幕間 ロワの家族
「よくがんばったね。リヤ、今日はそろそろおしまいにしよう。母さんの夕飯の支度が終わる頃だ」
「ん、わかった」
今日は畑の周りの雑草をいっぱい取った。
お父さんはがんばるとほめてくれる。
お姉ちゃん達がいなくなってさみしいけど、お父さんとお母さんを独り占めできるのはうれしい。
「今日は野菜入りスープよ。よく味わって食べること」
お母さんの作ったごはんにこんなに大きな野菜の入っていることは珍しい。
「わぁ、野菜ごろごろ。何かあったの?」
「今日はロワお姉ちゃんから手紙が届いてね。なんと進級試験に受かったんですって」
「ロワはうちの誇りだなぁ」
ロワお姉ちゃんはすごい。
私の歳の頃にはもう大きな石の人形を操って村の皆のお手伝いをしていた私もマネをしようと思ったけど、難しくて全然分らなかった。
ロワお姉ちゃんは、勉強してもっと皆を楽させてあげるねっていって遠くの学校に行ってしまったけど、お姉ちゃんからたまに届く手紙を私とお父さんお母さんは楽しみにしている。
「ってことはあと1年でロワは帰ってくるのか」
「お姉ちゃん帰ってくるの?」
「そうね。もうすぐ帰ってくるわね」
「リオンのやつも、今どうしているのだか」
「あなた、リヤの前でリオンの話は……」
「そうだな、すまない」
一番大きなリオンお姉ちゃんは私がまだ小さかった頃冒険者になるっていって、お父さんと喧嘩して家を出て行ってしまった。
よく家の外で剣を振っていたのを覚えている。
「しかし我が家から魔術学校に通える子が出るとはなぁ」
「お父さんまたその話してる」
「リヤもすごいじゃないか。回復の魔術が使えるなんて、普通できることじゃないんだぞ?」
「私もお姉ちゃんみたいに石の人形を使えるやつがいい」
「そうか? 村の皆もリヤがいて助かるって言ってくれてるんだぞ?」
「ん。それはうれしい」
お姉ちゃんが魔術を使えた事がうれしかったお父さんは、街に行った帰りにぼろぼろな本をよくお土産に買ってきてくれた。
私も、お姉ちゃんみたいになりたくて、読んでみたけど、できたのは回復の魔術だけ。
お姉ちゃんは本の魔術はほとんど使えたのに……。
文字の勉強もお姉ちゃんより進みが遅いと思う。
文字を教えてくれたお母さんは褒めてくれるし、俺なんか読めないぞ?ってお父さんは慰めてくれるけどそれでもお姉ちゃんの方がすごい。
「お母さん、今日も文字教えて」
「リヤも勉強熱心でえらいわね。でもリヤもう殆ど読めるじゃない」
「ここの読み方が分らない」
「ははは、うちで読めないのは俺だけか。母さん、やっぱり俺も教えてくれない?」
「あなたは何回挫折するのかしら?」
私もお姉ちゃんみたいになって皆に楽させてあげたい。そのためにももっと勉強をがんばると決めたのだ。
―――
「リヤちゃんありがとうねぇ。そうだ、これ持って行きな、お礼だよ」
「ん。ありがとう、またくるね」
今日は腰を痛めていた友達のティエラのおばあちゃんに回復の魔術をかけてあげた。
皆を治してあげるといつも野菜とか、運がいいとお肉が貰えることもある。
ご飯が豪華になるとお父さんとお母さんも喜んでくれる。
お腹もいっぱいになっていいことづくめだ。
「リヤ、ありがとねー、私もそれできるようになりたいんだけど、教えてよ」
「いいけど、ティエラじゃムリ。文字読めないし」
「だって文字って読めなくても畑仕事はできるじゃない」
「読み方が分らないと詠唱の意味も分らない。でも、魔術陣ならできるかも」
「ほんと! 教えて! 教えて!」
「でも魔術陣は詠唱よりも魔力が必要。やっぱりティエラじゃムリ」
「いいじゃない。やってみるだけ、ね?」
「なら今書いてあげる。これに手を置いて」
ティエラに書いてあげたのは、回復魔術陣。
本当なら陣の中央に回復させる対象を置くのだけど、発動を確認するだけならこれで十分。
「これに手を置けばいいのね。ムムム……」
陣は少しの間だけ光るとすぐに元の状態に戻った。
「ぷはぁ。どう?」
「これだと擦り傷を治せるくらい」
「そんななの!? てか、これってうちの生活機なんかとは比べ物にならないじゃない。リヤはよくこんなの使って大丈夫ね」
生活機は生活魔術って呼ばれる、小さな火を起こしたり、水が出たり、洗浄っていう魔術がセットになった道具でうちにもある。
うちにあるってことはどこの家にもある。
「お姉ちゃんはもっとすごい。私なんかまだまだ」
「ロワさんもすごかったけど、リヤもすごいと思うんだけどなぁ」
今日はうちでティエラと遊ぶ約束をしていた。
ティエラはいつも元気で村の男の子達ともよく遊んでてすごい。
村の男の子はいつも赤い顔でこっちを見てくるのでちょっと怖い。
きっと回復魔術が嫌いなんだろう。
「あれ? なんかリヤの家の前に誰かいない?」
「ほんとだ。誰だろ?」
「知らない人なの? あ、こっちに気付いたみたい」
私の家の前にいた男の人はこっちに気がつくと声をかけてきた。
「やぁ、お譲ちゃん達、ここの家の人ってどこにいるか知らないかな?」
「お父さんとお母さんは畑にいるよ」
「あぁってことは君がここの家の子かな? 賢そうだねぇ」
男の人はそういうとニヤっと笑う。この笑い方は好きじゃない。
前にうちにきたお父さんを叩いた人もこんな笑い方をした。
「どうしたのかな? そうだ、君の家の畑はどの辺か、教えてくれるかな」
「あっち」
「そうかあっちか。ありがとうねぇ、また会えるとうれしいな」
男の人はまたニヤって笑うと畑に向かっていった。
「なんか気味悪い感じの人だったね。リヤの家になんの用があったんだろ。野菜売りの人かな?」
「違う、野菜売りのおじさんはもっと大きい」
「リヤは大小で人を見分けてるの?」
ティエラはたまに失礼。でもあの人は本当に知らない人だった。
――
あの日からお父さんとお母さんの様子が変。
いつもはにこにこしてるのに、最近はずっと暗い顔してる。
どうしたのか聞いても心配することはないよって言われて教えてくれない。
きっと私がお姉ちゃんみたいにすごくないからだ。
そう思って落ち込んでいたら、家のドアが荒く叩かれた。
「おい、ここ開けろ。今日が約束の期日のはずだぞ?」
「なんだこんな朝から、子供もいるんだぞ。日をあらため――」
「こんな朝から来てやってるんじゃねーか! 貸した金返すのか返さねえのかハッキリしろよ!」
突然やってきた男はお父さんを殴り飛ばすと、叫ぶ。
この男は知ってる。
この間来た人より前に来て、お父さんを叩いて帰って行った男だ。
「何言ってるんだ! あんたのとこに今月は返したじゃないか!」
「あぁ? この前来たやつが言ってなかったか? お前のとこの経営が怪しいから今すぐ全部返せってなぁ」
「あんなのめちゃくちゃじゃないか! そもそも俺達はちゃんと都市庁で借りたのに、なんであんたのとこで借りた事になってるんだ!」
「そんなの俺が知ってるわけねーだろ! いいから払えよ。それともそっちのお譲ちゃんに聞いてみるか?」
「子供は関係ないだろ! 俺だけ連れて行け!」
「まぁ全員連れてこいって言われてるんだがな。おい全員だ。逃がすなよ」
「あぁ分ってる。《睡眠》」
男が仲間を呼ぶと、もう一人男が入ってきて、私達に魔術を放つ。
私は慌てて抵抗するが抵抗しきれず、意識が朦朧とした。
お父さんとお母さんは倒れたまま動かない。
「こいつらの娘のロワってのはここまで強行するほど金のなる木なのかねぇ」
「まぁ、16歳で中級魔術師なんて普通に考えて異常だろ? それだけで十分金になるさ」
私は意識が朦朧とするなか、男達の会話を聞いてショックを受けた。
こいつらの狙いはお姉ちゃんだ。逃げなきゃと思うが、体が動いてくれない。
「なんだこいつ、いっちょまえに抵抗なんかしてやがったのか?」
「こんな子供に抵抗されるなんて自信無くすよな。《睡眠》」
また放たれた魔術に今度は抵抗することもできなかった……。