1
付き合うようになって数日。
霧彦はみやはの家にいた。彼氏として彼女の部屋にいるというのは、とても、とても幸せな感情に溢れるものだ。温かい気持ちでいっぱいになる。
心地いい。
「霧彦~、紅茶でいいかな?」
「ああ。お願いするよ」
みやはが可愛い猫のマグカップを持ってくる。
「見て見て、かわいくない?」
「かわいいな」
みやはが。
そんなデレデレする霧彦にみやはが呆れる。
「霧彦聞いてんの?」
「聞いてるよ、みやはのかわいい声をさ」
「なっ、もう霧彦の馬鹿——」
プイっと頬を赤らめながらそっぽを向くみやは。
「そんなのずるいじゃない」
霧彦には届かない声でそう言った。
「今なんか言ったか?」
「なんでもないっ!」
ああ、そうか。
「照れてただけか」
「勝手に人の心を読まないでよ」
「それはお前にも言えることだけどな」
「わたしは時と場所を考えてる」
「俺だって考えてるさ」
時と場所をな。
決して声に出してはいけないこともある。
心に表すことすら。
そんなことはわかってるさ。
「霧彦、隠すのうまくなったよね」
「隠すって?」
「心を隠すことだよ」
「俺はみやはには正直だ。ほ~らっ!」
霧彦はみやはに抱き着いた。
「な、何をするかね君はっ!」
口では嫌がってる風だが、一つも抵抗をしないみやはだった。
けれど余程恥ずかしかったのか、顔を伏せてしまう。
「わたしは幸せだね」
「そうだな。みやはは幸せだ。そして俺も幸せだ」
誰しもが幸せになる権利がある。その権利は誰にでも平等にあると思う。貧乏でも、不条理な状況に立たされていても、ましてや犯罪を犯してしまっていても。
誰しもが幸せを願う権利があるべきだと。
「もう少しこのまま噛み締めさせて?」
「俺を噛むんじゃないぞ」
「馬鹿……」
そのまま、みやはは霧彦の胸へ潜り込むように頭をうずめた。
「霧彦、いい匂いするね」
「そうか? 柔軟剤の匂いかな」
「違うよ、霧彦の匂い。あったかいな~」
子犬のようになったみやははこの時を噛み締める。
今までの過去は消えないけれど。
それでも前を向いて歩こうとしている。
支えあってくれる存在がいるから。
それが霧彦だったから。
「みやは」
「ん、なーに?」
「ありがとな」
「なにが」
「俺に幸せな時間をくれて」
「わたしだって幸せな時間をもらってるよ。それにこれからだって君の幸せな時間をもらい続けるよ。二人で幸せになれるように」
「ああ」
夜更けまで二人は一緒にいた。他愛のない話をしたり、ゲームをしたり。極当たり前の日常を過ごした。これまでもそう過ごしてきたように。
「じゃあ俺帰るよ」
「……うん」
「なんだよ」
「霧彦と離れるの嫌だなーって」
「そうだな、嫌だな。でもまた明日もあるじゃないか。その次の日もまた次の日だって。永遠に続いていくはずさ。俺たちは番いなんだから。」
「霧彦は消えないよね」
みやはは不安がっていた。
それは霧彦にもわかっていた。だから、そういう話は二人きりの時はしなかった。
みやはを不安がらさせたくなかったから。
みやはの両親のように優しくありたかったから。
「俺はみやはのそばを離れる気はないよ。俺がそばにいないとみやははダメだから」
「うん、わたしは霧彦がいないとダメなんだ。だからそばにいて。わたしの手を離さないでね」
みやはは霧彦の手をぎゅっと握る。
柔らかく折れそうなほど細い指が霧彦のごつごつした手を包み込んだ。
この子を守ろうと、そう誓ったのはずいぶん昔からだけど。今だって変わらない気持ちだけれど。この子を守り続けようと思った。この弱い手を守っていこうと。
みやはの両親との約束だから。




