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木笑み風~木枯らしのなかで奏でる~  作者: 玉時雨
番いの鳥
28/53

 霧彦は蘇芳と別れみやはのもとへ急ぐ。

 みやはの家は霧彦の家から少し離れたアパートだ。一人で住んでいるそのアパートは何度も霧彦も上がった。けれどみやははいつも霧彦の家へ行く。その方が気が楽らしい。

 部屋の前に立つと郵便受けに紙がたくさん入っているのが見えた。それを霧彦はあらかじめ持ってきていた袋に詰めて、合鍵で部屋に入る。

 ガチャリ。


「ちょっと待って~」


 中からみやはの声がした。言われたとおり待っていると入室の許可が出た。

 霧彦が部屋に入ると布団にくるまるみやはの姿があった。

 相変わらず古びたピアノは物置になっていた。


「一応女の子の部屋なんだからノックしないとダメでしょ?」

「女の子の部屋の合鍵を渡す馬鹿が何言ってるんだよ」

「それは霧彦だったらというわけであって」

「俺も一応は男だ。それに勝手に入っていいって言ったのはみやはじゃないか」

「それでもノックはすると思うよ。常識」

「わかったよ。今度から気を付ける」


 頬を赤く染め息も少し荒い彼女は少し色っぽく見える。

 病人に向かって何言ってるんだ馬鹿。

 みやはは熱で辛いはずだ。

 そんなこと考えるなんて最低だ。

 それでもみやはに視線を取られっぱなしだった。


「どうしたの霧彦」

「い、いやなんでもないよ」


 みやはが寝ているということは当然、覗き込まれるということで。

 そんな目で見ないでくれ。

 邪念を取り払おうと努力しているというのに。


「そ、それよりお前、合格してたぞ」

「はぁ~よかった」

「なんだ? 心配だったのか?」

「そりゃあね。人生で初めての受験だし」

「そうだよな。俺だけじゃないよな、浮かれてるのは」


 安心しきった顔をしたみやはは年相応の女の子で。

 この時からだろうか。

 女子として意識しだしたのは。

 いやもっと前からかもしれない。

 自分の気持ちというのは本当にわからないものだ。


「これで霧彦と同じ学校だ」


 彼女は頬を染めながら笑った。


「俺が合格したかなんてわからないだろ」

「わかるよそんぐらい。だって霧彦だもん」

「そうだよな。みやはだからな」


 意思疎通。なんでそんなことができるかはわからなかった。気づいたらできていた。そんなものだ。そんなものでも繋がっているという特別なことだった。


「で、蘇芳はどうだったの?」

「あいつも合格だよ」

「それが一番の心配だったよ」

「まああれだけ時間と根気をかければいくらあいつでも合格するだろ。あ、蘇芳がありがとうだってさ」

「そんなこと言いきれる霧彦がすごいよ。あれだけ大変だったんだから、お礼のケーキぐらいは頂かないとね」


 確かに蘇芳の馬鹿さ加減は、想像を遥かに超えていた。みやはと霧彦は寝る間も惜しんで蘇芳に詰め込み作業をした。蘇芳を教えることで自然と二人も受験勉強できたから良かったが。


「ほんとに蘇芳との勉強以外は勉強しなかったのか?」


 勉強しないと言ったことが気になっていた。みやはの言うことは今まで意味が絡んできた。意味がないことなんて絶対に言わなかったのだ。


「うん、してないよ。だってしたくなかったから」

「ピアノも?」

「うん」

「そろそろ理由を聞いてもいいか?」


 頑なに隠す理由。それを聞くには受験というものが邪魔だった。さすがにみやはの人生の分岐点を棒に振ることなんてできない。

 みやはも言いたくはないみたいだったし。


「……そうだね。話してもいいよ」

「え?」


 はぐらかされると思った。


「わたしのことが嫌いだから。なにもかも辞めたくなったの」


 寝込んだまま言う彼女は少し弱っているように見えた。無機質な木の天井を見つめながら話し続ける。


「わたしには才能がある。才能があるから頑張らなくちゃいけない。努力しなきゃいけない」


 今までもみやはは努力してきた。昔のように霧彦の後ろに隠れてばかりにいることもなくなった。それはみやはの努力あってこそだった。


「頑張れば頑張る程、霧彦たちの距離が拡がっていく。会えない時間が多くなっていく。だから辞めた」

「本当にそれだけか?」

「それだけって……。霧彦さ、わたし本当に悩んでたんだよ」


 呆れるように言った。霧彦の無頓着さに。


「霧彦は本当にもう……まあいいや。霧彦にはわかるもんね」

「そうだな他にも悩んでることがあるって」

「わたしには霧彦たち以外の友達はいないよ」

「は? じゃあ今までの間、どうしてたんだよ。あれだけ人に囲まれもすれば友達くらい……」


 みやはに友達がいないわけがない。これまで以上にできたはずだし、これからだってまた増えていくはずだ。それほどまでに努力をしてきた。


「ずっと一人だったよ。あれだけいてもわたしは独り。孤独に人は群がり、人気に人は嫉妬を覚える。わたしはただ、嫉妬されていただけ」


 影を感じる。彼女はとても暗い子だった。それが成長するにつれて明るくなったとまではいかなくても、彼女の内面は彼女なりの明るさを持っていったと思う。

 しかしこの影は昔の暗さとは違う。人間的暗さ。因果的な陰り。昔の暗さと対比させるなら、太陽に隠れる月と隠された月。同じように見えて全く違う影。


「嫉妬って怖いんだよ。無自覚に人を傷つける。その無自覚さゆえにわたしは何も言えなかった」

「何かひどいことでも言われたのか」

「いや、ひどくはないよ。ただ質問されただけ。なんで神殿さんはそんなに何でもできるの? ってさ。わたしは何でもできたわけじゃない。ただ霧彦の後ろに隠れていた小さな女の子」

「みやはにとってその質問は——」


 霧彦の言葉にかぶせるように。


「小さな女の子には辛い質問。本当に何でもできるのは霧彦のほうだ」

「そんなことない。お前にだってできる」

「それは霧彦ができるから。霧彦ができて初めてわたしができる。勉強だってピアノだって」

「おれはただ真似ただけだ」

「真似れるってすごいことなんだよ。人のことを真似れる、それはとても難しいこと。個性が出てしまうから。完璧になんてできないんだよ。でも霧彦はできた。それが才能なんだよ」


 才能。それが彼女を捕らえる呪縛のような言葉。


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