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木笑み風~木枯らしのなかで奏でる~  作者: 玉時雨
本当の裏
37/53

 霧彦はみやはと別れ、アパートの階段を下りる。

 闇夜に塗られた外はひどく寒かった。重たい雲が空を覆い、星空が見えてはくれなかった。

 闇夜に紛れて、高そうな一眼レフのレンズがこちらを睨みつけているのを発見する。霧彦が向けていた男を目を凝らしてみると、男は走って逃げていった。

 逃げられたら本能的に追うしかないと思った霧彦は後を追いかける。

 何故だかわからない。本能的にだ。

 不審な男は思ったより体力が無かったようだった。膝に手をついて肩を上下させていた。たどり着いたのは児童公園だ。時刻も遅いので誰もいなかった。


「なんなんだ——あんたは」


 止まってしまった男に追いつくことはそう難しくはない。

 だが、霧彦自身も体力に自信があるわけではない。息を切らしながら追いついたのだった。


「き、君もなん、なんだ」

「俺よりも、あんたのことを聞いてるんだ」


 ようやく二人は息も整いだし、男は自身の身分を明かす。


「そうだな、ジャーナリスト、かな」

「かなってなんだよ」

「まあ僕がそう名乗っているだけだから」

「じゃあ自称って言えよっ!」

「それだとなんだかダサいじゃん?」

「知らんがな」


 自称ジャーナリストは余程疲れたのか、公園のベンチに座る。


「なんだい、君も座らないのかい?」

「どこの誰ともわからないやつの隣に座るなんて、何されるかわからないからな」

「言ったじゃないの」

「どこの誰が、自称ジャーナリストで信用すると思ってるんだよっ!」


 それに自称ってところがダメだろうがよ。


「そうだね、僕は加藤。ここにはちょっとした取材をね」


 加藤と名乗った男は丁寧にも、名刺というには粗末なものを手渡してきた。


「これ、今作った物だろ」

「な、何言ってるんだ」

「……」


 名刺と言い張るものには、先程名乗った加藤という名前はなく斎藤と書かれていた。


「警察呼ぶぞ、この変態っ!」

「僕は変態じゃないっ!」

「じゃあなんで女の部屋なんて撮ってんだ」

「それは彼女の熱狂的なファンで」

「やっぱり撮ってたんだな」

「君——騙したねっ!」


 霧彦は実際に撮っているのは見えなかった。ただカメラがこちらに向いていただけ。

 まあ、逃げた時点でそんなことはわかっていたけれど。

 けれどこの短時間で名刺を偽装するなんて。


「で、その変態の本当の名前はなんなんだ」

「変態というのはやめてくれないか。僕は斎藤」


 こいつは馬鹿なのか。


「じゃあ警察に——」

「わぁー、わかったから警察はやめて~」

「最初から本当のこと言えばいいんだよ」


 身なりを直す変態。ていってもどこぞのオタクのような格好の奴に正せるところなど無いと思うのだが。


「僕は、進藤」

「……」

「本当だ。あ、ほらこれ」


 進藤と名乗る男は公的証明として、運転免許証を渡した。どうやら本当らしい。そこにははっきりと進藤紅しんどうこうと書かれていた。

 てか、運転免許証でもフォークリフトかよ。


「あ、返してっ! 絶対馬鹿にした」


 たまにオネエ口調になるのもやめてほしいが。


「くっつくな気持ち悪い」

「ひどい。で、君は誰なんだい?」

「俺は……藤堂」


 あちらも嘘をついていたのだ。

 それくらい許されるだろう。

 第一、こんな怪しい人物になど教えられない。


「藤堂君、ね」


 ちゃっかりメモを取るのも怪しかった。


「お前は何をしてたんだ」

「取材だよ」

「そんなことはわかってる、俺の彼女に何か用か」

「え、彼女なの? あの神殿の子と?」

「なにか変か?」


 進藤が言ったことは世間の目からして妥当なものだ。

 殺しの一家。

 そう蔑まれ続けたみやは。

 だけどみやはには罪はないはずだ。

 知らない他人から見えるのは一緒なのだろうけれど。


「ごめんね、彼女がそういう言われ方して、いいと思う彼氏はいないよね」


 だけれど少しの良識はあるようだった。


「ああそうだな。少しは物分かりもいいじゃないか」

「なんだか悪役っぽい言い方だね」


 にへら笑いする進藤。

 何を考えているかわからない顔。

 どこまでが本当なのかわからないような奴だった。

 油断はできないな。


「で、みやはに何か用か」


 取材というのなら昔の件だろう。

 そんなあからさまな理由。

 みやはは必死に今という時間を過ごしているというのに。


「その口、君は何か知っているね。そうかそうか」


 あははと笑う進藤は不気味な感じがした。


「君は神殿家の——残虐一家の事件について知っているね」

「ああ。家ぐるみで長年にわたり監禁していたこと。これが明るみに出たのは、ある女性が殺されたからだ」

「そうだね。その女性を殺したのはその旦那だというじゃないか。神殿家という名家がなぜこんなことを隠しきれなかったか」

「お前は肯定するのかっ! こんなくそみたいなことをっ!」


 隠せたはずと、そう聞こえてならなかった。


「違うよそれは誤解だ。僕はそんな残虐な思考理解できないさ。娘という存在で脅して、どっちかが死ねばいいだなんてのはね」

「ならなぜそんな言い方をした」

「事実、隠してこれたじゃないか。何十年とね」


 男が口にしたことは本当だ。何ら間違ってはいない。

 神殿家は長年、名家として君臨してきた。それは神殿の血のおかげだ。世を運ぶ力を持つ血。それが神殿の存在する理由で在り、あり続けた理由だ。

 だから、隠し通すこともできた。各界にコネクションを持つ神殿家は容易く。今までもそうしてきたはずだ。狡賢く、残酷に。


「僕は思ったんだ。そんな力を有した神殿家が隠してきたものを隠せなかった理由」


 それは極当たり前なことで。

 誰もがたどり着く答え。


「他者の介入」

「お前はどこまで知っているんだ」

「僕は何も知らない。だけど、この考えが間違えではないことはわかったよ」

「くそ、ゲスだなあんたは」


 案外頭は回るようだ。相手を激情させ、判断を鈍らせる。

 まんまと相手の術中にはまってしまったというわけだ。


「まあそろそろご近所にも迷惑がかかるから僕は帰らせてもらうよ」


 そのまま進藤は闇夜に消えていった。

 面倒な奴に目を付けられたようだ。

 それでもみやはを傷つけさせるためにはいかない。

 過去のことなど忘れてしまったほうがいいだろうよ。

 思い出したくもない過去なんて、逃げればいいんだ。

 けれど、みやははその過去を背負って生きていく責任がある。

 ふらりといなくなった進藤とは逆方向に霧彦は歩き出す。闇夜にまみれた道はなんとも儚く、幸せなど吸い込んでしまいそうだった。


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