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木笑み風~木枯らしのなかで奏でる~  作者: 玉時雨
番いの鳥
25/53

「助けて」


 かすれかかる声で求めた。

 蘇芳は父親を殴った。でも子供のパンチ。そんなのは怯むまでもなかった。けど手だけは蘇芳の腕から離れた。その隙に凜を連れ出す。


「ふははは」


 父親は笑っていた。

 霧彦は初めてその場に出る。いきなり出た少年に蘇芳と凜は立ち止まった。


「なあ、あんた。疲れてるよ」

「僕は疲れていないよ」


 突然出てきた霧彦にも驚かず返答する。


「大人ももうすぐこっちに来る」

「そっか」

「あんたやっぱり疲れてるよ」

「そうかもしれないな」


 事情を聞いた大人がこちらに来る。みやはが連れてきてくれた。


「大丈夫かい?」


 凜に優しく問いかけるが蘇芳の後ろに隠れたままだった。


「ごめんなさい。ごめんなさい……」


 小さな声でそのようなことを言っていた。父親に謝っているように見えた。


「凜ちゃん」


 大人に連れていかれる時に父親は凜に話しかける。


「お母さんは大きな誕生日ケーキを予約していたよ」


 その言葉を残し、連れていかれた。

 その言葉の真意は凜にしかわからない。彼女は泣いていた。


 その後、凜は母方の祖母の家にお世話になった。その後の関係も良好のようだった。

 その時から四人は仲良くなった。

 一緒に遊ぶようになった。要は幼馴染の四人ということだ。

 少し引っ込み思案が治ったみやはに少し落ち着いた霧彦。蘇芳を秘かに思う凜に主人公気質の蘇芳。それぞれが心と体を成長させていった。

 この四人の関係性はこれからも続いていく。そう思われた。


 みやはが倒れた。

 みやはは体がそんなに強くはなかった。虚弱体質。精神的に辛いことがあると度々、体調を崩してしまっていた。

 強く言えないみやはは運動ができるが為に男子からいじめを受ける様になっていた。その度に霧彦が助けていた。

 だけど今回は気を失って倒れてしまった。打ちどころも悪く頭からたくさんの血が出てしまった。輸血が必要だったらしい。

 大事には至らなかった。それもこれも彼女のおかげで。犠牲を払ってでも、助けたかったから。

 でもそれから。

 それからの彼女は変わった。


「ねえ、みやはは混ざらないの?」


 霧彦たちは放課後に公園で遊んでいた。みやは以外はボールで遊び、みやはは本を読む。霧彦はみやはを混ぜようとする。

 小学生ももうすぐ終わろうとしていた時期だった。


「わたしはいいよ。この本読んでるから」


 この時のみやははイヤホンをしながら何か小難しい本を読んでいた。みやはは成績優秀な生徒だった。静かに黙々と勉強をし、文学を学ぶ。特にイヤホンをしながら本を読んでいる時が一番生き生きしていた。

 難しい文字などわからないため、聞いている音楽を質問してみる。


「なにを聞いてるんだ?」

「フレデリック・ショパンの木枯らし」

「こがらし?」


 イヤホンが手渡されて聞いてみる。

 そこまでの教養がなかった霧彦には聞いてもわからなかった。


「これは練習曲として作られてリストの愛人に送られたと言われる曲。わたしはこの曲が好き」

「なんか悲しい曲だな」

「……そう? 愛の曲。愛を木枯らしが攫っていく。そんな曲」


 みやはが言っていることはわからなかった。けどその後に続く自説の解説はしっくりきた。


「木枯らしによって攫われた愛は、やがて春風によって戻ってくる。大洋を超えてやってくる。だから木枯らしの次は大洋。愛が人のもとへやってきた。そう感じられる連弾と転調」

「納得したような……ん~難しい」

「わたしもわからない。でも好きなの」


 霧彦たちに木枯らしが吹く。寒く凍えた風だった。


「やっぱりクラシックはいい。心が安らぐ」


 心に手を当てながらみやはは言った。冷たい風が彼女の髪をなびかせる。大人びた雰囲気に霧彦は見惚れていた。

 気弱な少女がどんどん変わっていく。自分の才能を見せつけるようになっていった。音楽という才能に囚われていったようにも見えた。


「霧彦、みやは~。こっちで一緒にやろうよ~」


 蘇芳がこちらに向け叫んでいた。


「だってさ」

「しょうがないな」


 以前のおどおどしたみやはは成長とともに角が取れていた。霧彦の後ろで隠れるようなみやはではなくなっていた。


 中学に入学した。もちろん四人全員が一緒の学校。

 中学で四人はそれぞれの成長を見せていた。違った方向、違った思想、違った身体。


「霧彦」

「どうした蘇芳」


 二人とも声変りをし、男らしく成長していた。


「高校どうする?」

「ん、そうだな。近くの雪原かな」

「え、あそこ意外と偏差値高いじゃん」

「そう思ってるのは蘇芳だけだろ」


 中学も終盤。三年ともなると受験の話にもなる。一年、二年とみやはや凜とはそこまで関わらなくなった。思春期というやつだったのかもしれない。


「みやははどうするのかね」

「ん~雪原じゃねーの?」


 この中学に入学する奴は大体雪原に行く。偏差値的にも進学に問題ないからだ。自然とそうなると思った。


「さくりんは雪原らしいよ。今度会ったらみやはに聞いてみよ」

「あの人気者に会えるのかね」


 みやはは人気者だった。類まれなる運動神経。それがわかったのは中学入ってすぐの体力測定。オール満点。女子記録だが満点なんてそうそう取れるもんじゃない。

 勉強もできた。特に音楽の才があった。容姿も整っている。男女問わず人気を取れた。幼馴染ですら近づけない壁のような才能。年に数回会えればいい方だ。


「みやはに会ったのいつだ?」

「半年は会ってないような」

「そんなに? かぁ~、世の中は世知辛いね」

「うるせっ」


 蘇芳がうざい笑顔をしていたので頭をはたく。

 天才ね~。

 はるか遠い存在になってしまったみやは。それが二人を疎遠とさせた。


 蘇芳と別れた帰り道、あの時と同じ木枯らしが吹く。

 一緒にショパンを聞いたあの時と。


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