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木笑み風~木枯らしのなかで奏でる~  作者: 玉時雨
番いの鳥
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1

 結末に至るまでの過程には、必ずしも幸せなことばかりではない。

 これから始まる物語は正義の味方になりきれない少年と、影と光を持ち重ねた少女たちの物語。それは悲しく、執念深く、けれど必要な英雄の話。


 霧彦たちがまだ小学校低学年の時、まだ何も力を示せなかった時。

 霧彦とみやはと凜と蘇芳。この四人は小学校が一緒だった。霧彦とみやははずっと前からだが、蘇芳と凜は小学校の低学年で初めて会った。二人との出会いは学校全体で行われたレクリエーションでだ。その学校では学校全体で文化祭の様なものをやるのが恒例行事だった。

 その頃の霧彦はもっと生き生きしていた。


「おいみやは、次お化け屋敷行こうぜっ!」

「う、うん」


 その頃のみやははというと、霧彦の後ろに隠れているような女の子だった。


「ほら急げって」

「待ってよきりひこ」


 霧彦はみやはの手を掴みながら走る。子供さながらのはしゃぎようだった。


 今回のレクで一番の人気を誇るお化け屋敷に着く。長蛇の列で当分入れなそうだった。列の最後尾に並び入場を待つ。


「本当に入るの?」

「これ入らずに何に入るんだよ。大丈夫だって、おれがいるから」

「でも~怖そうだよ」

「それがいいんだろ?」


 列が進む。霧彦たちの番になるとどっと緊張感が増す。


「ほら」


 霧彦が手を差し伸べると、みやはが少し微笑んだ。


「うん」


 霧彦はみやはと手をつなぎ恐怖の館へと入っていった。

 中は所詮、小学生が作るもので雑な作りだったがそれがまた雰囲気を醸し出す。そこにいるという空気が霧彦は楽しかったのかもしれない。


 こんにゃくが降ってきてみやはの首筋に触れる。


「きゃっ!」

「あはは、大丈夫か? こんにゃくだよ、安心しろ」

「もう出たい」


 掻き消えそうな声で言う。


「あとちょっとで出れるから頑張ろうな。出たらお前の好きなホットケーキ食べに行こう」


 ホットケーキの屋台。それがみやはの楽しみだった。甘いものが好きで、けど一人で行く勇気は出ない。だから霧彦と一緒に行動していた。

 みやははこの臆病な性格故に友達がいない。容姿は整っているので最初は周りに人だかりができていたが、うまく喋れないためかだんだんとその人数は減っていった。結局昔から霧彦の傍にいることしかできなかった。


「本当に?」

「ああ本当だ。何ならたらふく食っても問題ない」

「じゃあ頑張ってみる」


 どんどんと進んでいく。何度も驚かされた。楽しむ霧彦。驚くたびに悲鳴を上げるみやは。それでも楽しかった。二人でいることが楽しかった。みやはの気持ちはそう。

 段ボールで作られた通路を人間が化けた女の霊に追いかけられながら走り抜ける。引き戸を開けると平凡な風景が目の前に広がった。


「これで終わりだ」

「こ、怖かった~」

「泣かなかったじゃないか」

「泣く暇がなかったよ。それくらい怖かった」


 はにかむ様に笑った。本当は泣くほど怖かったに違いない。怖がるたびに彼女の手は震えていたから。


「別に泣いたって良かったんだぞ」

「泣いたらきりひこが嫌がるじゃない」

「そんなことはない。少し気まずくなるだけだ」

「それを嫌がってるって言うんだよ」


 昔から気を遣う子だった。

 他人の気持ちを考える子。

 気にしすぎて何も話しかけられない子。

 なぜかは当時の霧彦には分からなかった。


「そうなのか。それよりホットケーキ食いに行こうぜ」

「うんっ!」


 ホットケーキの屋台へ向かう。その廊下で俯く少女と父親のような男が手をつないで霧彦たちの隣を通り過ぎた。別に父親がいても不思議ではない。親同伴までなら容認されているからだ。

 みやはが立ち止まる。


「きりひこ」

「どうした?」

「さっきの子、何か変だった」

「そうか? 確かにレクの割には楽しそうじゃなかったけど。そういう子もいるんじゃないか」

「ううん、あの子は悲しい顔してた」

「親父と来てそんな顔するか?」

「してた」


 声を出して悩み始める霧彦。


「ちょっと見に行ってみるか」

「うん」


 気弱なみやはを連れ先程の親子を追いかける。親子が向かった先は屋台などが何もない旧校舎の方向だった。老朽化の激しい旧校舎とは別に新校舎が建てられていた。レクは新校舎と校庭で行われている。旧校舎は立ち入り禁止だった。


 何故か旧校舎の影に入っていく二人。その後を追いかけそーっと覗いてみる。


「凜ちゃんはそんなにお父さんといるのが嫌なのかな」


 優しげな父親、そう霧彦には見えた。でもすぐにその幻想は打ち砕かれる。


「——っ!」


 平手で少女の頬を打ち抜いていた。その暴力に少女は倒れる。隣で見ていたみやはは恐怖で声も出ない様だった。


「凜ちゃん、そんなにお父さんといるのは嫌なのかな」


 また父親は優しく笑った。自分がしたことなど忘れてしまったかのように。その光景に霧彦も恐怖する。


「はい、りんは——お父さんといれて嬉しいです」


 言わされていた。強制されていた。それが彼女の仕事に思えた。父親を承認する仕事のように。

 凜と呼ばれた少女は歪な笑顔をする。それは笑顔といえないただの悲しさだった。

 その必死な姿に霧彦は助けに駆けだそうとする。けれどみやはが止めていた。


「危ないよ。せんせを呼ぼうよ」

「それじゃあ間に合わないだろ」


 小さくしぼませた声で言い争いをしていた。


「なんだい君は」


 居場所がばれた。そう二人は思った。

 しかし二人の前に広がる光景には先程までいなかった少年が立っていた。金色に染まった髪、金色の瞳。太陽のような少年。眩しい少年。


「葛西蘇芳。それがぼくの名前だ」

「葛西君。で、うちの凜ちゃんに何か用かな」


 優しく父親は笑っていた。その笑顔は歪んでいた。でもその歪んでいる笑顔に真っ直ぐな瞳を向ける。


「確かにりんに用があるよ」

「え?」


 不思議そうな顔をする凜。


「けど、ぼくが話しかけたのはお父さんだよ」

「なんだい?」

「りんをいじめるなって言いに来た」

「いじめている子がいるのかい? それは見過ごせないな」

「違う、お前のことだよ」


 真っ直ぐに父親を睨む。霧彦は主人公のようだと思った。眩しく輝く太陽。カッコいい太陽。葛西蘇芳。それが彼の名前。カッコいい正義の味方。


「なんで僕が凜ちゃんをいじめているということになるのかな。そんな言いがかり止めてくれないかな。ねえ、凜ちゃん」


 気持ち悪い笑顔で凜に話しかけていた。強制させる笑顔に凜は怯んでいた。それが彼らの日常であり、真実。


「う、うん。そうです。言いがかりなんです」

「ほらね、凜ちゃんもこう言っているよ。ほら行こうか」


 優しく笑いながら凜を連れていこうとする。しかし蘇芳はその父親の手を掴み離さなかった。


「またりんに暴力をふるうの? それは許さない」

「うるさいなこの子は。見られちゃったのかな。まあいいや」


 踵を返し蘇芳を壁際に押し付ける。


「——っく!」

「君は見なかった。なにも見なかったんだ」

「僕は見たよ。りんが悲しんでいる顔を。本当は笑いたいんでしょ?」


 凜に問いかけた言葉。子どもながらも芯を持っていて凜の心に話しかける。


「凜ちゃんは楽しいよ。ねぇ、凜ちゃん」


 不敵な笑みが場を凍らせる。冷えて冷えて。それでも蘇芳は輝きを放つ陽だまり。


「助けてほしいのならぼくに言って。絶対に助けるから。君を本当に笑わせてあげるから」

「わ,わたしは——」

「凜を誑かすのはやめてくれないかな。反吐が出そうだ」


 蘇芳を締め付ける手に、より一層力が籠められる。


「ぼくがこんな男から助けてあげるから。だから言ってよ。君の気持ちを」


 差しのばされている陽だまり。

 そんな陽だまりはいかにも暖かそう。

 今まで冷えきった空気とはまるで違う。


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