こつこつと進めていこうか
朝、滞在日数二日目に入る。
『旅の宿セリ』はおススメされただけあって本当にいいところだった。
安いのに快適な部屋、居心地のいいベッド、頼めば別途料金ではあるが料理だって作ってくれる、飲食店としてだけでも人気があるらしく食事だけしていく人も多い、まだ俺はここで何も食べていないが美味いことは間違いない。
ナナリーにお礼にお土産でも買って行ってやろう、昨日はバタバタしていて何も言えなかったし。
まずは腹ごしらえだな、朝食は昨日の昼も夜も食べたあのサンドイッチもどきだ。
驚くことに時間帯によって挟んである具が違い、昼は肉と野菜、夜は肉のみ、そして今買ったのは魚と野菜だった、朝に食べるにはちょうど良い。
こんなに気配りのできる店ならもっと繁盛しててもいいと思うんだけどなー。
みんな素通りしていく、もしかしてこのおいしさと心配りを知らないんだろうか。
なんだか自分だけが知る情報って感じがしてちょっとうれしい、黙ってよっと。
これならナナリーも喜ぶんじゃないかな。
追加でもう一つ、いや二つ買った。
一つは自分で食べた、やはり美味い。
朝食も済ませたので、ギルドへ向かった。
朝は他の冒険者の人は少ない、昨日来た時も同じくらいの時間だったけどみんな何やってるんだろう。
まぁいいか、ナナリーはいるかな?
受付のカウンターを見ると昨日とは違い二人が席にいた、片方はナナリーだ。
向こうもこっちに気づいたようだ笑顔で手を振ってくれる、犬かな?猫じゃなかったっけ。
「おはようございます、リュートさん!昨日もそうですがいらっしゃるのが早いですね。」
「おはよう、ナナリー。そうか?朝起きてご飯食べてすぐ来たんだけど、他の人ってこの時間何やってるんだ?」
「そうですねー、日跨ぎの依頼か遠征依頼を受けている人が半分で残りはぐーたらしてるんじゃないですかね?まったく、住み込みで働いてるギルドの職員を見習ってほしいものですよ。」
やれやれといったリアクションを取るナナリー、職員はみんな住み込みなのか、なるほど。
今のナナリーの発言に気になったことがあったので聞いてみた。
「日跨ぎの依頼と遠征依頼ってなんだ?」
「言葉通りの意味です、日跨ぎの依頼は中難易度の依頼に多くて一日じゃ終わらせられないような依頼につけられます。だいたい三日から一週間くらいです。他にも月跨ぎ、年跨ぎ、珍しいもので世代跨ぎなんてものもありますよ。遠征依頼はこのセントリアス外から来た依頼のことです。多くは周辺のギルドがない村なんかから来ます、時々隣の町からくるときもありますけどそんなに多くはないですね。」
ふむふむ。
ナナリーが職員歴が長いのかはわからないが、豊富な情報量と説明の上手さは初心者冒険者の俺にはありがたい。
あ、ちょうどいいしお礼のサンドイッチもどきをあげよう。
「これ昨日宿を教えてくれたお礼に買ってきたんだ、本当にいい宿だったよ。ありがとう。」
「いえいえ、そんな!私は当然のことをしただけですよ、お礼はありがたくもらいますけどね!で、これなんです?」
「露店で買ったサンドイッチだ。」
「サ、サンド、イッチ、ですか…。」
ん?なんかリアクションがおかしい気が。
「もしかして苦手だったか?」
「いや、そういうわけでは……。厚意で買ってきてくれたわけですし、食べないわけには…。」
「?どうしたんだ、なんか変なとこでもあったのか?」
「……もしかしてしらないんですか?このサンドイッチていう食べ物は、別名『ゲテモノばさみ』って呼ばれてるんです。この魚っぽいの、実は陸生で体格に見合わない人のような手足を持つ生き物で、確かフィッシェルウォーカーって名前だったかと。」
陸を歩く人の手足を持った魚、だと……!?
「嘘だろ、そんなの聞いてないぞ!」
「言うわけないでしょ、そんなこと!知らない人しか買わないですよ、見た目はいいですからわからないかもですけど、サンドイッチっていう名前は例外なくゲテモノと考えてもいいくらいです。」
詳しく話を聞くと、こっちの世界ではサンドイッチのサンドは前世と同じ挟むという意味だが、イッチは変なや奇妙なという意味らしい。
前世の知識が空振ったというか、裏目に出たな。
……いい経験をしたと思っておこう、俺の心の安寧のために。
「そ、そうなのか。なんかすまん、お礼のつもりだったんだが。」
「いえ、気持ちだけでも結構ですよ。……これ食べました?」
「……二つ。」
「うわぁ………。」
そんな残念な人を見る目で見ないでくれ、悲しくなるだろ。
仕方ないじゃないか、だって美味かったんだ。
成長期の俺は無性に腹が減るんだよ、二つくらいなんてことない、いっそ四つくらいいけてしまうぞ。
と、心の中で思ったが口には出さなかった、視線に妙な生暖かさが加えられそうだ。
「いらなかったら俺にくれ、買ったのは俺だし自分で処理する。」
「いえ、わざわざ買ってもらったものですし私が食べます。二つも食べちゃうくらいおいしかったんですもんね?」
「まぁそうだけど。」
「そ、それじゃあ。いただきます…。」
恐る恐る一口、ゆっくり租借し嚥下する。
初めは目をつぶって我慢するような感じだったが、食べていくうちにそれもなくなり食べ終わったときには、ほんのり満足したような表情を見せた。
「これ、おいしいですね。ゲテモノだと思わず、普通の食べ物だと思えばもう一度食べたくなるくらいにはおいしかったです。リュートさんの味覚がおかしいんじゃないかと疑いましたが、これなら二つ食べちゃったのも納得がいきます。」
「一瞬俺の事、バカにしなかったか?」
「やだなー、気のせいですよー。」
なんか釈然としないがいいか、帰りにあの屋台の人は問い詰めよう。
でも美味いから買っちゃうんだけどね、でも他にもいい店がないか探さないとな。
宿の料理を食べるのもいいが、食事情は充実させて損はないしな。
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「ナナリーは今暇か?」
「見ての通りほとんど人いませんし先輩も一人いますからやることないですよ。なにか用ですか?」
「いろいろ聞きたいことがあってさ。」
「ほうほう。いいでしょう、私の知っていることなら何でもお教えしましょうとも!」
腰に手を当て、どんと来いっ、って感じなナナリー。
…こういうキャラ、RPGゲームにいるよな、旅を進めるヒントをくれるNPCってこんな感じじゃなかったかな?
だけどナナリーはちゃんとした人だし、それは失礼か。
優しくていい人なんだな、ありがたい。
「昨日ギルマスが話してた等級のことなんだけどさ、俺ピンとか貰ってないんだけど。」
「それはまだ見習いだからですね。」
見習い?なんだそれ。
「見習いは登録した時に、まだ実力がはっきりしていない人とか初級になる条件を満たしていない人が見習いと呼ばれます。リュートさんの場合、実力は昨日の件でギルドマスター直々に確認しているので後は条件だけですね。」
「条件って何をすればいいんだ。」
「各ギルドが提示する常設依頼をすべて達成することですね。常設依頼っていうのは一人につき一日一回受けられる依頼のことで、ここのギルドだと薬草の採取・町の警護部隊の補助・南部の森の調査の三つです。ギルドによっては内容が違うので、他の町に行ったときは一度見てみると面白い発見ができるかもしれません。」
なるほど、それだけなら今日中に終わらせられそうだな。
「それってまとめて受けてもいいのか?」
「はい、大丈夫ですよ。詳細は受付横にある依頼掲示板で確認してください。」
「わかった、じゃあ早速やってくる。ありがとな、いろいろ教えてくれて。」
「いえいえ、これも仕事の範疇ですし。それにリュートさんは一度言えばすぐに理解してくれるので、私も話しやすくて楽しいですから!」
「ならよかった。」
ナナリーにお礼を言って、そこでいったん分かれることにした。
常設依頼を達成したときにまた戻ってくるので、その時にピンを貰えるようにしてもらった。
本来は条件をクリアした後で実力の判断をする、その判断にかかる時間が意外と長いらしくその間に準備すればいいのでのんびりできるから問題ないようだが、俺はそうではないのですこし手間がかかるらしい。
なんでも下級の冒険者が出るたびに五本ずつ作製するからその分時間がかかるとのこと、そこまで大きいものじゃないから簡単にできるんじゃないかと思ったが、逆に小さく作る方が難しいと首を傾げられた。
前世の技術を元に考えるとこういう誤差が生まれる、小さいものを量産することなんてわけないからな。
とりあえず、俺は見習い脱却のために動き出した。




