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引っ越し

「お引っ越し!お引っ越し!」


 テールが上機嫌で歌いながら俺の前を飛んでいる。可愛い。

 今日はダイカンチョーではなく、艦長椅子だ。

 最近はこっちがお気に入りらしい。


 ――結局、進級試験は合格だった。

 カルムが余計な事言うから嫌な予感がしていたんだが……。


「テール。静かにしないとだめでしょ」


 ロワがさっきからお母さんみたいになっている。

 まぁここは学生にとって憧れであると同時に近寄りがたい場所らしいので仕方ないのかもしれない。


 今俺達は、研究棟に用意された部屋に引っ越し中だ。

 研究棟は本校舎に隣接しており、一部生徒や教師達の研究室が並ぶ建物だ。

 本来は、フリーの魔術師に研究の支援と施設の提供を見返りに教員としてスカウトするために建設された施設らしい。

 

「105、105……ここね」


 案内役として先頭を歩いていたフォリアさんが部屋の前で立ち止まる。

 なんていうか、ドアが分厚い。窓もないようだ。

 

「さすが研究棟だねぇ。入口にも防御が施してあるよ。確かにここなら問題なさそうだねぇ」


 俺の横にいたカルムが、ドアを前に満足そうに頷いている。

 そういうの見ただけで分るもんなのか。

 ただの脳筋だと思ってたんだが違ったのか。

 なんて思っていたのに、カルムがドアを指先でツンツンやりだし、ズボっと指を突きさした。

 ……やっぱ脳筋だろこいつ。

 

「ちょ、カルム何やってるの!?」

「ちょっと試してみただけじゃないか。見てみなよ、こりゃなかなかのもんだね」


 言われて見てみるとドアがモコモコしながら穴を埋めていった。

 俺も触ってみるがかなり硬い。

 しかもすぐ修復されるようだし、どうなってんだこれ。

 ん? てかこれほんとに硬いんだけど。

 これに穴空けたの? 指で?


 フォリアさんはさっきから引き気味に見ていたが、懐から鍵を取り出すと、鍵を差し込みドアを開けた。ここは部屋ごとに使用者を登録しないと、自動的に攻撃し、警報を鳴らす仕組みになっているらしい。

 さっきのドアで警報が鳴らなかったのは、廊下に面したドアだったからだろう。

 その証拠に、ドアの向こうは狭い空間になっており、今度は表のドアより精緻なものがついていた。

 フォリアさんが先に進むと、今度はドアの横の箱のようなものを開け鍵を差し込む。

 と、足元が一瞬発光した。


「これであなた達はここの使用者として登録が完了しましたよ。それと、防御が発動したらカルムさんはまだしも普通の人は気絶するくらいじゃ済まないからここに誰かを招待するときは気をつけてくださいね?」

 

 そういうとフォリアさんは鍵を戻しに行くと言って本校舎に戻って行った。

 あの鍵はさっきの一本と緊急時の一本を合わせても2本しかないらしく、普段は厳重に保管されているものなんだそうだ。 


「それで、これからどうする?」

「あたしは、ひとまず次の召喚に備えて街に材料を買いに行ってくるよ」

「あ、なら私も行こうかな。家族に手紙を出しておきたいんだ」

「じゃぁ僕も行く! 新しいお菓子買いたい!」

「街か。俺も行く行く」

「しらたきはダメだろ。何のためにあたしらがここに引っ越したと思ってるのさ、おとなしく留守番してな」


 うん、知ってた。知ってたけどさ、異世界の街見たいじゃん。

 俺いつになったら外出られるようになるんだよ……。


「そうか。ごめんな、俺も外に、出てみたくてさ」


 せめて行きづらくしてやんぜ。

 気まずい空気で買い物でもしてくるがいい!


「うぅ、そ、そのうち……ね? わ、私もシラタキがすぐ出歩けるように頑張るから!」

「じょ、冗談だよ。いってらっしゃい」


 こやつ、素直すぎて罪悪感がすごい。

 

 三人を見送ると、部屋を見渡す。

 ここは研究室というだけあり、なんだかよくわからないものがごろごろしている。

 ガラス瓶に入ったよくわからない液体、意味不明な形状をした道具など、なんだか面白い物がたくさんあるので、他に何かないか見て回ることにした。 


 意識を集中して球体の手を5本指の手に変形させるとドアノブを回し隣の部屋に入った。

 ここは二人の部屋のようだ。

 クローゼットにベットなんかもある。

 まだ引っ越してすぐだが女の子の部屋だ。

 三人ともここに住むようで、寮の荷物も隅に押し込んであった。

 元の体だったら何か反応しそうなものだが、なにも感じない。

 ちょっとだけ悲しくなりながらもドアを閉め別の部屋に移動することにした。


次に開けた部屋は倉庫のようだ。

 またしても変な形の道具がごろごろしている。

 どうやって使うか自分なりに模索して遊んでいると、部屋の隅に金属の塊が積まれているのを発見した。

 鉄だろうか? 成形した鉄の塊って初めて見たな。

 しかし、なんだろうこの感覚。前の体の時はよく感じた気がするんだが……。

 あ、これ、食欲か? いやいや、嘘だろ? 俺……これ食えんの?

 信じられないことに俺は鉄の塊を食べたいらしい……。

 どうせゴーレムだし腹壊すことはないだろうと思い、試しに食べてみることにしたのだが、問題は口もないのにどうやって食べるかだ。

 とりあえず、口の辺りに押し当ててみると鉄の塊はずぶずぶと体に飲み込まれていく。


「うまぁぁぁ!」


 なにこれ美味い。

 これハンバーグだ。ハンバーグの味だ。

 久々の食事に俺は心の中で涙を流した。

 なにしろ、寝ることできず、テレビもないこの世界でボーっと暇を潰すしかなかった俺に、唯一残された楽しみ。食事を発見したのだから……。

 もう止まらない、積んである鉄材をもりもり食べた。

 口に相当する部分だけでなく、手からでも胴体でも食べられる事が分った俺は、文字通り、全身で鉄材を味わった。


 はぁ、もう満足ですわ。

 なんかここにあった鉄材全部なくなったけど、もう全部どうでもいいな……。

 ……さて、なんて謝ろうか。これ、絶対だめなやつだろ。

 どうしよう怒られる。

 

 頭を抱え考え込んでいると、体に変化が起きていることが分った。

 なにやら体全体がキシキシするのだ。

 キシキシがなんだかわからないが、そんな感じだ。変化を感じ、体を見下ろしてみると、ゴーレムボディがわずかに光沢を帯びていていた。

 どうやら、鉄材を吸収したらしい。

 試しに手を変形させてみたが違和感もないことから、俺の体の一部だと認識されたようだ。

 どうなってるんだろうと観察していると、突然後ろから声をかけられた。

 

「どこにもいないと思ったら、こんなところでなにしてるんだい?」


 ビクッと驚いて振り向くと、カルムが不思議そうにこちらを見ていた。

 どうやらいつの間にか大分時間が経っていたようだ……。





――― 





「しんっじらんない! 学校が用意してくれた鉄材全部食べちゃったの!? ていうか、食べちゃうって何? ゴーレムって鉄材食べるの!?」


 鉄材が無くなった倉庫を見たロワが、体を壊した時以上の剣幕で怒っている。

 先ほどからジャパニーズドゲザスタイルを維持しているのだが、全く収まる気配がない。


「お、落ち着いとくれロワ。あたしもこれにはびっくりだけど。材料はまた頼んだらいいじゃないか」

「あの鉄材がいくらすると思ってるの! 私の家族だったらしばらく働かなくてもいいくらいするんだよ!」

「それはロワの家族がちょっと特殊であって、そこまでできるものじゃ……」

「なんなの! 私の家族は普通だよ!」

「ヒィッ」

 

……と、天啓が舞い降りた。

 体に吸収されて、操作が可能なら、取りだすことも可能なんじゃないか……と。

 今の状況をひっくり返すにはこれしかない。やるぞ! 俺は! やればできる!

 

「うおぉぉぉ! うえぇぇぇぇ!」


 叫びながら全身に力を込める。

 すると、吸収した鉄材は一か所に集まり、ゴトリッと音を立てて口の辺りから鉄塊が吐き出される。

 やった! でた! もう一度だ! 


「はぁ……はぁ……うえぇぇぇ」


 続いてもう一つインゴット状に成形して吐き出した。

 なかなか慣れてきたな。


「はぁ! はぁ! もう一度だ!」

「ちょ、もうやめなよ! ロワ、許してあげて!」


 カルムが涙目で俺を慰めてくれる。だがここで諦めるわけにはいかないのだ。

 さらに、力を込め、鉄材を吐き出そうとすると。


「もうやめてぇ! ごめんね! 私が悪かったから!」


 ロワは泣きながら俺を許してくれた。





―――





 あれから数時間、体の中の鉄材を外に出すために操作を練習し、手からスルッとだせるようになった。多分吐き出すイメージを持ったせいで、あんな感じになったのだろう。

 後ろから出たりするイメージをしなくて本当によかった。大変なことになるところだった……。


 時刻はもうすぐ夕飯時。

 ロワとカルムは夕飯の準備をしている。テールはさっき飯の匂いを嗅ぎつけ帰ってきた。

 別の研究室で友達ができたとかで、さっきまで遊んでいたようだ。

 俺は食事ができないので、そろそろ部屋の隅にでも移動しようかとしたところ、ロワに呼び止められた。


「さっきはごめんね。ほら、これ、食べていいよ」


 ちょっと混じりっ気のある鉱石の欠片が皿にゴロゴロと盛られていた。

 これを食べてくれってことか。

 普通、こんなのを食べてなんて出されたたらイジメを疑うが、今は食べられるのが分っている。

 まぁ何にせよ。この世界にきて初めての仲間との食事はなかなか美味いものだった。


 ちなみに、ゴロゴロ鉱石片はサイズのせいか、軟骨揚げみたいな味だった。

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