サイヴァの大火
「そんなわけで、保護者への質問コーナーです」
「私の今の気持ちを教えてあげようか。はぁ?」
ドラークは呆れた声を出す。
それもそのはず、何気なしに大通りに出て、襲ってくるコボリオン共を片っ端から殺していたらクロムに出会い、無事を確認したのも束の間、「保護者への質問コーナー」ときた。こんな非常時に呑気に言えたものだと再度呆れる。
「訂正すると私はイオの保護者じゃない。そこのところお間違えなき様。で、そのイオはどこに?」
「ここにはいないんです。順を追って説明すると......」
そう言ってクロムは今までの事を簡単に説明する。遺跡での事(左目の事は伏せて)、地区に戻ってきてからのイオの行動。そして自分にだけ聞こえる謎の声。
ドラークはその説明を黙って聞いていた。時折顔をしかめていたのは謎だが。
「......ってな感じで」
「大体分かった。それならイオの居場所も大体見当がつく」
「本当ですか!どこなんですか直ぐに行かないと」
「分かってる。その前に、そいつはどこで手に入れた?」
ドラークはクロムの両手に収まるメカニカルな片手銃を指差す。
クロムは一瞬戸惑ったが、正直に話す。ドラークはその説明を聞いて「そうか」とこぼし、何やら考え込んでしまった。
「ドラークさん、あの、そろそろイオのもとに......」
「ん?ああそうだな。行こうか」
ドラークは顔を上げ、先導して歩き出す。
大通りから脇道に逸れ、薄暗い道を進んでいく。今では殆どの建物が倒壊してしまい、火の手も、全て燃やし尽くしてしまったのか収まってきつつあった。
裏道を右へ左へ曲がりながらどんどん進んでいく。偶にコボリオンが襲ってくる事があったが、難なくクロムが撃ち抜いていくことで比較的安全に進むことができた。
そして着いた先は、
「門......?」
「サイヴァ地区の正門だ。普段はここから人やら荷物やらが入ってくるから開いてるはずなんだが......」
完全に閉まっていた。
「なんで閉まってんだろ」
「そいつは開けてみりゃ分かるだろ」
そう言ってドラークは近くに設置してあるレバーを倒す。
ギィィィ......と音を立てて大きな扉がゆっくりと開いていく。開ききったその先には!
なんということだろう。
何もなかった。
ただの草原が広がっているだけだった。
「えぇ......?」
クロムは驚愕を通り越して呆れ果てていた。
てっきり門の外にこの惨事の元凶がいると思ったのに.........
疑問と呆れの混ざった視線をドラークに向けるが、ドラークは真剣な表情で
「来るぞ」
「えぇ......まだ芝居続けるの......」
「違う。上を見ろ」
クロムは言われた通りに上を見る。
そこには、地区をうろつくコボリオンのふた回りばかり大きな体躯を持つコボリオンが
降ってきた。
「えぇ⁉︎」
今度こそ驚愕の声を上げるクロム。
「避けるぞ」
そう言ってドラークはクロムの腕を掴んで後ろへ飛ぶ。大きなコボリオンは先程までクロム達が立っていた場所に大きな震動付きで着地する。
「━━━━━━━━━━━━━━ッ!!!!!」
コボリオンが咆哮する。
空気が揺れ、地面が少しだけ捲れる。威圧的なその咆哮はクロムを完全に怯えさせた。
「ちょ、何あれ何あれ何あれ何あれ⁉︎ドラークさん⁈」
ドラークは落ち着いた様子で
「ジェネラルコボルトだな。地区内をうろついてたコボリオンの親分みたいな奴だ」
「なんでそんなに落ち着いてられるんです⁉︎早く逃げないと!」
つい数十分前のクロムのあの威勢は見る影もなかった。
「なんでって、イオが行きそうな場所に行くっつったろ?それ、ここだよ」
「こんな危ないとこに来るわけないでしょ!」
「お前の話を聞いた限りじゃ、あいつは元凶を突き止めるために突っ走っていったと推測したんだがね。あいつはそういう奴だからな」
「なんでそう......」
言い切れる、と言おうとした時、
「少なくとも、お前よりあいつの事は理解してるつもりだ。長い付き合いだからな」
その言葉にクロムはハッとする。
「とは言え、イオがここにいないって事はまだ来てないのか。じゃあ先に殺っとくか」
何故「やっとく」が「殺っとく」に聞こえたのか、クロムは咄嗟には分からなかった。
ドラークはクロムに向き合うと、
「クロム、今ここで誓え。今から見る光景を見ても、決して態度を変えないと」
何故そんな事を、とは聞けなかった。ドラークの表情はそれだけ真面目なものだった。それに、クロムにとっても今更だった。驚く事なんて、もうたくさんした。どんな事が起こっても動じない、多分。クロムは当たり前のように力強く頷く。
「分かった。絶対に変えない」
「ありがとう」
ドラークはジェネラルコボルトに向き合う。
コボルトは再び咆哮を上げ、持っていた巨大な石斧を振り回しながら突進してくる。
ドラークはそれに臆することなく、右手を前に出す。
「ドラークさん!」
「大丈夫」
コボルトは石斧を振り上げ、ドラークの脳天目掛けて振り下ろす。
ドラークはコボルトが石斧を振り上げた瞬間、その懐に飛び込んで、
「血術・逆流」
「━━━━━━━━━━━━━━ッ⁈」
ドラークは右手をコボルトの身体に触れてそう呟くと、コボルトは苦しそうな咆哮を上げると、
その場で倒れてしまう。
そしてコボリオンと同様、その身体は砂に還る。
「な、なにが.........っ」
驚かないとは誓ったものの、流石に今のは無理だ。
触れたら、死んだ?
「まあ驚くな、て言う方が無理あるわな今のは」
ドラークはすまなさそうに言う。
「説明は後で。今はとっとと......」
ドラークはそこで言葉を切って、後ろを振り返る。クロムもつられて振り返ると、
イオがいた。
「よお、遅かったな」
ドラークは何でもないように言った。
「てっきり、もうちょっと早めに来ると思ってたんだが」
イオは煤けた顔に微笑を浮かべ、
「人助けしながらだったからね」
イオはクロムの方に目を向けると
「ごめんね、置いて行っちゃって。大丈夫だった?」
「大丈夫大丈夫。イオの方こそ無事でよかったよ」
本当はいろんな事が立て続けにあって全然大丈夫じゃなかったが、これくらいの意地は張ったっていいだろう。
ドラークは、パンっ、と手を叩いて
「じゃ、残った仕事を片すか?」
と、どこか気楽に言って、さっき来た道を引き返す。
疑問に思う事は終わってから、と言外に言っている風にも聞こえた。
「そうだね」
イオも賛成して続く。
クロムも一拍遅れて、
「そうだな、でもドラークさん」
「あー分かってる。ちゃんと説明してやるさ」
心の中も把握済みか、とクロムは観念したように後に続いた。
「あ、でもドラーク、クロムは......」
クロムが銃を持っているのを知らないイオはドラークに尋ねる。
ドラークは、ニヤニヤしながら
「まあ、見てりゃ分かる」
あーこれ、反応を面白がろうとしてんな。
そう思う2人だった。