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七転び八起き

 落ちこむヤツ、落ちこまないヤツ、どっちも見てきた。

 あからさまに無口になったり、逆に、以前より明るくなったりしたヤツもいたっけ。

 思い出すよ。告白が失敗した――すなわち、今のおれと同じ立場だったヤツらのことを。

 

「ね、ね」


 幼なじみの片岡かたおか想愛そあが、よいしょ、という感じで上半身をひねってこっちに向いた。


「コクちゃんも、あんなふうに思ったり――」


 忘れてた。

 そうだ……始業式の日の朝の教室、バスケ部のあいつがつぶやいたあとにソアが声をかけてくるんだったな。


「あれっ?」


 おれは、ほおづえをついていた。


歯痛はいた?」


 なんでだよ。


「コクちゃん、めちゃくちゃ元気ないじゃん。どうしたの?」


 さすが幼なじみだ。このへんは、すぐに見抜かれてしまうな。

 さすがにショックを隠しきれない。

 遠峰とおみねさんに、フられてしまった。

 もともと高嶺たかねの花だったっていうのは、わかってるんだ。最初から無理があった。


「告白したけど失敗したんだよ」


 あ。

 思わず口がすべった。

 え? え? と言いながらも、ソアははやくも身をのりだしてくる。たいていの女子は、こういう恋愛トークが大好物だからな。

 待て待て。

 こんな荒唐無稽な話、正直にしゃべれるかよ。いくらソアだといっても。


「っていうのは、おれの友だちの話で……」

 ノータイムで「だよね」と返す。

「だよね、ってなんだよ」

「コクちゃんはできないでしょ。女子に告白なんて」

 したよ!

 おれは心の中で大声をあげた。

「あー」からかうような顔つきになった。「なにか言いたそうじゃん。でも実際、したことないでしょ?」

 へんに反論するのは、やめにするか……。「ああ。ないよ、まだ」

「『まだ』? 気になる言い方するなぁ。もしかして」

 無意識に、目が時計を追った。

 この時間。

 忘れもしない、教室の横の廊下を、彼女がとおりすぎる時間だ。


「だれかコクりたい相手はいる?」


 ほおづえのまま、おれのことを知らない遠峰さんが歩いていくのをぼんやりとながめる。

 いや、彼女を見ているわけじゃない。

 そのずーっと向こうに、おれの告白をオッケーしてくれる、まだ見ぬ女子のことを思い描いているんだ。


「いるよ」


 と、視線をもどしてソアに言う。

 じー、っとまるで目の奥に入ろうとするかのように、こっちの目をのぞきこんでくる。

 なんか……長くないか? 一回目や二回目や三回目のときよりも。というより、


(なんで、おれはこのときのソアの〈目〉が気になってるんだ?)


 そ、と口をすぼめて発声。

 そして背中を向けた。

 なんだよ。意味深に見つめてきやがって……


 がたっ


 うしろから物音。

 おれのうしろの席の女子といえば、


(……)


 すごいプレッシャーだ。

 すこし顔を見ただけなのに、見てんじゃねーよ、という空気がヒシヒシ。

 黒いレンズのメガネ女子、深森ふかもりさんがそこにいた。


「おはよう」

「……」


 心が折れそうになったが、三回目の「おはよう」でやっと返事してくれた。


「何」


 と、めんどくさそうに言う。

 おれも、なぜこの時点で彼女に声をかけているのかわからない。

 ただ――深森さんを見たら、だまっていられなかった。なつかしい、とか、ひさしぶり、とか、そんな感情が急に押し寄せてきたんだ。

 もちろん、目の前にいるのは〈あの四月〉の彼女ではない。

 まだ髪をショートにしてなくて、ながい二本の〈おさげ〉をぶらさげたまま。


「いや、あの」

「何」

「カミナリと犬が……めっちゃ苦手だよね?」


 暴走してしまった。

 クラスメイトとはいえ、一度も口をきいたことがない深森さんに、いきなりそんなことを言うやつがあるかよ。

 期待してるのか?

 どうしてそれを白川君が知ってるの、もしかして――みたいな展開を。

 おれのことを静かに見ている。

 十秒くらいたったあと、まわりのおしゃべりにかき消されるかどうかギリギリの音量で、


「キモ」


 と言われた。

 クールな無表情だが、真っ黒なレンズの向こうにケイベツのまなざしがあるのがわかる。おれにはわかる。そんな微妙なニュアンスもわかるぐらいの間柄あいだがらだったんだ。

 はは……と愛想笑いして、姿勢をもどして前に向く。

 このあとはずっと、背中に氷の視線を感じっぱなしだった。


 ◆


「相談~?」


 放課後。

 卒業するためには、やはり頼れる協力者が必要だ。

 おれはとなりのクラスにいって、帰り支度をしていた美女木びじょぎをつかまえた。

 強引に食堂にさそい出し、二人掛けのテーブル席につく。


「なんだよ白川~、むりやりさぁ」


 次に、こいつがなんて言うかもおぼえている。 


「ハニーが待ってるんだから、いそいでくれよな」


 小諸こもろさんの情報を教えてくれた、美人でやさしいカノジョだ。

 たしかに、待たせちゃいけないよな。あんないい子を。

 おれは頭をさげた。


「たのむ! どうすれば、告白がうまくいくかを教えてくれ!」

「なんか、ドッキリとか――」

「ド」のあたりでおれは食い気味にこたえた。「そうじゃないんだ。罰ゲームでもない。まじだ。真剣しんけんなんだよ!」

「わ、わかったよ。落ち着けって。とりあえず顔をあげてくれよ」


 美女木は腕を組む。

「告白か……。じゃ、おまえ、誰か好きな子がいるんだな?」

「いる」


 これは一択。

 無事に卒業するためには必須。

 ちら、と、前回と同様にソアの顔が心に浮かぶ。だから、あいつはダメだって。とっくに撃沈ずみだよ。


「よっしゃ」

 

 美女木の力強い返事。

 ロープレでいえば「ビジョギがナカマになった!」ってところか。まずは安心したぜ。こいつがいないと、おれの恋愛レベルはゼロのまんまだからな。 

 さっそく、口頭でいろいろ教えてもらえそうだったが、


「とりあえず今日はいいよ。待たせてるんだろ? 行ってくれ」

「そうか? わるいな」


 と、帰ってもらうことにした。

 ハニーを待たせないため、もあるが、ここで聞けることはすでに聞いているから、という理由もある。

 ふーっ、と大きく息をついた。

 客観的にはれっきとした〈失恋〉の状態だが、落ちこんではいられない。

 ポジティブを忘れるな、だ。

 まあ……それでも、今日ぐらいは告白とか恋愛とかは考えずに、家でボーっとするか……


「待って」


 待て、と聞き間違えるぐらいの早口。

 校門を出たところで、呼び止められた。


「白川君」


 サングラスっぽいメガネのつる(・・)を敬礼の手つきでさわりながら、こっちに歩いてくる。

 深森さんだ。


「聞きたいことがあるんだけど」


 ビンタされたときと同じような空気感。

 ぶん、と手をスイングすればおれのほっぺに届く間合いにいる。

 小さな顔がわずかに斜めにかたむいた。


「ねぇ、どうして私の苦手なものを知ってたの? いろいろ思い返してみても……」

 レンズの向こうにある彼女の目が、少し細くなったような気がした。

「この学校には、それを知っている人は誰もいないはず」



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