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こんな異常な現実でも、雪原学園の時は進む。それが当たり前であり、日常なのだ。
男性教諭の退屈な征夷大将軍の話を聞き流し、霧彦は窓の外に広がる冷たく濁った空を眺める。そろそろ雪が降りそうな頃合いだ。今日の気温は相変わらずの氷点下。凍えるような気温が霧彦を憂鬱とさせた。
消えた佐倉という生徒。まずこいつの考えをまとめる。
誰の記憶にもない存在したはずの生徒。
仮説一。何らかの書類のミスで偶然に起きてしまった産物。けれど、これは立証できない。何故ならここまで長期的に同じヒューマンエラーは起きないからだ。誰かしらが気づいてしまう。
仮説二。何者かの誘拐。けれどこれも、書類の不備や、住所の喪失の理由付けができない。
考えたくもないが、仮設三。何らかの超能力によって周りの人間の記憶改ざん、そして、対象人物の存在そのものを削除した。
我ながら恥ずかしい仮説だ。
だけど。
これが一番理由付け可能なんだよな~。
実際にそんな恐ろしいことができるやつがいたとして、問題はそんなことを行った理由、つまり動機だ。なぜ、周りの人間の記憶まで消さなければならない? 愉快犯ならば、自分の存在を見せつけるように行うだろう。
もしくはそうせざるをえない状況にあったのか?
「では次を——晏御」
次に葛西を狙った理由はなんだ? 何か秘密を握ってしまったのだろうか。
「お~い、晏御」
記憶がないから、被害者の性格がわからんっ。
「晏御君、呼ばれてるよっ!」
「わっ!」
急に隣の席から大声で呼ばれ、驚いてしまう。透き通った黒髪が揺れるのが横目で見える。
「晏御、さっきからぼーっとしているようだが」
「大丈夫です、健全で健康な体です」
「じゃあ指示したところを読んでくれるか?」
「……」
「186ページ、江戸幕府の成り立ちのところだよ」
「あ、ありがとう」
指示された場所を読み、再び安寧を手に入れる。
「さっきはありがとうな、高野」
「いいんだよ、ぜんぜん」
高野世嗣。いろいろと助けてくれる頼れる委員長様だ。真面目で校則違反などはしない。しかも、頭がいい非の打ち所のない生徒なのだ。
「なにか、考え事?」
「ちょっとな」
「ふ~ん、そっか」
そういうと世嗣はノートと黒板に視線を合わせる。
授業中の私語も最低限。
これが優等生……。
今の関係はこれでいい。
関係というのは移り変わっていくものなのだからな。
それに比べ、みやはといったらまーた、寝腐ってやがる。
そんな彼女の真面目さに駆られ、霧彦もノートをとることにした。




