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「あ、あ、あぁぁぁぁ〜〜〜っ!」
目の前の光景はわたしの心を壊すに充分だった。
約束通り、祖母が二人に会わせてくれる。
ガラスに仕切られた屋敷内にあるその部屋はまるで見せ物のようだった。近くにいたのに、近くでないこの感覚は、今でも寒気を覚える。
「二人は……、もう一人だけになってしまったようだけど。裏切り者にはよい終末よ」
終末というにはあまりにも、惨すぎた。人間の終末はこんなにも残酷なのだろうか。
わたしの前にいたのは変わり果てた二人の姿。父親が母親に対面して、力が抜け落ちたように崩れて座っている。手にはガラス片のようなもの。母親が首から血を流して倒れていた。
「どうりで臭いと思ったわ。殺したのなら言いなさいな。ウジが沸いてるじゃない」
「あ、あぁ。ああ──」
「二人、どちらか死んだのならお前を解放してやると言ったのさ。落とし前はつけて貰わないといけなかったからね~」
放心状態の父親の姿は風に飛ばされそうなほどにもろい存在に見えた。
わたしは壊れた玩具のように。
心が暗い底へ落ちていくような。
何もかもが崩れ落ちていた。
「まあ、そんなのは嘘なのだけれど。ちょっとした興になっただろうよ──」
興。そういった祖母は悪魔のように笑う。
「あぁぁぁぁっ──」
そこからのわたしは自分が自分でないかのようになった。俯瞰で見る自分。それがわたしが見えていた風景だった。
ある日、わたしは過労で倒れた。日々の深夜までの勉強が原因だった。
何かに取り憑かれたように勉強していたわたしは、自分の体のことも気にしないで勉強を重ねていた。それが正しいことだと信じて。
いや、ただこの現実から逃げたかっただけなのかもしれない。
その結果、わたしは体育館のステージから眠るように落ちた。頭から落ちたわたしは床を赤い血で埋めていった。
幸い、その場にいた教師の応急処置と病院の処置で一命は取り留めた。輸血をしなければ危なかったと医師から言われ、わたしは見ず知らずの提供者に感謝した。
未だにその提供者にお礼を言えていない。いつか会えればいいなと思っている。命の恩人だから。それくらいは言えないといけないから。
しかしふと思う。このまま死んでいれば楽になれたのではないかと。
そんな悪魔じみた考えがわたしを嗚咽させた。
わたしが神殿の屋敷を出たのは怪我をしてすぐの頃だった。
一通りの学を付けたわたしは両親が暮らしていたというアパートに住むことになった。そこには神殿の屋敷にあったお母さんの買ってくれたピアノがあった。二人が生活していた部屋はわたしが暮らしてきた屋敷よりも温かく感じた。
これからわたしはここで一人暮らしをしていくんだ。そう思うと少し高揚感に駆られた。
神殿の屋敷から出られたのは理由があった。わたしは一生あの屋敷に囚われていたはずだった。けれど晏御の人がわたしを出してくれたみたい。それは感謝してもし足りない。わたしはこれから晏御の人間に恩返しをしたいと思った。
けれど、醜い神殿の血が流れるわたしは。
霧彦を追い出してしまったわたしは。
その資格があるのだろうか。
本来、助けてもらうなどおこがましい人間だ。
だって霧彦を追い出してしまったのだから。
だからわたしは、神殿の姓を捨てなかった。
自分への戒めとして、贖罪として。
どうやって神殿の屋敷から出られたのかはわからなかった。ただ知っているのは晏御の人間が助けてくれたということだけ。そうわたしの保護代理人という人から聞いた。これからの生活費もこの人から出されるという。
けれどその人も晏御の人間が、どうやってわたしを出してくれたかは話してくれなかった。
そういう約束だからと。
だからわたしは思った。
晏御の人間はヒーローなんだと。
移り住んだ日から何度か会っていた。理由もなく彼が来たからだ。勝手に家に上がり込んできた。それから昔のように毎日一緒にいるようになった。彼が何もかもから守ってくれた。
けれど世嗣と名乗った妹とはあれから会えていない。霧彦は帰ってしまったといった。
一度謝りたいと思った。世嗣ちゃんだけじゃない。霧彦にだってあの時のことは謝っていない。
いつかは……。




