勢いに任せてやっちゃうことってあるよね
今回はちょっと長めです。サブタイトルは話の内容と作者の執筆のダブルミーニングだったり。
午後も午前中とほぼ同様に依頼を複数同時に受ける、ついさっきのイデアとの会話をないがしろにするわけじゃないがこっちにも事情がある。
それに、依頼掲示板で群がっていた人たちのほとんどが五等又は四等の下位冒険者用の依頼だった。
特に五等への集まりが多くそれをとれなかった人はしぶしぶ四等を受けるか、何も受けず帰る人さえいた。
人だかりが解消されてから見に行くと、他の等級の依頼はたくさんあるが五等のは一枚も残っていなかった。
イデアの言うようなみんなが依頼を受けられないといういい方には語弊があるし、お前たち俺より歴長いんだから頑張れよとは思うがこれにも明確に理由がある。
依頼には最低依頼報酬量が決まっているらしい、具体的に言えば3ブロズ。
これは等級が上がるごとに大きくなるのだが、いかんせんそのあたりの制度がガバガバでほとんど誤差の範囲でしかない。
流石に位階が上がるとそういうことはなくなるのだが、下位の依頼だと難易度の設定が細かくなりすぎて非常に面倒なことになるのだと思う。
なので依頼の難度が上がっても報酬が同じ額ならできるだけ簡単な方がいいと考えるのは普通だろう。
まぁ例えそうだとしても受けずに帰るのはどうかと思ったが、人には得手不得手があるし自己判断で行動すべきだとも思う。
というわけで、今回受ける依頼は全て四等の依頼、現在の俺の階級依頼だ。
元々これらの依頼を受けるつもりだったんだけどな。
達成しきれば今日だけで二つ等級が上がって三等下位冒険者になるわけだ、順調順調。
等級が一つや二つ上がっても俺の個人的な受け止め方としては、大して難易度が上がっているわけでもないのでサクサク進められる。
この調子で進めば、あと10日くらいで中級になれるかな?
ちょっとした期待を胸にギルドを出発した。
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……気配を感じる。
ギルドを出て依頼をこなしている間に何か後ろからついてきているような感じがするんだが。
振り返っても人が多くて誰からの気配なのかわからないし、走って撒こうとしてもしっかり追ってくるし。
そこそこの速さを出してもずっと追いかけてきているんだから、同業かそれの専門職か?
でも専門職なら気配は殺してくるか、よほどのやり手じゃなかったら気づくだろうけど。
師匠からいろんなことを教わったからな、大抵のことはできる。
そんなことよりも、俺が追いかけられるそもそもの理由は?悪事を働いた覚えはないんだが…。
可能性があるとしたらおっさんズかもしれないが、あいつらならもう顔も気配も覚えたからすぐにわかる。
だとすると本当にわからないぞ、でもこっちに何かをしてくるわけではなさそうだしなぁ。
……とりあえず依頼を終わらせるとするか。
ひしひしと伝わってくる気配を感じつつではあるが難なく依頼は終わらせることができた、あとはギルドに達成報告をするだけだ。
結局一定の距離を保って移動しているのか、気配が強くなることも弱くなることもなく、こちらに危害を加えることはなかった。
本当に何がしたいのだろうこの気配の持ち主は、まだ追ってきているみたいだし。
一回本気で撒きにかかってみるか。
「『身体能力補助』をかけて…。」
普通に歩いているように見せかけつつ、周りの人の安全を確認して一気に加速!
ひたすらまっすぐ突き進む、が一度は離れていった気配も少ししたらまた一定の距離まで詰めてきた。
なかなかやるな、……確かこのあたりに路地があったよな。
よし、鎌をかけてやるか。
急ブレーキをかけて、路地の方へ直角に曲がって入り相手の死角に。
路地に入った瞬間、俺は跳んで建物の上へ乗って気配を消す。
これなら気づかないだろう、証拠にどんどん気配が近づいてきている。
ふっふっふ、どんなやつが追っかけてきてたのか、その顔拝見させてもらおうじゃないか。
上からのぞいていると、一人路地に入ってきた。
それは俺の知る人物だった。
ピョコピョコ動く獣耳にフリフリ尻尾の白髪黄眼美少女、ついさっきまで俺と話していたイデアだった。
会話の引き際がやけにあっさりしているとは思っていたのだが、自分の目で確かめようとでもしていたのだろうか。
キョロキョロと辺りを見回して俺を探している模様、だが気配は消しているので見つからない。
少し待って出て行ってやろうか、と考えていたその時。
「おい嬢ちゃん、さっきぶりだな。」
おっさんズが路地に新たに入ってきたのだ。
どうやらイデアのことを探していたようだ。
「?…あ、さっきのおじさんたち。どうしたの?私に何か用?」
「あぁ、お前のおかげで俺たちゃ金も資格も失ってなぁ、ランクもクラスも取り下げられちまった。どうしてくれんだコラァ!」
「それはおじさんたちが悪いことしたからそうなったんでしょ?私は悪くないもん、今忙しいからそこどいてよ。」
おっさんズを押しのけながら路地を抜けようとするイデアだったが、俺にも話しかけてきていたリーダーっぽい奴に腕をつかまれた。
「むっ、離して!」
「ハッ、掴まれた時点で終わってんだよ!『マインドカット』!」
おっさんリーダーが無詠唱で魔法を使った、上から見たからわかったが掴んでいた手ではないほうの手が一瞬光っていた。
何らかの媒体でも使って無詠唱を使ったってことだ、そうまでして捕まえたかったのか。
『マインドカット』、中級闇魔法の一つで触れている相手の意識を奪う魔法だが、相手の魔力に対する抵抗力が高いと掛からない。
それと本来の詠唱がかなり長いせいで相手に触れた状態で使うにはそれこそ無詠唱でもない限り不可能に近い。
完全に誤算だった。
そもそも普通に戦っていればイデアがあのおっさんズに後れを取ることはないはずだ。
しかし場所が悪かった、決して狭いわけではないがここは路地、イデアの本武器であろう大剣はここじゃまともに使えない。
その上戦うつもりもなかったはずだし、そこに不意打ちを食らった。
イデアの場合、あの溢れ出る膨大な魔力であんな木っ端魔法はじくこともできたはずだ。
なのにできなかった、ということは何らかの理由で魔力があふれたままの状態であるということ、そしてコントロールできていないということ。
実戦向きではないといっても、やはり中級魔法である『マインドカット』を受けたとなると、少なくとも一時間は意識を失ったままだろう。
俺の失態だ、あいつらが出てきた時点で嫌な感じはしていたはずだった。
なのに動くことができなかった、この時の俺は昼間の騒ぎがフラッシュバックしていた。
あの時の俺は助けないという選択を取った、今だって同じことだろう?そう言っている俺がいる。
あの下種どもと関わりたくなかったから俺は無視しようとした、今回もまたあいつらだ。
跳び出そうと足を屋上の際にかけたまま、動けずに思考だけが巡る。
そうこうしている間にも、イデアは担ぎ上げられ連れ去られようとしているにもかかわらず。
だが、頭の中の意思は一つにまとまらない、結局イデアはあの下種どもと一緒に俺の前から姿を消してしまった。
初めに浮かんだのは後悔の念だった。
なんで助けなかったのか、なんで何もしてやれなかったのか。
昼間のあの二人はイデアに助けられた、だからこんな気持ちにもならなかった。
でも今はどうだ、誰にも助けられずにつれされられたいイデアを目の前にして、俺は自責の念に駆られているではないか。
もしあの時もあのまま俺が逃げ、二人が助かっていなかったんだとしたら今みたいに感じたんじゃないだろうか。
後悔とはそういうものだ、自分の行いを振り返って間違っていたと思うからわいてくる感情だ。
間違っているのなら正す必要がある、そうしなければこの感情は消えない。
やるべきことはただ一つ、イデアを助けることだ。
だが、今から追ってもどこにいるのかなんてもうわからない。
なりふり構ってなどいられない、俺にできるすべてをかけてイデアを助ける。
それがイデアに対する贖罪になる、俺はすぐさま行動を起こした。
足取りに迷いはない。
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日はもうしずんでしまった。
町は街灯によって明るいが、一部の地域はすでに闇に包まれていた。
スラム街、その一角にある小部屋にイデアは拘束されていた。
真っ暗な部屋に、天井のわずかな隙間からうっすらと月明かりが差し込む。
目が覚めると置き切っていない脳で辺りを見回して状況を確認し、何があったのかを思い出すと必死に逃げ出そうとする。
しかし、抜け出ることはかなわなかった。
「おいおい、何暴れてるんだ?」
襲撃者の声がしたからだ。
自分をここに拘束した張本人、そのグループのリーダー。
暗くてよくは見えないがイデアは声がした方を睨みつけた。
「なんでこんなことするの?誘拐は立派な犯罪、見つかったら捕まるのにどうして?」
「ぁあ?んなもん金のために決まってんだろうが。昼間は一発かまされたが、亜人とはいえ顔は上玉。どっかのもの好きにでも売ればそこそこの金になるだろうよ!」
亜人、この呼び方は人族以外の人の形を取った生き物をまとめたものであり、貴族が使っていた蔑称だ。
今現在は完全にすたれ切った風習だが、極一部の貴族や犯罪を犯すものなどがこの言葉を使う。
口ぶりからして、人身売買を生業としているんだろう。
冒険者は表向きの顔だったというわけだ。
拘束されている上、抵抗もできず『マインドカット』を使えるのであれば逃れるすべはない。
絶望的な状況だ、震える声で絞り出すようにつぶやいた。
「最低ッ!!」
「ハハッ、何とでも言え!もう手遅れだ、誰もここに助けになんか」
「来るさ、俺がな!」
その時、天井が粉砕され降り立った二つの影のことを、忘れることはないだろう。
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天井をぶち破った俺は状況確認をする、敵は前方に四人後方二人、すぐ背後にイデアが、そしてそこにはルアもいる。
俺はあの後すぐにギルドに向かい、協力を募った。
俺一人で勝手に進めてうまくいく保証はないし、後で問題になっては困る。
それとあいつらの居場所を探すのはルアが適任だと思った、犬じゃないから特別鼻が利くとは思っていないが刃狼は風魔法を使う。
その力と俺の持つ技術を利用して、イデアの場所を探り当てた。
まずルアに弱い風魔法を使ってもらう、そしてそれに俺の魔力を付着させる。
これはマーキングと言う技法で、魔指を使った状態で何らかのものに触れたまま魔力を切り離すとくっついた状態になり、その魔力は本人のみ感知することができる。
ただし効果時間も感知範囲もかなりせまいが今回は追跡をするわけではないので問題ない。
ここで重要になることがある、それはマナの特性だ。
マナは寄り集まることで魔物を生み出す、であればマナから生み出される魔力も同じような特性があるんじゃないかと考えた。
想像通り、とてつもない量の魔力の持ち主であるイデアのもとにルアの風魔法は吸い寄せられていった。
マーキングの効果範囲も一部のスラム街と範囲が絞られているのですぐに見つかった。
場所がわかった俺はすぐさま協力要請に応じてくれた冒険者たちに情報を伝達、それに合わせこの町の警護部隊も呼び、目標の建物を包囲した。
万が一に他にも敵がいた場合、二度と同じことが起こらないよう悪組織は根絶やしにする。
逃げようとしたものはすぐさま捕らえる、一人も逃がすつもりはない。
準備に時間はかかったがこれが俺にできる最善の手だ、すぐさま俺は敵の懐に飛び込んだ。
この部屋にいるのはおっさんズだけみたいだが、気配でかなりの人数がいることは把握済みだ。
何人いようと関係ない、全員お縄についてもらおうか。
「てめぇはあの時の!」
「ルア、お前の好きなように暴れてこい!」
「グルルゥァァァァアッッ!!」
狼モードだったルアはポンッと言う音とともに、刃狼モードの二メートルの巨体になる。
「な、んだと!まずい逃げぎゃぁぁぁぁぁ!!」
「う、うわぁぁぁぁ、こっちにくるなぁぁぁ!!」
リーダーの男を除く五人が部屋を出ていき、それをルアが追いかけていった。
「てめぇ、こんなことしてどうなるかわかってんだろうな、あぁん!?」
「それはこっちのセリフだクソ外道ども。安心しろ、ここは冒険者と警備で包囲されてる。逃げ場なんて鼻からないぜ。」
「っくそが、てめぇだけは許さねぇ!」
取り出したのはギルドで見た武器ではなかった、賊に言う暗器と言うやつだ。
相手が構えるのに合わせて俺も構える。
今回木剣は抜かない、手加減なしの本気でやる。
俺が唯一近接戦で師匠に勝ったのは徒手空拳だった。
俺が磨いた技は倒す技術であって殺す技術じゃない、それをするなら俺でも武器を使った方がいい。
だが今回みたく対人戦で殺さずにかつ相手を完膚なきまでに叩き潰せるのはこの戦い方だ。
相手も、腰に下がったままの木剣には目もくれず俺のすきを窺っている。
一瞬、相手の腕がかすむように振られる、と同時に暗器を同時に数本投擲してきた。
その全てを払いのけると、瞬時に大きく回避、相手の蹴りを躱す。
飛び道具に目を奪われているすきに大技を決め、とどめを刺すという戦法なのだろう。
体に染みついた動きが一切の無駄も生み出さない、殺す技術でさえなければ美しく見えるだろう。
回避をし大きく距離を取ったが続けて暗器が何本も飛んでくる。
だが、もう決着だ。
相手が暗器を投げるころには俺は懐の中だ。
回避をしたと同時に三角跳びに似た要領で床を蹴り低姿勢で潜り込む。
普通の人間じゃできない動きだが、ここに侵入する前から『身体能力補助』はかけてある。
回避と床を蹴ったときに得た回転力と、下半身から腰、肩、腕と力を伝達しひねりを加えた一撃必殺の拳。
特に名前があるわけでもなんでもない、漫画やラノベなら必殺技名とか叫んでるかもしれない。
でもこれは単なる一発の通常攻撃、コンボ技の初撃。
だがそれで十分、この男を倒すだけならばたったそれだけでいい。
衝撃が、力の奔流が、男の鳩尾の一点に集約・激突する。
男は背後の壁をぶち破り、男の仲間をも巻き込みながらそれでも勢いは収まらず、結果三枚目の壁、外壁をも貫通し吹き飛んでいった。
死んではいない、倒すために磨いた技だ、内臓や骨には何らダメージはない。
表面には大きなあざができるかもしれないし、ここはだいたい三階くらいの高さだ。
外に人はいるが落下ダメージは受けるだろう。
後はルアに任せれば中の制圧は大丈夫だろう。
よし、次はイデアを助けよう。
「大丈夫か?今その縄ほどいてやるよ。」
「あ、うん、ありがとう。」
よく見るとこの縄は魔法によって縛られているようだ、大剣を使うイデアならこのくらいの縄なら引きちぎれそうに見えたが、なるほどこういうことだったのか。
展開している魔法陣を見る限り、ただ縛る力を上げているだけだったのでナイフでさくっと切れた。
これで大本の目標は達成できたな、後はここから出るだけだ。
「立てるか?ここから出るぞ。」
「あ、えっと、ごめんね?私腰が抜けてるみたいで、少ししたら動けるから……。」
ぺたんと、イデアは床にへたり込んだまま動けなくなっている。
助け出されてほっとしたからと言うのもあるだろうが、それだけじゃないと俺はわかっていた。
「……あいつらの話、外から聞こえてた。怖かったんだよな?もしかしたら、奴隷になっていたかもしれないって思うと。」
「……うん、私、怖かった……、怖かったよ、うぅぅぅ。」
イデアの目から堰を切ったように涙がぽろぽろと溢れ出て、声をあげて泣きだした。
仕方ないことだと思う、思うよ?思うんだけど……。
なんか俺が泣かしたみたいになってるのがなぁ……、別に誰にも見られてないからいいけどさ。
泣いている間は外に連れ出すのは憚れるし、どうすれば……。
……えぇい、この際どうとでもなれ!
俺はイデアの手を引いて抱きしめた。
俺が、イデアの味方がすぐそばにいるってことを感じさせるように、安心できるよう優しくそれでいてしっかりと。
「大丈夫、もう怖いことなんて何もない。泣きたいだけ泣け、今のうちに思う存分な。それまではずっとこうしといてやるから。」
「……うん、ありがとう。」
それから、数分の間頭をなでたり背中をさすってやったりした。
確か前世で妹に似たようなことをしたことがあったな、我ながら手馴れてると思った。
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イデアが泣き止んで外に出ると、メンタルチェックも含めて警護部隊の人たちに連れられて行った。
かくいう俺も事情聴取とかで一緒ではなかったが警護部隊の人に話をしていた。
その時に、なんで俺あんなことしたんだと、内心頭を抱えていたりもする。
前世では血の繋がった兄妹で十二、三歳の頃の話だったから何とも思わなかったが、赤の他人でしかもほぼ初対面の人にあれは……。
くっ、考えただけで頭がぁ、ぐぉぉぉ……。
その日は寝るまでこのことに苦しめられるのであった。
こんな感じに泣いている女の子を慰めるのが理想、ただし現実では確実に何もできないマンな作者です。




