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とうとうこのクラスからも消失者が出てしまった。葛西蘇芳という生徒。今回も誰の記憶にもない知らない生徒だった。記録には残っているというのに。
この異常事態に、学校全体が不安に覆われる。根も葉もない噂話が絶えず、行われている状況だった。
神の祟りやら、天罰やら、消えた生徒は逆に消えることでこの世界から解放され、救われているとか。どこかのイかれた奴が吹きかけたのだろう。
葛西が消えて数日が立って次の犠牲者は誰なのか学校中が疑心暗鬼になっていた。
「そんな生徒、本当にいたのかな」
いつものように霧彦たちは三人で食事をしていた。
「誰も知らないんだもんな。俺たちのクラスから消えたやつだって知らないし」
「私も生徒会でもそんな人聞いたことありませんね」
「ほんとに手詰まりだな……」
あれから数日、新たな犠牲者は出ないまでも佐倉や葛西の情報は途絶えたままだった。何もない土地に番地、誰からも知られることのない名前。そんなのを探して見つけ出すなんて、土台、無理な話なのかもしれない。
「何かが欠落したように感じるんだよね……」
不意にみやはがそんなことを言う。
「この食事の場もそうなんだけど、誰かいたような気がするんだよね」
「そうか? 前からこの三人で食ってただろ。俺に、みやはに、凛。いつもこの三人だっただろ」
「そうなんだけど、なんか……」
「そうじゃないですか。この三人で……」
なぜか、凜の目からポロポロと雫が流れ落ちていた。それは決壊してしまったダムのように、けれど、優しく降る春先の雨のように。
「え? え? どうしちゃったの? さくりん」
「大丈夫か?」
二人が凜のもとへ駆け寄り、背中をさする。
「なにこれ、わかんないけど涙が止まりません。——わからないから涙が止まりません」
「凛ちゃん……」
凜が落ち着くまでは時間がかかった。なにかが凜の内にあるものに、揺らぎを与えたのかもしれない。その揺らぎは霧彦とみやはにまで移っていく。
この状況は恐怖というより……不安。
理解ができないことへの不安が、俺たちに靄をかける。
「ねね——」
靄をかき消すようにみやはがいつもの馬鹿みたいな笑顔で話しかける。
「わたしね、告白されたんだ~」
は?
「ちょっと待て、今それ言うのか?」
「だって~、言いたくてさっきからうずうずしてたんだよ~」
モジモジして言うみやはに、若干の不安を覚える。
この反応……マジ?
あのみやはに?
ないない。
こんな馬鹿に告る奴なんて、どう考えても頭がイかれてる。
でも本当だとしたら……。
「あははははは——」
凜が笑う。霧彦たちを見て笑っていた。
「先輩たちを見てると、なんだか安心します。こんな非現実的なのに、先輩たちの周りは日常が取り巻いていて安心します」
安堵しきった表情が凜の内側から広がった。安心しきった表情は霧彦やみやはにも、伝染していった。
「さくりんは、そうやって笑っていた方がかわいいよ。だから、あんな悲しい顔はしないでよ」
「すみません、先輩」
先輩らしくフォローを入れるみやは。優しく笑う凜。二人の間には変な蟠りも無く、不安も掻き消えていた。
でも霧彦は理解できない不安を抱えていた。
本当に、みやはにはそういう人が現れたのか……。
一抹の不安。




