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03・探検

 薄暗い廊下をオレは歩いてる。

 明かりは……天井が等間隔で光ってる。でも、電灯の類じゃ無さそうだな。

 キーアリーハは魔力云々言ってたから、魔法みたいな物が存在するんだろう……つか、オレって召喚されたんだっけね。

 結構広く感じるのは、猫の体にされちまったからだろう。こんな猫の体にされちまったんだ。魔法があると言われたら、そりゃ信じるしかないさ。

 廊下の両側には部屋が連なってるが、人の気配を感じる部屋は少ない。でも、空の部屋からも人の生活臭は感じる……つまり最近まで人が居たわけか。

 人間の体のままだったら得ることができないだろう情報を、猫の体になったオレは容易に得ることができる。

 けど、人間だった時の記憶……自分に関する大事な記憶が全部抜け落ちちまってるんだよな。

 ……ま、おかげで、しがらみがスッパリ切れて悩まず済むわけなんだが。

 そんな事を思いつつ廊下を歩いてゆく。

 廊下を挟んで左右に部屋が並んでいる。この階だけで、ざっと三十弱。

 ここは一階のようだがトイレは無いっぽいな。付け加えるなら風呂や食堂もない。

「こりゃ、外に厠があるのかね……」

 出口らしきものは見かけたが、とりあえず、この建物を知っておきたい。だから、外に出るより二階に上がる階段を選んだ。

 二階も基本的な作りは同じのようだ。

 が、一角から明らかに生活臭のレベルじゃないアンモニア臭と便臭。とは言え、日本でも時々見かける、掃除が行き届かない公園の水洗トイレほどの臭いじゃないな。

 人間より敏感な猫の嗅覚だからこそ、ここまで判別できるわけだ。

 ……つか、あえて二階にトイレ作るって正気かよ?

 そう思いつつトイレを確認し、中に入ってオレは納得した。

 トイレは建物の外側に大きく張り出すように作られており、いわゆる汲み取りしないボットン便所っだったのである。

 この建物、崖っぷちに建てられて、崖下を流れる川に垂れ流してるわけね……音から察し結構な急流っぽいし、そりゃ臭いも抑えられるわ。

 トイレ……一応は個室になってるけど鍵なんて洒落たモンは無いなぁ。

 オレは呟きながら穴まで近づき、そして尻を向けると用を足す。

 この体になって何か食った記憶なんてないんだが、出るものはしっかり出た。紛れもない猫の糞の臭いだった。

 ……つまり、それが分かるって事は、喚び出される前のオレは猫と接点があったワケね。

 そう思ったが、日本で普通に生活してりゃ、何かしら猫とは接点があるだろう。ここに喚ばれる前のオレが何者かを知るヒントにはならないか。

 便器の穴から見下ろした下は真っ暗だった。付け加えるなら一階の入り口から見た外も真っ暗……つまり今は夜か。

 当たり前だが二階にあるトイレに手を洗う場所なんてない……って事は、手を洗う習慣がないって考えるべきか。

 どうも、この建物は学生寮っぽい造り……キーアリーハは未来の大魔導士を自称してたから魔法学園みたいなモンかね?

 そんな事を考えてると妙な気配を感じた。

 この気配……明らかに人間の物じゃないな。つか、いわゆる普通の生き物でもない。

 今のオレ自身からして普通の生き物じゃないんで、その辺はだいぶ敏感になってるようだ。

 気配に視線を向けると、馬鹿デカい鼠が居た。

 並の猫より一回り以上も大きい。つまり、子猫の体であるオレより何回りも大きな鼠である。

「その気配……どうもオレの同類っぽいが、にしては、えらく薄汚れてるな?」

 召喚者のいるファミリアなら、こんなに汚いってのには納得いかない。

 召喚者の分身にして真なる盟友。己の家族よりも近しき存在……そう、キーアリーハは言っていた。ならば、召喚者が、こんな汚い格好を許容するとは思えないのだ。

 付け加えるなら、この建物。掃除は行き届いてるぞ。そんな中に、こんな薄汚い大鼠がうろつく事を、ここの住人たちが許すとも思えない……って事は、招かれざる客か?

 オレの言葉は聞こえているだろうが返事は無い。つか、オレの言葉を理解してるかも怪しいな……

「シャッ!」

 威嚇するような声を発すると、大鼠は牙を剥きオレに襲い掛かって来た。

 突っ込んでくる鼠を、オレは跳んで避ける。

 体が軽いな……鼠の動きも目で追える。勝てるかはさて置き、逃げに徹すれば負けは無いか。

「ちいと待ちねい。オレは、ついさっき召喚されたばっかで、この世界の事を何にも知らないんよ。だから、ご同類っぽいアンタから色々聞かせてもらいたいんだけど?」

 オレは言うが、鼠に言葉が届いている気配は無い。

 ……つか、犬猫でも、もう少しコミュニケーションが取れるぞ?

 そう思いつつ、オレは過去に犬猫を飼っていたか、買っている知り合いが居たらしい事を察した。

「そっちがその気なら、俺にも考えがあるぞ?」

 オレは大鼠に言ってやった。無論、その気なら逃げるつもりである。

 当然、大鼠から返事は無い……って、なんか、よだれ垂らしてるぞ?

 ってことは、オレの事を食うつもりか?

 ならば迷う事は無い。三十六計なんとやらである。

 どうやらオレの方が身が軽く、足も速いようだ。

 そんなわけで、オレは踵を返すと、キーアリーハの待つ部屋へと取って返した。

 部屋の扉は閉まっていた。だから、体をぶつけ開けてくれと合図を送る……反応は無い。それどころか、中に人の気配……キーアリーハの気配すら無い。

 ……おい、冗談だろ?

 部屋に逃げ込んじまえば一安心。そう思ってたけど逃げ込めないんじゃ話は変わってくる。

 振り返ると、オレを追ってきたらしい大鼠の姿が見えた。

 奥は行き止まり。こんな狭い場所じゃ、逃げ続けるにも限界はある。

 人の気配がある部屋に行き助けを求めるか?

 そんな考えが頭をよぎるが、こんな大鼠が徘徊しているのだ。それを警戒し、扉を開けてくれないかも知れない。

 逃げに徹するなら狭い屋内に留まるは悪手。ならば外へ逃げるのみ。

 全身の毛を逆立て、オレは大鼠を威嚇する……が、戦う気なんてない。襲う掛かってくるよう誘い、脇をすり抜けるつもりなのだ。

 オレは大鼠の一挙一動に気を配る。わずかな動作から兆候を察し、先手を取って身を躱すためだ。

 だから、オレは一言も発しなかった。大鼠も、ほとんど音を立てず動いている。

 後になって思えば、このとき大鼠が音を立てなかったのは、騒ぎに気が付き人間が出てくるのを恐れてたんだ。

 つまり、オレは目一杯、大騒ぎして注目を集めりゃ良かったんだよな……

 ま、後悔先に立たずってヤツだ。

 大鼠が飛び掛かってくる気配を察し、オレは身を躱しつつ脇をすり抜ける。そして一目散に外へ飛び出した。

 外は暗いが猫の視覚なら周囲は見える。色彩に乏しいだけで、周りはハッキリ見えるんだ。

 目の前には幾つもの建物。

 オレが出てきたのと同じ宿舎らしき建物と、風によって届く匂いから察し、食堂らしき建物。

 そして、その間を、何かを探し回るように歩くキーアリーハの姿。

 体格差……体の大きさは、即強さに直結する。獣であっても、それは察することができるだろう。あの大鼠だって、自分の数倍もの体格を誇るキーアリーハに喧嘩なんて売らないはずだ。

 オレは、即座にそう判断し、キーアリーハに向かって突っ走ってゆく。

「シャドウっ!」

 肩に駆け上がったオレに、キーアリーハは嬉しそうに言った。

 ……って事は、オレの事を探してたワケですかい。

「なんだよあの建物。オバケ鼠がいるじゃねーかよっ!」

 キーアリーハの肩に乗って、オレは大鼠に向かい毛を逆立てながら言う。

「オバケ鼠?」

 そう呟くと、キーアリーハはオレの視線を追った。

「アレだよ。ご同類っぽいから話ができねーかと思ったけど、全然、言葉が通じねぇ!」

 さすがにキーアリーハにまでは、あの大鼠も喧嘩は売らないだろう。オレは、そうタカをくくっていた。

 大鼠を見たキーアリーハは、呆然としたように呟く。

「アレって……ラッペトス。駆除されたはずなのに……」

「ラッペトスって何ですか?」

 オレは思わず問うてしまう。

「魔力を取り込んで怪物化した鼠。病魔を振りまく事もあるって……」

 ほう、鼠がペストを振りまいたって逸話と似たようなモンですかい。

 オレが、あの鼠を同類と誤解したのは、結構な魔力を体に溜め込んでいたからか。オレ自身の体も、魔力から作られてるそうだしさ。

 オレはキーアリーハの肩の上で、そんな事を考える。

 もう安心だ……そう思い込んでいたため、キーアリーハが体を緊張させている事に全く気付かなかったのだ。

「アイツ……全然、逃げねぇな?」

「たぶん、シャドウを狙ってるんだと思う……シャドウって魔力の塊で、あの手の魔物には御馳走だもん。あの宿舎でも、何匹か使い魔がやられてる」

 ……敵だらけじゃん。オレって、思い描いていたような気楽な飼い猫ライフを送れないんじゃないか?

「おい、未来の大魔導士。魔法かましてババンとやっちまえよ!」

「ババンって……そういう魔法は苦手なのよね。でも、追っ払うぐらいはやらないと……集え雷の子らよ!」

 キーアリーハの声と同時に、かざされた右手が紫電を帯びる。

「汝らは炎にして槍なり。我が意に従い、敵を貫き焼き払え!」

 中二病的な呪文ですな。けど、当たれば洒落にならない威力がありそうだ。

 紫電が発する光とバチバチとした音に、オレは完全に安心しきっていた。キーアリーハって、意外と優秀な魔法使いなんだってさ。

 だから、放たれた雷が、四方に散らばって大鼠に届かないなんて思いもしなかったのだ。

「おい、あれじゃ槍じゃなくて網じゃねぇかっ!」

 別に当たらなくても、大鼠が退散してくれたら構わなかったんだが……一向に逃げる気配はない。つうか、魔法が空振りした事で、キーアリーハは怖くないって確信しちまったっぽいぞ?

 なんか、キーアリーハまで敵と認識しちまったようだ。

 ……って、マズイじゃん。

 オレ一人だけなら何とでも逃げられたけど、キーアリーハまで巻き込んじまったいっ!

 付け加えるならキーアリーハって、結構なポンコツ魔法使いっぽい。

 これじゃ守って貰うより、オレが守らなきゃ駄目な状況だ……でもさ、オレって可愛い子猫なんだよな?

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