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俺たちの手は温かく握られていた。
もっともその時間でさえ儚く脆い。
「おいっっっ!」
突然の怒号に二人は慄いてしまう。
怒号の先には先程立ち去ったはずの男。その腕にあるものに二人は驚愕する。
「あいつ……」
「っっ!」
「へへへ、こいつが教えてくれたよ君たちのこと」
「すみません、先輩……」
腕の中にあったもの。
俺たちの大切な。
「凜ちゃんっ!」
みやはの声が鳴り響く。その声は鋭く相手を貫く。しかしその声に答えたのは彼女ではなかった。
「ごちゃごちゃうるせーよ。みやはちゃんさ、もっとこの子の心配したほうがいいよ~?」
手にしている刃物が柔らかく無防備な凜の喉元に突き付けられる。
その刃渡り二十センチほどのサバイバルナイフは何もしなくとも霧彦たちに恐怖を与え、静寂を与え、困惑を与える。
「凜ちゃんを離してっ!」
離してほしい一心で男に怒鳴る。その怒声を聞き男は茶色の髪をなびかせ、まるで優越感に浸る王様のような顔をした。自らの世界に入り込んでいる彼は何をするかわからない、そんな状態だった。
「いいよ、その顔っ! もっと僕に媚びてよっ。もっと僕に恐れてよっ!」
彼の織り成す戦慄は周りに畏怖という名の困惑を与えていた。
「……わかった。わたしがあなたのもとに行けば、凜ちゃんを離してくれるんだね?」
「なんだ、わかってるじゃんよ。僕のもとに来てくれればこの子は解放してあげる」
少しつまらなそうに男は言う。求めていたものと違ったのだろう。
「絶対だよ。先に凜ちゃんを離して」
「だめだよ~。君が先」
「ダメです先輩っ、こんな奴のもとに行っちゃダメですっ!」
必死にみやはに凜が呼びかける。
「うるせ~なっ!」
凜に拳が降り注ぐ。その思い岩のような打撃は凜の脳天に直にダメージを与えた。
「凜ちゃんっ!」
「凜っ!」
凜が二人の呼びかけに頭から鮮血を流しながらゆっくりと頭を上げる。
「だ、大丈夫ですから。先輩たちは知ってるでしょ? 私がこういうことに慣れていること」
言葉の後にはにかむ様に笑う彼女は、霧彦とみやはの脳に深く、鋭く、焼き付く。
それが当たり前だったかのように。
「わ、わかったから……それ以上、凜ちゃんに手を上げないで。わたし、行くから」
彼女の頬に水のようなものが流れる。涙というにはあまりにも歪んだ水。
みやははゆっくりと男に近づいていく。
「そ、そうだよ。君は僕のものなんだから。早くこっちにおいでよ」
不気味に笑う男の目は赤く輝いていた。
「みやは……」
「大丈夫だから。霧彦が動くと凜ちゃんが危険にさらされちゃうよ」
霧彦を睨む目は一際歪んでいた。憎悪に満ちた赤い目が霧彦を貫き、動きを鈍らせる。霧彦が少し動けばナイフで凜を切り刻むと言わんばかりに。
対極する二人の距離は徐々に近づいていき、終には一メートルまで迫っていた。みやはが後ろで組んでいる手は震えていた。
「凜ちゃんを離して」
「さあ、これで君は——」
男が凜を離したその刹那、みやはが男の突っ込んだ。
突進。
猛突。
その瞬間の彼女の震えは勇気に変わっていた。
「霧彦っ、凜ちゃんをっ!」
「ああっ!」
二人は阿吽の呼吸で凜を男から救い出す。
しかし、体重差のある男女。みやはの様な軽い女子が突っ込んできたところで男は倒れなかった。
「このっ!」
男の右手から振り下ろされた刃。その瞬間の時が止まっていく。
目に焼かれる情景。肌に触れる風。鼓膜に打ち付ける音。全てが順に止まっていく。
もうダメか。
このままわたしはこの無機物な刃に貫かれる。
凜ちゃん、何言ってるのかわからない。
でもなんでそんなに必死に叫んでるの?
そんな目で見ないでよ、霧彦。
悲しくなるじゃない、笑っていてよ。
わたしはそんな顔の霧彦見たくないのに……。
静かにみやはは目を閉じる。




