再会
電車の扉が開いて、懐かしいホームに降り立つ。まばらな乗降客が歩いていくのを見ながら、10年ぶりの生まれ故郷の空気を思い切り吸ってみた。なんとなく、東京の空気よりうまい気がする。
おれが小学校卒業まで過ごしたここは、都心から電車で2時間ほど離れたところにある。田舎というほど郊外でもないが、駅の周りでもそれほど賑やかではない。小さなスーパーはあるものの、オシャレなショッピングモールなどはなく、買い物に行くというときは電車で30分ほど離れた駅までよく出向いていたものだ。昔はこんな不便な街は早く出て、東京に住みたいと思っていたものだが、いざ離れてみると都会の喧噪から解放されたこの場所が、やけにうらやましく感じた。
バイトの休みは土・日・月曜日の祝日と、三日ほど連続で取れた。本当はもう少し休みが欲しかったが、おれが抜けたらその間店長と先輩の二人で切り盛りすることになるので、あまりにも言い辛い。三日でやっと、これでも手ぶらで帰ったらさすがにまずいだろう。少しでも時間を無駄にしたくないので、初日はなるべく朝早く家を出た。電車を乗り継いでここまで来たが、時刻はまだ8時過ぎ。
つかさには『到着!とりあえずプラプラするわ』とだけ連絡。今日来ることは伝えてあるが、時間は決めていなかった。つかさも仕事は休みだそうだが、さすがにまだ寝ているかもしれない。つかさから返信が来るまでは一人で行動しよう。
と思っていたら、予想に反してすぐに返信が来た。『どこ?私今駅前だよ』
「マジで?」
思わず口に出してしまうほどあせる。まさかこんな早くから待っていたんか?
駆け足でホームの階段を上がり、改札を出ると、こちらをうかがっているショートカットの女の子が見えた。つかさだ。途端に懐かしさが溢れる。
「かずちん!こっちこっち!」
駆け寄るおれに、つかさがはじけんばかりの笑顔を見せ、勢いよくハイタッチ。
「久しぶりー!めっちゃ懐かしいね」
「おー、久しぶり!こんな朝から待っててくれたのかよ!」
「そりゃあ、昔の馴染みが帰って来るっていうんだからね。歓迎しないとさ」
「そんな気使ってくれたのか。マジありがと。嬉しいわ」
「でしょでしょ?今夜は何おごってもらおっかな~」
つかさは、またもニッと笑った。小学校時代と変わらずショートカットがよく似合う。
彼女とは、小学校5,6年のクラス替えで同じクラスになった。ボーイッシュでサバサバした性格でもあったため気が合い、よく学校から帰っても一緒に近所を遊びまわっていた。
彼女に会うのは、10年ぶりになる。昔の面影は残っているものの、もうどこから見ても大人の女性になっていた。少し胸は小さいようだが。
「ずいぶんでかい荷物で来たね~。何が入ってるの?」
「あ、これ?」
つかさがおれのリュックを見ながら言った。
「三日休み取ったんだけど、その間こっちに泊まるからさ。着替えやらテントやら」
「え、ちょっと待って。テントって?」
「おれ高校時代山岳部だったから持ってるんだけどさ。こっちにいる間ホテルとか泊まると金すごいかかるだろ?つかさ以外誰とも連絡取ってなかったから、泊めてくれって頼める友達もいねぇし。だから川辺にでもテント張って寝ようかなって」
「うちに泊まっても良かったのに」
「…え?」
「ウソだよ!女の子の家に泊めるわけないでしょ!」
一瞬ドキッと何かを期待してしまった自分がアホくさく、ムスッとした。つかさがそんなおれのリアクションを見て、面白そうにバシバシと叩く。
「わぁってるわ!わぁってるからこうやって重いテントなんて担いで来てるんだよ!」
「はいはい、東京にかわいい彼女でもいるんでしょ?どっちしろ変な疑いもたれたくないもんね?」
「…彼女…いねぇし」
「…そうなの?」
つかさがおれの顔をいたずらっぽく覗き込む。次の瞬間、今日会ってから一番強く肩をどつかれた。
「お前な!さっきからバシバシ叩くなや!」
「あっはっは!今日はかわいい子と一緒に歩けて光栄だねぇ、かずちんは」
「ああ?かわいい子?どこにいるんじゃい」
「ここ!ほらよく見て!目玉ついてんでしょ!」
このバカ話だけ聞くと、本当に10年ぶりに再会したのか疑わしくなってしまう。つかさとはまったく時代を感じさせないほど、楽しく接することができた。
「で、今日はどこか行こうと思ってたところあるの?私も休みだし、付き合うよ」
「サンキュ。とりあえず、小学校に行こうかと思ってるんだけどよ、まだおれらの担任いるか知ってる?」
「ああ、ヅラね。まだいるみたいだよ。もう教頭だって」
ヅラがあだ名だった、おれたちのクラスの担任は、宅和正彦という名の男の先生だ。髪型が不自然でヅラと噂されていたからこのあだ名になったが、ついに地毛なのかヅラなのかの真相は分からずに卒業した。
おれたちの担任だったときすでに40代だったから、今頃50代の半ば頃だろうか。年齢的には教頭になっていてもおかしくないだろうが、どちらかというと温和で気が強い性格ではなかった。教頭の職なぞ勤まるのだろうか。
「でも、何しに行くの?ヅラが今日も出勤してるかまでは知らないよ?」
「ああ、いなきゃいないでいいんだけどさ…」
言葉に詰まったおれを、つかさが不思議そうに覗き込む。
「つかさ、会った直後にこんな話しなきゃならねぇの、すごく悪いんだけど…でも聞いて欲しいんだ」
「な、何?改まって」
「ここに帰ってきたのはさ、結衣のことが知りたくて」
「結衣…」
つかさは、驚いたように目を丸くした。それはそうだろう。彼女からしたら、ただ単に昔話のために帰ってきたと思っていたことだろう。
「結衣の通夜が終わって、おれはすぐに引越ししまったから、結衣のこと何も知らないままなんだ。そのまま10年も経っちまってたんだけど…」
「そういえばそうだったね」
「こんなこと言うと変に思うかもしれないけどさ、最近夢にあいつがよく出てくるようになったんだ」
「夢に?」
「ああ。昔の小学校のままの姿でさ、何かを必死におれに伝えてるみたいなんだけど、声が聞こえねぇんだ。ってか、おれが思い出せないだけかもしれないんだけど…そんで何度も聞き返してる途中で目が覚める。そんな夢を、今月に入って3回くらい見たかな」
「結衣が…何かを伝えているかぁ」
つかさは腕組みをしながら、何かを考え出しているようだ。
「…こんな理由で帰って来たのかって、笑わねぇの?」
「…うん、なんか複雑だけど。まさか、そういう理由で帰って来てるとは思わなかったなぁ」
「はは、だろうな」
「…でも、結衣が伝えたがってる何かっていうのは、私も気になる」
「ほんとか?」
「それで、ヅラに会いに行こうとしてるんだね?」
「ああ。何かおれらが知らないこと教えてくれるかもしれないと思ってさ」
「分かった。行ってみよう」
つかさはすぐに学校に向かって歩き始めた。予想外にすんなりおれの言うことを信じてくれたようだ。ほんとにいいやつだな、と心の中で思いながら、おれもつかさの後を追った。
◆◆◆
おれたちが通っていた青波小は、駅から歩いて15分ほどのところにある。
昔通学路として毎日歩いていた道路を今見ると、目線が高くなったからだろうが、ずいぶん違う道に見える。何件か建物が変わって小さなビルになっていたり、駐車場になっていたりした場所はあるようだが、基本的には昔と変わらないようだ。
春の空気が暖かく心地いい。
「もうすぐ桜が咲くな」
「ね。いい季節だわ」
つかさが大きく息を吸い込んだ。
この場所は昔あいつとあいつがケンカしたところだ、などと昔話をしながら歩いていると、あっという間に学校の前に着いた。
「うわー、めっちゃ懐かしい~」
思わず口に出てしまう。おれが6年間通った学校だ。ランドセルを背負って通っていたあの日の姿が、脳裏に蘇った。
「やっぱそうなるんだ?地元にずっといると、何も感じないけどね。でも学校に入るのは私も卒業して以来だなぁ」
つかさが感慨深そうに学校を見上げるおれの横で言う。
土曜日だからだろう、今日は生徒の姿は見えない。しかし校門は開いていて、何人かの小学生たちがブランコやら砂場で遊んでいた。まだ、7,8歳くらいだろうか。かわいい後輩たちだ。
校門を入って校庭の隅を横断し、裏門の方に出ると、その横に職員玄関がある。こちらも開いていて、中に入れるようになっていた。