06・魔法学園?
キーアリーハの肩に乗り、オレは学内を移動中である。
オレは自分の足で歩きたかったが、キーアリーハは抱いて歩きたかった。その折衷案ってわけだ。
ただ、キーアリーハの肩の上ってのは視点が高くなるので有り難い。人間だった頃より低いが、それでも近い視線で周囲が見える。
「ここは、国内の魔法使いを育てるための学園なのよね。魔法ってのは、持って生まれた才能に左右される。そう言った才能を持った者たちを集めたのが、ここ魔法学園ヴェール」
なるほど。ここは魔法使いっていう名のエリート養成学校ね。オレが進学しようとしてた旧帝大と似たようなモンか。
キーアリーハの説明を聞きつつオレは思う。
ちなみに学内……建物は沢山立ってるが、せいぜい二階建てだな。土地が余ってるのとエレベーターの無い世界じゃ垂直移動が大変ってのもあると思う。
あと、トイレは汲み取り式っぽい。
オレは周囲を見回し、五感で情報を集めつつ察する。
あと、広さのワリに人の気配があんまないなぁ……
「のワリに、生徒らしき姿は少ないな」
学校の類なら、生徒はもっと居そうだぞ?
大学の雰囲気を知りたくて、近場の大学の学園祭やオープンキャンバスなんかに足を運んだが、もっと生徒は多かったぞ。
「いまは、春節の休みに入ってるからね……」
寂しそうにキーアリーハは言った。
……春節。中華圏での正月休みの事だったっけ?
まあ、正月休みみたいなモンと考えとけばいいか。その正月休みに帰郷できない……か。
「何か、家庭の事情でも?」
聞くのはどうかと思ったが、オレはキーアリーハの半身を務めなきゃイカンわけだ。だから知る必要がある……そう思ったから問う。
「無茶苦茶遠いのよ……アタシの実家はっ! 帰るだけで、片道一週間はかかるわよ?」
その言葉に、オレは周囲を見回す。
道は石畳だが、コレは学内だからであり、都市間を結ぶ道は未舗装だろう。あと、結構凹凸がある……自転車でも走りたいとは思えないなぁ。
そして荷車も見かけたが車輪は木である。あの荷車に乗って、この石畳の上を移動したら尻が割れるぞ?
さて、この状況から察し、動力付きの乗り物なんてないだろう。
「そりゃ、船でか?」
「船が使えれば数日に短縮できるだろうけど……アタシの実家は内陸部。運河からも離れてるし、徒歩で帰るしかないわよ」
なるほど。僻地の出身か。
「馬車は使えないのか?」
「アレは、お金ばっかかかって時間は変わらない……馬車使うぐらいなら、影法師の馬でも作るわよ」
なるほど。馬車なら徒歩と移動速度は変わらないか……待てよ?
「影法師で馬が作れるなら、自分が乗れる鳥も作れるんじゃないか?」
「作れるけど、目を付けられたくないから作らない。人が乗れる鳥を作れる術士って少ないのよ……それに、目立つとソーノベンに嫌がらせされるし」
影法師の兵でラペットスを倒した事に、その創造主は驚いてたみたいだからな。
ポンコツかと思ったけど、キーアリーハは優秀なんだろう……って、実際、優秀だろう。相性の問題から苦手があるってだけでさ。
「ソーノベンって誰?」
「平民上がりの魔法使い……ライバルを蹴落とす事に執念を燃やす嫌な女よ。入学当初、アタシが精霊との相性悪いって知った時なんか、その件で散々三流魔法使い呼ばわりしてくれたわ」
……ああ、そういう奴、中坊時代に居たわ。オレも散々絡まれ、悪い噂を流されたりしたっけ。
性格悪かったから、皆から嫌われてたな。影じゃ名前をもじってマサ菌なんて呼ばれてたっけ。
……オレが思い出せた唯一の知り合いの名前が、あのバイ菌野郎だけってのは、なんか情けないわ。
「言わせておけよ」
オレの言葉にキーアリーハは笑う。
「言わせてるわよ……それに、操影術を器用に扱えるだけって思わせたら、もうアタシには目もくれなくなったわ」
おい、そりゃ、ソーノベンに負けたって事だぞ?
ソーノベンは出る杭で、自分の敵になりそうな他の出る杭を叩いて回ってたわけだ。だから、叩かれ引っ込んじまったキーアリーハは、敵に屈したって事だろうに!
「いや、受けてたってブチのめしてやれよっ!」
オレの言葉にキーアリーハは驚いたようだ。
「他人事みたいに言わないでよ。アタシは宮廷魔術師とか魔法士団とか、そんな御大層な立場なんて狙ってません!」
でもな、オレはマサ菌と正面からぶつかりあったぞ?
おかげでヤツの陰湿な嫌がらせを受け散々な中学時代だった。進学した高校が別だったのが救いだったな……
……うん。中学からやり直せるなら、オレはマサ菌を避けて中坊時代を乗り切るわ。
「ま、そりゃそうだわな……オレも似たような経験し、相手に噛みついて散々な学校生活だった。やり直せるなら、今度は相手を避けるわ」
「学生……そう言えば勉強してたって言ってたわね。なら解るでしょう。それにアタシには実家である公爵家にお抱え魔導士の椅子が用意されてるから、別にここの成績で将来の役職を……なんて考えてないし」
公爵だと?
ありゃ、貴族階級の最上位だぞっ!?
「公爵って、公候伯子男の最上位?」
公候伯子男とは、貴族の階級を大雑把ではあるが五階級に分類する爵位……その頭文字である。
「よく知ってるのね……って、シャドウって学生だったのよね?」
「学生だったよ……で、公爵令嬢が何故、平民を恐れる?」
それが一番不思議だったりする。
「魔法使いの才を手に入れた段階で、あとは実力次第で何とでもなっちゃうのよ。ソーノベンは平民出がコンプレックスになってるのか出世欲の塊みたいなヤツだし、邪魔者を蹴落とす事も平気でやるしでアタシは関わりたくないわよ!」
まあ、そうだろうけど、そうも言ってられない状況ってのもあるモンだよ……例えば今とかさ。
オレ達の会話を聞き、気を悪くしてるヤツが居るぜ?
「単なる操り人形でしかない影人形の使い魔相手におしゃべり?」
声に振り替えると、険のある目つきの大柄な女が立っていた。
年の頃はキーアリーハと同じ……なら、ここの生徒だろう。
キーアリーハが緊張したように体を強張らせたことで、この女がソーノベンであるとオレは確信する。
「いんや違う。腹話術の練習さ」
そう言ってやるが、オレとキーアリーハって声色が全然違うんだけどな。
「ああ~……って、そう。腹話術の練習っ!」
オレは冗談を交えた挑発のつもりで言ったんだが、キーアリーハはオレに話を合わせて乗り切ろうって魂胆らしい……いや、状況的に無理だろ。
「馬鹿ね……魔法で声を出したら腹話術とは言わないわよ」
が、ソーノベンは信じたらしい……馬鹿はどっちだよ!
「ま、そんなワケで練習の邪魔はしないでくれ」
さすがにソーノベンも馬鹿にされたのだと気付いたようだ。でもよ、先に馬鹿にしてきたのはオマエだろうがよ?
直後にオレは周囲の空気、その質が変化したことに気付く。
ソーノベンの周囲を風が渦巻く。その風を起こしている存在……風と共に舞う小さく透明な人影がオレには見えた。
昨晩キーアリーハが使った雷の魔法と同じく、精霊を扱う魔法なのだろう。
キーアリーハもソーノベンが何か術を使ってくることを察したようだ。が、体の緊張具合から察し、咄嗟に対抗できる術は無いようである。
見えるって事は、爪で捉える事もできるかね……
心の中で呟くと、オレは風を纏い突っ込んでくる精霊に向かって飛び掛かり爪を振るう。
手ごたえはあった。
爪に捉えられた精霊は真っ二つに断ち切られ……半分の大きさの二体の精霊になる。
そして、オレを見ると怯えたように逃げて行った。
「オレのご主人に手を出すなら、アンタの顔にオシャレな十字傷を入れてやるぜ?」
先ほどの魔力の動きから察し、ソーノベンが使った術は昨晩キーアリーハが放った雷の礫と同等の魔力が込められていた。
人間なら喰らっても死にはしないだろうが、間違いなく結構な怪我になる。
さすがに、キーアリーハに大怪我をって考えは無かっただろうから、狙ったのは俺か、もしくはキーアリーハの髪か服だろう。
……かなり、性格ネジくれてるな。
オレは半ば呆れつつソーノベンの性格を評価する。
「魔力を行使し風の精霊を切り裂いた……影人形の使い魔にできるじゃない!」
驚いたようにオレを見るソーノベン。
たぶん、このソーノベン。ガチで遣り合ったら、キーアリーハに負けると思うんだよな。
オレを敵と認識し、戦闘モードに入ったっぽいんだが、昨日の夜にキーアリーハから感じたほどの力は感じられないんだ。
なら、ここで叩きのめしちまった方が、キーアリーハの学生生活には良いんじゃないのか?
そう思い、さらに挑発を……そう思った矢先、横槍が入った。
「それはファミリアですからね……ファミリアを呼び出せた学生なんて、今まで数人しか居ませんよ?」
四十前後の痩せた男だった。
どうも年齢から察して教師に該当する立場だろうか?
あと二つほど気になることがある。
一つ目は、オレが気配に気づかなかった事。猫にされたオレの五感は、扉で隔てられた先の気配だって読めちまうんだぜ?
二つ目はオレ達と十数メートルしか離れてないのに、ソーノベンが仕掛けてきても止めに入らなかったよな……
ひょっとこして学生同士の決闘は学校公認って事か?
決闘上等で生徒たちを切磋琢磨させるか……イカレた学校だぜ。
オレが半ば呆れつつも、この世界の情報に詳しそうな人物に出会えたことを喜んでいた。
教師ならば、キーアリーハより情報を持っているだろうからな。
だから、話を聞こうと思った矢先、キーアリーハに掬い上げられた。
そして、オレに抗議する間も与えず、一礼すると、その場を走り去る。
いや、キーアリーハが逃げるのは構わないけど、オレはここで話を聞きたかったんだけど?




