第一綴 凍エ姫 其ノ四
今回は少し短めになってます。
現在時刻七時四十七分、もうすっかり日も暮れ、電灯の少ない田舎は随分と暗い。特に僕の家がある山の方は電灯も一つしか無く、さらに家も少ないため、月や星の明かりのみが頼りといった暗さである。また周りを深い森が囲っているため、心霊騒ぎがよく起こるこの町では最も危ない場所と考えられているので、この時間になるとここに近寄ってくる者は殆どいない。居たとしてもこんな暗い所歩きたくないだろうし皆早足で家へと急ぐだろう。
さて、そこで今の状況を整理しよう。僕の数十メートル前方、この辺りには一本しかない電灯に、幻怪高校の制服を着けた女生徒が1人、しゃがんでもたれ掛かっている。
どうしたんだろう…?
こんな時間に外に出て、しかも目立ちやすい電灯の下でうずくまっているのは危険だし異常だ。
とにかくまずは大丈夫かどうか確認しないと!
僕はその少女の元へ駆け寄った。近づくにつれ、遠くからは分からなかったが少女の体が小刻みに震えているのが分かった。もう夜も暖かくなったこの頃だが、まるで寒さに耐えるように振動していた。
あと5メートル程度のところまで来たとき、少女の方が僕に気付き、こっちを振り向いた。
それは知ってる顔だった。
今日転向して来た、湯木芽 冷華だった。
「ゆ、湯木芽…さん?」
話したこともないのでどう呼べばいいか分からず、そう呼んだ僕に対し、
「き、君は…何故、私の名前を?」
湯木芽は消え入るように小さい声でそう僕に聞いた。その顔色は酷く悪く、呼吸もままならない、と言った様子だった。
「同じクラスの奴だよ、それよりもお前、大丈夫かよ…顔色がかなり悪いぞ?肩貸すよ、ほら。」
そう言って僕は彼女に手を差し伸べた。この僕の行動は恐らく同じ状況に置かれた者がとる行動の模範的かつ最も多い例だったと思うが、しかし彼女はひどく怯えたような表情を見せて、即座に立ち上がった。
「だ、大丈夫だ!心配はいらない…ありがとう。その気持ちだけありがたく受け取っておこう。あ…その、申し訳ないがクラスの皆には黙っていてほしい。そうしてくれると助かる。それだけでいい、それだけでいいからあとは放って置いてくれて構わないよ。」
彼女はそう言って微笑んでみせるが、その体は震え、立っているのがやっとという感じに電灯にもたれかかっている。生憎僕はこんな状態の人を放って家に帰れるほどの薄情さ冷淡さは持ち合わせていない。
「いや、どう見ても大丈夫じゃねーよ…家、この辺なのか?辛そうだし、送るよ。」
「い、いや…家はこの辺じゃ、なく…て…あの、その…」
途端、彼女の返答の歯切れが悪くなった。急にどうしたんだ…って、ん?
よく見ると、湯木芽の手には一枚の紙切れが握られていた。
「湯木芽、その紙はなんだ?」
「こ、これは…目的地が書かれてる紙だ!もうすぐ着くらしい、だから、本当に一人で行ける…行けるから大丈夫だ。」
そうは言うが、さっきよりも声が小さく、息も荒い。足もまるで産まれたての鹿のようにブルブルと震え、もう限界、と言った様子だった。
これ以上会話してる暇は無さそうだな…
僕はこの辺りで会話を止め、行動に移すことにした。
「よし…湯木芽、その紙貸してくれ。この近くなら何処に何があるのか分かるから、そこまで連れていくよ。」
そう言って、多少強引ではあるが、そうしないと倒れてしまいそうだったので、僕は紙を取るため、湯木芽に手を伸ばした。
その時だった。
「触れるな!」
そう怒号とも、悲鳴ともとれる声が響いた。その声を発したのは、紛れも無く目の前で立っている湯木芽 冷華だった。
その顔は必死で、恐怖しているようにも、驚愕しているようにも見えた。その叫び声が彼女の限界だったのだろう。彼女はまるで糸の切れたマリオネットのようにがくっ、と膝をつき、泣き出してしまいそうな顔で、こっちを見た。
「頼む…頼むから…。」
今にも消えてしまいそうな声で、
「私にこれ以上…無理を…させないでくれ…」
そう言って、気を失い、地面に倒れ込んでしまった。
その時、目の前に広がった光景を見て、僕は彼女が何を考えていたのか、何をしようとしていたのか、全てを理解した。
何故彼女が転校してきたのか、
何故彼女が冷たい態度を学級でとっていたのか、
何故こんな所に居たのか、
何故僕が差し伸べた手に怯えたのか、
そして、
何故、存在が冷たいと言われたのか。
倒れ込んだ彼女の周り、その地面に、氷が張っていた。彼女を中心に結晶のような美しい形を象りながら。
目的地まで背負うために彼女の身体に触れる、それはまるで氷を触っているかのように冷たかった。とても人が出せる体温では無い。
「一応…確認しとくか。」
大体目的地は分かっているが、念の為に彼女が握っていた紙で、どこに送ればよいか確認した。
そこにはやはり、僕の家、神溝家への地図が書かれていた。
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