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木笑み風~木枯らしのなかで奏でる~  作者: 玉時雨
霞と闇と消失と
17/53

 霧彦は一人帰る。帰り道の路地を曲がったところだった。


「神殿さん、答えを聞かせてほしいのだけれど……」


 路地先で二人の男女。片方はみやはで、もう片方は。


「今じゃないとダメなのかな」

「僕は今がいいんだ」


 茶髪の男。顔が整い、いかにもモテそうな人物だ。他校の制服を着ていて、白い制服。電車で都会側に出るとある私立の生徒だろうか。

 例の告白したという生徒だろう。他校ならば納得がいく。みやはの奇行を目の当たりにしていないのだから。


「困ったな~、そっか」

「僕は、君を本気で好きだし大切にするよ。電車で会ったときこの子だと思ったんだ」


 いわゆる一目惚れというやつなのだろう。


「うん、ありがとうね。正直嬉しいよ。わたしは馬鹿だしこんなこと言われたことないから、本当に嬉しいよ」


 少しむずがゆいようにみやはは手をもじもじさせる。

 だが。


「でも、ごめんなさい。わたしはそんなことを言われたい人がいるのです。昔から、ほんとに」

「なんで、僕の何が不満なの」

「不満とかなくてむしろ、嬉しい」

「なら——」


 意を決したみやははまっすぐ言葉を伝える。


「ならとかじゃなくてね、わたしの気持ちは変わらないので」

「……」


 言われた側は黙りこくってしまう。みやはの気持ちはぶれずに彼を見据える。


「わたしの答えはこの通り。じゃあわたしは——」


 落ち込む彼をおいてそのままみやはは帰ろうとした。


「……待てよ」


 空気が澱む。腐った泥が体に纏わりつくようなべたつく嫌な空気だった。


「こっちが下手に出てれば好き勝手言ってくれちゃって」

「はい? わたしはあなたとは付き合えない。そう言っただけ」


 踵を返しみやはは帰路に就く。

 彼女の放つ言葉は昔に戻ったかのような淡々としたものだった。


「誰がこんな女と付き合うかよ、クソッッ——」


 みやはに向かい男の牙を向ける。獰猛で傲慢な牙を無防備な女子に、躊躇なく。

 振りかざした拳はみやはの柔い頭骨へ直線的な軌道を描く。


「——っっ!」


『今日の霧彦……やだっ!』

 脳裏によぎるその言葉は霧彦を躊躇なく動かす。

 路地から救いの影が伸びる。影というにははっきりとした輪郭。みやはにとっては見慣れた輪郭だった。


「ッ⁉」


 放たれるはずだった傲慢は霧彦の手によって止められた。


「なんだ、てめーは」

「霧彦?」


 みやはは不思議そうな顔をする。何故ここにいるのかがわからないようだった。


「お前、今なにしようとした」

「あ?」

「なにしようとしたか聞いてるんだよっ!」


 霧彦に抑えられた拳は握力によって、軋みそうなくらいの圧力がかかり、そのまま相手の胸ぐらを掴んでいた。


「そ、そんな熱くなるなよ。ちょっとからかっただけじゃねーか」

「この拳がこいつに当たってたら、お前を死ぬまで追い詰めるから。もうこいつに近づくんじゃねーぞ」

「——ッ」


 霧彦は男から手を放す。放された男はそのままそそくさと立ち去る。立ち去る彼の足は少しおぼつきながらも地面を捉えていた。

 霧彦が一息つくと、みやはが話しかけてきた。


「霧彦、何してんの?」

「いやただの帰り道」

「そっか……」


 二人は気まずいままだった。無言の時間が続くと霧彦は思った。

 そのまま立ち去ろうとする。


「待ってよ」


 みやはが沈黙を破るように声をかける。


「霧彦、さっきの言葉は本当?」

「なんだ、さっきの言葉って」

「わたしに何かあったら守ってくれるって」

「そんなことは言ってないと思うんだが」


 本当にそんなことは……。


「でも、そう言ったように聞こえたんだもん。手が当たってたら追い詰めるって、もう近づくなって。守ってくれるって、そう聞こえたんだよ」

「……」


 復唱されるとなにか照れてしまう。

 似合わないことを言ってしまったことに、自分を卑下したくなる。

 昔はこんなことも言っていたと思う。昔といっても小学生の話だ。あの頃はそれがかっこいいと思ってた。


「だから、そのままの霧彦でいてよ」


 みやはの顔は前髪で隠れて見えなかった。目を合わせようとしない彼女は、昔の彼女に戻ったような儚い存在のようだった。


「そのままもなにも俺は、ずっとこのままだし変わるつもりもない。誰かに望まれるのなら尚更だ」

「霧彦は何もわかってないんだ。わたしにとっての霧彦はヒーローなんだよ。ヒーローは泣いたり、弱い者いじめをしない」


 霧彦は彼女が何を言っているのか分からなかった。それでも必死の言葉を連ねるみやはから目を話すことはできなかった。


「ヒーローはピンチになっている人に颯爽と現れて、何も言わずに助けてくれる。まるでさっきの霧彦みたい」

「俺は正義の味方なんかじゃない。そこまで大層な人間じゃないんだ。俺だって泣きもする」

「そうだよ? 霧彦は正義の味方なんかじゃない。紛い物だよ」


 直線的に言われたその言葉は、霧彦の内側にある底の部分を貫く。大切なものを貫く。彼女の言葉は矛盾しているように思えて、それでも芯を捉える。


「紛い物が今更、わたしなんかを助けたところで正義の味方なんかになれないよ」

「……そうだな。紛い物はどんなに足搔いても、本物になんかなれない。そんなのはとうの昔にわかってる。それが俺が背負っていくべき罪なんだから」


 罪。その言葉にみやはは反応する。罪に縛られているのは霧彦よりも、みやはの様な。そんな暗い雰囲気。


「やっぱりわかってないよ。わたしが悪いの」


 やはりみやはは腑に落ちない表情をしていた。

 その表情をさせてしまっている霧彦もまた。


「霧彦はもっと勉強しないとね。だから……仲直り」


 子供っぽい笑顔を振りかける。つい昨日まで見ていた笑顔なのに、懐かしくなる笑顔だった。

 その笑顔で差し出された手はとても優しそうに見えた。

 差し出された手を霧彦はそのまま握り返す。


「ふふ、子供のときみたいだね」

「昔はよくこうしてたな。すぐみやはが迷子になるからって」

「え? 違うよ、迷子になるのは霧彦のほうじゃん」


 過去に戻る。

 過去というには一瞬で。

 それでも、俺たちにとっては大切なかけがえのないもので。

 最も身近な時間。


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