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トランプ

作者: ササラ

「暇だなあ」

 私はつぶやく。

「そうだねえ」と、みーちゃん。

 放課後の教室、私とみーちゃんこと友美ともみの二人だけ。

 私たちはいつも、何か意義のあることをするわけでもなく、皆が帰った教室で、だらだらだべって高校生活を浪費している。なんと無為な日々――

「なんか面白いことないかな。宇宙人とか侵略しに来たりしないかな」

「うーん、それはちょっと私困るかなあ……そうだ、だったらトランプしない? 持ってきたんだ」

「お、いいよ」

 みーちゃんが鞄からトランプを取り出す。特徴のない普通のプラスチック製のトランプだ。

「じゃあ、何する?」

 二人で遊んでも楽しいトランプのゲーム……

「神経衰弱とか……?」

 正直、二人で神経衰弱をして面白いのかはわからないけど、定番は定番だ。

「わかった、じゃあ混ぜるねえ」

 みーちゃんがトランプをシャッフルするのを見つめる。みーちゃんの手、細くてきれいだな。いいなあ。

 私は、じっと自分の手を見た。……いや、まあ悪くはない。

「混ぜるのこれくらいでいいかなあ?」

「いいんじゃない。あ、もしかして混ぜる時ズルしたりしてないよね?」

「えーしてないよお」

「ふふっ冗談だよ」

 別に命や人生の懸ったゲームじゃない。ズルをする必要がない。

 机の上にトランプを並べる。トランプを混ぜてもらったので、並べるのは私がすることにした。

「うーん……」

 私は苦笑する。ぐちゃぐちゃに、乱雑に並べられたトランプ。性格が出るなあ。

「まあ、いっか。じゃあ先攻後攻じゃんけん、じゃーんけんぽん!」

 私がグー。みーちゃんがチョキ。ということで私が先行になった。

「最初は運だからな」

 適当に2枚めくる。出たのはハートのエースにクローバーのエース。

「おーすごーい」

 みーちゃんがぱちぱちと小さく拍手する。

「いやいや、私の手に懸かればこの程度」

 と調子に乗ってもう2枚めくる。出たのはスペードのエースとダイヤのエース。

「ゆうちゃんすごいねえ」

「……ちょっと自分の運のよさが怖いわ。本当に宇宙人が侵略しに来るんじゃないかな」

 そして、2枚トランプをめくる。出たのは……ハートのエースとダイヤのエース。

「……」

 おやおや何かおかしい。

 そしてまた2枚。今度はダイヤのエースとクローバーのエース。

 おやおやおや。私はみーちゃんの顔を見る。みーちゃんはいつも通りニコニコしている。

「…………」

 そして私は再びめくる。クローバーのエースにスペードのエース。

 めくる、めくる。エースにエースにエースにエースに……

 私はトランプ52枚全てめくり終わった。机の上にはエースのカードが52枚並んでいた。

「みーちゃん……」

 みーちゃんは何も言わず微笑んでいるだけだった。

 おやおやこれはやってしまったねえ、みーちゃん。通りで突然トランプをしようだなんて言うわけだよ。

 私はここで「え、すごーい! みーちゃんマジックできるんだ!」とでも素直に驚いてもよかったのだけれど、それはそれで普通で面白くない。そして、みーちゃんの手の上で踊らされていたというのも面白くない。

 なので私はあえて何もこの奇妙な状況に触れることなく、ノーリアクションを貫くことにした。

「いやー運がよかったなあ。みーちゃんの番が来る前に勝ってしまったよ。じゃあ、今度はババ抜きしよ」

 このおかしな状況においてのいつも通りの反応というおかしな反応。さあ、みーちゃん。君はどう出る……?

「いいよお。じゃあ、負けたから私が配るねえ」

 ほう、私と同じくノーリアクション戦法か。そして、自然な流れでトランプに触れる口実を作った。やりおるな……

 私はトランプを混ぜるみーちゃんの手をじっと見る。何か細工をしているようには見えない。そして山札を分けていく。1枚1枚、私とみーちゃん、交互に手元に配っていく。特に変な動きはなかった。

「うーん」

 手札を見てみる。そこには27枚のエース……ではなくジャックやキング、5や3その他もろもろ……普通の、通常のトランプのカードの手札があった。どうやら、またしてもみーちゃんに一杯食わされたみたいだ。

「神経衰弱に勝った私が先攻でいい?」

「いいよお。今度は負けないよお」

 そして、ババ抜きはつつがなく進行した。最初にトランプが元に戻ったということ以外何も起きず、普通に私たちはババ抜きをし、普通に私はババ抜きで負けた。

 今回はそれほど仕掛けてこなかったな……。

 エースだけのトランプを、いつの間にか元に戻したというのは充分すごいのだけれど、しかし私にはインパクトが弱く、この後どういったことをしてくるだろうと、ババ抜きの申し出をした時にはあらかた予想をしていた。そして、みーちゃんは私の予想を超えることは出来なかった。

「ねえねえ、次はポーカーをしよう?」

「ポーカー?」

 みーちゃんから提案してくるとは……。ということは何かアイディアがあるのだろう。面白い。

「いいよ、やろう!」

 さあ、今度はどういった奇術を見せてくるのか。我を楽しませてくれよ、みーちゃん……ふっはっはっはー。

 しかし、何もしないで相手の意のままに動くのもつまらない。ということで、少し仕掛けてみることにした。

「じゃあ次は私が配るね。負けちゃったし」

 このままでは私がトランプを持つことになる。そして私が持っている間に、みーちゃんがトランプに細工をすることは困難だろう。さあ、どうする?

「みーちゃんズルしちゃダメだよお」

「ズルなんてしないよ。私は誠実をモットーに生きているからね」

 ……うーん、何もしてこない。もしかしてすでにトランプに細工がされているのだろうか。

 山札を切り、トランプを配る。この間にみーちゃんは何も変わった動きはせず、ただぼーっとしていた。もしかして、みーちゃんは自分の手札が配られた後に仕掛けをほどこすつもりなのか。だとしたら、この余裕っぷりはうなずける。

 自分の手札はハートの5とダイヤの5の1ペアに、ダイヤのジャックとスペードの2にハートの3。特におかしなところはない。

 私は手札を3枚交換し、みーちゃんは手札5枚すべてを交換した。

 さあ、何を出してくるか……!

「せーの」

 私は5の1ペア、そしてみーちゃんは

「あれれ、私の負けだねえ」

 まさかのノーペア! なんだこれは、どういう心理攻撃なんだ!?

「ねね、もう1回やろう」

「うえ、あ、いいよ」

 な、なるほど。あえて仕掛けてくるふりをして何もせず、相手が油断した所を仕留めるという作戦ね。とすると、次にみーちゃんが仕掛けてくる可能性は高い。

 ポーカー二回戦目は、みーちゃんが配ることになった。思う存分細工をするがいいと思ったが、二回戦目は私もみーちゃんもノーペアだった。

 ……もしやみーちゃんはこのまま普通にポーカーを続けるつもりなのだろうか? やはり、最初に私が全く反応しなかったことが結構ショックだったんじゃあ……

 いや、私はみーちゃんを信じる。みーちゃんはこの程度でへこたれる女じゃない。

「みーちゃん、もう一回しよう」

「いいよお。次こそは勝つよお!」

 三回戦目もみーちゃんがトランプを配った。私の役は2の1ペアで、みーちゃんは3と7の2ペアだった。至って普通のポーカーだった。

「勝ったあ!」

 みーちゃんは嬉しそうだった。しかし私は大きなショックを受けた。当然、ポーカーで負けたからではない。

「何で……」

 声は震えていた。私は立ち上がった。

「みーちゃんはこれでいいの!? これが……これがみーちゃんのしたかったトランプなの!?」

 二人教室に一緒にいるのに、私の声だけが響き渡る。みーちゃんの心が離れているように感じた。

「何か、何か言ってよ!」

 みーちゃんは黙っている。

 私だってわかっていた。最初のマジックはただのみーちゃんのきまぐれだってことは。だから、みーちゃんへのこの思いは、叶うことのない私の勝手な自己満足。それでも……それでも!

「もう一度、みーちゃんに騙してもらいたかった……」

「……ゆうちゃん、神経衰弱しよ?」

「え……」

 みーちゃんは机のトランプをかき集めた。ばらばらになった私の心がみーちゃんへ集まっていく。

「私もみーちゃんに気持ちを伝えたいから」

 みーちゃんがトランプを混ぜていく。1回1回確実に。山札を上に行き、そして下に行き、時には真ん中に……でもしっかり、きちんと混ぜていく。

「じゃあ、並べ」

「ちょっと待って!」

 私はみーちゃんの手を抑えた。

「……並べなくていい」

「わかった」

 みーちゃんはトランプの束をそっと机の真ん中に置いた――これが、みーちゃんの気持ち……

「めくるね」

 山札の上に優しく触れる。みーちゃんは俯いて、何だか恥ずかしそうだった。

「1枚目……」

 出てきたのはハートのエース。私はもう1枚めくった。

「……ハートのエース」

 3枚目、4枚目、とどんどん私はめくっていく。机上に広がるハートのエース達……

 いつの間にか私は最後の1枚を残した51枚をめくっていた。

「これが最後……」

 私はめくった。しかし、そこにはマークの代わりにみーちゃんの手書きの文字がかかれていた。

「鞄の中……私が鞄の中を見ればいいの?」

 みーちゃんは無言で頷いた。

 鞄のチャックを開ける。鞄の中を覗こうとした時、おでこに何かがぶつかった。

「白い……鳩」

 私は自分の鞄から、大量の鳩が出てくるのを見ていた。

「あのね、鳩は平和の象徴なんだあ。だからね、私の気持ち……ラブ&ピース」

「…ああ、うん。大事だよねラブ&ピース」

 大量の鳩は教室を出ていった。彼らはどこへ行くのだろうか……

 私は教室の窓を見た。外は夕暮れだった。

「そろそろ帰ろっか」

「うん」

 こうして私の高校生活は、また1日と過ぎていくのだった。


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