読切 召喚魔法が暴走しました。
今や自分の中でちょっとした黒歴史になりつつありますが、お楽しみいただけると幸いです
ーーはぁ、はぁ……はぁ、
…………
ーーっ…来な…で!
…うるさい…
ーーくっ…い…どまり⁉︎
…だからうるさいって…
ーーわた…べて…おいし……いよっ⁉︎
…美味しい…?一体何のことだ…
ーおねが…どうか…
…うん?
「どうかっ…応えてっ…召喚!
えっ!こんな反応今まで一度も」
瞬間、目の前が真っ白な光に包まれ、体が落ちていくような感覚。そして
「どぅああっ!?いってぇ…」
気がつくと地面に投げ出されていた。体をぶつけた痛みに頭が覚醒するが、突然の事態に対する理解は追いつかない。
「あ、あなた、は…?一体…」
後ろからかかる声に振り返ると、そこには一人の少女が唖然とした表情で立っていた。冒険者のような服装、栗色の柔らかな髪に、つば広の帽子を深くかぶっている。
「なに?俺は…ぐっ!…。俺は…誰だ?ここは…?」
自分の素性を思い出そうとしたところで、激しい頭痛に襲われる。何故か記憶が戻らない。
「たしか、誰かのうるさい声が聞こえていたような気がするんだが…いや、ひとまず、これはどういう状況だ?」
突然現れたー黒と赤を基調とした服に短い白髪の男は、眼前で唸り声をあげてこちらの様子を伺っている、犬のような魔獣達を見て、少女に尋ねた。ちなみに、後ろは断崖絶壁だ。
「え、えと、その、あのですね、話せば長くなるんですが、とにかくあの凶暴な魔獣たちに食べられそうになってるんです!このままじゃ骨の髄まで食い尽くされて人生終了なんです!どこのどなたかは存じませんが、助けてくださいっっ!!」
我に返った少女は早口で答えると、今にも泣き出しそうな顔で男の服の袖を掴む。というか、涙が溢れ落ちて袖をどんどん濡らしていく。
「ちょっ、おい、わかった!わかったから服を離せ!!」
「ほ、ほんとうに助けてくれるんですかっ?」
「いや、助ける力があるかどうかも分からん。どうにも色んな記憶が飛んでいるようでな。」
「えええぇっ⁉︎やっぱり死ぬしかないんだぁ…ぐすっ!」
「あぁ、もう、仕方ないだろ!何とかしてみるから、泣き止め!そして離れろ!」
一連のやりとりが終わり、少女が男から離れようとしたその時だった。獲物同士の仲間割れと見た魔獣の1匹が、猛然と二人に向かって飛びかかる。速度は十分、タイミングは完璧。普通に考えて防御は間に合わない。しかし
「遅い」
次の瞬間、青白い光が走ったかと思うと、魔獣が体を二つに裂かれて地に落ちていた。周囲が赤く染まり、残る魔獣達は危険を察してか大きく後退する。
「えっ!今のは一体…」
少女が驚きの声を上げるが、無理もない。男はいつのまにか白銀の大剣を手にしていた。特に目を惹くような装飾が施されているわけでも、稀有な形をしているわけでもない。ただ、感覚でわかる。あれはこの世界に存在するような代物ではない。
「うん、剣の使い方くらいは覚えていたようで良かった。名前とかまでは思い出せないがな」
男は自分の記憶を確かめるように剣を撫でる。自分にどれほどの力があるのかは分からない。ただ、身体に染み付いた本能が剣をその手に握らせ、振るわせるのだ。
続いて飛びかかってきた三体の魔獣も難なく斬り伏せていく。
「調子も悪くない。さて、お前らはどうするんだ?」
残る魔獣達は男の方を畏怖と敵意が混ざり合った表情で見ていたが、しばらくするとその中で最も体格が大きく、無数の古傷を負った魔獣ー恐らくはリーダー格なのだろうーが出てきて、唐突に吠えた。
すると、遠くの森の中からも同様の雄叫びがいくつも聞こえてくる。
「あ、あの、これってもしかしなくても結構マズくないですか?」
「ああ、普通に考えたら仲間を呼んでるな」
二人の想像通り、森一帯から無数の何かが駆けてくる音。そして数分後、目の前に広がったのは、優に百は超えるであろう魔獣の大群。
「まだこんなにっ…⁉︎」
もはや地獄絵図です、と言わんばかりに少女が悲痛の声を上げる。だが、そこで地獄は終わらない。
再び古傷の魔獣が吠えたかと思うと、百を超える魔獣達は密集し、体を崩して混ざり合い、みるみるうちに膨れ上がっていく。
そして数秒後、そこにいたのは全長10mはあろう、無数の目と尾を持つ巨大な化け犬だった。
「まさか、これがこの魔獣本来の姿ってこと⁉︎」
「こいつは流石に手強そうだな」
化け犬は全ての赤い瞳をこちらに向けると、先程とは比べ物にならない速さで爪を振り下ろした。
「はぁっ!」
それに呼応して、男は凄まじい速さの剣を叩きつける。二合、三合と二つの力の奔流がぶつかり合い、空間が揺れるような衝撃。そこに長く延びた鋭利な尻尾が何本も加わり、攻撃は烈しさを増していく。
「すごい…あんな奴を相手に、少しも引けを取っていない…」
少女はただ感嘆の声を上げて見守ることしかできない。
更に、最初は均衡していた力の差が目に見えて変化を始めた。男が剣を振るうたびに魔獣の体から血が流れ、傷が増えていくのだ。爪は砕け、尾は切り裂かれ、胸に幾多もの血筋が出来ている。
そして四十合目の衝撃後、近接戦では押し負けると判断したのか、化け犬は大きく跳びのき、そして
「おいおい、あんなのまともに喰らったら重症どころじゃ済まねぇぞ」
口が裂けるほど大きく開いたかと思うと、その中心に大量のエネルギーが集中していく。紅蓮に染まったエネルギーの塊が出来上がると、化け犬はそれを二人のいる方に真っ直ぐ向けた。
「あれはまさか…怨滅弾⁉︎」
「なんだ、知ってるのか?」
「追い詰められた魔獣が放つ、赤黒き怒りの象徴たる怨滅弾は、あらゆる外敵を視界から消滅させてしまえる程の力を持つと言われています!本に書いてただけで実際にどうなるのかは未知数ですけど、とにかく危険な代物であることには違いありません!!」
男は少女の説明を聞いてしばらく逡巡すると、
「そうか、じゃあ逃げるぞ」
「へ?」
突然少女の身体を担いだかと思うと、後ろの崖に向かって走り出した。もちろん、崖以外には何もない。
「ええぇっ⁉︎ちょっ、何してるんですか⁉︎そっちは崖ですよ!まさか飛び降りるつもりじゃ…」
「そのまさかだ」
次の瞬間、少女を担いだ男は勢いよく崖から飛び降りた。飛び降りる為の道具などは当然なく、およそ80m下には固い地面が待ち受けているだけだ。
「ああああああああああああああぁぁ!!駄目、もう駄目!!地面に叩きつけられて死にたくなんてないよおおおおぉぉ!!!」
少女は男に担がれたまま、絶叫の声を上げ続ける。上から何かが爆発したような凄まじい衝撃音と雄叫びが伝わってくるが、正直それどころではない。目と鼻の先に即死の地面が迫っているのだ。
「黙ってろ、舌を噛むぞ。『≪リーヴィア≫』!」
地面にぶつかる手前で男が何かを唱えた。しかし停止することも速度が変わることもなく、二人はそのまま地面に激突した。
「わあああああぁ!!死ん……あれ、死んでない。」
目を瞑って死を予感していた少女は、自分がまだ五体満足であることを不思議に思う。そして、自分が落ちる原因となった男の方を見ると、なにやら足全体を水色の光が覆っていた。
「え、え?今のは…魔法を使ったんですか?」
少女が問いかけると、男はゆっくりと少女を下ろしつつ、崖に向き直る。
「ああ。衝撃緩和の支援魔法を使った。今のも半分賭けだったんだが、上手く作用したようでなによりだ。」
「って…賭けだったんですか⁉︎助かったのは感謝しかないですけど、失敗してたらペッチャンコだったってことですよね、それ⁉︎」
男の予想だにしない答えに、少女はまたしても絶叫する。だが、男の方は崖の上を見上げたまま微動だにしない。
「残念だが、まだ助かった訳じゃないぞ。上を見てみろ」
男に言われて上を見上げると、さっきまで居た崖の部分が跡形もなく抉り取られていた。80mはあったであろう崖の前面が、20mほどにまで低くなっている。
そして、空いた穴から憤慨に染まった顔を覗かせる怪物が1匹。
「あ、あいつ、まだ追ってきてるの⁉︎」
その声に呼応するかのように、魔獣は地面へと勢いよく降りてきた。大きな着地音と共に、男は少女を掴んで後ろに退がる。
そして、目の前に舞い降りた魔獣は体勢を整えると、顔に怒りを滲ませたまま、再び口を大きく開く。先程の大破壊が、2人を今度こそ抹消するべく、繰り返されようとしている。
「(この人はさっきのこいつの攻撃に対処できないから逃げた、ってことでしょ…?だったら、この魔獣が追ってきて怨滅弾をもう一度使えるなんてことは想定外の筈で、もう残された手段は…)」
「ここで…おしまい…」
少女は膝から崩れ落ちる。もはや絶望的な状況のみが残り、為すすべもなくへたり込む。
眼前では、赤黒く染まった殺意の塊が刻一刻と膨らんでいき、全てを呑みこもうとしている。しかし
「ようやく本領が発揮できるな」
いつの間にか、男がさっきの剣を構えて魔獣に向き合っていた。
「なっ、何をしてるんですか…無理ですよ、あんな攻撃を防ぐなんて。あなたもさっき逃げたじゃないですか!」
少女は叫ぶ。それは男への八つ当たりであった。そして同時に、誰かに守ってもらいたいと必死に望む、助けを呼ぶ声を聞いて欲しいという叫びであった。
「じゃあ、お前はここで死を待ってるだけか?」
「死にたくなんてないですよ!でも、私はあなたみたいに強くないし、どうにかできる力だってないし…」
「いいや、力ならあるさ。お前はどんな敵も払える最強の剣を持っている」
「そんなのどこに…!!」
「ここにいるだろ…俺だ」
「え?」
少女は何度目かも分からない絶句をする。
「でも、あなたにあれをどうにかする力なんて…」
「だからっ、俺とお前でどうにかするんだよ!ほら!」
男は少女の手を掴み上げて立たせると、自分の背中に触れさせる。
「俺を信じろ。他のことは何も考えるな。そして力一杯命じろ」
「命じる?」
「お前が俺にどうして欲しいのか、心の底から願ってることを命じるんだ」
少女は戸惑う。今ここでそんなことを言ったところで、何が変わるというのだろうか。目の前には絶望しかないというのに。
「…」
でも、今触れている体は何だか暖かくて、頼もしくて、自分を信じろと言ってくれている。
「命じる…」
どうせこのままでは全てが終わるのだ。それなら、今目の前に立って私を信じてくれている、この人を信じて、全てを託してみよう。
「あなたの全力を以って、こいつを倒しなさいっ!!!」
少女は心の底から願いを口にする。すると、
「了解した、我が主」
男の剣が突如として眩く光り始める。
それは全ての闇を払うかのような、とても優しく、暖かい光だ。
一方、何か危険なものを察したのか、魔獣はすぐに怨滅弾を放った。溜めた時間が長い分、先程の数倍に膨れ上がった漆黒の憎悪が、一瞬で二人を呑み込もうとする。
しかしそれよりも速く、光はどんどん明るさを増していき、そして視界の全てを覆い尽くした所で、一閃。
「レイ・エクセリア」
巨大な光を伴った斬撃が怒りと憎悪の闇を一瞬で消し飛ばし、魔獣の身体に到達する。
剣が魔獣の身体を貫くと同時に、そこから無限の光が溢れ出した。光は闇を隅々まで溶かして、魔獣の身体が崩れるように消えていく。
「ギガギャ#@アグゴァ△*ガアァァ!!」
最後に一際大きな断末魔を上げて、魔獣はその肉体を完全に消滅させる。それほどの力にも関わらず、後には一切の破壊の痕跡は無く、対象の存在のみが綺麗に無くなっていた。
「やった…やった、やりましたよ!あの恐ろしいやつを倒しましたよ!勝利ですよ!!」
少女は後ろから男の背中に飛びついて喜ぶ。その顔にはもう絶望など微塵も残っておらず、希望と歓喜で満ち溢れていた。
「(くっ…なんだ?視界が…眩んで…ち、か、らが…)」
「あんなすごい技が使えるなんて知りませんでしたよ!すごく光っててとってもすごかったです!いや、そもそも私たち全然お互いのこと知らないですし、自己紹介からしておきますか!私の名前は…ってあれ、どうされました?」
「(だめ、だ…お、ち…る…)」
歓喜に震える少女を残して、男は崩れ落ちる。
「えっ、ちょっと!大丈夫ですか⁉︎お兄さん⁉︎お兄さん⁉︎」
互いの名前も知らない二人の出会いがこの世界の運命を変えることになるのは、まだまだ先の話。
小説を書くのは初めてなので、至らぬ点も多いとは思いますが、よろしくお願いします。
評価が良ければ、連載も考えております。