10・追っ手
さて、近づいてくる風の長の気配にバリバリに警戒モードに入ったオレだが、冷静に考えると戦いになった場合、オレ達に勝ち目はないのよね……
オレ達一行で唯一、自力で空が飛べるのはファルコンなワケだがファルコンはキーアリーハが作った影法師の使い魔だ。
パッと見だが、風の長が内に秘めた魔力とファルコンに込められた魔力とじゃ少なく見積もっても桁二つは違う……三つ四つ違っても、オレは驚かねぇぞ?
オレのご主人様たるキーアリーハだが、土俵が地面の上で準備万端で迎え撃てるなら一応は勝負ができそうなふいんき……じゃなくって雰囲気。
……って、ここは空中かつ突発的な遭遇戦だし勝ち目はねぇよっ!
そして、恐らくはキーアリーハの一の子分であるだろうオレだが……オレって自分じゃ、どのくらい強いのかわからんのよね。
でも、あの風の長には勝てないってぐらいは判る。だってオレ空、飛べねえし……それに風の長が内に秘めてるらしい魔力の上限もキーアリーハ同様に読めえねぇんだ。
そんなオレでも、ソーノベンが放った小さな精霊程度なら簡単にあしらえるけどさ。
と、そんな状況で戦々恐々としていたオレだが、風の長が発した言葉に面食らったワケだ。
『突風を呼ぶ。より高所へ! 我が眷属を誑かす者が使い魔を放った。疾く去ね!』
……はい?
つまるトコロ、風の長の眷属……つまり子分を誑かす輩が使い魔を放ったから、オマエらはサッサと失せろ言ってるわけで、その手助けに、より高く上昇できるよう風を吹かせてくれるって事ね……ああ、この風の長のネェちゃんと喧嘩にならなくて良かったよ。
で、状況を整理するに、ここで風の長のネェちゃんと、その子分どもを誑かす輩が放った使い魔とが一戦を交えるから邪魔にならない場所に逃げろって事か?
ええ、邪魔なんかする気は無いし、とっとと退散させてもらいますわ。
「ああ言ってくれてるし、オレ達は、とっとと退散するぞっ?!」
オレはキーアリーハに向かって叫ぶが、キーアリーハは難しい顔をして考え込んでる。
「個々は小さく弱いけど圧倒的な数と連携。群体型の使い魔? それに強い力を持つ大きな単体の使い魔……その二つの気配。逃げ切れるかな?」
キーアリーハの言葉を聴くと同時に、オレとキーアリーハが見えない回線で繋がったみたいだ。
オレにも気配が判るよ……小さく個々は弱いけど雲霞のように広範囲に広がったスゲェ数の魔物の気配。それと風の長のネェちゃんとタイマン張れそうな大きく強力な魔物の気配だ。
たぶん、キーアリーハの魔力探知能力を、その使い魔たるオレが見えない回線でもって使わせてもらってるんだろう。
その探知能力でもって、オレは強烈な上昇気流を察知したわけだが、オレと同様にキーアリーハともファルコンも察知したようで……まあ、オレが何も言わなくてもファルコンは風を捉えて急上昇したわけだ。
けど、逃がす気は無いみたいだし、風の長のネェちゃんも使い魔連中と一戦交える気は無いみたいだな。
ふたつの気配は二手に分かれ風の長のネェちゃんを迂回したが、だからと言って風の長のネェちゃんは追いかける素振りすら見せなかったんだ……いや、どっちか片方だけでもボコってくれよ?
「あの風の長のネェちゃんみたいに、オマエも風を起こしたりはできないのかよ?」
一応は問うてみるが、たぶん無理ポ。以前、キーアリーハは精霊と相性悪いって自己申告してたしさ。
「それが出来たら既にやってるわよっ!」
……ハイ、ごもっともで。
とは言え、一気に高度を上げる事で距離も取れたしで逃げ切れそうだな。ファルコンの方が若干速いみたいで少しずつ距離が開いていく。
それが判っていたから、風の長のネェちゃんは使い魔連中と一戦交えたりはしなかったんだと思う。
で、風の長のネェちゃんがオレ達に手を貸してくれたのは、その子分連中を誑かす輩がオレ達を追っかける為に使い魔を放ったって事を知ってたワケで……えっと?
つまり、風の弱小精霊を操る事の出来る精霊魔法の使い手でもある?
オレと同じ疑問をキーアリーハも持ってるみたいだ。
だからだろう。まだ全く気を緩めてはいない。
「気を緩めちゃいないみたいだが……まだ追っかけてくると思ってるのか?」
「当然、追いかけてくると思う……風の長を避けたのは、風の小精霊たちの支配を奪われないようにって事だろうし」
なるほど……怖いセンセに怒鳴りつけられたら、気の弱い悪ガキ程度なら委縮しちまい悪さしなくなるってのと同じだわね。
うん?
いわゆる精霊魔法ってのは、そういうチビッ子精霊にアレコレ吹き込み悪さをさせて行使する魔法なのかね?
詰まるところ、悪ガキ連中を唆して悪さをさせる事に長けた者が得意な魔法って事か?
オレも、まだそこまでキーアリーハの事は知らないんだが、ホントにお嬢様かはさておき育ち自体は良さそうなんだよな……
とりあえず、悪ガキを唆したり悪い噂を流したりってな裏工作に長けてるようには見えないわ。
いや……オレの偏見かも知れないが、悪ガキを唆したりってのは自分の取り巻きを動かすのと似たようなモンだし貴族社会には必須な技能って気もするんだけどさ?
まあ、そんな根性曲がりがオレのご主人ってのも嫌だし、そんな技能に長けて無い方が良いんだけどさ。
「風の長のネェちゃんが足止め程度はしてくれると思ったんだけど……」
「高位の精霊は基本的に人間には非干渉……もし高位精霊から人間に干渉する場合は、人の手を借りてでも歪められた状況を正しい形に戻したい場合ぐらいよ」
「って事は、不肖の子分どもの教育も、風の長のネェちゃんの仕事だろうに……って、それをオレ達にやらせようって魂胆かっ!?」
「そこまで考えてるとも思えないけど……っ、風の小精霊たちが騒ぎ出したっ!」
たぶんキーアリーハの知覚をオレが覗かせてもらってるんだろうけど、小さな風の悪ガキ精霊が、はしゃぎながら大騒ぎしている気配を感じた。
次の瞬間、強烈な爆音が響く。
アレって風の長のネェちゃんが居たあたりだよな?
俺は振り返って、爆音元とおぼしき場所を見るが特に何も見えない……見えないけど、何があったかってのは『視え』た。
あのネェちゃん。自分の周りに空気の塊を作った……自分の周囲の気圧を無茶苦茶なレベルにまで高めた後、その圧力を一気に解放したわけだ。
要はゴム風船が破裂して爆発音が響くのと同じ原理だわね。
その爆音と同時に、風の小精霊たちは一気に静かになる……怖いセンセに怒鳴りつけられた悪ガキ状態なワケだけど、すぐ黙って大人しくなるあたり本物の不良じゃないっぽいな?
そして、風の小精霊たちは、使い魔の気配から離れていく。
『これ以上は手は貸さぬ。後は自力で対処せよ!』
風の長のネェちゃんの声が、俺たちのすぐ近くで聞こえる……が、気配は遙か彼方だ。
……なるほど。音ってのは空気の振動で、風ってのは空気の流れだ。だから風の精霊の本質は空気で、空気そのものを自在に操れるから音を操るのもお手の物ってワケか。
いや、距離を稼がせてもらった上、追っ手連中が同じ方法で加速できないようにしてくれただけでも有り難いよ。
「さんきゅ~! 助かったぜーっ!」
オレは風の長の姉ちゃんに向かって叫ぶ……たぶん声は届いただろ。
「とりあえずはね……でも、安心できないわよ?」
でも、キーアリーハは言ってくれたよ。
とりあえず距離は稼げたけど、追いかけてくる使い魔の最高速度自体は、オレたちが乗ってるファルコンと大差ないのよね。
もう一回、使い魔連中の位置を確認したら高度が上がってたんだ。なのに互いを結ぶ直線距離は変わらない。
詰まるトコロ、高低差を詰める関係でファルコンの方が速く見えてただけってワケさ……
最悪の事態を考えると、もう一回、別の風の小精霊たちを集めて、その風に乗って加速とかもできるカモって事だわね?
「いっそ、急降下で速度を稼ぐか?」
何故だか持ってるオレの知識によれば、戦闘機同士の戦いでは敵機の上方を取った側が有利に立てるらしい。
まあ、重力……降下速度をエンジンの力に上乗せできるから、下方の機体に襲いかかる場合、より速度を稼げるって事だわね。
逆に下方だと、重力に逆らわなきゃ駄目な分、速度が出しにくくなるって事だ。
「それで逃げ切れるなら良いんだけど……」
にゃるほど……つまり、キーアリーハは、それだけで逃げ切れるかは怪しいって考えてるワケか。
まあ、一時的な速さと引き換えに、高度という優位を失うわけだからな……いや、キーアリーハ。さすがはオレのご主人様……賢いじゃん!
「って事は、急降下は追いつかれたときに使う最後の手段?」
「うん。多分そうなる」
……まあ、そんなワケでオレたちの置かれた状況は、あんまヨロシクは無いわけだ。
放置期間一年と四ヶ月……
その間、二度の異動を経験したでござるの巻。




