休日でも忙しいのは変わらない 2
訂正報告:この作品中に使われている貨幣の価値などを、勝手ながら変更させていただきました。活動報告にて変更点をまとめてありますのでそちらをご確認いただけると幸いです。
俺はロキオス氏のもとを離れた後、そのままの足取りで次の目的地へと向かう。
次は服屋に行く、かねてから上着というか外套が欲しいと思っていたのでそれを調達するためだ。
行くとは考えたものの、そういったお店は結構ある。
俺の知るかぎりでは四軒ほど、行動範囲を広げればもっと見つけられるだろう。
まぁそのつもりはないし今日は他にやりたいことがたくさんあるから、何軒も回れるほどの時間的余裕はない。
なのでとりあえず一軒だけ見に行く、もしそこでいいのがあれば他のところを回らなくてすむのだが。
俺の暮していたコノ村は一年を通して温度変化がほとんどなく涼しい時の春と暖かい時の秋の間くらいを行ったり来たりする。
そのおかげで服装に気を使うことがなく、一年中同じ服だったし重ね着もほとんどしなかった。
今まではそれで困らなかったがこれからはそうもいかない、このあたりの気候がどうなっているかはわからないし依頼で遠出するようにもなるだろうし。
今のセントリアスはまだ暖かいがこの先冬が来るかもしれない、行先が極寒の地である可能性もなくはないだろう、先に準備しておいて損はないはずだ。
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と言うわけで着いたのが、『メルフィス洋服店』だ。
外観はロキオス氏の工房に比べればかなり新しい石造の店舗で、店頭の看板はどことなくおしゃれな感じがする、よくわからないが。
ただちょっと気になったのが、公用語のノクス語以外の言葉も書かれていたことだ。
今までに見たことのない字だったので少し気になった、いくつかある服屋のうちここを選んだのはそれが理由だったりする。
小さなベルの付いたドアを押して中に入る、前世の某洋服量販店のような所狭しと服が置いてあるわけではなく、一つ一つが見やすいように飾られているので数自体は少ない。
値段を見てみると、安いもので1ブロズから高いものでは5シルバもするものがある。
そして不思議なことに高い服からは微量の魔力を感じる。
素材の差なのか、それとも魔法で作ってるとか?興味は尽きない。
……あぶない、目的を忘れかけてた。
俺は服を買いに来たんだった、どうやって作ってるのかじゃなくて、服の性能とかデザインを見よう。
俺が欲しいのは、シンプルなデザイン・黒とか紺とか目立たない色・防寒性が高い、この三点がそろっているものだ。
値段は安ければ嬉しいが、とんでもなく高くなければ買うつもりだ。
まぁ今回見つからなくてもまだ猶予はあるし、慌てずにゆっくり探すか。
俺はのんびりと店内を回りながら目的に合ったものを探した。
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「うーん…、ここにはないか。」
しばらく探してみたものの、俺が出した条件にピッタリ合うものはなかった。
3つのうち2つなら条件を満たしているものがあったから、妥協すればないことは無いのだが。
他の店に行かずにここで買って、後でもっといいのを見つけて後悔するのは嫌だ。
別にいいんだけど、できれば一回で済ませたかったなぁ…。
「なにか、お探しですか?」
「ん?」
買うか買わないか少し迷っていたら、背後からとてもいい男性の声が聞こえた。
振り返ってその姿を確認する。
ぱっと目に入ってきたのは黒と白の執事が着ていそうな服だった、燕尾服っていうんだっけ?
その人はかなり身長が高かった、2メートル以上ありそうだ。
今の俺の身長は170センチ前後、振り返って目の前にあったのがその人の胸のあたりだったからそのくらいだろう。
視線を少しづつ上に向けて顔を拝見する。
かなり頬がこけていてまるでナンのような顔つきで、髪がモヒカンみたいになっている。
ただ目はぱっちりとしていて、何とも言えないバランスの悪さだ。
例えるなら、そう、馬みたいな顔な人だった。
「…?どうかなさいましたか?ヒヒン。」
「…いえ……。」
……訂正、馬みたいじゃなくて馬だ。
正真正銘、本物の馬の顔もとい頭だ。
体は人間、頭は馬、そして語尾がヒヒン。
「あー……、えっと、この店の店員ってことでいい?」
「ヒヒン。ここの店長をしております、メルフィスと申します。ヒヒン。」
馬店長、返事がヒヒンだった。
後の物言いからすると『はい』って言ってるんだよな?
語尾もヒヒンだからややこしい。
「……えっと、いきなりで悪いんだが、あんた魔人族か獣人族かどっちだ?」
「私ですか?私は魔人族ですよ。獣人族はあくまでも人の部位が獣になっていたり、獣の部位が付け加えられているものを指し、魔人族は人の機関あるいは全体そのものが人ではないものでありながら、人と同様に生活するもののことを言います。魔物と魔人族の差はそこです、覚えておくといいですよ。ヒヒン。」
「解説まで、ありがとう。覚えておくよ。」
「ヒヒン。」
やっぱり返事はヒヒンなんだ、『気にするな』みたいなニュアンスだろうか。
と言うか語尾にヒヒンが付くときと付かないときがあって、いきなりヒヒンって言われると脳で処理するのに時間がかかる、つけるかつけないかはっきりしてほしい。
初対面で年上の人にそんなことを言う勇気、俺にはないのだが。
「それで、何かお探しのものがございますでしょうか。幾分お時間がかかっているご様子でしたので。」
「ああ、俺の欲しい服の条件に合ったものを探していたんだがどうやらないらしくてな。」
「一応、その条件と言うものを聞かせてもらってよろしいでしょうか。」
「わかった。まずは---」
馬店長メルフィスさんに俺の希望する服の条件を話した。
すると、少し考えるようにして顎を撫で天を仰いだ、顔は馬である。
違和感しかない、とんでもなく不思議な光景を見せられてるのではなかろうか。
少ししてメルフィスさんはカウンター越しに店の奥に声をかけた。
「おーい、メイリーン!ちょっと来てくれないか!」
「はーい、今行きますねー。」
他の従業員を呼んだのだろうか、カウンター奥の扉から一人でてきた。
これまたとてもきれいな声の女性店員で、少し高そうなレストランの給仕っぽい服だった。
この人もまた背が高い、メルフィスさんほどではないにしろ俺よりは確実に高い。
スタイルも女性らしさがあり佇まいもよく、町中を歩けば振り向かれること間違いなしだ。
二つの意味で。
「お客様がいらしていたのですね、いらっしゃいま。…?どうかなさいましたか?ココッ。」
「…別に……。」
この方、顔が鳥である。
詳しく言えば、前世で言う鶴にそっくりだ。
…魔人族って顔が人じゃない種族だったっけ?
「?……えっと、店長。私に何か御用でしたか?」
「実はこのお客様のお探しになっているものについてなのだが、ヒヒン、ヒヒーン!」
「!?」
ちょ、急にどうしたんだ馬店長。野生に戻る時が来たのか?
いきなりそんな人語以外でしゃべったら鳥従業員メイリーンさんも驚く
「コココッ、クエェェ!」
「!!?」
お前もかよ!!
「ヒヒン、ブルルゥ。ヒヒーン!」
「コッココ、クエェクエェ。」
「ブルルゥ……。」
え、会話成り立ってるの?
何を話しているかは全く分からないが、身振り手振りから見るに意思の疎通ができているのは確かだ。
同じタイプの動物ならまだしも、そうでないのならどうして……。
「…コッコ、クエェ?コッココッコ。」
「ヒヒーン!ブルブルルゥ。うん……、と言う事でどうでしょう?」
「……へ?」
どうせわからない会話だと思ってぼーっとしていたらいきなり話が振られていた。
しかも、二人の間ではすでに話はまとまっている様だ。
「どうって言われても…、ほとんど何を言っていたかわかんなかったんだけどなぁ……。」
「?……っは、申し訳ございません!気づかぬうちに獣魔語で話していたみたいですね。」
「獣魔語?」
「ヒヒン。我々のように動物の一部を身体の特色として持つ魔人族は、その者同士にしか伝わらない特殊な会話・語法と言うものが自然と身に付くのです。きっとお客様には馬の嘶きと鳥の囀りのようにしか聞こえなかったとは思いますが、しっかり会話はできていたのですよ。」
「な、なるほど。」
うーん、知っていて損はしないが得もしない情報だったな……。
知ったところで俺は使えないしな、まぁ頭の片隅くらいには留めておこう。
「それで、何の話をしていたんだ?」
「先ほどお聞きした条件に合う商品が在庫にないか確認していたのですが…。」
「その三つの条件をすべて満たすものは現在当店にはありません、ご期待に沿えず申し訳ありません。」
「そうか……。」
「そこで一つ提案があるのですが、当店でご希望の商品をオーダーメイドさせてはいただけないでしょうか。」
オーダーメイド、つまりは特注と言うわけか。
その発想はなかったな、ただそういうものって高いイメージがあるからなぁ…。
「…もし作るとなったらいくらかかりそうか、今できる大体の算出でいいから教えてくれないか?」
「そうですね……、メイリーン。」
「最低でも5シル、場合によっては3シルバ程かかるかと。」
なるほど……。
「……それじゃあ、頼もうかな。」
「!よろしいのですか?そのようにほとんど迷うことなく決断されても。」
「うん、なんとなくだけど、ここならいいものを作ってくれると思ったからな。それに予算的にも問題はなさそうだし、できるなら早めに済ませたいっていう考えもあるし。」
「……わかりました。私どものできる限りを尽くさせていただきます。」
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その後、注文する服のデザインなどで少し打ち合わせをしてから店を出た。
……さっき言ったことは本心ではあるが、正直なところあのシュールな空間にいられなかった。
いちいち面白すぎるんだよなぁ。
そういえば、店頭の看板に書いてあったよくわからん文字は獣魔語だったんだろうか。
まぁ使えないから知っても知らなくてもいいか。
何とも言えない、モヤモヤした気持ちを抱えつつも次の目的地へ向かうのだった。




