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霧彦が生まれた雪原町はどこにでもあるありふれた町だ。生活するのに不便でも、高級住宅街ばかりがあるわけでもない、普通の町だ。
強いて違うといえば、一年を通して冷寒な気候だという事だろうか。
「いつも同じことを言わせないでくれよ、みやは。だいたいわかるだろ、教室が静まり返ってるんだからさ」
みやはと帰宅する。これはいつものことで学校では当たり前の光景になっていた。
凍てつく空気が肺を刺激する。みやはは手が冷えるのか、手袋の上から自分の息を吹きかけていた。雪はまだ降る時期ではないが、冬将軍が猛威を振るっていた。
「だって、いつも霧彦……つまらなそうにしてるんだもん」
「いつもつまらなそうにしてるんじゃなくて、ただ楽に生きたいと思ってるだけ」
「なによそれ、それこそつまらないじゃない」
「いいの、それで」
「とことんつまらないね、霧彦は~」
つまらない人間。そんなことを昔から言われてきた。けれどそれは苦ではない。むしろ誇らしいまでの……。
静かに生きていればいつかは。
彼女の贖罪も。
「ね、霧彦——」
みやはが何かを言おうとした時だった。
「霧彦~」
遠くから誰かが呼ぶ声がした。チャラついた男の声が。
「蘇芳だ」
みやはが無駄に良い目で遠くの人物を特定する。
葛西蘇芳。こいつの紹介は……省く。
「霧彦、何か失礼なこと考えてない?」
蘇芳に指摘されてしまったので……こいつはみやはよりも馬鹿だ。本当に馬鹿すぎて可愛そうになるほどに馬鹿な男だ。
バカな男でカッコいい奴。
昔からの馴染みだ。
「ただ、馬鹿なやつが来たと思っただけだ」
「霧彦くん。それを失礼なことだと言うんだよ。僕はそんな友達を持って悲しいよ」
サラサラストレートな茶髪で煽ってくる。
何かを思い出したのかそうそう、と蘇芳が話を切り出してくる。
「みやはのことなんだけど……」
「……うん、聞いといてやる」
「みやはなんだけどさ、おれ、あいつ女じゃないと思うんだ」
一つ溜息をつく。
こういうやつなんだ。
「理由は?」
「だってあいつ、男に負けなしじゃん? サッカー、バスケ、野球、バレーボール。何をとってもあいつには勝てないじゃん」
「そうだな」
「だから考えたわけよ。あれは女じゃなくて、筋肉ゴリラなんだって……」
そろそろ教えてあげたほうがいいか。蘇芳の命がなくなる前に。
「蘇芳、後ろにお前を好きだって言ってるやつがいるぞ?」
「えっ、どこどこっ?」
蘇芳の後ろには怖い怖い筋肉ゴリ……もとい、みやはが腕を組んで立っていた。
「え?」
「いっぺん死んで来いっ!」
蘇芳の顔面に綺麗な右ストレートを食らわせ、満足げなみやはだった。