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「おい、霧彦さんやい」
風上に立つ少女。風に靡く桜が春の香りを運んできた。木枯らしは愛を運ぶ。その通りだと思った。
「久しぶりだな、みやは」
「うん、久しぶり」
「……」
「……」
二人に沈黙が走る。
久しぶりすぎて何を話せばいいか分かんね。
あ。
「みやは」「霧彦」
二人がハモるように名前を呼んだ。
「先どうぞ」
「みやはが先に言え」
二人に先言え論争が始まる。どちらから話せばいいかもわからなくなるほどに霧彦たちは、話していなかった。二人の距離はそれほどまでに広がっていた。
「じゃあ、わたし。聞きたいことあるんだけどいい?」
「ああ」
「霧彦はさ、高校どうすんの?」
「雪原」
「へ? 隣町の私立じゃないの?」
「誰が言ったんだそんなの。第一、俺ん家がそんな金無いの知ってんだろ」
「でも蘇芳が……」
あいつか。
「俺はそんなことあいつに言ってないぞ」
「え? よかった~」
余計なお世話を焼いたらしい蘇芳は後で絞める。
久しぶりの会話が友人からのフォロー無しでは成立しないほど、霧彦たちは会えなかった。
「みやはこそ、どこに行くんだよ」
「わたし? どこだと思う?」
「お前ならどこでも狙えるだろ」
みやはの頭の良さなら県外の名門校だって狙えた。音楽で海外にだって。
それなのに。
「わたしは霧彦が行く場所に行くよ。それしか行く場所がない」
「なんでだよ。お前ならもっと上を狙える」
「上? これ以上の上なんてないよ。霧彦がいて初めてわたしは居場所を作れる」
「それでもお前には才能があってみんなからも期待されてる」
「そんな期待なんてはなから無いよ。それは偽りを見てる霧彦にはわからない」
「偽りってなんだよ」
偽り。嘘。そんなものを見てるなんてそれこそ偽りだと思った。真実や偽りなんてものはわからないがこれが自分の見てる世界で在り現実だと、そう信じたかったのかもしれない。
「偽りは偽りだし、嘘でもあるよ。霧彦が見ている世界はそういうこと」
「もっとはっきり喋ってくれよ。意味が分からない」
「霧彦は意味が分からなくていいの。それが普通なの。分かってしまったら……罪はわたしが背負うから」
何を言っているかわからない。けれどみやはは何かを隠している。自分に知られるのを恐れている。それだけはわかった。
「神殿さんだ」
みやはの周りに人が集まっていく。彼女の存在を隠すように集まっていく。
「俺は今、みやはと話しているんだ」
霧彦の声は彼らには届かなかった。みやはの人気はこんなにもすごかったのだろうか。
「ちょっといいかな」
みやはが一声かけると群がっていた人たちは消えていく。
「こういうことだよ」
「なにがだ」
存在が消えていく。そこに居たはずの人たちが消えていく。
「霧彦には見えない? この不思議な光景が」
「ただあいつらは立ち去って行った。それだけだ」
「……そっか」
ひっそりと彼女は佇んでいた。
寒い。北国特有の寒さだ。空気が寒い。風が寒い。色が寒い。
こんなにもここは寒かったのだろうか。
「霧彦はこの寒さもわたしもちゃんと感じてる?」
「ああ。目の前にはみやはがいて、それで、ちゃんと寒い」
「うん、そうだね」
みやはは寒い空を見上げる。
「霧彦、帰ろっか」
「ああ」
霧彦たちは一緒に帰る。家へ帰る。この時も当たり前の一部。それが理。
この時、みやはに言われたことは何故かよく覚えていなかった。その帰り道は寒かったからなのかもしれない。




