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過去に囚われた少女。その少女は才溢れる少年と出会った。才溢れる少年は少女の憧れだった。何でもできるヒーロー。
わたしはショパンが好きだった。リストが好きだった。私のお母さんが好きな曲たち。小さなころから聞いてきた曲たち。
わたしはピアノ教室に通い始めた。もちろん霧彦も一緒に。それが当たり前だった。
「霧彦は次の課題曲決めた?」
「ん~どうしようかな」
「わたしはラ・カンパネラ」
「なにそれ」
リストがピアノのために編曲した曲。難易度は子供が弾くには難しかった。わたしは必死に練習して弾けるようになった。毎日毎日。お母さんが使っていたピアノで。それで毎日練習した。
わたしは霧彦に弾いて見せた。我ながら完璧な演奏。
「弾いてみたい」
「楽譜は?」
「いらない」
彼はわたしの前で弾いて見せた。完全な暗譜。絶対音感。彼の周りに人が集まった。どうして弾けるの? すごい。霧彦の周りには人が集まりわたしの霧彦は取られてしまった。
才能は人を魅せる。人は才能に囚われる。まさにその通りだと思った。
霧彦はわたしを守ってくれた。
けれどその時初めて無自覚にわたしを傷つけた。彼に悪気がなかったのはわかってる。その日からわたしは才能が嫌いになった。
わたしは意地悪をした。
「なにを聞いてるの?」
「ショパンの木枯らし」
三人がボールで遊んでいる中、わたしは独り音楽を聴いていた。
霧彦がこちらに来ることは分かっていた。だって霧彦は優しいから。
「なんか悲しい曲だな」
わたしもそう思った。この曲はリストの愛人に送られた曲。練習曲だがわたしの好きな曲だ。悲しく吹く木枯らし。連弾と転調で表現される人間描写。勝手な解釈だが、ショパンはその愛人に恋していたのだと思う。恋しくて恋しくて嫉妬の様な木枯らしを吹かせたのだと思う。
まるでわたしみたい。
けど、彼と同じような感想を言うのは何か嫌だった。
わたしは嘘を言った。自分でもよくわからない嘘。でも好きだというのは本当で。
彼に向かって好きといった。木枯らしじゃない。ただ彼に言った。
こんなものでいいと思った。才能があるものはこんな平凡な女の子を好きになるはずがないと。
それからのわたしは霧彦を避けるようになった。凜ちゃんとはよく会っていたけど、霧彦だけは避けていたかった。だってピアノをやめたのだから。
ピアノを弾くのが恥ずかしかった。弾いても弾いても彼のことしか浮かばない。彼に対するエチュードしか弾けなくなったから。それを聞いたら彼は悲しむ。だって。
「みやはのピアノは楽しそうだ。跳ねてるみたいで俺は好きだ。それがみやはだもんな。俺だけは知ってるよ、本当はもっと元気な子だって」
彼はそういった。だからこんなエチュード聞かせられない。だって悲しい音色だから。
悲しさに溺れる音は彼を不安にさせる。だからピアノをやめた。
わたしの中に他人が居座っているみたいな感じがとても気持ちが悪い。
わたしは怪我をしてから変わってしまって、わたしの考えではない考えが浮かぶようになってしまった。
ピアノは好きで、弾きたくて。
でも霧彦を好きという感情も誰か他の人が言ってるみたいで。
だから悲しいピアノしか弾けなくなった。
そんなピアノ、聞かせられないよ。