52・ウィル君・その2
卵をボウルに割り入れ、目分量で牛乳と砂糖を入れて混ぜる……それに食パンを浸し熱して油を敷いたフライパンで焼く。
まあ、オレはフレンチトーストを作ってるわけだ。それも二人分。
作ってるのは、そこに居る彼女のためで……何故、名前が出てこない?
顔を見りゃ思い出すだろ。そう思い彼女に視線を向けると、そこに居たのは黒髪で瞳も黒に近い茶色のキーアリーハ……なんか、楽しげにオレの料理をする様を眺めてるよ。
いや、顔がそっくりでも、髪と瞳の色が違うしキーアリーハじゃないハズ……えっと、なんで名前が出てこないっ!?
パニックになりかけたトコロで、ウィル君の悲鳴に叩き起こされた。
……つまり、オレは夢を見ていたわけね?
パニクる直前までは、なんか幸せな感じだったなぁ……
まあ、それはさておき、ウィル君に視線を向ける……ウィル君、何故か半泣きになってますね?
「怖い夢を見た……そーゆー事ね?」
オレは半泣きになってるウィル君に言ってやる……言動から察して、そこまで精神年齢は幼くなさげだと思ってたけどさ。
「夢より現実の方が怖い……」
コレがいウィル君の返事でオレにはワケワカメである……が、旧帝大の最高峰に合格確実と太鼓判を押されたオレには、何となく察することができたわけだ。
「夢だと思ってたことが夢じゃなかったって事だわね?」
ウィル君にとって、この世界の出来事は全部が夢だと思ってたわけだ。だから無茶な行動もできた……うん、オレも似たような判断したっけ。
「カミサマが言ったんだ……女の格好してるなら、アレは不要だろうから取ってやるって。いや、オレは一度ぐらい本来の目的で使ってみたいから待ってくれって言ったんだけど……」
……はい?
なんか、オレの想定とは異次元レベルに違う事態っぽいぞ?
「つまり、アレか。ウィル君の股間のアレが無くなったと?」
「無くなっちゃった……朝は無条件で元気だったのに」
いや、そーゆー話はせんでよろしい。つか、パンツ下ろしてまで見せてくれるなっ!
猫の身体にされる前なら、然るべき反応をしただろうけど今のオレは何も感じねぇよ……でも人間形態を取ってたら色々感じで行動にまで移してた可能性も。
全裸状態のキーアリーハの股間と同じ……じゃねぇな。キーアリーハにはあったオプションが付いてないわ。キーアリーハの方が一歩大人な感じやね……
「無いね……オレにはあるアレがさ」
ウィル君には深刻な問題かもしれんが、オレにとっては問題じゃないんだよなぁ……キーアリーハに手出しするリスクが減った分、オレとしては好都合かも。
「精神など、肉体の玩具に過ぎない……ニーチェの言葉だけど、アレって本当だったんだね?」
博識ですねウィル君……いや、ウィルちゃんって呼んだ方がいいのか?
「まあ、オレも人形になった時と猫モードじゃ、キーアリーハに対する見る目が変わるってのは実感してるから、ニーチェの言葉は正しかったんだとか思ったりしたけどさ」
でも、ニーチェが言いたかったのは『健全な精神は健全なる身体に宿る』って、古代ローマの詩人ユウェナリスの言葉に由るものだと思うんだ。
詰まる所、身体が病んじゃうと、それに引っ張られて精神まで病んじゃうよ? って話ね。
「まあ、でも元は女だったって言ってたし、元の鞘に収まったと思えば……」
むしろ、元は女だったって話を信じるなら、この状況ってウィル君には好都合では? とかオレは思ってるんだけどさ。
「でも、一回ぐらいは本来の用途で使ってみたくはない?」
キーアリーハに召喚される前のオレって、ウィル君の言う本来の用途でアレを使えていたんだろうか?
そんな考えが頭をよぎる……いや、恐らく使えてないと思うな。
「まあ、諦めろとしか、オレには言えんかな……?」
コレがオレの偽ることの無い本音である……つまりは他人事って事ね?
ちなみにウィル君……女体化したのに胸は元から小さいキーアリーハ以下ですがな。
「転生前なら、男性経験もあったのに……」
いや、そんな話をされてもオレは困る……つか聞きたくないぞ?
「別に女の身体で女性経験を積めば良いんでない?」
オレは言ってやるが、女体化した結果キーアリーハをはじめとする女性に対する興味が失せたって事なんだろうね……やっぱ、諦めろとしか言えんぞ?
「今のオレは、お嬢様の事を考えても股間が熱くならない……」
つまり、オレがウィル君を牽制する必要が無くなったってワケですかい。
「別に構わんのでは? オレも猫の姿にされてからは性欲から解放されて気楽にやってるぜい?」
今の方が、キーアリーハに召喚される前より気楽に過ごせてる感じがある。
で、夢で見た黒髪と黒い瞳のキーアリーハって、アレってなんだったんだろうかね?
転移前に付き合ってた相手……って、なら記憶に多少は残ってそうだけどさ。顔も名前も思い出せない両親より記憶に欠片も残ってないってのには説明が付かない。
オレが召喚されず旧帝大の最高峰に合格後、付き合うことになる相手が黒髪のキーアリーハって事かね?




