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「諦めてんじゃねーーーーーっ!」
突然の怒声に空気が震える。その声に、聴きなれた声にみやはは最後の抵抗を試みる。
暴れる。
暴れる。
暴れる。
それしか彼女にはできなかった。刃が手に突き刺さろうが、痛みでもがき苦しもうが、それしかできなかった。
死にたくないっ!
その思いだけで動けた。
その時失ってもいいと思った。
男には何度殺しても動く狂戦士にでも見えたのだろうか一瞬怯むそぶりを見せた。その隙に霧彦は男に拳による全体重を乗せた一撃を食らわせる。
「はぁぁぁぁーーーーっ!」
その一撃は頬を貫き、歯を砕き、様々な毛細血管を破裂させた。
「ぐはっ!」
男と一緒に勢いのまま倒れこむ霧彦。男は気を失いのびていた。
霧彦とみやはは、力の抜けきった体を這いずらせながら寄り添う。
「なに、やってんの」
「ちょっとした人助けだ」
「バカ」
「バカはお前のほうだ」
仰向けになり寒空を見上げる。相変わらず寒いこの空だが、温かく感じられた。隣にいる人がそうさせたのかもしれない。
凜が警察や救急に電話をかけているのが聞こえる。
「まったく、本当にできた後輩だな」
「凜ちゃんはかわいいし、真面目だし本当に自慢の後輩」
「ああ」
自分の血に染まった手のひらを見るみやは。これが現実であることを物語る手は、痛みにむしばまれているはずなのにアドレナリンの作用か痛みなど感じない。
ただ感じることは。
冷たい。寒い。眠い。
その手にわずかな温もりと感触を感じる。霧彦が手を重ねていた。
「血まみれになってしまうよ」
「そんなの構うものか」
朦朧とする意識の中、霧彦の声だけは心地よくみやはを包み込んでいた。
「霧彦」
途切れてしまいそうな、でも途切れさせてしまわないように声を絞り出す。
すぐそこでサイレンの音が聞こえる。
耳障りなサイレン。
何の音かもわからなくなるほどにけたましく鳴り響く。
「——っ」
その喧騒の中でみやはは霧彦に言葉を。
聞こえたかもわからない言葉を言った。
聞こえたのか聞こえてないかは関係なかった。
言うことが大事なんだ。
伝えることが大事なんだ。
自分に正直になることが大事なんだ。
みやはは静かに重い瞼を閉じる。
続いて霧彦も力の抜けきった瞼を下ろす。
人の声、車輪の音、風の音、様々な音の中で二人は空の下で眠る。木枯らしの吹く空の下で眠る。
二人の空には荘厳とした虹色の蜂が舞い踊っていた。




