邪鬼だから」

「ほらほら、買い物行くんだろ?」


 半ば強引に響子を自分の部屋から出ていかせる。

 あらあら、と勝手に盛り上がる響子はみやはにとって、霧彦を馬鹿にする恰好のネタだ。

 早く、早く、出ていかせないといけない。

 じゃないと、ただでさえめんどくさいのに、もっと……。


「あ、おばさん行っちゃうの? じゃあわたしのことが好きな霧彦、仲良くして待ってようね〜」


 このネタで一か月はやられることがわかった。そんなひどい未来に絶望しかない霧彦だった。

 とりあえず、憎きみやはを睨んでおこう。


「霧彦は、何かな、そんなにわたしのことが好きなのかな?」

「ほんとっ、そういうところだからなっ!」

「え~、ちょっとよくわからない」


 霧彦の真意など見透かした笑顔で微笑む。


「ほんとっ、嫌だわ……まあいいや、宿題、やるんだろ?」


 こいつはいつもこうだ。いつもいつも。

 不敵な笑みで、俺を馬鹿にするんだ。

 昔はもうちょっと静かだったんだけどな。


「そうね、この漫画読み終わったらね~」


 いつもそう、馬鹿なんだ。

 霧彦はみやはにげんこつを食らわせ、強制的に宿題をやらせるのだった。

 嫌々にみやはは宿題を消化した。

 やや骨が折れる仕事だったが、とてもやりがいがある仕事だった。

 多分。


 外の冷え切った風が部屋の窓に吹き付けていた。それを霧彦は、寝転がりながら呆然と眺めていた。


「霧彦はどうしてわたしに厳しいの? なに、好きなの?」

「俺じゃなくても誰でもこうなると思うし、少なくとも寝腐ってるだけのただのトドは好きにはなれない」


 外の景色を見ながらいつものように興味がないように答える。


「なにそれ、失礼じゃない? こんな超絶美少女、なかなかいないよ」


 は?

 しっかりと座りなおしてみやはと対面でしっかりと顔を見て言う。


「ワー、メチャメチャカワイイノニコノコ、カレシイナイヨ。ナンデ、ナーンデー?」

「なにこいつ。霧彦だって彼女とかの浮いた話無いじゃんよ」

「そういう、みやはだって」


 両者にらみ合いの姿勢を続ける。二人の距離は本当に近くて、けれど、二人は照れるでもなく、殴るでもなく。


「……っぷ」

「あはははははは」


 二人は笑う。笑顔の輪がどんどんと広がるようだった。フカフカの雪ではしゃぐ子供のように笑う。

 昔から喧嘩をしては、仲直り。喧嘩をしては、仲直りを繰り返してきた。仲直りの契機はいつもどちらかが、笑ってしまうことだった。

 こんなのは喧嘩の内には入らないが。てか、今までも喧嘩という喧嘩は本当に少ない。

 笑って済ませられる。そんな日常が霧彦たちは、居心地よく感じていた。


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