家族再会
引っ越しが終わってから一か月程過ぎた。
今日も授業が終わり、いつもどおりカルムを待っていると、カルムが眠そうに欠伸をしながら歩いてきた。
「お疲れ、カルム。眠そうだね」
「昨日は、儀式の準備が捗ってねぇ。それより、シラタキの腕そろそろ直りそうなのかい?」
「それがね。シラタキが吐き出した鉄材を使って作りなおしてみたんだけど、魔力の通りがすごくいいんだ」
ここ最近、壊れた部分の原因を調べていたところ、破損した原因は強い衝撃が加わったことではなく、魔力の流入に陣と回路が耐えきれなかったことが原因だとわかった。
でも、シラタキが一度体内に取り込んだ鉄材が魔力に対して高い耐性があることがわかり、それを使って一度全身を組み直してあげた。
なのに本人は、もっとかっこよくなるかと思った。なんて失礼なことをいっていたけど。
「へぇ、そりゃよかったじゃないか。なら今度は簡単に壊れたりはしなさそうだねぇ」
「そうだ。最近テールとカナル先生とシラタキの三人が隣の研究室で何かやってるのが気になるんだけど、何か知ってる?」
「さぁねぇ。でも確かに最近仲良すぎて気持ち悪いくらいだよね」
「カナル先生って魔術陣開発ですごい活躍してる人だよね? 研究の手伝いとか頼まれてるのかな」
「まぁシラタキもいつまでも研究室に閉じこもりっぱなしじゃ、気が滅入るだろうし気晴らしになってちょうどいいんじゃないかね」
「そうだね。もう公然の秘密みたいになってきてるし、そろそろ外に出てもいいのかもね」
あれから、私達が研究室を使用している事実はあっという間に広まってしまい、結果的にシラタキの存在も周囲にばれてしまった。
アトリア校長としては、ばれてしまうのはわかっていたことで、校内にいれば問題はないらしい。
シラタキはばれちゃったんじゃ仕方ないと自由にしだし、最近じゃカナル先生とテールの三人でよくわからない研究をしている。
カナル先生は、1か月ほど前にできたテールの友人で、隣の研究室を使用している先生だ。
魔術陣開発の権威なんて言われてる先生とあの二人がどんな研究をしているのかわからないが、妙に仲が良く、最近じゃ入り浸っている。
二人で話ながら歩いていると私達の研究室の近くまで来たところで、例の三人の声が聞こえてきた。
カルムが面白そうな顔をして廊下の角に隠れる。
視線から察するに盗み聞きしようということらしい。
「いやぁ、素晴らしい! 本当にお二方は素晴らしいですな! これは革命になりますぞ!」
異様に高揚した声が聞こえる。
カナル先生の声だ。
カナル先生は堅物なことで有名な先生なのに二人の前だといつもこんな感じだ。
「いやいや、カナル。君の素晴らしい技術があってこそだ。おかげで我等が野望。成就の日は近い」
そうだよそうだよ! とテールがシラタキに続く。
シラタキはアルマンド先生やフォリア先生にはいつも丁寧な口調なのになぜかカナル先生の前では、あんな口調を使う。
「おっとそろそろ授業が終わる頃ですな。お二方、あとの調整は私に任せて御戻りを」
「ふむ、いつも済まないな。大成した暁には、いの一番の席設けさせてもらうぞ?」
「ははぁ! ありがたき幸せ!」
なんなのだろう。私達には秘密なのも気になる。
三人がそれぞれ研究室に帰ったのを確認した私達は、先ほどの疑問を話し合いながら研究室に戻ろうとしていたところ。突然ドアを開けたカナル先生と鉢合ってしまった。
「なんだ? 邪魔だ、そこをどけ」
「は、はいすみません……」
ほんとなんなのだろう!
―――
妙な疲れを感じながら、自分達の部屋に入る。
「お、帰ってきたな。お疲れ様ー」
「二人ともおかえり!」
「うん、ただいま」
「今戻ったよ」
二人共、何事もなかったかのような態度だ。シラタキなんかさっきまで王様みたいな態度だったくせに。
「さっき廊下で話し声が聞こえた気がしたんだけど、二人とも廊下にいたの?」
「ん? いや、いなかったよ」
「そそそ、そうだよ。廊下で話なんかしてなかったよ!」
シラタキはともかくテールは嘘が苦手だ。今も余計な事を言おうとしているテールをシラタキが捕まえている。絶対怪しい……。
さらに追い詰めようとしていると。
「ほ、ほらそれよりさ、なんかロワに手紙が来てたけど?」
「え! ほんと!? どこどこ?」
「そこそこ、机の上」
「ありがと」
前に家族に出した手紙がやっと返ってきたらしい。
お父さんとお母さんも元気かな。リヤの魔術は成長してるといいなぁ。
回復魔術を使える魔術師は少ないから、きっと村でも大活躍してるんだろうな。
そんな思いを抱きながら手紙を読んでいく。
なにやらいつもより字がヘタな気がする。
リヤが書いたのだろうか。
などと疑問に思いながら手紙を読み進めていくと、家族が今ここ、クアルト魔術学校のある街まで来ていて今宿にいるから是非会いたいという内容だった。
もう2年以上会えていない家族が近くまで来ているらしい。明日は丁度休みだ。丁度いいので、カルムとテールも誘って行くことにした。
シラタキも行きたがったが、さすがに街まではまだ出すわけにはいかないので、待ってて欲しいと頼むと、渋々了承してくれた。
―――
「あぁ久々の家族との再会、緊張してきたかも。ねぇカルム、この服おかしくないかな?」
「ロワ落ち着きなって、もう三回目だよ?」
「僕も楽しみだな。ロワの家族ってどんな人なんだろう」
目的の宿に向かって三人で街を歩いていると、さっきから男の人とすれ違うたび、カルムに驚き、振り返ってまた見てくる。
私はよく村で着ていたような服だけど、今日のカルムは肩を大きく露出した際どい格好をしている。
普段はいつも制服で、生徒達から恐れられているカルムだが、考えてみたらカルムは上位魔族の出なのだ。今着ている衣装もカルムの種族の伝統衣装なのだという。
「でもやっぱりカルムの服、すごいよね。さっきから男の人が皆振り返って見てるし……」
「だって今日はロワの家族に挨拶に行くんだ。もしかしたらロワを貰えるかもしれない。ならしっかりした格好しなきゃいけないだろ?」
「ちょ、カルム、なにいってるのさ」
「へっへへ、冗談だよ冗談」
本当だよね? 冗談なんだよね? 今、目が本気としか思えなかったんだけど。
魔族の人達っていろいろと倒錯してるから、たまにカルムの冗談が嘘か本気かわからない時がある。
と、話ながら歩いていると目的の宿が見えてきた。
「ここって結構する宿だよね? 私の家族が泊まれるとは思えないんだけど」
「でも手紙にはここって書いてあったんだろ? まぁ入ってみるかね」
カルムに言われ中に入ってみる。
私みたいな小娘が入っていい感じの宿ではないように思えるが、今は大人っぽい格好をしたカルムも一緒なので、なんとか耐えられる。
カルムが受付で確認してみたところ、やはりここで合っているらしく、隅の部屋に案内されたのだが、入ってすぐ何かに捕まえられ、身動きがとれなくなった。
「お、こいつがロワか? おい、こいつがお前らの娘か?」
「ッ! 皆! なんで!」
男が声をかけた方向をみると、お父さんとお母さん、それに、妹のリヤが奥のベットの上で縛られていた。
三人とも何か口にかまされていてで返事が聞き取れない。
私の反応をみた男は満足そうに頷く。
「やっぱこいつか。なんでぇ、妖精族に色っぽい魔族の姉ちゃんまでいるたぁ、どんだけ儲けさせてくれる気なんだぁこいつらはよ!」
部屋にいる男達は5人。
笑いながら、私達を縛りあげている。
私は縛られている間、わけがわからないまま、家族を見つめることしかできなかった。
男達は私とテールを縛ると家族のそばに寝転がす。
カルムは抵抗していたが、こちらに気を取られた隙をつかれ、男二人に抑え込まれてしまっていた。
「ん? なんだ、わけわからないってか? そうだろうなぁ。久々に家族に会えると思ったら、こんな状態じゃなぁ」
「なんなの! 何が目的で私達にこんなこと!」
「なんだまだわからねぇのか? お前だよ。お前はその歳で中級中位の魔術師らしいじゃねぇか。普通じゃねぇよなぁ。それだけでも価値があるってのに、これだ」
目の前の男が言葉を切ると、何か紙のようなものを私の足元に放り投げた。
「これって……」
それは私が進級試験の時に提出したはずの研究資料だった。でも、これは学校に提出したはずじゃ……。
「ゴーレムの半永久化とは恐れ入るぜぇ。膨大な富を生み出す研究だ。そうだろ?」
「こ、これはまだ完成してない!」
「それも知っているさ。でもな、もういるんだろ? 限りなく完成品に近いゴーレムが。だからよ、お前の家族に手を出されたくなかったら、俺達の言うことを聞いてもらおうか」
体が震え、涙が止まらない。怖い。
自分の身が怖いんじゃない。
私の研究のせいで家族や友達、皆に被害が及んでしまうのが怖い。
私は震える体を抑えつけながら口を開く。
「わ、わかりました。だから皆には手を出さないで……」
「そうそう。そうしていればお前の大切な家族には手を出さなぶへぇッ」
突然、目の前の男の横から別の男が飛んできて、一緒に壁に叩きつけられた。
男が飛んできた方向に視線を移すと、抑えつけていたもう一人の男の頭を片手で掴み、肩口から炎を噴出しながら男達を睨みつけているカルムが立っていた。
「お前らぁ! 私のロワを! 悲しませやがってえええ! 死いいいねえええ!」
今まで見た事が無いくらい怒っているカルムは掴んでいた男を私の家族の近くにいた男に投げつけた。
「ヒィッ!」
男は怯えながらそれを避けるが、すでに飛びだしていたカルムに殴り飛ばされる。
殴り飛ばされた男は壁に激突しずるずると落ちると、動かなくなった。
「クソ! なんだこいつ! 聞いてねぇぞ!」
最後の一人になった男はそういうと入口に向かって走り、もう少しで出られる。
といったところでカルムの放った炎系魔術が直撃し、気を失った。
が、最初に私の前で話していた男が、意識を取り戻していたのか私の後ろから手に持っていたナイフを私に向けようとして――。
「おい! 魔族女ぁ! こいつの命が惜しぶへぁッ」
テールが持ってきていたよくわからない形をした玩具から放たれた石弾に弾き飛ばされた。
「ふぅ、僕のダイカンチョーは無敵なんだよ!」
期を窺っていた感のあるテールはともかく、男達をあっという間に倒したカルムは私達の拘束を解いてくれた。
男達の様子を窺うと全員まだ生きている。
殺してはいないようだったので私が安堵していると。
「あの、お客さん。うちではそんな激しい行為は。え?」
何かを勘違いした宿屋の店員がドアを開けた。
店員はドアを開けた体勢のまま固まっていたが、慌てて衛兵を呼びに行ってくれた。
「カルム、大丈夫?」
「ふぅうう……」
部屋の隅で息を荒げているカルムに声をかける。
カルムは肩口から噴出している炎を収めようとしているようだ。
カルムは感情が昂るとこうなってしまうのだ。私が苛められてた時に、よく制服を丸焦げにしていた。
「カルム、今日は本当にありがとう。きっとカルムがいなかったら私……」
私は涙を払うと、壁を向いて炎を静めていたカルムの手を取って語りかけたのだが。
カルムはブルッと体を震わせると私の肩をガシッと掴み、言った。
「今その続きを言われると、大変なことになってしまうので、落ち着くまで待って下さい……」
「え? あ、はい」
そう言うと、カルムは部屋の隅に行って、頭を壁に打ちつけながら何かをブツブツと呟いていた。
「ロワ、よかった。本当に、よかった」
「お姉ちゃん。無事でよかった」
突然後ろから抱きついてきた家族に驚きつつも、家族に向き直ると、私も涙が抑えきれなくなり、一緒に泣いた。
―――
あの後店員に呼ばれた衛兵が駆け付け、男達を捕縛した。
何があったかの説明と安全のためにお父さんとお母さんと妹のリヤが保護されていき、私達三人はアトリア校長に何があったか報告するため学校に戻ることを衛兵の指揮をとっていた人物に告げると、衛兵を一人つけてくれることになった。
「しかし、なんとかなってよかったねぇ。私もいろいろと危なかったよ。いろいろとね」
なんとか落ち着きを取り戻したカルムが何か意味深なことを呟いている。
「カルムとテールも本当にありがとう。私は何もできなくて、申し訳ないかな」
「それはしょうがないよロワ。錬金魔術はもともと戦闘に向いた魔術じゃないんだからさ。それよりもだ。テール。あんたもっと早く援護できてただろぉ!」
「だってしょうがないんだよ! シラタキがギリギリで活躍するのが最高にカッコイイ登場なんだって教えてくれたんだもん!」
「だからってあんなギリギリまで引っ張る必要はなかっただろうがぁぁ!」
「いたいいたい! 潰れちゃうぅ! 離してぇ!」
再び、肩口から炎を上げたカルムが、テールを締め上げて説教を始めた。
ついてきてくれている衛兵さんは止めるか止めないかチラチラとカルムを窺い、怖くなったのか止めるのをやめたようだ。
―――
あれから、アトリア校長に事のあらましを説明し、研究室に戻ってきた頃にはもうすっかり暗くなってしまっていた。
今日は入口の外で番をしてくれることになった衛兵さんを外に残し、研究室の中に入った私達はシラタキがいないことに気付き、慌てて心当たりのある場所を探したのだが。
どこにも見当たらなかった……。