ロワのゴーレム開発
私がここ、魔術学校クアルトに入学してからもうすぐ3年になる。
学校の名前がそのまま都市名になるほどのエリート校に入れたのも、今も畑を耕しているだろう両親が無理をして安くない入学金を出してくれたからだ。
その期待に応えようと必死に勉強を重ね、錬金魔術の中級下位を会得した。
でも、人気の無い錬金魔術とはいえ、たかが農民の娘が中級まで会得するのは周囲の嫉妬や反感を買うには十分だったらしい。
この学校では、私のような農民出身の生徒は肩身が狭い。
大きな商家や貴族の生徒達にとって、私は面白い存在ではないようで、だんだんと私はクラスメイトからも避けられるようになり、これ幸いと私も研究に没頭した。
でも、早期に告知されていた3年生への進級試験の内容に愕然とした。
進級試験の内容はチームを組み、進級に十分と判断させる研究結果の報告をすることであったからだ。
私はもう二年半になろうというのに、まだ一人も友達がいない……。
まさか、こんな課題が出るとは思わない。
避けられているのをいいことに交友関係なんて全く築いてこなかった私に、今さら組んでくれなんて言えるはずがなかった。
その後、学校側にも一人で受けられないか確認してみても「この試験は生徒個人の協調性も審査対象である」といわれれば引きさがるしかない。
詰んだ……。
せめて私と同じ農民の出の生徒の友達くらい作っておくべきだった。
でも、どっちみちだめだったろう。
ただでさえ肩身の狭い彼らが、避けられている私と友達になってくれるとは思えない。
そんな私に声をかけてくる生徒がいた。
「なぁ、ロワ……で合ってる? 私はカルムってんだ。あのさ、急にこんなこと言うのもなんだけど、あたしと組んでくれないかい? まぁ、ロワが良ければなんだけどね」
若干はにかみながら声をかけてきたのは褐色の肌に燃えるような髪と瞳を持ち、頭に二本の短い角を生やした悪魔族の女性。カルムだ。
彼女の噂は私でも知っていた。
なんでも、上位の魔族とされるフエゴ族の出で本人もすでに中級炎系魔術師であることで有名な生徒だった。ただ、火事を起こして校舎を半焼させたり、喧嘩で相手を殺しかけるといった黒い噂にも事欠かない人物で、もう5年も留年しているらしい。
彼女はダメだ。
もうチーム組むとかそういう次元じゃない。
マイナスになってしまう。
でも、断ったら今度は私が燃やされるんじゃないだろうか。よく見れば、目がギラギラ光っているように見える。まるで「断ったら殺す」そういっているようにも感じられた。
とうとう、私も暴力に屈する時がやってきたようだ……。いつも屈している気もするけど。
「あ、あの、わ、私なんかで良ければお願いします……」
言外に「私ではあなたにふさわしくありませんよ」と思いを込めてみたつもりだったのだけど、私の言葉を聞いたカルムは興奮からか鼻息荒く言った。
「ほ、本当かい? ならさ、これから時間ある? あたし達もっと分りあうべきだと思うんだよ!」
結論から言えば、カルムに関してはまったくの杞憂だった。
なんでも、私のようにいじめられている子を助けているうちに、悪い噂を広められてしまったらしい。
私に声をかけてくれたのもそのせいでチームを組めなくて焦ってのことのようだ。
というか、カルムは私以上に一人だった。
助けた子にも変な勘違いをされ逃げられ、貴族の子を筆頭に立場の強い生徒からの弾圧も持ち前の身体能力ではねのけてしまい、もはや目を合わせる生徒すらいないほどだ。
実際、一緒に歩くと人の海が割れていくのが正直すごく恥ずかしい……。
その後、カルムから妖精族のテールを紹介され、私たち三人はそれぞれの得意分野を合わせた研究をすることに決めた。
テールは生徒ではないけれど、カルムが実家から出るときに一緒についてきてしまった子で学内の妖精研究に協力することを条件に、学校にいてもいいという許可をもらっているらしい。
結局、蔭口はなくならなかったけど、その都度憤慨してくれるカルムとテールがここに来てからずっと一人だった私にはなんだかうれしくて、全く気にならなくなっていった。
たまにいきすぎてしまうカルムを止めるのは本当に骨だったが……。
――
それから時間が経ち。締切があと10日後となっても、まだ私達の研究は完成していない。
私たちは、錬金魔術で生成されるゴーレムとはアプローチの違うゴーレムを研究している。
本来、この魔術によって生み出されるゴーレムは一つの命令までしか受け付けない。
しかも、稼働時間も術師の実力に左右され、長くても30分前後と短く魔力が切れれば自壊してしまうことからほとんど使われることのない魔術だ。
それでも私はこのゴーレムに可能性を感じ研究し続けてきた。
もしゴーレムが無限に活動できたら。
複数の指示を理解して活動することができれば。
と、考えると夢は広がる一方だ。
おそらく農業や産業は一気に改革されると思う。
そうなれば、両親にも楽をさせてあげられる。
それが私の夢だ。
そのためにも、まずは今日の実験を絶対に成功させなければならない。
もし留年してしまえば、私には追加で1年通い直す金銭的余裕などないのだから……。
今、私の目の前にはゴーレムのコアとなる部分を中心とした召喚魔術陣の前でカルムが待機している。
私達はゴーレムのコアに召喚した魂を入れることで、魔力の自然回復を可能としたゴーレム。
いわば、マジックゴーレムの製造に着手している。
準備の整ったカルムが「いつでもいいよ」と目線で伝えてきた。
私はカルムの合図に頷くと魔術陣に魔力を流し込む。ピリピリとした感覚とともに魔力を充填された陣は青白く発光し、召喚魔術を発動させた。
陣の前で、真剣そのものといった表情で待機していたカルムが中心に近づいて行き。
陣の操作を開始する。中心のゴーレムコアが浮き上がり、コアの周囲を囲うように陣が展開し周囲が光で満たされた。
しかし、途中まで安定していた陣が突然膨れ上がったと思ったら、今度はぶれながら陣の発光が青から赤に変化した。
まるで召喚対象からの必死の抵抗をうけているかのような暴れっぷりだ。
術の行使の中止を訴えようとカルムに声をかけようとした時、展開している陣が破裂し私と周囲の物を吹き飛ばし砂煙を発生させた。
「カルム!」
吹き飛ばされた痛みを堪えながら破裂の中心にいたカルムに向かって呼びかけ、駆け出そうとすると、砂煙の晴れた陣の中心にはやり遂げた表情をしたカルムがコアを片手にこちらに微笑んでいた。
「へっへっへ。なんとかうまくいったねぇ」
「笑いごとじゃないよ! 心配したんだからね!」
「まさか破裂するとはねぇ……。まぁこれくらいじゃあたしには傷一つつかないよ。それよりこれ見とくれよ、たぶんテールが強化してくれてなかったら絶対に収まりきらなかっただろうねぇ」
「え? 本当だ……すごい」
カルムが持っているコアから想定の数倍の魔力が感じ取れる。
しかも本当にギリギリで収まったようで、テールの協力によって通常よりもはるかに容量が拡張されたコアだったのにも関わらず、いっぱいになってしまっていた。
「まぁなにはともあれ成功は成功じゃないか? 自信ないがね。ほら、あとは任せたよ」
「う、うん。まかせて!」
カルムからコアを受け取ると私の半生の集大成といえるゴーレムの体にコアを搭載する。
このゴーレムは通常の方法で生み出したものとは違い、私がいちから組み上げたもので全身に張り巡らせた回路と各所に対応する魔術陣を起動することで、通常のゴーレム以上の性能を発揮する事が可能だ。
自分の作ったゴーレムを見て、誇らしげに頷く。
「やっぱりかっこいいなぁ。いちから作ったかいがあったよ」
「ま、まぁ感性は人それぞれだからね? あたしはなんとも言えないけど」
なんだかひっかかる返事が返ってきた気がするけどきっと気のせいだ。
なんたって、こんなにカッコイイのだから。
「それよりさっきから静かだけど、テールのやつどこいったんだい?」
確かにと思って見まわしてみたところ、マグカップに頭から突っ込んで気絶しているテールを発見した。慌てて確認してみたけど別に気絶しているだけで大事はないようだ。
「ふふ、気絶してるだけみたい」
テールを介抱しながらカルムに笑いかけるとカルムも安心したように笑みを浮かべた。
ひとまずはテールが起きてからゴーレムを起動するという事になったので、二人でさっきの陣に起きたことについて考察していたところテールが目を覚ましたので、ゴーレムにコアを接続する作業を行うことにした。
「よし、繋いだよ。これで準備は完了だね」
少々不安は残るけど、あとは起動するだけだ。
このこが起動に成功したらなんて名前をつけてあげようか。
みんなの名前を取ってロワテールカムゴーレムなんてどうだろうか。
長くてカッコいい名前だと思う。
私はネーミングセンスもあるのだ。