05・夢じゃなかった
途方に暮れてしまったが、無事キーアリーハを部屋に連れ帰る事ができた。
あの影の兵士……キーアリーハが気を失っても消えなかったんだ。そして、オレの言葉にも従ってくれた。
どうも、自我みたいなモンは無いようで主人を守り従うだけの存在らしい。
……で、オレはキーアリーハの半身らしいんだよな。全然、そんな気はしないし、それらしい記憶の残滓すらないんだが。
自分が何者かとか肝心な部分が失われてるんだが、残り滓みたいな記憶であっても、オレが受験生で、旧帝大の最高峰にも合格確実と太鼓判を押されてた事はハッキリ残ってる……この部分、美化されてないだろうな?
とりあえず、主人の半身だからか影の兵隊は俺に従ってくれた。
キーアリーハを部屋へと運びベッドに寝かせ……兵隊たちには壁に向かって立ってもらってる。
……すっげぇ落ち着かない。
目が覚めたらキーアリーハも驚くかもしれないが、この兵士たちを廊下に立てておく方が問題だと思うんだ。
「おやすみ。一時だけの、オレの可愛いご主人様」
そう声をかけ、オレはベッドの隅に丸くなった。
そして、目が覚めたら、受験に向けて最後の追い込みを……って、なんでオレって目が覚めても猫のままなんだよっ!
いやまあ、自分が何者だとかの記憶もないままなんで切実に帰りたいってわけじゃないし、この世界も、もっと見てみたくはあるんだけどさ。
問題は、オレの体が子猫のままって点だ。
この体、かなり不自由なんだぞ?
糞してもケツも拭けねぇし、扉も自分で開けられないしさ。
現状に半ば絶望しながら身を起こすと、キーアリーハは既に起きていた。
ベッドの端に腰かけ、それを取り囲むように影の兵士が三人。その兵士たちに向け、キーアリーハは手をかざす。
次の瞬間、影の兵士はキーアリーハの手に吸い込まれていく。
……なるほど。呼び出したら、そのままずっと存在してるわけじゃなくて回収可能なわけね。
「オレも、そんな感じに回収できたりするのかい?」
もしそうなら、それで元の世界に帰れるかもしれない。
「影法師の兵士は、アタシの魔力で作った体に仮初の命を与えたもので、こうやって魔力を回収すれば消える。でもシャドウの体は、周囲を漂う魔力を集め複雑な術式を用いて形成してる……魔力の組成が違うから、アタシの体には取り込めない」
つまり、帰る手段は無いって?
いや、死ねば帰れるかも……って、ホントに死んじゃったらシャレにならねーよ。ゲームみたいにコンテニューなんてできないだろうしさ。
「大鼠……ラペットスだっけ? に兵士を食われたけど、その魔力は回収できないのか?」
「食べられた段階で、魔力の組成が変わっちゃうからね……また一から魔力を貯めなきゃダメ」
なんだ。食われても再度貯めることができるんだ。なら、魔力を永久に失う……ってなことにはならないっぽいな。
「ちなみに……何を思って、オレを召喚してファミリアなんかにしたんだ?」
その問いを受け、キーアリーハは俯いた。
……人に言えないような理由でオレを召喚したのかよ?
「ファミリアには召喚者と、どこかで繋がりのある魂が喚ばれるの。だから、アタシが産まれたときに失った半身を呼び出そうとしたら、シャドウ……アナタが来た」
半身を失った?
「オマエは五体満足で、そんなふうには見えねぇぞ?」
だから思わず言っちまったい。
「アタシには、双子の姉か妹が居るはずだったの……その魂を呼べると思った」
なるほどね……たぶん一卵性双生児だったんだろう。
キーアリーハは両手の指を組んでいる。そして上に来る親指は左手……つまり左利きか。
両手の指を組んだ際、どちらの手の親指が上にくるか……上にくる手が利き手になる場合が大半だ。腕を組んだ場合、前になる手も利き腕である可能性が高い。
だから、キーアリーハは左利きと断定していいな。
人間ってのは遺伝子レベルで右利きになるようになってる。母胎内で受精卵が完全に分裂するなどのイレギュラーが起こらない限りはね。
一卵性双生児ってのは利き手が逆になる場合が多いし、左利きの大半は、母胎内じゃ双子だったって言われてるしな。
受精卵の分裂等で、利き手である右手を制御する脳の発育が遅れた場合なんか、遅れの出てない反対側を優先することでリカバリーをってことらしい。
で、そのイレギュラーが起こったのが、キーアリーハってワケだ。
そして、やたら長い名前の理由にも見当が付く。
「キーアリーハって長い名前は、二人の名前をくっつけたのか?」
「そう。自分の半身を忘れないようにって」
その問いにキーアリーハは頷く。
「なら、その片割れは、いつも一緒に居るよ……だからキーアリーハって名前なんだろ?」
オレの言葉に、キーアリーハは困ったような顔をする。
「怒らないんだ……?」
「怒りゃしないさ……オレは自分の名前や家族友人の事も忘れちまった。だから、元いた世界に未練はない」
……いや嘘だけどね。ただ、そこまで執着はしてないかな?
「ファミリアって、召喚者と繋がりのある魂を呼ぶの。だから、アタシと接点のあった家族や親戚なんかで、既に鬼籍に入ってる人たちの魂ね。その中で、アタシの半身と呼べる魂を読んだはずなんだけど……」
いや、オレって死んでねぇよっ!
「受験勉強中、息抜きにコーヒーでも……そう思って部屋を出たら召喚されたんだけど?」
オレの言葉に、キーアリーハは顔を青くする。
「ひょっとして、アタシが殺しちゃったっ!?」
正直に言わせてもらうと、殺されたとは思ってないぞ。拉致られたとは思ってるけどさ。
「まあ、殺されたとは思ってないけどな……あと、少なくともオマエとの接点は無いと断言できる。あの大鼠も言ってたろ。異界から喚びよせた魂をファミリアとしたってさ?」
どうもキーアリーハは、自分の世界を漂う魂を召喚したかったっぽいんだよな。って事は、外れを引いたと落胆してるかも。
「死んでも魂は消えない。けど、死ぬ前の記憶は全て失われる……もしかして、死んでない魂を召喚しちゃったから、中途半端に記憶が消えてる?」
言ってることが疑問形って事は、キーアリーハも理解してないって事かい。
あと、この世界の生死感って、オレの持ってる生死感とはだいぶ違うっぽいな。コレはコレで興味深い。
が、問題はキーアリーハだ。望んだ魂を引き当てられなかったってのは確定っぽいんだよな……
なら先送りするよりは、この場で失望させちまった方が互いの傷は浅いか。
そう思ったので、オレは言う。
「とりあえず、オレはオマエの半身じゃないって事でOK?」
オレの言葉に、キーアリーハは難しい顔をした。
「召喚の呪文に条件を織り込んだから、半身と呼べる魂のはずなんだけど……?」
つまり、これから半身となれるような関係を築きましょうってか?
なら、既成事実であっても問題ないわけだ……ずいぶんアバウトな召喚基準だったんだな。
とりあえず、オレは納得できた。
「まあ、一応は納得した。オレは猫の姿の使い魔になった。そして、ご主人様はオマエことキーアリーハ」
オレって、この世界の事を全然知らないんだ。
その上、猫の姿にされてしまった以上、主人たるキーアリーハに依存しなければ生きてはゆけないワケだ。なら、半身と呼べるぐらい良好な関係を築き上げないと、捨てられ路頭に迷うなんて事態にもなりかねない。
もっとも、そこまで薄情な人間じゃないと思ってるけどな。
「……アタシで、いいの?」
何処は不安そうにキーアリーハが問うてくる。
いや、オレを喚んだのはオマエだろうに。だからオマエ以外に居ねぇよ!
内心そうは思うが、オレの口から出たのは別な言葉だった。
「オレで、いいのか?」
自覚はあるが、オレって口が悪いぞ?
最初から隠してなんていなかったし、これについてはキーアリーハも既に承知の上だろうけどな。
オレの問いに、キーアリーハは笑いオレを抱きしめる。
「やっぱり、アナタは大当たりの使い魔だ!」
はぁ、そうですかい。
キーアリーハも当たりの飼い主だとは思うんだが……この世界って、色々とアレなんだよな。何というかハズレ臭い。
昨晩なんか食われかけたしさ。
「で、オレは何をすればいいのかね?」
だからこそ、ご主人様は大事にしないとな。
そう思ったから、オレは問う。
「アタシの側にいて」
成る程。
昨日、逃げ帰った時に部屋にいなかったのは、オレを探しに出て行ってたのね……つまり、逃げたんじゃないかと心配させてしまったわけだ。
……あと、キーアリーハって寂しいのかもな。
だから、話し相手が欲しかったのかも。
「オレはオレで単独行動を取ったりするだろうけど、できるだけキーアリーハの側にいてやるよ」
つまり、努力目標ってわけだ。なら、守れなくても言い訳できる。
緩い基準を設け、逃げ道は作った。
これは自分を……オレ自身を騙すための基準である。
まあ、夢から覚めないって事は、コレは夢じゃない。
だから仕方ないと、オレはキーアリーハの使い魔って状況を受け入れたワケだ。