武術の達人はなんでも超人かもしれない
前世では俺はただの高校生だった。
武術には触れたこともなかったし、そもそも運動自体が学校の体育の時間のみだった。
一時期、中二病という厄介な病気を密かに発症していた時は、妄想の中でキビキビ動いていたが、もちろんのことリアルに何らかの肉体的影響を及ぼすわけでもない。
体を動かすということをまともにしてきていなかった。
これらのことから、俺が言いたいことは……、
「ぜぇぜぇ、初心者、相手に、この修行は、早すぎじゃ、ないですか?」
経験も筋力もない今の俺に達人から出された無理難題に耐えられるわけがないということだ。
いや、本当にひどいわ。
なんで初めから、ハウラスさんvs俺なんていう酷い試合始めたのさ。
俺は1発当てれば勝ちっていう大きなハンデマッチでも勝てる訳ないじゃん。
ひょいひょい避けるし、たまに反撃してくるし、こっちはずっと動きっぱなしだし。
よって、俺が地面に盛大にハグをかましているのも無理もないことだと思う。
もう無理、今日は動けない。
ばったりぐったりしている俺の方にハウラスさんは笑いながら歩み寄ってきた。
「ふぉっふぉっふぉ、もう限界かの?よう頑張ったな、その年でここまで動ける者はそう多くない。
ワシに負けてしまったからと言って、しょぼくれることはないぞ。」
「それでも、もう少し、頑張れたと、思うんです。やっぱり、本気で、やらないと。」
「ほう、先程のはまだ本気ではなかったと。…強がりではないようじゃな。ならば、もう一度するかの?」
「待って、もうちょっと、休憩、ください。」
「ふぉっふぉ、いいじゃろう。準備ができたら言うといい。」
ハウラスさんは俺が横たわっているところのすぐ横に座った。
俺も俺で絶え絶えの息をなんとか落ち着けようと、繰り返し深呼吸する。
すぅー、はぁー、すぅー、はぁー
よし、だいぶ落ち着いてきたな。
両腕に力を込め上体を起こした。
いきなり動いたせいか、体のいたるところの筋肉が張っていて動きづらい。
でもこのくらいなら軽く揉んでやればなんとかなる。
「そろそろ、いけそうです。」
「そうかい、若いのは回復がはやくていいのう。ワシも若い頃はそのくらい早かったのじゃがの、今では大立ち回りをするといかんせん腰に来るのじゃよ。」
「無理しないでくださいよ?俺の師匠なんですから。」
「ふぉっふぉ、お主に心配されるほどワシは耄碌しとらんわい。さぁ、どこからでもかかってきなさい。」
俺はまたハウラスさん対峙した。
さっきは、とりあえず習いたての剣術を見せれるだけ見せたのだが、一切通用しないどころか立っている場所を移動させることすらできなかった。
付け焼き刃では無理だと悟った俺はひたすら攻撃することの他に手立てがなかったので体力の続く限り頑張ってみたのだが、全く歯が立たなかった。
さっき言ったように、その時は全力ではなかったのだが、この策はなかなかリスクがあるのだ。
その策とは『フィジカルアップ』を使うことだ。
ただこの魔法使っていてわかったのだが、筋力を魔力で上昇させるというよりは、筋肉のリミッターを外すと言った方が正しい。
人間は意識して働かせられる力は二十パーセントが限度だというのは有名な話だ。
その限界を条件なしで外せるのが『フィジカルアップ』という魔法の根幹だと予測した。
初めて『フィジカルアップ』を使った時、体がダルくなったのは、魔力の消費が原因で間違いなかったが、筋肉と脳の疲労が余計に大きく感じさせていたようで、外で激しく遊んで帰った夜に日課でこの魔法を使った後寝ると、想像以上の筋肉痛が体中に起こって、その日1日まともに動けなかったことがある。
その日を境に、俺はもっと魔法というものの仕組みを調べようと考えていた。
今はまだ研究段階で実証することも出来ていないが、いずれ俺独自で考えたオリジナル魔法とか作ってみたいと考えていたりしているのだが、それは今関係ないので置いておこう。
要するに、この魔法は激しい運動をした日に使うと、次の日の反動がとてつもないのだ。
だから、できれば使いたくなかったのだが、こうなっては仕方がない。
俺の全力をハウラスさんに見せるいい機会だ、初めにハウラスさんもそう言っていたし。
俺も今の自分がどこまでできるのか気になっていたし、この人なら全て受け止めてくれるはずだ。
もう一度深呼吸をし、呪文を唱えた。
「『我が魔力よ、我が肉体をもって、強化せよ』!」
「なにっ?!その年で魔法が使えるのか!!」
おぉ、驚いてる驚いてる。
なんて考えている場合じゃない。
ハウラスさんが驚いて固まっている今がチャンスだ。
相手の懐に飛び込め!!
足に力を込めて勢いよく踏み込んだ。
さっきまでとは段違いの速さでハウラスさんに迫る。
このまま切り込めば届く!
そう思ったのもつかの間、目の前にいたはずのハウラスさんがきえてしまったのだ。
俺は勢いもそのままに、派手にこけてしまった。
二転三転したところでようやく止まり、またもや地に伏せることになった。
「ふぉっふぉ、リュートや、大丈夫かの?」
「まぁなんとか。いたたた………。」
「痛いのは当たり前じゃて。その年で魔力が使えることに驚いたが、それよりも『フィジカルアップ』を使ったことに驚いたわい。」
ん?
『フィジカルアップ』って初めに習う魔法の1つだろ?
なんで驚くことがあるのか。
「なんでですか?『魔法使いになるために:初心者用』に載ってたので、一般的な初級魔法じゃないんですか?」
そう質問したらため息をつかれてしまった。
「はぁ…、じゃあ質問じゃが、あの本は誰が読むと思う?」
「それは魔法が使えるようになりたいって思う人、ですよね。」
「そう。そしてそういう者達はみな、冒険者かゴロツキ連中じゃろ?そやつらは今のお主と違って、みな体が鍛えられているはずじゃ。有属性魔法を使う者達は別じゃが、そうではない無属性魔法の、それも『フィジカルアップ』なんぞ、まだ体がしっかりしとらんお主が使えば、いづれ体がダメになってしまうぞ?」
わぁお、すっごい詳しいんですねぇ。
………つまりどういうことだ。
「………ハウラスさんって魔法にも造形が深かったりします?」
「ん?そうじゃのう、一通りの魔法なら使えるが。」
「是非そちらの方も教えていただきたく存じます!」
「うーむ、まぁついでじゃし教えてやらんこともない。だがしかし、ワシのおらん所で魔法を使うことは禁止とする。お主は見ていないところでなにかしでかしそうじゃからな!」
「わかりました。よろしくお願いします、師匠。」
まさか、武術の師匠が魔法の師匠にもなるとは。
ハウラスさん完璧超人すぎないですか?
絶対に昔はどこかの王国の騎士団長とか、あの本を書いたアスティア某と面識があるとか、そういう過去持ってそう。
兎にも角にも、これは俺の最終目標達成の道を1歩どころか2、3歩進んだんじゃなかろうか。
いつか絶対にハウラスさんには恩を返さなければならないと、心に誓うのだった。