休日でも忙しいのは変わらない 1
二章、始まります!
朝、日の光を身に受けて目を覚ました俺は、身支度を整えすぐさま出かけた。
朝食はもう慣れてしまったあのゲテモノハンバーガーもといサンドイッチである。
ほかのいい店も何件か知っているのだが今でもあの店に通っている。
中身がどうであれ美味いことに変わりはない、それと最近は俺以外にも買っている人がいるらしい。
さっき店長が喜々として俺に語ってきたから間違いない、物好きが俺以外にもいたんだな。
それはさておき、今日は休日だと昨日決めたので町で目星のつけた場所に行こうと思っている。
やりたいこともやっておきたいこともたくさんある、休日とは名ばかりに今日も忙しくなりそうだ。
まず俺が向かったのは鍛冶師ロキオスのもとだ。
鍛冶師ロキオスはこの町のギルドと契約してランクを示すピンの製作をしている鍛冶師で、前々から会ってその技術を見たいと思っていた。
居所は知っていたのだが行く時間が取れてなかったから先送りになっていたので、いい機会だと思い行くことにした。
事前情報、まぁいつも通りナナリーから聞いたのだが、それによるとかの御人は数年前まで王宮で働いていた腕利きの鍛冶師だったそうだ。
自分の弟子を残して隠居するつもりだったのだが、当時の冒険者ギルドの本部長とは浅からぬ中であり、その人の頼みで今の仕事をしているらしい。
噂によると勘が鈍らないように時々武器や鎧を打ち、そのどれもがかなりの出来であるため腕は健在であると周知されているそうだが、売買されることはなく全て誰の目にも触れられていないので真偽は不明とのこと。
ギルドにピンを納品するという仕事は受けるそうだがそれ以外は基本門前払いだそうだ、俺は今の木の剣で当分はやるつもりだし頼むつもりもないが。
そうこうしているうちにロキオス氏の住む家兼工房に到着した。
詳しくは石造りの工房とこのあたりでは珍しい木造の家屋がくっついているみたいだ。
外装は、……まぁ、何とも言えない感じだな。
良く言えば趣のある家、悪く言えばボロボロの家、といったところだろうか。
鍛冶一徹って感じが伝わってくる家と言えばいいんだろうな、きっと。
「すみませーん。」
さっそくノックをして声をかける。
……あれ?反応が返ってこない。
少し待ってみたが誰かが出てくる様子はない。
「すみませーん、誰かいないのかー?」
強めのノックをしても反応なし。
まさか誰もいないのか?
耳を澄ましてみると微かではあるが金属音がする、鍛造している最中で聞こえないだけか?
ドアは……開いているみたいだな。
勝手に入ってもいいのかな…?
「お邪魔しまーす……。」
少し開けてみると中から聞こえる音が大きくなった、やはり人がいるのは確かなようだ。
ゆっくり中を覗いてみるが、こっちは誰もいないみたいだ。
ロキオス氏は一人暮らしと聞いていたので、金属音が聞こえる方向的にも工房のほうにいることは間違いなさそうだ。
ロキオス氏はどんな人なんだろうという好奇心半分と、勝手に家は言って怒られないだろうかという不安半分に、ゆっくりと工房に続いているであろう扉を開いた。
扉を開いた先で俺を迎えたのは、先ほどとは比べ物にならないほどの金属が発する轟音と、思わず顔を腕で覆ってしまうほどのむせかえるような熱気だった。
不意打ちに苦しみながらも腕をどけ視界を開けると、そこにいたのは聞き及んだ体躯の男性が一人。
後ろからでもわかるほどフサフサツンツンの髭と、その種族に合わせて作られた特殊なオーバーオールを着た、小人族ドワーフ類の男性、彼こそ鍛冶師ロキオスだ。
右手に握られた金槌をテンポよく振り下ろす後ろ姿からは異様な気迫が感じられた。
ロキオス氏は俺が背後にいることに一切気づかないほど意識を集中させ、一振り一振りに自らのすべてをぶつけるかのように繊細かつ大胆に、力強くそれでいて丁寧に打ち続ける。
鍛冶のことは俺にはわからないが、まさしく匠と呼ぶべき存在であることはわかった。
ただの鍛造するだけの動作のはずなのに、細部まで洗練されていてる一連の動きについ見入ってしまい、しばらくの間ロキオス氏の作業を眺めていた。
耳に痛いはずの甲高い金属音が不思議と心地よく感じられ、何時までも聞いていられそうだった。
しばらく見ていると鍛造された剣のような形をしたものを、そばに置いてある水の入ったドラム缶に突っ込んだ。
赤々と熱を発するそれは予想通り、ジュゥゥゥ、という音を鳴らし水蒸気を沸き立たせた。
白く靄のかかるドラム缶の上に手をかざしたロキオス氏は、はっきりとは聞こえなかったが何かをつぶやいた。
すると氏の手元に魔法陣が浮かび上がり、直後ドラム缶の中が一瞬だけ眩く輝いた。
「ふぅ……。」
氏が一息、たった一度息を吐いただけなのにその場の空気が先ほどとガラッと変わったのがわかった。
極限まで高められた集中の糸を緩めるかのように、張り詰めた空気が霧散していく。
気づかぬうちに俺もその空気に充てられていたのか、何もしていないのに手に汗がにじみ激しく運動した後のように心拍が上がっている。
ロキオス氏がゆっくりとドラム缶から金属を引き抜くと、そこにあったのは入れる前に見た剣のようなものではなく立派な一振りの剣になっていた。
先ほどの魔法が関係しているのだろうか、それともあのドラム缶の中に何か秘密があるのかはわからないが、その剣の出来は今まで見てきたどの刃物よりも優れているだろう。
あっという間の出来事に唖然としていると、ロキオス氏がようやく俺の存在に気づいたようだ。
「む、お主何者だ。客人か、それとも仇なすものか。」
「あ、俺はリュート、別に怪しいものじゃないぞ。」
「その言動がすでに怪しいのだがな……、まぁいい。知っているとは思うが、ワシが鍛冶師ロキオスだ。」
そう言って手を差し出された、ドワーフ特有の大きく太い指に鍛冶によるものであろうマメが、まるでブロックのような見た目にしている。
俺はそれに応え、握手を交わすとロキオス氏は驚くべきことを口にした。
「ふむ、転生者か。珍しい来客だ、丁重にもてなそう。」
「なッ?!」
「む?その反応は、もしや隠しておったのか?すまぬな、滅多に人のことを盗み見ることはせぬのだがあまりにも怪しかったのでついな。安心せい、誰にも言わぬと誓おう。」
俺が驚愕している合間にどんどんと話が進んでいってしまった、俺にとってはそれどころじゃない。
両親と師匠以外には話していない事実であり、初対面の人に一発で見抜かれるようなことではないはずなのに。
理解できない事態に頭が混乱している、落ち着け俺。
「……なぜ、そんなことがわかる、のですか?」
おっぉぉい、全然落ち着けてないぞ俺。
とっさに何を口に出してんだよ!
「敬語か、それも転生者特有のもの、だいぶ混乱しておるようじゃな。」
それもばれてるし!
「まぁいい、ワシが説明している間に気を取り直すがいい。わかった理由を簡単に説明すれば、ワシ自身の特性が原因じゃ。お主はワシの作業は見ておったか?」
「あぁ、途中からなら。」
「うむ、であれば最後にワシは魔法使ったように見えたじゃろうが、あれは魔法ではない。どちらかと言えば、蛇人族の魔眼や鳥人族の翼と同じ種族特有のスキルじゃ。ドワーフのそれは『鍛錬』と言う鍛冶に特化したものでな、使用した者の想像したものにできるだけ近づけることができるという代物じゃ。ただそれをするには素材との相性が良い時にしか使えぬのじゃが、ワシは別にもう一つスキルを持っておってな。『把握』といって、触れたものの過去をある程度知ることができるというスキルじゃ。これによって各素材にあった打ち方がわかるのじゃが、使う対象は何も決まってはおらん。それを使ってお主の過去、つまり転生者であると言う事を知れたというわけじゃ。」
全然簡単な説明ではなかったが、要するに触れたもののことを知ることができるというわけか。
種族特有のスキル、俺はあまり知らないが確か宿の女将のセリさんが魔眼持ちだったな。
人族は生まれ持ったスキルを持たない種族だから詳しく調べることもなかった。
「とりあえず、俺が転生者なのがわかった理由は理解した。本当に、誰にも言わないって約束してくれるか?」
「男に二言はない。こんなスキルをもってしまうと嫌でも知ってしまうことがいろいろとある。そういう事柄の話は出来るだけせぬようにしとるでな。」
「ありがとう、助かるよ。」
「うむ。それでワシに何か用があったのじゃろう?」
「そうだった!このピンの事なんだけどさ、———」
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いろいろと驚くことはあったが、当初の目的であるピンの製造方法について聞くことができた。
といっても、それより前にロキオス氏が言ってたことでほとんど解決してしまっていたのだが、実際に目の前で作ってもらえた。
ドワーフのスキル『鍛錬』で、水中でグニャグニャと変形する金属を見ているのはすごく面白かった。
他にも置いてある武器を見せてもらったり、王宮で働いていたときの話を聞いたりと有意義な時間を過ごせた。
師匠の時もそうだったけど俺は老人との会話が弾む気がする、あんまり緊張しないからだろうか。
俺が見た目に反して中身が年を取っているからかもしれない、決して俺が年よりなわけではないが。
「いろいろと話聞かせてくれてありがとな、また来てもいいか?」
「いつでも来るといい、ワシも楽しかったからのう。……そうじゃな、隠居しておる身じゃから一から作るという事は出来ぬが装備の修理程度ならばしてやろう、どうせ暇じゃしな。困ったらワシのもとに来るがいい。」
「本当か!ありがとう!!」
まさかここまで仲良くなれるとは思わなかったが、いろいろ得した気分だ。
ずいぶん話し込んだ気もするがまだまだ日は昇り始めたばかりだった。
今日中にやれることはやりたい、俺はロキオス氏に簡単な挨拶をしてまた町中を歩いて行った。
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「興味深い少年じゃったな。まさかワシの力をもってしてもほとんど見ることができぬとは、女神メルクリウスは何を見つけてきたというのだ。」
ワシはリュートから得た情報を再度確認する。
「 名:リュート(前名:伊上達人) 種族:人族 年齢:不明
詳細:異世界からの転生者。女神メルクリウスにより、前世の記憶と魂を引き継ぐ。 」
ワシも衰えたのかもしれんな、百年前であれば何か掴めたかもしれぬがこれでは女神メルクリウスの得た情報と大して変わらぬではないか。
……まぁいい、悪しきものであるならばともかく今はまだ堕ちてはおらぬ。
接触できるワシが警戒すれば何ということはない。
だが油断は出来ぬな、万が一があればその時は……。
ワシはまた金槌を振るう、何事にも備えられるように。
主人公と同性のキャラ全員年寄りと言う事実。
だ、大丈夫。二章で同年代の男の子出すつもりだから、うん。




