18・磁力の魔術師
キーアリーハの腕に抱かれつつ、その気配を探る。
とりあえず、ガウスさんを敵とは認識していないようだ。
「公国付の魔術師でガウスさんだとさ……その様子から察して知り合いだな?」
「そこまで知っていながら、なんで連れてきたの?」
恨めしげにキーアリーハは言ってくれる。
……が、ちょっと待て。
オレは公国付の魔術師を案内しちゃダメなんて聞かされてないぞ?
「いや、オレって、その辺の知識が皆無なんよ。そもそも、ここに連れてきちゃダメって話は聞いていないし、その理由も知らない」
オレの言葉に、キーアリーハは大きく溜め息を吐く。
「連れてきちゃダメな理由は……アタシあの人苦手だから」
苦手かもしれないが、別に嫌ってないだろ? これに関しては気配でわかる。
「あの人、お前のコトを心配してたぞ? あと、頼めば飯も食わせてくれると思う」
オレの言葉と同時に、キーアリーハの腹が可愛らしい音を立てる。
そして、キーアリーハは意を決したようにゲルの戸を開ける。
「お嬢さま。帰郷されるのでしたら事前に使い魔を放って、その旨を伝えてください」
別にガウスさんって怒ってる気配はないな……
「そんなコトできんの?」
思わずオレは問う。
「できるけど、お父様には合いたくなかったし……」
公国とか言ってたし、知り合いを使えば親父さんに会わず実家で過ごすって事もできるか。
オレはそう思ったが、ガウスさんはキッパリ否定してくれたよ。
「いえ、お嬢さまがお帰りになられれば普通に騒ぎになりますから、隠し通すことは不可能でしょう」
まあ、そりゃそうだわね……
色々諦めたようにキーアリーハは溜め息を吐く。
「とりあえずガウス……アタシお腹空いてるっ!」
今キーアリーハが抱えてる、もっとも切羽詰まった問題はコレだろうね。
「あと、喉も渇いたとかボヤいてたな……水と堅パンでも、ご主人は構わないってよ?」
オレはキーアリーハの腕から抜け出し補足してやる。
だってコレ言っとかないと、ガウスさん今から手の込んだ料理を始めそうな気配があったしさ。
馬車から空の鉄鍋を取り出していたガウスさんは……どこか諦めたかのように、徳利型の水筒とコップ。そして丸いパンの入った包みを取り出しキーアリーハに手渡した。
おい公爵令嬢……いや公姫殿下が正しいのか?
まあ、どっちでもいいが、その食い方は高貴な人間の食いかたじゃないぞ?
「固いし口がカサカサになって喉が渇く……」
そう言いつつ、徳利の水をコップに注ぎ一気飲みする。
「パンを水に浸け、ふやかして食ったら?」
オレの言葉をキーアリーハは躊躇無く実践してくれたよ。
たぶん、今のキーアリーハ……親父さんが見たら頭を抱えるんじゃないかな?
まあ、見られないだろうから問題ないだろう。
「お嬢さま。ファルコンを使っていながら、なぜ街に降りなかったので?」
「そりゃ、気付かれたくなかったからだよ」
襲われたってことは、とりあえず伏せておこう。そう思ったので先手を取って言ってやる。が、キーアリーハに、その気があれば暴露しちまっても良いと思ってる。
「その通り。ヴェルヌの街は、公国とも交流あるから宿を使ったら一発でバレちゃうじゃない」
口裏を合わせてきたキーアリーハを見上げる。
オレは、それで良いのか? と目で問うと、黙って小さく頷いてくれた。
……なんか心配だし、ガウスさんの居ないところで、この件について話し合っておこう。
個人的には暴露しちまえと思ってて……なら俺が最初に暴露すりゃ良かったんじゃねぇかっ!!
「世間知らずなお嬢さまでしたが……王都で揉まれ成長されましたね」
なんか感慨深げに言ってくれてるね……まあ、世間知らずは同感だ。
キーアリーハと話しつつも、ガウスさんは手際よくリンゴを切って皮をむいてキーアリーハに差し出す。切られたリンゴには楊子が刺してあるよ……気の利く男だな。
「けど、食い物も持たず出発ってのは浅はかだったな……」
とりあえず今回の反省点を皮肉混じりに挙げてみる。
「でも、次からはシャドウが気を利かしてくれるよね?」
オレの皮肉を、キーアリーハは上手く切り返してくれるよ……いや、次回からは俺が事前にツッコミ入れるけどさ。
と、突然、オレの尻尾の毛が逆立つ……いや、尻尾の毛だけじゃねぇ。全身の毛が逆立っちまったワケだ。
「シャドウ、その尻尾どうしたの?」
差し出されたリンゴを囓りつつ、キーアリーハが問うてくる。
何か良くないものが近づいてる気配だけど……具体的に何かまでは判別できない。だからオレは何も言えない。
ゲルの外のファルコンは全然気付いてないっぽいし、キーアリーハも同様だ。
「使い魔よ。方向は判るか?」
ガウスさんに問われ、オレは気配の方向に視線を向ける。
次の瞬間、ガウスさんはテーブルに巾着から無数の鉄貨をぶちまけた。その鉄貨が、瞬く間にガウスさんの掌の中に収まる。
そして、ガウスさんの手の中から、爆音と共に鉄貨が無数の散弾としてオレが視線を向けた先へと飛んで行った……ゲルの側壁に大穴空けてね。
えっと、ガウスさんの魔力が直接、鉄貨に働きかけてるような感じは無かったけどナニアレ?
魔力で作られた幾つもの中継ポイントを通過していくように飛んで、ポイントに近づくほど速度を増してく感じ。そして通過直前にポイントは消える……
コレってコイルガンと同じ理屈か?
あの爆音は弾体が音速の壁を破る際に発生する衝撃波だよなぁ?
コイルガンってのは電磁力で鉄の弾体を加速させる銃で、よく誤解されるけど磁化させた弾体を電磁加速させるレールガンとは少し原理が違う。
「ひょっとこして、ガウスさんって磁力を扱うのが得意?」
オレの問いにガウスさんは黙って頷く。
「磁力を扱うしか能の無いキワモノ魔術師……それが私だ」
けどまあ、使い方次第じゃ洒落にならん威力が出せるじゃん。
さっき、オレが感じた気配には見事、直撃させたみたいで……あの良くないものの気配は今しがた消えたよ。
「けど、威力は絶大……オレが感じた嫌な気配、もう消えたよ」
……いや、キーアリーハ。オレを抱き上げるのは良いけど腕の締め付けが、ちぃとばっかキツすぎませんかね?
オレとガウスさんが、以心伝心で行動した事が気に入らないのかも知れんけど、オレたち二人の目的はキーアリーハを守るってことで共通してるワケだし、いーじゃんかよっ!?
磁力を扱うからガウスさん……ええ、安直ですよ。




