34・公爵令嬢、酩酊す
ブラムベル家の御令嬢の晩飯だから盛大な食事会になるかと思いきや、出された食事は一人前と猫一匹分だけである。
あと、給仕係とかが張り付きそうなモンだが、それも居ないと来たものだ。
しっかりとした肉……いわゆるステーキが皿に載ってるから、食事としては豪勢なんだろうけどさ。
考えてみりゃ解ると思うが、この世界には電気やガスもない……つまり冷蔵庫がないわけだ。そんな環境で生から焼いたステーキを提供するって事は、キーアリーハの為に牛を一頭絞めたわけだ。
……牛さん、ありがとう。君の死がオレのご主人様たるキーアリーハの明日に繋がるわけだ。
ちなみに、オレの晩飯も焼き肉である。
味付けは少量の塩のみで表面だけ焼いてある。表面を焼くことで殺菌してるわけだな。食中毒の原因となる菌は、空気と触れる肉の表面で繁殖し肉の中じゃ増えない……例外がないワケじゃないけどさ。
だから、焼肉屋なんかで提供されてたユッケは、肉塊の表面を削り落とし新たに菌が繁殖する前に客に提供するってワケだ。
チェーン店の焼肉屋なんかは、その辺の知識がない店員が手順を省略したユッケを提供し食中毒を起こしたりする事もあって、それで法改正があり自前で作ったユッケの提供が出来なくなっちまったワケだが。
……こんな知識があるって事は、オレってユッケ好きだった?
う~ん……金出してまで食いたいとは思えんのだけどなぁ。
あと、生肉触った箸で食事をして食中毒ってのは、無知な客がやらかす焼肉屋食中毒の定番パターンだったりする。
「やっぱ、キーアリーハって本物の公爵令嬢なんだな……」
オレは提供された肉を一切れ食ってから言う。適度な塩味で普通に美味い。
ペットの犬猫が飼い主の手や顔を舐めるのって、アレって塩分補給の意味が強かったりする。オレに、そういった欲求が無いのは塩分が足りてるか、そもそも体の構造が違うからか……って、体の構造の問題だわな。
あと、この牛肉って脂ののりからして、ちゃんと肥育された牛だぜ?
日本のスーパーで売ってる国産牛みたいな味だったんだ。
絞めた以上は生肉になっちまうワケで、この世界じゃ保存が極めて難しいワケで……キーアリーハの為にバカ高い牛を一頭、潰しちまったわけだ。
「何を今更……」
オレの言葉に、キーアリーハは素っ気ない。
「公爵令嬢の為とは言え、太らせた牛を一頭絞めて晩飯に出してんだろ?」
「絞めてないと思うわよ? たぶん氷の精霊を使った氷室で凍らせて保管してた肉を使ったんでしょ」
冷凍庫あるんかいっ!
そーいや、この世界ってファンタジーな魔法が存在してるんだよな……
「その氷室って、ワリと何処にでも在るもんなのか?」
「学園にも二つあるし、公爵領なら数百人規模の村ならだいたいあるわよ?」
……さすがに一家に一台は無理ですかい。
「その氷室って誰でも使えるのか?」
「使用料を払えばね……ナマモノ扱うお店の為に問屋が借りて、肉や魚を凍らせて保管してるわ」
つまり、庶民には手が届かないワケね。
「その氷室の管理は……」
「ココでやってる。その氷室があるのが、ここブラムベル公爵家の別邸なんだから」
オレの言葉を先読みしてキーアリーハは言ってくれたよ。
「やっぱ、キーアリーハって公爵令嬢なんだな……」
「何を今更」
再度、言ってガラスのコップに次がれた水をあおる。コップの表面は結露しており……中に氷が入ってれば当然か。
つか、キーアリーハさん。お顔が赤くないですか?
「キーアリーハ……お前、酒呑んでるだろ?」
って事は、今キーアリーハが飲んだのって水じゃなくて酒って事ね。
「呑まなきゃやってられないわよ……アタシはシャドウが大好きなのにシャドウはアタシの事なんて何とも思ってないんだもん!」
いやね、オレにとってキーアリーハは大切な存在だよ?
まだ、この世界の常識すら知らないオレが頼りにできる数少ない人間なんだしさ。
あと、キーアリーハさん。アナタってお酒の味の判る大人の女なんですね?
……オレってこの世界に喚び出される前の人間だった頃の記憶を思い出してみるが、どうも酒を呑んだ事は無かった感じだ。
お酒って、どんな味がして酔うとどうなるんだろ?
醸造酒や蒸留酒とか、酒の知識は一応、オレにもあるんだけどさ。
酵母菌を使って発酵させて作るのが醸造酒で、この醸造酒のアルコール度数は、せいぜい十五度前後ってトコロ。なんでかって言うと、酵母菌が自分で作ったアルコールで自己中毒起こして死んじゃうからだな。
感覚的には、密閉空間に閉じ込められた人間が酸欠で……ってのに似てると思う。
で、今キーアリーハが呑んでるのは蒸留酒。
水とアルコールの沸点の違いを使って、醸造酒からアルコールを抽出して作る度数の高い酒だ。
味醂からアルコールの抽出を……ってのは、中坊時代にやった記憶があるな。
何で蒸留酒って判ったって?
そりゃ透明な色と匂いだよ……消毒液と似たアルコール臭から、オレはキーアリーハの呑んでる酒を蒸留酒と断定したわけだ。
結構、度数高いと思う。それに氷を入れてロックで飲むなんて、キーアリーハさん。やっぱりアナタはオトナの女性ですよ?
……いや、見た目は、だいぶ幼く見えますけどね。
「キーアリーハさん。オレも酒の味見したいんだけど良いかな?」
「お酒呑んで獣になるんだ……って、最初から獣か」
酔っぱらってますねキーアリーハさん。
ちなみに黒猫って、あんま野性味は無いらしいって話だぞ? つまり、家畜化というかペット化が進んだ猫ってワケだ。
……もっとも、コレがオレに当て填まるかは甚だ疑問だが。
とりあえずキーアリーハは、オレに酒を分けてくれる気はあるらしい。
オレに向けてコップを傾けてくれる……直接、舐めろってか?
そんなワケで舐めてみるが……いきなり咽せた。
結構な度数だったようで、舌が痺れるような強烈な刺激でギブアップである。どうやら、オレはお子様のようだ……そりゃ見た目からして子猫なんだけどさ。
「もう、いらないの?」
一舐めし、そっぽを向いたオレにキーアリーハが言ってくれる。
「味見できただけで満足だよ。オレに酒は合わねーみたいだ」
とりあえず酔いが回るような気配も無いんだけどさ。
「うふふ……シャドウと間接キッス」
オレが口を付けた酒の残りを一気に煽って呟く。
ナニ言ってるんですかアナタは?
つか、キーアリーハさん。ナニやら眠たそうですね……こりゃ人を呼んだ方が良いかも。
数ヶ月前に書いた物を発掘し投稿……
どういう展開にするつもりだったんだっけ?




