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それからのみやはは受験とともに人気が落ちついていった。人が寄り付かなくなった。必然的に例の四人で過ごすことも多くなった。
「凜ちゃんは一つ学年下だから一緒に卒業できないね」
「そうなんですよね。寂しくなりますね」
この時のみやはは凜のことを『凜ちゃん』と呼んでいた。
「来月、受験ですけどこんなところで油売ってていいんですか?」
「わたしは大丈夫だけど、蘇芳がね」
「ほんとそれ。やばいんだよ」
「それを自分で言ってることがやばいから」
「なんだよ。霧彦急に頭よくなっちゃってさ」
「俺はそれしかすることなかったから」
「みやははどうなんだよ」
「わたしはもう勉強しない」
「は? お前受験どうすんだよ」
受験生が勉強しない発言は良くないと思う。
「受験は……どうにかなるでしょ」
「まあみやはは元の頭がいいからな」
「みやは先輩のピアノまた聞きたいです」
みやはのピアノは相当なものだった。昔からショパンやらクライスラーを聞いていたからだろう。悲しげな曲ばかりを。
「昔みたいにみやはちゃんでいいのに」
「これはけじめです。一応は一つ上なんですから」
「凜ちゃん、わたしはね、ピアノもやめたんだよ。弾きたくない」
「え?」
あんなに好きだったピアノを弾かない。それがみやはの答えだった。
「なんで弾かないんだ」
「もう、弾けないんだよ」
理由を聞いてもそれしか言わなかった。これ以上のことはないと断言している様だった。
「いつから弾いてないんだよ」
「いつからだろうね。中学入ったらやめたかな」
じゃあ、この中学での人気はスポーツのものだったのか。
そう霧彦は推察した。
「みやは先輩のピアノ、綺麗だったのにな~。残念。ちょうどみやは先輩が怪我したあたりから、ガラッと変わりましたよねー」
「ごめんね。ちょっと疲れちゃった」
「まだ、悪いんですか?」
「悪くはないんだけど、ただ、疲れたんだよ」
「あの繊細な旋律を聞けないなんて」
「いつか、ね」
「約束ですよ。私ファンなんですから」
「ありがと」
凜を優しく抱きしめる。月の光のように淡く、けれど大胆に。
「先輩?」
「ごめんね」
凜を離しながらみやはは言った。
「ほんとに大丈夫かみやは」
「霧彦に心配されるような柔い体じゃないよ」
「昔はもっと弱かった」
「でも今は強くなった」
「だったらいいけど」
日付は進み受験。
ある程度の勉強をし無事合格。合格発表の日はそれなりに嬉しかった。受験番号を確認し、叫びはしなかったが内心は大きくガッツポーズ。それが霧彦の喜び方だった。
桜舞うその日。みやは体調を崩し合格欄を見に行けなかった。代わりに霧彦が受験番号を控えて見に行った。当たり前のようにそこにある番号を目にして安堵する。
一緒に来ていた蘇芳は涙を流し霧彦に抱きついてきた。
「きりひこ~~~」
「お前、まさかっ」
「受かってだ~~~」
「なんだよ、驚かすなよ」
蘇芳も霧彦とみやはの手助けで無事合格だった。蘇芳に勉強を教えるのはとても苦労した。すぐ逃げるからだ。数字が襲ってくるらしい。それでも必死に勉強を繰り返した結果がそこにあった。
「蘇芳、おめでとう」
「ありがどぉ~。きりひごはおぢだのがぁ~」
「なんでお前が受かって俺が落ちないといけないんだよ」
馬鹿な蘇芳に一発入れ、帰路に就く。
「俺、みやはに伝えてくるから」
「ああ。僕からもありがとうって伝えておいて」
「わかった~」
霧彦は蘇芳と別れみやはのもとへ急ぐ。