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第一章 故郷へ

「かずちん!起きて!聞いて欲しいことがあるの!あのね…」


彼女の叫び声が、途中から目覚まし時計に変わる。おれは無意識に、枕元でけたましく鳴り響く時計にチョップをくれていた。途端に辺りが静かになり、鳥の声が耳に入ってくる。


「あー、またこの夢か…」


おれはもぞもぞと布団から出て、体を起こす。3月とはいえ、まだ朝は冷える。

ゴシゴシと眠い目をこすると、腕がわずかに濡れた。おれの涙のようだ。どうやら、夢を見ながら泣いていたらしい。過去のことで、何を今更…

おれはやりきれない思いになって、枕を殴った。


狭い洗面所で歯を磨きながら、さっきの夢を思い出した。普段は昨夜どんな夢を見たかなんてすぐ忘れるおれなのに、さっき夢に出てきた少女の顔も声も、ハッキリと脳裏にやきついていた。結衣だ。小学校の卒業式の日に死んだ、おれの、友達の。

夢の中の結衣は、最後に会ったときの12歳の頃のままの姿だった。セミロングの髪を振り乱して、必死におれに何かを訴えかけてきているようだった。でも結局、何を伝えたいのかは分からない。ただその表情と声だけが、やけに気にかかるのだ。

同じような夢を、もう半月ほど前から何度も見た。何故、今更…


おれはモヤモヤした気持ちを振り払うかのように、昨日の残りのご飯にお湯をぶっかけてお茶漬けにし、一気にかきこんだ。ご飯の冷たさとお湯の熱さがマッチして、見事に生ぬるい。


22歳のおれは、都内で一人暮らしをしていた。最寄り駅から歩いて30分。自転車なら何とか10分のところにある、ワンルームのマンションを借りている。今のおれがバイトでわずかに得る収入で住むなら、このくらいの立地の物件がせいぜいだ。

家を出ると、今日はよく晴れているらしい。日の光が眩しく目に飛び込んできた。


「おう、今日も暇だぞ~」


小さな建物のドアを開けると、ソファで休んでいた先輩がおれを見て笑う。


「いつも通りっすね。何より何より」

「お前若者のくせに熱くねぇなぁ」

「すでに悟り開いてるんで」


何気ない会話を交わしながら、おれは自分のロッカーからエプロンを出して手早く身につける。


「どんだけ早い悟りなんだよ。おれこれで上がるから、後よろしくな~」

「またパチンコすか?」

「おう、今日は負け取り返すぜ」


先輩は早々と着替えを終えると、手をひらひら振りながら出て行った。帰るときは素早い先輩だ。始業のときは遅刻が多いのだが。


ここ、駅から離れた郊外にある小さなコンビニがおれのバイト先だ。忙しくなさそうという理由でこの店の面接を受け、あっさり受かり、それから2年ほどになる。

スタッフは、もう御年70は越えていらっしゃるであろうおじいさんの店長と、3つ上の男の先輩。そしておれだけだ。

働き出すと、客数はそれほど多くない割に売り上げはそこそこあり、当初の読み通りのんびりした職場だった。大手のコンビニでもないため、覚えることもそれほどなく、品出し・発注・レジができれば何とかなる

。おれにはうってつけの職場だ。


・・・おれにうってつけ?そういえば、いつからおれはこんな思考回路になったんだろう。確か数年前までは、もうちょいキラキラした何かを持っていた気もするが。


売場に出ると、先輩の言う通り客ゼロ。昼時まではこんな状態が続くだろう。売場の状況を一通り確認し、異常がないことを確認すると、レジに戻り、お客さんから見えないところに置いてあるイス腰掛ける。

ふと窓の外を見ると、常連のおばあさんが犬の散歩をしているのが見えた。ふと目があって、なんとなく会釈する。

・・・なんて平和な職場、なんてのっぺりとしたおれの生き方。そしてなんだろう、この違和感。かといって何をどう変えればいいのかと自分に問いかけると、何も返ってこない。なんなんだろう、ほんとに。


「かずちん!」


ふと、耳の奥で今朝の夢で聞いた結衣の声が蘇る。彼女の夢を見るのは、覚えているだけで、3月に入り3度目だ。何かを訴えかけるような目と声が、鮮やかに脳裏に残っている。


そういえば、おれは昔かずちんなんて呼ばれてたんだよな。振り返ってみると、この名前で呼ばれていた頃が一番楽しかった気がする。東京で一人暮らしをするようになってからは、このあだ名で呼ばれることもなくなっていたが。


ふいにおれのスマホが鳴った。バイト中だから無視しようかと思ったが、素早くおれの脳内でカタカタと計算。どうせ客は来ないし、来たら切ればいい。おれはスマホの画面をのぞき込んだ。


「つかさ」と表示されていて、息をのむ。何年ぶりなんだろう。


「おーっす。かずちん?」


少し大人っぽくなり、でも昔の雰囲気が色濃く残る幼なじみの声が耳に入ってきた。


「おお、久しぶり」

「元気してた?」

「まぁな。そっちは?」

「相変わらず。毎日のんびり、悠々自適」

「ははっ、じゃあおれと同じだ」

「・・・もう何年ぶりだろうね」

「2、3年ぶりだろうな。つかさ声変わったな」

「そう?かわいくなった?」

「いや、ゴツくなった」

「ん?今なんて?聞こえなかったなぁ」


こういう遠慮も何もいらない気楽なやりとりが久しぶりに感じて、思わず嬉しくなってしまう。


「んで、今日はなんかあったのか?」

「ああ、何って訳でもないけどね。ラインのアカウント新しくしたら、新しい友達の一覧にかずちんの名前があったからさ。懐かしくてかけてみたの」

「なんだ、そういうことか」


何か大事件が起きたのかと思って身構えていたおれは、一気に力が抜けた。


「かずちんさ・・・小学校卒業してからこっちに帰ってきたことある?」

「い、いや、ないけど・・・」


つかさの声が若干沈んだのを感じた。おれもそれが何を意味するかがわかり、自然に沈んでしまう。


「なんで?」

「私はたまーに、ってせいぜい年に一回くらいだったけど、かずちんと連絡取ってたからいいけどさ。他のみんなも会いたがってるんじゃないかなと思って」

「あー、小学校の同級生な」


他のみんな「も」という部分が少しひっかかったが、そこは突っ込まないでいた。


「みんなどんな感じ?」

「いろいろだよ。半分くらいは大学とか就職でここを出てるけど、もう半分くらいは残ってる感じ。よっしーは結婚してお母さんだし、くしゃみは実家の工場継いで社長になってる」

「あー。吉本と藤田な!懐かしいな」


吉本は女、藤田は男のクラスメイトで、それぞれおれたちと仲が良かった。ちなみに藤田は「ぶぇっくしょい!」という中年のオヤジのようなくしゃみをしていたので、それがそのままあだ名になっている。十年経ってもこの名で呼ばれるとは、当時想像もしていなかっただろう。


「藤田のくしゃみはまだ健在なん?」

「さぁね。最近会ってないけど、ああいうのは大人になっても治らないんじゃない?」


つかさと昔の会話をしていると、なんだか小学校時代の光景をありありと思い出せるようになってきた。みんなどうしてるんだろう、昔みんなで捨て猫をかくまっていたあの公園は・・・秘密基地を作っていたあの橋桁の下は・・・

次に浮かんだのは、結衣が振り向いて笑っている姿だった。瞬間、おれは現実に引き戻される。


「ねぇ、かずちん。良かったら一度こっちに戻ってきたら?久しぶりに飲みながら語ろうよ」


つかさの誘いに、答えに詰まる。昔のあの場所に戻る。おれにとって、それが意味するところは・・・


と、自分の背後に人影が近づく気配を感じた。店長が近づいてきているようだ。


「わりぃつかさ。バイト中なんだ。かけ直すわ」


おれがスマホを切るのと同時に、店長が扉を開けた。


「お客さん誰か来とったんか?」

「いや、電話対応してただけです。今日何時まで開いてますか?って」

「ああ、そう。事務所にいるから店よろしくね」


店長はそれだけ言うと、ひゅっと奥に引っ込んだ。小柄な体型と存在感の薄さがマッチして、見事な神出鬼没さを見せる店長。しかし、おれの第六感もこの二年で無駄に鍛えられたようだ。


いや、そんなことはどうでも良くて・・・


小学校時代の地元に戻る。

おれにとっては、単なる帰省だとか、友達に会いに行くだけにはとどまらない。おれが小学校時代に過ごした場所は、結衣との思い出とも、嫌が応でも向き合わねばならない場所だ。


結衣は小学校卒業式の前日の夜に死んだ。知っているのはそれだけだ。あれだけ仲良くしていたのに、知っているのは、ただその事実だけ。

東京の私立中学に進学を決めていたおれは、卒業式の次の日には東京へ引っ越すことになっていた。結衣の通夜に参列することはできたが、詳しい情報は入ってこないまま地元を離れることになってしまった。


いや、それは言い訳だ。引っ越しが落ち着いてからでも、結衣のことをクラスメイトに聞こうと思えばいくらでも聞くことはできた。

聞くことが怖かったのだ。

結衣の死は、あまりにも唐突だった。到底その事実を受け入れられるだけの心の余裕がなかった。そのためおれは、新しい場所で生活を始める中で、知らず知らずその事実から目を背けていた。

要は、結衣は今でも元気で生きている。今日も笑っている。そんな妄想を抱きながら今日まで来た。そういうことになるんだろう。


でも、大人になった今、それじゃいけない。結衣はいないんだ。どこにも。じゃあ、あの最後に会った日におれに言った言葉は、何だったんだろう・・・?


気づくとおれは、自分の手をギュッと握りしめていた。その手を開くと、汗がにじんでいる。


知りたい。なぜ結衣は死んだのか?結衣はおれに、

何を伝えようとしていたのか?

過去の結衣に、あの日の結衣に、何とかして会いたい。

その衝動に突き動かされて、おれはスマホを手に取った。


「つかさ?おれ、行くよ。故郷に」



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