39・エンハンサー
……たまたま目的地がトイレだっただけです。
そうは思えど何を言っても無駄そうなので、オレは黙ることにする。つか言い訳するとかえって墓穴を掘りそうなふいんき……じゃなくて雰囲気。
「お嬢様、如何なさいました?」
物陰からメイドが一人、現れる……手に一振の剣が握られてるな。反り身で絹拵えの柄って日本刀じゃん……しかも、この刀って結構な魔力を帯びてるぞ?
かなり若い。キーアリーハと同い年ぐらいかね?
この別邸のメイドとは服装が若干違うな……メイド服ではあるんだけどさ。
なんか、全身がうっすら汗ばんでますね……どこかお疲れなふいんき。
このメイドも魔法使いっぽいが、秘めてる魔力は高くない感じ。そして、キーアリーハは、このメイドを、どことなく警戒してるみたい……ガウスさんに対するような警戒感だな。
まあ、そうだよな。
声も高く女顔ではあるけど、コイツは恐らく男だ。何となく気配から、それが判るんだ。
「ウィル……何でもないわ。と言うか、アンタもトイレまで着いてこないでよっ!」
ほう、コイツはウィルって名前なんですかい。
でも、このウィル君。キーアリーハから結構な距離を取って待機してたし、その辺の気遣いは出来てる感じだぜ?
「申し訳ありません。ですが、お嬢様の声が聞こえましたので……」
まあ、ご立腹だったんで、キーアリーハは大きな声を出してましたがね……そりゃ何事かと思うでしょ?
「魔法使いっぽい感じだけど、このウィル……さんって何で刀を持ってんの?」
ウィル君と言いかけて、慌てて言い直す。たぶんキーアリーハもウィル君が男だって気付いてるだろうけど気付かないフリしてるみたいだしさ。
「ガウス同様の尖り魔術師なのよ。いわゆるエンハンサー……自己の身体能力強化に特化した魔法使いで、身体能力を無茶苦茶なまでに向上できるのよ」
つまり向上させた身体能力と、いわゆる魔剣を振り回して戦うタイプのイロモノ魔法使いって事ですかい。
「いえ、ガウスさんの散弾や磁力を扱う魔法。それに、お嬢様の電撃魔法には普通に歯が立ちません……」
なんか恐縮してるけど鉄の武器を振り回す戦い方って、その二つの魔法とは相性最悪だぞ?
磁力で鉄の武器は扱いづらくなるし、鉄は伝導体だしさ。
「狂戦士ウィル……アンタの武勇伝は聴かされてるし、あのガウスも一目置いてるお父様の隠し球じゃない」
って事は、娘を心配した父ちゃんが差し向けた、二人目のお目付け役って事ですかい?
「旦那様より、お嬢様が帰宅する際は護衛を……と申し遣い、慌てフラムベルクまで馳せ参じました」
汗ばみ、お疲れ気味なのは、フラムベルクに到着した直後だからなのね……いや、納得。
ウィル君の言葉に、キーアリーハは何とも言えぬ溜め息を吐く。
「お父様が、この街まで使い魔を飛ばしてたのね……」
キーアリーハの父ちゃんも魔法使いかい……って、ウチの家系とか言ってたっけな。
「その使い魔。学園まで飛ばせないのか?」
「お父様の使い魔は、公国内の情報伝達役も兼ねてるんで私用には、あんま使えないのよ」
つまり、キーアリーハが父ちゃんに見つかったのは、たまたまの偶然なわけね。
まあ、良いやね。
空飛んで帰る関係上、このウィル君が戦力になるとは思えんけど、キーアリーハの父ちゃんと話しはしやすくなると思う。
「ウィル……まずは、ゴハン食べてきなさい。終わったらお風呂……アタシの残り湯を使わせてあげる」
「オレは風呂には入らねぇぞ?」
とりあえず先手を取ってオレは言っておく。
だってオレの毛、水弾かねぇしさ……
「一緒にお風呂に入ったら、番犬ならぬ番猫は務まらないからね?」
「でしたら、私が見張りに立ちますが?」
いや、オレが風呂嫌いを知ってのキーアリーハの言葉なんだし、ウィル君はスルーしてくれて良いのよ?
「ウィル。アンタの脚でもフラムベルクまでは半日近くかかるはず……不眠不休で走ってきたんだろうし無理はしない。帰りは飛んで帰るから道中、寝てて良いわよ?」
……やっぱ、ウィル君は走ってココまで来たんですかい。そりゃお疲れ気味も納得だわ。
キーアリーハの言葉に、ウィル君は、どこか安堵したような笑みを浮かべ一礼して引っ込んでいった……相当、お疲れのようね。
ウィル君が声の届かないところまで移動してくれたようなので、オレはキーアリーハに問うてみる。
「ウィル君って男だよな……何で女装してるの?」
「男だって見抜ける人が滅多にいないから、女装してたほうが油断を誘いやすく都合が良い……ガウスの方針ね」
……ガウスさん。アンタいったいナニやらせてるんですかっ!
「ガウスさん……業の深い事を」
「そのガウス……ウィルも転生者『かも?』って言ってたわよ。前の世界では女だったみたい」
性的不一致で女装してたワケじゃないのね……いや、断定はできんけどさ。
「ウィル君って強いの?」
「間合いを詰められたら、大抵の魔法使いならブチのめせる程度には……拳の間合いに入られたら、アタシもガウスも歯が立たないわ」
そりゃ、そーでしょうに。
「って事はオレも勝てないかも?」
「シャドウなら勝てるかも……トイレじゃないから覗いて良いわよ?」
歩きつつキーアリーハは挑発するように言ってくれる。
いや、猫のカラダになって以降、女性の裸に興味はないっす。たぶん発情期のメス猫にも興味は持てないと思うなぁ……
「いんや、不埒者が近付かないように見張り役に徹するよ?」
「うん、便りにしてる」
嬉しげにキーアリーハは言うと、昨日も使った浴室へと消えていった……連れ込まれなくてマジで良かったぜ。
 




